登場人物
カイン……主人公。口数の少ない優男。元王宮兵士
ヤンガス……元山賊。カインをアニキと呼ぶ
ゼシカ……元アルバート家令嬢。猪突猛進
ククール……元マイエラ聖堂騎士団。キザ男
トロデ王……亡国の国王。呪いで魔物の姿にされている
ミーティア姫……トロデ王の娘。呪いで馬の姿にさせられている
トーポ……ネズミ
マルチェロ……聖堂騎士団長
オディロ……マイエラ修道院長
ドルマゲス……悪の魔法使い。トロデ王に呪いをかけた道化師
カインが燃え上がるマイエラ修道院に戻ってきたとき、
そこはパニックのるつぼと化していた。
ただ火を見て慌てふためいているレベルではなく、
そこにいる人々の思考回路を蝕む妨害電波が蔓延しているような、
そんな状態なのだ。
ある聖堂騎士は、
「橋が燃えていて渡れない!渡って、院長を助けに行かねばならぬのに!」
と、橋が燃えるのを手をこまねいて立ちすくんでいる。
橋の下が深い谷であるわけではない。
浅い川なのだから、
橋があろうがなかろうが、院長のいる島に渡れないことはない。
むしろ、
燃える橋を渡るぐらいならば、
川の中を歩くほうが容易である。
カインたちとククールが渡ると、
それを最後に橋は燃え落ちてしまったが、
しかし、
正常に思考できる状態ならば、
その橋が落ちたことを気にする必要などない。
せいぜい、
「靴が濡れるのは嫌だ」
という程度の悩みにしかならない。
それを
「橋が落ちたので、もう誰も助けに行けない」
と皆が皆思ってしまうほど、
人々の思考回路は蝕まれていた。
思考が蝕まれていたのは、
カインたちも同様だった。
橋を渡って院長棟に入ろうとして、
扉に鍵がかかっていることに気付いたカインたちは、
4人で体当たりをすることにした。
木の扉などゼシカのメラで簡単に燃やせるはずだが、
当のゼシカが誰よりも熱心に扉に体をぶつけ続ける。
リーザスの塔ではカインに向けて、
ドニの酒場ではあらくれに向けて、
ゼシカは簡単に無遠慮に呪文を繰り出してきたが、
木の扉に対して、
呪文ではなくひたすら体当たりを繰り返す。
とにかく、
まともな発想に辿り着かないのだ。
もちろん、
助けが来るはずの扉に鍵をかけてしまった衛兵の、
思考回路がまともであったはずもない。
カインたちがやっとのことで扉を壊し、
院長棟の中へ入ると、
2階からひとりの聖堂騎士が階段を転がり落ちてきた。
「あの道化師が……」
『まさかそんなことが』という口ぶりではあったが、
冷静に考えれば、
当然こうなることは予測できたはずのこと。
道化師が犯人だとわかっておきながら、
カインたちを牢に入れたのだから、
自由の身である犯人がもう1度襲ってくるのは、
至極当たり前の結末だ。
騎士を避けて階段を上ると、
ドルマゲスと対峙して膝をつくマルチェロと、
そして、それを見ながら佇むオディロの姿があった。
「院長には指一本触れさせん!」
と意気込むマルチェロは、
しかし、もはや指一本を動かすこともできないほど、
ドルマゲスに叩きのめされている様子。
カインとともに駆けつけたククールを見るなり、
「命令だ、ククール!院長を連れて逃げろ!」
と、マルチェロは叫んだ。
が、ククールもまた、
院長に指一本を触れることもできないまま、
ドルマゲスの攻撃の餌食になる。
「これで邪魔者はいなくなった」
とドルマゲスは、オディロにゆっくりと杖をかざした。
「オディロ院長!」
マルチェロやククールの叫びに、
しかし、オディロは、
「案ずるな、私なら大丈夫だ」
と笑顔を見せる。
その姿に、
カインは一瞬、
院長は秘策を持っているのだと期待した。
が、そうではなく、
どうやら院長もまた、
他の皆と同じく、
思考回路を失っているのだということに、
カインは気付くことになる。
院長が、
「私は神にすべてを捧げた身。神の御心ならば、私はいつでも死のう」
と言ったときに、
カインは悟った。
この状況が『神の御心』であるはずがない。
それを『御心』だと言った時点で、
オディロが正常な思考ができない状態になっていると判明した。
「神の御心に反するならば、お前が何をしようと私は死なぬ」
オディロは両手を広げ、
むしろ自分からドルマゲスに歩み寄っていく。
『殺せるものなら殺してみろ』
と言わんばかりだ。
カインの目には、
もはや、
オディロ院長が死にたがっているようにさえ見える。
「ずいぶんな自信だな。ならば試してみるか」
ドルマゲスがオディロに向けて杖を振り上げたとき、
「待て待てーい!」
と緑色の魔物が飛び出てきた。
トロデ王である。
「久しぶりじゃな、ドルマゲスよ」
「これはこれは。変わり果てたお姿で」
ニヤニヤしながらと答えるドルマゲスに向かって、
トロデは、
「姫とわしを元の姿に戻せ!」
と詰め寄る。
「戻せ戻せ戻せ!」
この様子もまた、
カインの目には、
ただただ死にたがっているように見えてくる。
死に急ぎ野郎は2人いたのだ。
逃げろと言うマルチェロの助言を聞かずにドルマゲスに向かっていくオディロと、
オディロを殺そうとしているドルマゲスの前にわざわざ出て行くトロデ。
俺が俺が!
いや、私が!わしが!
本来ならば、
そんな2人を助けてドルマゲスと戦うべきなのかもしれないが、
カインの心情としては、
「どうぞどうぞ」といったところ。
ドルマゲスのほうも、
「どちらにしようかな」といった顔つきになっている。
結局、
より煩わしいトロデ王を狙うことに決めたようで、
ドルマゲスの放った杖は、
トロデを串刺しにすべく一直線に空を滑る。
が、
実際に串刺しになったのは、
トロデではなくオディロのほうだった。
素早い身のこなしで、
杖とトロデの間に割って入ったのだ。
トロデをかばったようでもあったが、
刺される役目をトロデに奪われたくなかったようでもあった。
いっそのこと2人とも刺されれば、
串刺しツインズとして仲良く転生でもできるのではないか、
とカインは想像をしたりもした。
『トロディオ』という名前を付けてスカウトするのもいいかもしれない。
トロデを狙ったドルマゲスの杖は、
狙いとは別のオディロを貫いた。
しかし、
結果的にドルマゲスは、
それで満足したかのように、
「さらば皆さま。ごきげんよう」
と去って行った。
場が静まり返り、
カインは、ふと、はっきりとした意識を取り戻した。
今まで意識を失っていたわけではないが、
どうもふわふわとした楽観的で軽薄な心理状態だったのだ。
なぜ自分は、
ずっと追ってきたドルマゲスと会い見えたのに、
戦おうともしなかったのか。
なぜ自分は、
オディロ院長を救うためにやってきたのに、
肝心なところで、
オディロ院長が殺害されるのを傍観してしまったのか。
あまつさえ、
不謹慎にも、
傍観しながら『トロディオ』という名前をつけてしまってさえいる。
逃げろと言われて逃げないオディロや、
わざわざ殺されに出てきたようなトロデに、
そんな2人を助けようともせず傍観していたカイン。
適当に狙いをつけて杖を投げて、
違う者に命中したのに、
それで納得して去って行くドルマゲス。
彼らの行動の一貫性が失われた理由、
それは、
ドルマゲスの持つ杖が発する思考の妨害電波によるものだった。
ドルマゲスのチカラを超越