「民団への支援金違法」市川で監査請求


 市川市が同市の「市民活動団体支援制度」に基づいて「在日本大韓民国民団千葉県市川支部(みんだん市川)」に支払った補助金は違法だとして、同市在住の男性医師(49)が12日、千葉光行市長に補助金約20万円を返還するよう求める住民監査請求を同市監査委員会に提出した。医師は「『みんだん市川』が行っている地方参政権獲得活動は政治活動であり、政治的活動を行う団体への支給は違法なので請求した」と話している。

 支援制度は市民税1%の使い道を納税者自身が選べるもので平成17年度に始まった。実施細目を定めた条例では政治的活動を行う団体は支援対象にならないことになっている。

 「みんだん市川」は18年度から支援を受けており、20年度の支援金は19万7827円だった。

 医師は「『民団』は『大韓民国の憲法と法律の遵守』を掲げた団体で、こうした組織を市民団体と認めること自体おかしい」と話している。

2009.8.12 23:30

http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/chiba/090812/chb0908122331009-n1.htm


http://88171345.at.webry.info/200908/article_12.html


関連スレ
【国内】つくる会「教科書採択で民団の影響排除を」「内政干渉なので実態調査を」 文部科学省へ要請[07/14]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1247568124/

【民団】<緊急全国団長会議>「参政権」高く掲げ8・30総選に全力。決意を新たに一致団結して選挙運動に臨むことを強調[08/13]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1250152577/

【民団】(韓国の19歳以上の在外国民への国政選挙権付与に伴う)国政選挙説明会開く 在外同胞対象「積極参加を」[08/13]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1250153268/


日本レジャーホテル業協会もレジャー産業健全化推進協会も、在日本大韓民国中央本部(民団)と在日韓国商工会議所(韓商連)が中心となって組織したもの。
http://blogs.yahoo.co.jp/rnryn709/26592279.html


あ~、民潭が市民団体ってか!!
http://www.youtube.com/watch?v=GErORKZySQA&feature=channel_page

あぁ~?!、民潭が市民団体ってか!! ②
http://senpu.exblog.jp/8761229/
あぁ~?!、民潭が市民団体ってか!! ③
http://senpu.exblog.jp/8766629/
あぁ~?!、民潭が市民団体ってか!! ④
http://senpu.exblog.jp/8771568/
市川市は確信犯である!!
http://senpu.exblog.jp/8786874/


朝銀って何?公的資金って何?


Q5: なんで破綻したの?
下記3点の理由を現代コリア研究所所長の佐藤勝巳氏が外務委員会にて挙げておられます。
(1) 預金を北朝鮮政府に送った。
(2) 朝鮮総聯(Q8参照)の、いわば北朝鮮の考えが日本の政治の中にうまく入っていくための政治資金に使われた。
(3) 日本の金融機関と同様のバブル崩壊によるもの。

http://chogin.parfait.ne.jp/#quest04

腐った市川市へのご意見はこちらです★

https://community1.city.ichikawa.chiba.jp/sneeds.nsf/WebToukou?OpenForm

市川市に限らず、全国の自治体が民団や総連に対し違法な優遇措置を取っている。

総連に対する税金の減免や伊賀市や四日市市在住の在日への住民税減免措置、掛け金を払わない在日への年金(福祉給付金)支給など、日本人が知らないところで在日特権が存在している。

戦後、闇市の時代から、違法に儲けた金と暴力で役人を買収し、様々な利権を獲得してきたのが在日だ。

つい最近でも「言うこと聞かないとぶっ殺すぞ」と刃物を送った総連の在日朝鮮人が逮捕されたり、生活保護を億単位でむしりとっていた在日韓国人が逮捕された。

戦後貧しいさなかにアメリカや南米に渡った日本人は酷い差別を受けたが、在日のようにヤクザになったり、不法行為をして社会から嫌われるようなことしなかった。

在日は日本の闇を支配し、裏から、芸能、財界、政界を動かし、平均的な日本人では考えられないような財産と権利を手にしてきたが、一つだけ手にすることが出来なかった。

日系移民だけがそれを手にすることができた。

日系移民は暴力を振るうのではなく、模範的な市民となることで、大金持ちや政治的地位を手にすることはできなかったが、「尊敬」を手にすることができた。

在日が唯一手に出来なかったものを上げるとすればこの「尊敬」だろう。

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道半ばの入管法改定 外国籍住民の声


歓迎と反発 こもごも

 外国人登録制度に代わる新たな在留管理制度と、自治体の住民基本台帳に外国籍住民も載せるという住民基本台帳法改定案が衆議院で成立し、参議院に送られた。改定案では在日韓国・朝鮮人など44万人を数える特別永住者について「特別永住者証明書」の常時携帯義務と罰則規定を削除、再入国許可も緩和するなど、利便性が向上した一面がある。ただし、特別永住者と同様、長年同様な生活を送ってきた一般永住者については常時携帯義務を残し、解決を将来の「検討課題」と先延ばししたため、在日韓国人らから「道半ばの改定」といった反発も出ている。

 李康成さん(53、民団静岡浜松支部事務部長) 特別永住者証明書の常時携帯義務と罰則規定が削除され安心した。私は「特別永住者」だが妻は「永住者」。現在でも日本入国時の空港で手続きが異なるのに、今後は異なる身分証明書を持つことになり、市民生活が在留資格の違いにより現状よりも不便性、差別性が生じないか心配だ。

 尹徹秀さん(東京、弁護士) 新しい在留管理制度は外国籍の住民に対して徹底した管理強化を図るものであり、プライバシーの保護等の点から問題が多い。外国籍の者は、上陸許可、在留期間の更新等の申請の際に、法務省に各種事項を記録され、在留カードを強制的に持たされる。この在留カードには、例えば、就労資格の有無について、就労資格がないのなら、就労不可と明確に記載されることになる。

 一方、再入国許可の緩和や、在留期間の上限の伸長、外国籍の住民の生活の利便性が向上した点もある。特に、特別永住者に限ってであるが、特別永住者証明書(現在の外国人登録証明書に該当するもの)の常時携帯義務がなくなったことは画期的である。

 高敬一さん(36、社団法人大阪国際理解教育研究センター事務局長) 特別永住者にたいする取り扱いが随分〝優しく〟なった。昔に比べて日本は在日コリアンにだけは〝優しく〟なったのだろうか。いや、違う。変わったのは在日の側だ。多くの在日がすでに日本社会に同化してしまっていることを官僚たちはよくわかっているのだ。だからへたに厳しくして、〝眠れる獅子〟を起こす必要はないというわけだ。

 しかし、そうはいかない。よし、それなら「証明書」の受け取りも切り替えも拒否してやろう。まずはそんなところからやってみたい。

 鄭炳采さん(58、民団大阪本部事務局長) 特別永住者について常時携帯がなくなったことは大きなプラス。民団が要望書を提出するなど、積極的に運動を行ってきたことの結果のあらわれだ。

 だが、一般永住者はまだ適用外。また在日外国人全体の枠で考えると、まだまだ活動していかなければならないことが多い。今回の法改正は、私たちの要望の一部が通ったにすぎない。

日本の未来閉ざさぬか

 高京順さん(69、大阪市・主婦) 常時携帯義務がなくなったことは、孫やひ孫のためにもとても喜ばしい。まだまだ解決すべき問題は残されているが、一歩進んだとは思う。

 アンジェロ・イシさん(武蔵大学准教授) 「在留カード」から「外国人」という言葉が消えたのは素直に嬉しいが、管理・監視の対象として扱われているという点は依然として変わらず、気になる。とりわけ私のように「日系人」で、しかも永住権を取った者になぜ、携帯義務や空港での指紋採取が課せられるのか。特別永住者だけが免除されるのは不思議だ。

 宋貞智さん(民族差別と闘う大阪連絡協議会代表) 衆議院で可決した出入国管理及び難民認定法の改正法案は「改正」とは名ばかりで、外国人住民に対する「管理」を強化し、「人権侵害」を繰り返すものである。

 戦後64年が経ち、在日コリアンは6世が生まれようとしているなかで、依然として外国人を犯罪予備軍として扱う日本国政府の排外主義政策に強い憤りを感じる。

 裵重度さん(川崎市ふれあい館館長) 外国人の受け入れなくして日本の経済・産業が成り立たないという現実と将来展望が多くの識者から言われているのにもかかわらず、その処遇を安定させるという発想ではなく、あまりにも管理優先の合理化に多くの懸念を覚える。国家行政のいう「多文化共生」は絵空ごとにしか聞こえない。国益最優先の外国人利用主義はもういい加減にしてほしい。

 朴実さん(65、東九条マダン実行委員長) なぜ、特別永住者だけ常時携帯義務が免除され、その他の外国人は常時携帯しなければいけないのでしょうか。ここには合理的な理由が見あたりません。特に、一般永住者は数10年以上日本で生活しておられる地域住民の一員です。彼らに常時携帯義務を負わすことは許されません。

残った課題 解決急ごう

 郭辰雄さん(42、大阪・コリアNGOセンター運営委員長) 外国人の管理システムを政府が一元的により徹底しておこなうことを目的とするもの。特別永住者の常時携帯義務は免除とあるが、外国人が「敵視」される社会で、特別永住者だけが例外というのは本質的にありえない。今回の改定は外国人との「共生」とはほど遠く、むしろ逆行するものだ

 鄭暎惠さん(東京、大妻女子大学人間関係学部教授、社会学専攻) 日本のエリートたちは人を信じて共に生きることを知らないのだろうか。グローバル化と少子高齢化を前に外国人への差別意識は自らの首をしめるだけなのに。他人事だと関心を寄せない庶民も問題だ。自他の人権について敏感になるべきだろう。DVが原因でも3カ月以上配偶者の身分を有する活動を離れると、在留資格を取消すなどは愚の骨頂でしかない。

 朴善貴さん(31、青年会中央本部副会長) 特別永住者証明書の常時携帯義務の撤廃や再入国制度の大幅な緩和は、在日韓国人を管理の対象とするこれまでの立場を大きく変えるものであり、平穏に日本で生活する当たり前の権利を具現化したもの。しかし、一般永住者を含む外国籍住民に対する管理体制が、これまで在日韓国人が受けてきたものよりも強化されうる危険性がある。

 オールドカマーでありリーディングマイノリティーを自認する在日韓国人社会はこれを看過してはいけない。

 金哲弘さん(33、青年会大阪本部会長) 特別永住者に限れば一歩前進といえるだろう。だが、在日外国人全般の立場でいうと、今回の改正は必ずしも手放しで喜べることではない。常時携帯制度の撤廃は私たちの要望事項のほんの一部であり、民団は引き続き残された諸問題の解決を訴え続けていかなければならない。

常時携帯 一般永住者はなぜ
住基法改定 利便性に評価も

 朴容福さん(56、東京・自営業) 外登法が消える。60年余に及んだ過酷な法制度が音もなく消える。ある人は特別永住者は入管に行かずに済み、常時携帯義務が廃止されるから不満はあっても一定の評価をすると言っていたが、違うだろう。

 問題はこれから先、ひょっとしたら何十年も顔写真付き、提示義務、7年ごとの切り替え登録、申請、受領義務などのすべてに1年以下の懲役、もしくは刑事罰のついた制度のなかで、なお私たちの子どもたちが生きていかなければならないということを、いまある私たちがどう考え、どういう態度を示すかということだろう。

 在日の未来に対する、いまある私たちの「歴史的な責任」が問われている。付帯決議には「永住者の歴史的背景……」とあるが、そもそも「歴史的背景」をもつ「特別」な「永住者」であるとはどういうことなのか、わたくしたち自身がもう一度よく考えてみなければならない。在日の「永住」を資格から権利に変えていく歴史的な闘いが必要である。

 金両基さん(静岡、比較文化学者・評論家) 総務省の「外国人台帳制度懇談会」から在日コリアン有識者として招かれて意見を求められたとき、日本人の住民基本台帳と国籍条項を除いてはかぎりなく同じであり、アメリカのグリーンカードなどを参考にして差別環境を払拭する法律であることが望ましいとわたしは意見を述べた。総務省は外国人台帳制度は作らず、住民基本台帳の一部を修正して外国人をふくめることになった。そこにこれまでの言い放し聞き放しの慣例に変化がうかがえることは喜ばしい。利便性は高くなったが、「通称名」がこれまでのような法的効力を伴わなくなる重要な仕組みもうかがえる。それは対応すべき重要な課題だ。

(2009.7.1 民団新聞)

http://www.mindan.org/sibu/sibu_view.php?newsid=11487&page=2&subpage=2897&sselect=&skey =


李承晩ラインによる韓国の非道


1952年1月18日、突如、韓国政府が公海上に「李承晩ライン」を引き、竹島(独島)をその中に含めた。

何故、1月18日であったのか?


 サンフランシスコ講和条約が発効するのは4月であり、それ以前の日本は身動きが取れない状態であったから韓国の竹島占領に対して邪魔もできない。


2月28日、日韓の国交正常化交渉の本会議が始まる一ヶ月ほど前に韓国側として、国交正常化交渉を自国に有利に進めるという側面から、竹島問題を引き出してきたのである。李承晩ラインとそれに引き続いて発生する竹島問題に対して、日本側はどれだけの準備をし、あるいは、自覚していたのかというと、ほとんど認識していなかったのではなかろうか。


 問題が起こってから騒ぎ立てるというのは、日本の一つの外交パターンだが、韓国側としては、実は周到な準備をして日韓の国交正常化に臨んでいたのである。すなわち日本側の譲歩を引き出すため、国交正常化交渉の外交カードとして使ったのが、竹島問題であり、李承晩ラインであったからだ。


 李承晩ラインが登場する背景には、サンフランシスコ講和条約があった。このサンフランシスコ講和条約は、1951年9月8日に調印され、52年の4月28日に発効している。問題はその第二条の(a)項にあった。草案の段階では「鬱陵島・竹島・済州島」が日本の領土から離れて、朝鮮側に返還される領土・島嶼と規定されていた。それには「連合国軍総司令部訓令第677号」というのがあって、そのとき連合国軍総司令部が竹島を韓国側として規定していたからである。


 ところが講和条約の最終案では、日本から除かれる地域が「済州島・巨文島・鬱陵島」とされ、同条約によって竹島は朝鮮領から除外されていた。草案から最終案が決定する際に、日本側とアメリカとの間で交渉が行なわれ、竹島は日本領土として確定したからである。


 だが、これは韓国政府にとっては深刻な問題であった。講和条約が発効すれば、竹島は日本領となってしまい、竹島を韓国固有の領土と信ずる韓国側は、危機感をもったのである。そこでサンフランシスコ講和条約が発効する以前に、自分達で自国領土として宣言し、翌月からはじまる日韓国交正常化交渉の外交手段としたのである。


 その姿勢は、韓国側が「李承晩ライン」を「平和線」つまり平和の線とよぶことにも現れている。「平和線」とは、日本の漁民が韓国の領海を犯して自国の資源を乱獲しているので、それをやめさせるための線だから平和線なのだという。それに韓国側では、竹島は歴史的にも自国のものとする認識を李承晩大統領自身がもっており、当時の韓国の人たちにも、竹島を韓国固有の領土とする歴史認識が形成されていた。

その歴史認識に決定的な役割を果たしていたのが、崔南善である。


 彼は日本の統治時代、朝鮮総督府の歴史編纂官で、日本にもよく知られていた歴史学者だが、その崔南善のもとを、韓国政府の兪鎮午という、後に日韓の国交正常化交渉の際に第五次の韓国側代表となる人物が訪問し、竹島が歴史的に朝鮮領であるとして確信できる確かな論拠を教えてもらっていた。兪鎮午はそれを李承晩大統領に報告し、韓国政府は李承晩ラインを引いて、竹島を自国領として宣言したのである。


 しかし、「李承晩ライン」は、一方的に公海上に引いた線である。公海上では当然、日本の漁民たちは漁業を行なっているわけだから、結果として日本漁船が拿捕されることになった。「平和線」という名称と目的とは裏腹に、戦後の日韓関係を憎悪と不信に駆り立てる導火線となった。1952年2月15日から始まった日韓の正常化交渉の最中にも、韓国政府は「李承晩ライン」に依拠して日本漁船を領海侵犯の容疑で拿捕しつづけ、交渉にも重大な影響を与えることになったのである。


 この「李承晩ライン」については、宣言の直後からアメリカ、イギリス、中華民国からも違法性が指摘された。のちにアメリカのハーター国務長官は「韓国が日本漁船を公海で捕獲し、船を押収、漁夫に体刑を課していることが日韓関係を著しく悪化させている」として、韓国政府の措置に憂慮を示している。(1960年3月17日付『朝日新聞夕刊』)


韓国は李承晩ラインを盾に何名くらいの日本人を抑留し、日本漁船を拿捕したのか?


 3,929人が抑留され、328隻が拿捕されたし、その過程で四十四名の方が死傷してしまった。1953年1月6日、第二次日韓会談の再開が合意され、予備交渉が1月27日から始まった。しかし、その予備交渉が始まる直前の1月12日、李承晩大統領が「平和線」内に出漁した日本漁船の拿捕を指示し、1953年2月4日には、「李承晩ライン」を侵犯したとして日本の第一大邦丸が韓国側に拿捕され、漁労長が射殺されるという事件も発生している。



 1953年12月12日、韓国政府は「漁業資源保護法」を公布した。その「第三条(罰則)」では、「違反した者には三年以下の懲役、禁錮または50万ウォン以下の罰金」が科せられ、「第四条」では、犯罪捜査や臨検捜索の権限が認められた。日本漁船を拿捕する法的根拠が準備されたのである。つまり、それまでの韓国の漁船拿捕は、韓国の国内法においても取り締まる根拠がなかったのに取り締まっていたわけで、国際法および国内法に照らしても、不当だったのである。


日韓の正常化交渉はこのような状況の下で行なわれていた。


 おりしも国交正常化交渉が山場を迎えていたころ、日本は岸内閣が外交交渉にあたっていた。韓国側に拉致された日本の漁民は岸首相のお膝元である山口県や中国地方の人たちが圧倒的に多かったため、岸首相としては、地元の漁民たちを、何とか救いたいという気持ちに傾いていかざるを得なかった。一方、日韓の国交正常化交渉でいちばん大きな問題は、朝鮮半島に残された日本人の個人資産の処置問題であった。その個人資産は、当時の韓国経済の80%に当たるともいわれていたからだ。韓国側としては、それを持ち出されたら困る。何とか、日本側に搬出させないためにはどうしたらよいのか。


そこで韓国側が外交カードとして使ったのが、拉致した漁民たちである。


「竹島問題」や「李承晩ライン」、個人資産問題で日本側が譲歩すれば、漁民を解放しようというのである。

公海上に引かれた李承晩ラインを根拠にして拿捕して、その抑留した人々を韓国側は外交交渉の手段に使った。現在、北朝鮮との間で問題になっている拉致問題とよく似たパターンといえよう。もしこれらの人々を返してもらいたかったら、日本は賠償をしなさい!在日韓国人の法的地位を認めなさい! あるいはまた朝鮮半島に残してきた日本人の個人資産をゼロにしなさい! という外交交渉のカードに利用した。



 日韓基本条約の交渉過程を見れば、当時の佐藤栄作首相も、以下のように発言したのも納得できるのではないだろか。「しかも、これは、国際的に見まして、こんなむずかしい交渉はないといわれておる。」
[005/005] 50 - 衆 - 日本国と大韓民国との間… - 5号 昭和40年10月28日発言者232を参照


知っていますか、日本の島 自由国民社 下条正男他著
下條正男氏講演 「領土問題の現状と課題」
http://www.pref.shimane.jp/section/takesima/henkan/08.html



韓国国旗1951年7月19日 韓国大使(ヤン)から国務長官への書簡。

一、大韓民国政府は、第二条a項の「放棄する」という語を、「朝鮮ならびに済州島、巨文鳥、欝陸島、ドク島およびパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一郡であった島々に対するすべての権利、権原および請求権を、一九四五年八月九日に放棄したことを確認する」と置き換えるよう要望する。



アメリカ国旗1951年8月10日 国務次官補(ラスク)から韓国大使への回答

草案第2条(a)を日本が「朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、ドク島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一部であった島々に対するすべての権利、権原及び請求権を、1945年8月9日に放棄したことを確認する」と改訂するという韓国政府の要望に関しては、合衆国政府は、遺憾ながら当該提案にかかる修正に賛同することができません。

合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を条約がとるべきだとは思いません。

ドク島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島は、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません。


■竹島問題と在日朝鮮人特権の歴史年表をよく読んで欲しい

■1949年01月:李承晩、政府樹立直後の新年記者会見で日本に対馬島返還を要求。(この要求はGHQにより「根拠がない」と却下。日本も拒否。)
1949年02月:韓国軍一斉に釜山に集結開始(対馬返還の後押し、または対馬上陸作戦を画策したものと推察)
1949年04月:国連安保理、韓国の国連加入案を否決
1949年05月:米軍から李承晩政権への武器供与を停止
1949年06月:米、韓国撤退完了を発表
1950年01月:米韓軍事援助相互協定調印。が、米は韓国側からの軍事支援要求を拒否。
1950年04月:韓国、空前の大インフレ。年間200%を達成。
■1950年6月 朝鮮戦争始まる
   ・北朝鮮怒濤の南下、北による統一直前に至る。
   日本に大量の韓国人避難民が到着
■同年7月 GHQレッドパージを発動、日本占領方針を転換。
■同年9月 国連軍出動
(安保理事会をソ連が欠席し、拒否権を行使しなかったので国連軍が成立)
   ・国連軍怒濤の北上、あと少しで南による統一寸前。
   GHQの命令で、旧日本海軍の残存部隊、国連軍に協力し朝鮮戦争で機雷掃海を行う
■同年11月 中国共産党 中国義勇軍で参戦。
   ・38度線付近まで押し返され、戦線膠着。

■1951年7月 休戦会談開始
■同年9月 日本と連合国はサンフランシスコ講和条約調印、
 1952年4月に日本が独立回復することが決まる。

■1952年1月 
 朝鮮戦争のさなか、国連軍の後方基地と機雷掃海を引き受けていた日本に対し、韓国政府は、日本が独立回復する前に、李ラインを宣言。竹島を電撃占領
 多くの日本漁船が攻撃され死傷者多数・拿捕された。
 韓国が拿捕した日本船籍の船舶数:328隻(行方不明併せると340隻)
 抑留された日本人の数:3929人
 拿捕の過程での死傷者数:44人(殆どが射殺と溺死)
 日本は抗議するものの、GHQ占領下で涙を飲む。
(在日特権は3929人の人質と引き換えに日本刑務所にいた400名弱に付与された、これ以外は全て詐欺による取得と言える
同年4月28日 ようやく日本独立を回復

■1953年7月 朝鮮戦争、休戦協定成立。 (中国と北朝鮮軍事同盟を結ぶ)
 ・避難民は帰国せず、日本に居着き、いつの頃からか、強制連行されたとウソをまき散らす
 竹島占領は、まさに火事場泥棒だった。
■日韓基本条約締結、賠償(身代金)3億ドル(当時のレート支払済み)日本刑務所の在日朝鮮人に特権付与と引き換えに日本漁民開放
(この3億ドルはボスコなど企業設立に使用され、日本にかなり還流した。元々韓国は農業主体で、工業は無かったのである)
■韓国の領土侵犯と朝鮮戦争(停戦中)これらの事件によりGHQの方針が変わり日本の軍備が成された。
警察予備隊>自衛隊の誕生である。日本と朝鮮半島はアジアのスイスとなる国連計画だったが、朝鮮人の醜い争いが全てを変えてしまい今に至る。朝鮮半島は戦後ずっと不安定な紛争地帯のままだ。

http://maokapostamt.jugem.jp/


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李承晩ライン(李ライン)
1952年、韓国の李承晩大統領が行なった、一方的宣言によって規定された領海水域。同宣言により朝鮮半島周辺(最大二百マイル)の水域内に存在する、すべての天然資源、水産物を利用する権利を主張した。日本側はこのラインを認めず、結局65年の日韓漁業協定で李承晩ラインが廃止されるまで、韓国軍による日本漁船の拿捕が続いた。


李承晩ライン廃止までの抑留者数・拿捕された船の数および死傷者数
抑留者数:3929人
拿捕された船の数:328隻
死傷者数:44人

死者の中には、娘が生まれたばかりの若い漁師も居た。
赤ん坊は、生後数ヶ月で父を殺された。
************************************************************


中日ニュース(ライブラリー映像)「韓国から抑留漁夫帰る」

昭和33年の記事212号
http://home.att.ne.jp/theta/chunichieiga/212.jpg


李承晩ライン 「韓国・朝鮮と日本人」 若槻泰雄 1989年 原書房


 日本の植民地時代、外国に亡命していた政治家たちがその中心となって成立した韓国政府が、反日にこり固まっていたのは当然であったろう。日本軍としばしば戦闘を交えていたゲリラ部隊の指導者が政権の座についた北朝鮮政府もいうまでもない。


 李承晩政府は、"皇国思想に毒された子弟"の教育のために、徹底的な反日教育を実施した。教育にとどまらず、「反日」「侮日」は韓国という新国家の基本的政策、体質となった。韓国は今日においてさえ、日本の映画、演劇、レコード、音楽テープなどの輸入は、"文化侵略"として禁止されている。このような韓国の情勢が日本人に快いはずはない。もう一つ、終戦間もない頃、日本人が韓国を憎むようになった、より直接的、具体的なものとしては、日本側では"悪名高い李承晩ライン"がある。

 

 日本が連合国占領下にあった期間は、いわゆるマッカーサー・ラインによって日本漁船の漁場は制限されていたのだが、講和条約を前にして、韓国政府はその撤廃にそなえ「李承晩ライン」(後に「平和線」と改称)を、その領海の外側に広範囲に設定した。その線以内は、水産物だけでなく天然資源も鉱物も、韓国が独占的に保護利用する権利を持つと宣言したのである。


 翌53年には漁業資源保護法を制定し、李ライン内にはいった日本漁船は片端から拿捕されるに至った。

1955年11月には、韓国連合参謀本部は李ライン侵犯船に対する砲撃、撃沈を声明して、日本漁民をふるえあがらせた。1952年以降5年間で拿捕された日本漁船は152隻、抑留船員は2025人にも及んだのである。韓国沿岸漁業において、装備の秀れた日本漁船のために韓国漁民が圧迫されていたのは、日韓併合前からおこっていた問題である。


 日本の植民地時代にも、1929年、総督府が李ラインよりは少し内側の公海上にトロール船などの禁止線をもうけ、内地の漁船を排除したこともあった。韓国政府が日本漁民に対して自国の漁民を守りたいと考えるのは理解できないこともないが、しかし一般日本人にとっては、李承晩ラインは"傍若無人と横車"の典型のように映ったのもまた無理からぬことであった。微力な日本政府は、韓国政府の、国際法を無視したこれらの行為に対してなんら為す術はなく、漁民は悲嘆にくれ、国民は遺恨の思いを心中につのらせた。


 日本政府は抑留された漁船員を還してもらうために、本来は強制退去の対象者である在日朝鮮人の犯罪者472人を仮釈放して、在留特別許可を与えたのである。折から(1954年)おこった竹島(韓国名・独島)の所属をめぐる日韓交渉も、韓国側の無電台の設置、官憲の常駐という実力行使の前に、日本側は事実上沈黙させられた。これもまた韓国横暴の印象を日本人の中に植えつけたように思われる。

http://mirror.jijisama.org/rekisi2.htm


「朝日新聞 天声人語」 1963年9月28日


李ライン海域で日本漁船がまた捕獲された。韓国警備艇の武装した隊員が乗り移り三十四人の日本人船員を連行している。同じ二十七日の朝、別の漁船も追われ十人の船員は海に飛びこんで逃げ、船長は一時重体だったという。冷たい海中をいのちがけの避難だ。李ラインでの無法がまたはげしくなった。この海域はいま、アジ、サバの盛漁期で、五、六百隻の日本漁船が出漁している。そこをねらって韓国警備艇は不意打ちをかける。ライトを消し、島陰づたいに近寄り、銃撃をあびせたりする。


 日本側も巡視船を増やし、厳戒警報を出しているが、捕獲は防ぎきれず、今年になってすでに十六隻。昨年一年中に捕獲された数よりも多い。李ラインを越したという理由だけで、これまでに多数の船員が釜山の刑務所に入れられ、船はとりあげられている。優秀船だとそれが韓国警備艇に早変わりして、日本漁船を追ってくる。海の狼のような韓国警備艇の仕業だ。


 そもそも李ラインというのは昭和二十七年(1952)一月に韓国大統領の李承晩氏が、国防上の要請によるとして、設定を宣言したものだが、それは公海上に一方的に設定したもので、国際法上不当なものだ。

日本政府はこのラインを認めていないが、過去十年間に韓国は勝手に実力を行使して、約三百隻の日本漁船を抑留、数多くの乗組員や家族を泣かせている。


九月(1963年)にはいって、韓国側がさかんに捕獲を開始したのは、大統領選挙と関係があるらしい。韓国の漁業界、漁民の票を得るために、朴政権は海洋警察隊に日本漁船捕獲を命じたとも見られる。選挙の術策として隣国の漁船捕獲をはげしくするというやり方が、国際常識からも許されるかどうか。韓国漁民の間に、日本漁業の技術に対する恐れと警戒の気持ちがあるのかもしれぬが、資源の保護や漁業協力について日韓交渉で、双方とも誠意をつくして話し合えばよい。


 漁民票をねらった強引な捕獲はこれまでの交渉での双方の努力を無にしはせぬか。韓国は李ラインを"平和ライン"と呼ぶが、現状は不法ラインである。公海上で日本漁船員を捕まえるこの理不尽は黙って見過ごせるものではない。
http://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/read.php?uid=24211&fid=24211&thread=1000000&idx=1&page=3&tname=exc_board_58&number=20249


日本の漁民を人質にして在日特権(永住権)を獲得した韓国


・1952年、当時の大統領李承晩は国際法のルールを無視し、
 「李承晩ライン」を勝手に引き、そして李承晩ライン内にある竹島を韓国領土だと主張してこれを占領。

・竹島周辺で操業をしていた漁船328隻が拿捕され、3929人もの漁師が抑留。
 その期間は、1965年の李承晩ライン廃止まで13年間。拿捕時に銃撃や追突を受け、44人の死傷者を出す。

・拿捕した漁師を人質に取り、「日韓基本条約」と「日韓法的地位協定」の交渉を有利に進める。

・13年後、1965年、日本と韓国は在日の扱いをどうするかの「日韓基本条約」と「日韓法的地位協定」が結ばれ、
 その結果、在日韓国人に無条件で子々孫々永住が出来る資格が与えられる。

 つまり、在日コリアンが日本にいられる正当な理由はない。

 ましてや、反日に凝り固まって恩を仇で返し続ける日本に居座り続ける在日早く日本からでていきなさい。


配慮しても配慮しても、どれ程意を尽くしても、満たされるほど不満を抱く在日韓国人。

感謝してしかるべきなのに、罵詈雑言の雨あられ。

在日はもう、日本から排除されるべきである。


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【東京】在日高齢者と障害者に給付金、月額1万円と3万円・大田区[06/24]


東京都大田区は1日、「大田区特別永住者等特別給付金」と「大田区重度心身障害者特別給付金」を支給することを区報に公表し、申請の受付を開始した。

総連大田支部では昨年から、無年金状態に置かれている同胞高齢者と障がい者を救済するため、特別給付金制度を設け実施することを求めて区長と区議会議長、各会派などに対する要請活動を精力的に行ってきた。

その結果、区の2009年度予算案に給付金予算が計上された。

これにより、特別永住者には月額1万円、障がい者には月額3万円が支給されることになった。

総連支部ではこの1年間、要請活動を展開するとともに学習会などを開き、無年金状態に置かれている同胞の現状を改善するための世論喚起に努めてきた。【大田分局】



[朝鮮新報 2009.6.22]
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2009/01/0901j0622-00001.htm


在日韓国人二世、竹田青嗣氏の述懐

また「我々はいずれ祖国に帰るのであるから、福祉とかそういうものはいらない。
""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
日本は祖国の統一の邪魔をしない、日本に望むことはそれだけだ。」

「厚生年金なんて強制的に取られるけど、私等は祖国に帰国するので年金は貰えない。年金を納めるなんて我々には無駄だ。」
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
「日本人と違った取り扱い方をされるから、我々は民族の自覚を持つのだ。
日本人と同じ処遇を求めるのは同化を求めることであり、民族を否定するものだ。」
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
というような物言いは、20年前まではごく当たり前のことであった。
「朝鮮人は朝鮮に帰る」というのは彼ら自身の主張で、「暴言」でも「差別発言」でもない話であったのだ。
これを思い出すにつけ、今の在日の活動には隔世の感がある。
彼らは、自分らの先輩たちが20年前まで担ってきた民族運動の歴史を総括せず、それどころか忘れてしまったのではないか、と思ってしまう。
※1995年8月23日の毎日新聞より抜粋
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daigojuunidai


                   ∧_∧
                   <=(´∀`)    凄んでゴネて在日特権でウハウハニダ
                     U θ U     民族差別ニダとすごめば、いくらでも
                 / ̄ ̄Ⅰ ̄ ̄\     欲しい物が手に入るニダ
                |二二二二二二二|
                |        |
 パシャ パシャ  パシャ パシャ パシャ  パシャ パシャ パシャ パシャ パシャ
    パシャ パシャ パシャ パシャ パシャ  パシャ パシャ パシャ  パシャ  パシャ
  ∧_∧      ∧_∧     ∧_∧   ∧_∧     ∧_∧     ∧_∧
  <   >】     <    >】   <    >】【<   >   【<    >   【<   >
  /  /┘ .   /  /┘.    /  /┘  └\ \   └\ \   └\ \
 ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ      ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ      ノ ̄ゝ


「これでは困る韓国」呉善花、崔吉城 1997 より

呉「在日の人たちにしても、植民地時代も自分の意志で積極的にきた人のほうがずっと多いんじゃないですか。
強制連行で連れてこられた人たちはほとんど帰ってしまったわけですから。」
崔「そこはいいポイントです。事実はまさしくその通りなんです。ところが、そうであるにもかかわらず、意識としてはそうじゃなくなっているんです。
自分も植民地のときに強制的につれてこられたのだと、これはアイデンティティとしてそうなってしまっているんです。」
呉「なるほど、意識と実際は違うということですね。」
崔「実際は強制されてきたのではなくても、我々は強制されてきたんだという、そういう物語をつくってそれを自分の意識としてもつんです。
ここが在日韓国・朝鮮人を考える場合のかなり大きなポイントです。
 (中略)それで一世たちはそういう物語を二世、三世に懸命に教えるんです。」
呉「なんのために教えるんですか」
崔「民族意識を守り、それを子孫に伝えるためです。」

http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1245833992/

朝鮮人強制連行という話は、1965年に朝鮮総連活動家の朴慶植という人物によって作られる

「1965年」と「朝鮮総連」というのが鍵です。

1959年から、朝鮮総連は帰国運動を大々的にやっていましたが、1963年頃の北朝鮮は、朝鮮戦争の後遺症のため経済状況が非常に悪く、さらに、帰国者が犯罪者扱いされていることが原因で、帰国運動は行き詰まりました。

そのため、在日が日本に居座る理由が必要になり、朴慶植という人物が旧日本軍が善良な朝鮮人をトラックで拉致したという嘘話を本に書き、左翼ジャーナリストや評論家が事実を確認せずに引用したので、事実のように広まりました。

しかし、1990年代になり、実証的に強制連行を調査したところ、すべて捏造だったことが分かった為、在日の歴史学者は強制連行とは戦時徴用のことだと定義を変更し、トラック連行説との違いを曖昧にするために強制徴用という言葉を作り上げました。
http://makizushi77.hp.infoseek.co.jp/SEIKATUHOGO.htm


漏れらは生粋のニホンジンniだよ        日本は平和でイイ国モナー
  ∧_∧    ∧_∧    ∧_∧    ∧_∧   ∧_∧
 <=(´∀`)  .(´∀`)=>  .<=(´∀`)  (´∀`)=>  (´∀` )   ┌───┐/
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    /(*゚-゚) ./\<中のサングラスあげるYO
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 ウリナラマンセー! ホルホルホル♪ ウェーハッハッハッ!!   ズガーーン         .韓流ブーム到来!
  ∧_∧     /)_∧   ∧_∧   ∧__(\ Σ ∧_∧          .今再びウリナラが!
 <ヽ`∀´>   | |`∀´>◯< `∀´ >◯<`∀´| |   ▼Д▼-) ┌───┐/冬ソナ大ブーム
 (    )   |    〈) \    /  (〉   ノ   (    ) ..|      |  あの4様が!
.  |  |  |  / /> )    |⌒I │   ( く\ \   | | | ..| ≡≡ │\P様が!
  〈_フ__フく__フ〈__フ  (_) ノ   <__,,〉<__〉 (_(__)┏━━━━━┓韓流スター来日
                                               空港に3500人…
モナーは、人間に偽装したエイリアンが                         健康にはキムチ!
日本の支配階級とマスコミを乗っ取り、                       靖国参拝反対!
人間を愚かな消費主義者にしておくことが狙いだと知ってしまう。        .パチンコなら○○!


大半、自由意志で居住 - 戦時徴用は245人

在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要になったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行っているのに対し、
外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。
これによれば在日朝鮮人の総数は約六十一万人だが、このうち戦時中に徴用労務者として日本に来た者は二百四十五人にすぎないとされている。主な内職は次の通り。

一、戦前(昭和十四年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約百万人で、終戦直前(昭和二十年)には約二百万人となった。増加した百万人のうち、七十万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの三十万人は大部分、工鉱職、木事職の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令による
徴用労務者はごく少数である。(後略)

一、終戦後、昭和二十年八月から翌年三月まで、希望者が政府の配給、個別引揚げで合計百四十万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和二十一年三月、連合国の指令に基く北朝鮮引揚計画で三百五十人が帰還するなど、終戦時までに在日していた者のうち七五%が帰還している。戦時中に来訪した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。現在、登録されている在日朝鮮人は総計六十一万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は二百四十五人にすぎず、現在、日本に居住している者は犯罪者を除き、自由意志によって在留した者である。
昭和34年の朝日新聞記事
http://resistance333.web.fc2.com/html/corea_living_in_japan.htm
http://makizushi77.hp.infoseek.co.jp/SEIKATUHOGO.htm


  ニダ  |       ∧___|| 在日イデオローグと聞いては黙ってられんニダ
      |_∧ ⊂<`∀||
  ゾ     |`∀´>  ゝ  O_____  権益拡大ニダ
  ロ    :|  とノ/⌒、_||○※※∧_∧
    ゾ   | ̄ ̄し' ̄ ∧_∧※< `∀´>
    ロ  .| ̄ ̄∧_(´∀`)=> (⊃  と)∧_∧  日本の慣習を叩いて
      |   <`∀´/  []O | | |<`∀´ > 既得権を隠蔽させるニダ
         ⊂   UI⌒、   ∧∧ ∧∧     )
     //   (_(__(_ノ(_ Σ(゚Д゚;≡;゚Д)
   / /             (つ ⊂) ∧_∧
   /  / 移民化工作ニダ     ヽ  ノ <`∀´∧_∧  被害者のふりをして
  / ∩∧_∧       ∧_∧ レU  (  <=( ´∀`) 特権をゲットするニダ
  / .|< `∀´>_     < `∀´>     |  | (     つ
 //.|     ヽ/ ̄    (     )    (_(_| | |
 " ̄ ̄ ̄ ̄ヽ_つ      思想調整部を動かすニダ

韓国大統領・朴正煕は在日朝鮮人が密航者である事を公式に認める


[文書名] 日韓条約批准書交換に関する朴正煕韓国大統領談話
[年月日] 1965年12月18日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),629-630頁.「大韓民国外交年表 附主要文献」,
     1965年,298-300頁.
[備考] 翻訳 玄大松
[全文]

大統領談話文{前6文字下線}
    (韓日協定批准書交換に際して)

 親愛なる在日僑胞の皆さん!
 そうして私は,日本の空の下で韓国同胞たちが再び分裂して相剋することなく,暖い同胞愛の紐帯の中で互いに和睦して親近となり,また幸福な生活を営なむことを希望してやみません。

 これとともに私は,これまで分別なく故国をすてて日本に密入国しようとして抑留され,祖国のあるべき国民になれなかった同胞に対しても,この機会に新しい韓国民として前非を問わないことをあわせて明らかにしておこうと思います。

 再びこうした分別のない同胞がいなくなることを希望しながら,今日からわれわれは新しい気持と新しい心構えで,栄えあるわが祖国を建設する働き手とならんことを,訴えてやみません。

1965年12月18日
大統領 朴 正 煕

(日韓条約批准書交換での談話 )
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPKR/19651218.S1J.html


 朝鮮から飛んでくるミサイルは、パチンコ屋さんの収入で出来とるんじゃよ
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       /::: Y i     ,-C- 、( y  (゚Д゚ ) ::::::::
      /:::: >   |    /____ヽ (___、|_y∩∩ ::::
      |::::: "   ゝ   ヽ__ノ   (__(Д` ) ::
      \:::::__  )//    // っ⊂L∧ ∧
                        ∧ ∧ (  ;;;;;;)

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アメリカ人が見た戦後の在日朝鮮人

 戦後の日本においては、朝鮮人少数民族は、いつも刺戟的な勢力であった。数においては大いに減ったもの、朝鮮人は依然として口喧しい、感情的・徒労的集団である。彼らは絶対に敗戦者の日本人には加担しようとはせず、かえって戦勝国民の仲間入りをしようとした。朝鮮人は一般に日本の法律は彼らに適用され得ないものとしてアメリカ占領軍の指令も同じようにほとんど意に介しなかった。
 そのため国内に非常な混乱をおこした。占領当初の数ヶ月、在日朝鮮人炭鉱労働者の頑強な反抗のために日本の重要産業たる石炭産業の再建は損害をこうむった。
 経済的領域における朝鮮人のいろいろな活動は、日本経済再建への努力をたびたび阻害した。1948年の神戸における緊急事態宣言は、日本の教育改革を朝鮮人が妨害した結果、行われたものである。引き上げについては占領当局が決定した政策を日本政府の手で実地しようとするのを妨害した。/たとえこのような事件(朝鮮人の犯罪)で朝鮮人の犯罪性が拡大されることがなかったとしても、この犯罪性が日本人・朝鮮人の関係に与えた影響は依然として甚大なるものがある。朝鮮人の略奪行為が、大部分、下層民の日常生活にとってきわめて重要な地域において行われたということもあった。
 さらに朝鮮人は日本に不法に入国しようとしたが、ときには伝染病も持ち込んだという事情もあって、この不安を強める実例を提供した。朝鮮人は悪者だという心理が時の流れとともに日本人の心から薄れていくであろうと信ずべき理由はなにもないのである。

ハーバード大学教授 エドワード・ワーグナー(朝鮮史)
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1245833992/


      /       'z_  `ヽ、
     /  〃 彡  ,.ゞ∠_   i
    / /      /     ヽ ヽ
    〃     〃        ヽ {
    !    `テ '′       ,.zり
   !    {  ,. == 、  r_..ヾ}
   ヽ{ ヽ ├ - 十=・ }´ヽ_,ノl
    ヽ ヾゝ      ̄ ,.  ヽ │_
    _,...ゝ、_  ヽ.   / ー、ノ丶ト、  `
   ̄     ハ.   :.  __,. = -' / i
      │ ト\    `ー´/   !

「北朝鮮核問題や拉致問題を取り上げて北朝鮮を批判する日本の世論を変えねばならない。
在日同胞たちが過去に日本に連れて来られたことに対しては何も言わず、冷戦時代の拉致ばかり話すというのは矛盾したことだ。私は横に横田夫妻がいても、これを言うことができる。」と拉致問題と日韓併合時の徴用・徴兵を同一視した発言を2006年11月25日の世界海外韓人貿易協会での講演にて行った。

姜尚中がこの発言を撤回したという話は聞いていない。

不法占拠は竹島だけではありません。駅前の土地もです。


 川崎の駅のキング通りは終戦直後は、みんな焼け野原で店は一軒しかなかった。
土地は誰のものでもなくて、みんな勝手に自分の土地にした。
うちは韓国に帰るつもりだったから、そういうことはしなかった。
向こうのみんなが日本に帰ってきたから、自分たちも帰るのをやめた。
今ある川崎駅近くの店は、一軒残っていた呉服屋以外みんな戦後勝手に振り分けた土地の所有者が代々継いできた店。
 不法占拠は竹島だけではありません。
川崎駅前の土地も朝鮮人が戦後のドサクサにまぎれて住み着いたのです。
川崎在日コリアン生活文化資料館  在日一世からの聞き書き
http://halmoni-haraboji.net/exhibit/report/200608kikigaki/hist007.html


                    ミ ._ ドスッ
                   ┌―────┴┴────―┐
                   | 在チョン人が言う「差別」とは.  .|
                   | ウリ達の要求通りにしろという |
              ∧∧ | 身勝手な利権獲得のための |
             (   ,,) | 便利な『恫喝文句』です。   |
            /   つ キッパリ「NO!」と言いましょう!|
          ~′ /´ └─―───┬┬────―┘
           ∪ ∪              ││ _ε3

「鳩山一郎首相(鳩山由紀夫民主党代表の祖父)を袋叩きにした朝鮮進駐軍」

 其最も著しい、象徴的事例に、元文部大臣、後の首相・鳩山一郎氏に 對する集團暴行・傷害事件がある <その、集団>

 翁が軽井澤の静養先から帰京しやうとして信越本線の汽車に乗って居たら、例の「朝鮮進駐軍」が後から大勢、切符も買はず、鐵道員を突き飛ばし押入って來て、俺達は戦勝國民だ、おまへら被支配者の敗戦國民が座って支配者様を立たせるとは生意氣だ、此車両は朝鮮進駐軍が接収するから全員立って他の車両へ移動しろ、愚図愚図するな! と追ひ立てた <軽井沢、鉄道、この>

 其で鳩山氏が、我々はきちんと切符を買って座ってゐるのにそりゃおかしい、と一乗客として穏やかに抗議したら、忽ち大勢飛び掛かって袋叩きにし、鳩山翁を半殺しにした 幸にして重体にも重傷にも至らなか
ったが、頭部裂傷だか顔面挫傷だか忘れたが、血に塗れ腫れ上がった痛々しい顔で帰京した <それ、たちまち>

 年老いた祖父を理不尽に叩きのめされて怨まぬ孫も有るまい、如何に不出來な孫にせよ 孫共は此を知らんのだらう <いかに、これ>

 直後に總理大臣に成る程の大物でも如斯 況や庶民に於てをや 土地も屋敷も物資も操も、奪ひ放題であった 闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、殊には、空襲や疎開で一時的に空いてゐる土地が片端から強奪された 今、朝鮮人が駅前の一等地でパチンコ屋や焼肉屋を営業してゐるのは、皆、あの時奪った罹災者の土地だ

三国人の不法行為
http://1st.geocities.jp/koreapeacenow2001/didi/sangokuzin.htm

在日特権&参政権  崔と朴のすっとぼけぶり

勝「でもね、在日すごいね。ついにソフトバンクは
  在日韓国人割引というのをね、携帯電話で出しましたよね。」
勝「民潭としてのある企業契約みたな形で…」
崔「まあいいや。そんなことはどうでもいいんだけど…」

金「朴さんだって反日大好きでしょ?」
朴「それはあの、誤解ですよ。私はあの~、日本を愛してますから~。
  やっぱり、愛と憎しみというのは恋の表裏の関係でしてね、憎ければ憎いほど、
  やっぱ、愛すれば愛するほど、憎さが出てくるわけであってね。」

勝「だいたいね~、三重県伊賀市みたいにね~、在日韓国人にはね~、
  地方税を免除しているなんてことが戦後ずっと続いてきたようなことを
  容認している限りは参政権なんて与えられませんよ。そんなものは。」
崔「え?そうなの?」
勝「そうだよ。」
崔「あそう。へえ~~~~。」
勝「戦後ずっと特例で。」
崔「あそう。」「あの辺全員にってこと?」
勝「あの辺の市町村全員に。」
宮「在日特権っていうのが結構あるって…」
崔「それは是正されなきゃダメだね~。それは是正されなきゃダメ。」
勝「特措法とか特例法とかが滅茶苦茶多いんですよ。あらゆる所に。」

金「数々の特権があったことは確かですよね。あの、総連か何かの組織がやっぱり
  すごめばね、あの~、税務署もみんな引っ込んだっていうそういうね、長~い長~い
  そういうね、歴史があったことだけは確かですよ。」
崔「一部ね。一部ね。」
http://boutarou.blog103.fc2.com/blog-entry-99.html#more


勝谷誠彦 【在日特権】三重県伊賀市 住民税減免問題
http://www.youtube.com/watch?v=ChfpqdwyBTA


三重県で在日「住民税半額」 「不公平だ」と批判相次ぐ  2007/11/21
http://www.j-cast.com/2007/11/21013643.html

兵庫県でもすでにこの支給は行われていた

平成19年と平成21年在日無年金訴訟では、日本人か否かで待遇に差が出るのは憲法違反ではない、との判断が確定したにもかかわらず何故そいつらを助ける事を率先して行うのか、と問い合わせてみたところ

最高裁の判決では、自治体が福祉的な給付を行うことについて判断は示されておらず、自治体が議会の予算議決を得て、予算を執行することは自治体に認められる裁量の範囲と考えておりますので、ご理解賜りますようお願い申し上げます。

との返答だった。
言葉遊びをしてごまかすな(売春はNGでも援助交際ならOKと言っているようなものだ)と意見したが腹の虫が治まらんなぁ。
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1245833992/

>総連大田支部では昨年から、無年金状態に置かれている同胞高齢者と障がい者を救済するため・・・

ミサイル造るカネを廻せばいいだろボケ!


>無年金状態に置かれている同胞高齢者

そりゃ積み立ててないんだから当たり前だよな。

>これにより、特別永住者には月額1万円、障がい者には月額3万円が支給されることになった。

普通に税金納めてる一般区民に対する差別だな。区民は区に対して謝罪と賠償を(以下


税金も納め、年金も積み立てている一般の区民
「生活厳しいけど、切り詰めて頑張るしかないか」

税金も年金も納めてない在日
「月1万とは小遣いにもならないニダ!これはシャベツニダ!!!もっと寄越すニダ!!!」

いずれかの時点で搾取され続けた側の反乱が起こるだろうなw
クサヨの皆さんは当然、搾取された側の味方なんでしょ??


在日特権なんかないとほざいている在日とそれに与する左翼がいるが、見てみろよこの有様を。

何かあれば差別、差別と大騒ぎするが、差別しているのはお前ら在日の方じゃないか。

こんなことやってるか在日は嫌われるんだよ。

いい加減、知らんふりしてないで声を上げろよ、在日は。

本当に汚い民族だ。汚すぎる。

人間じゃないよ。


大田区議会

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区民は反対運動したほうがいいんじゃないのか。
ただでさえ、小さな町工場が不況であえいでいるのによく出す金があるな、大田区。
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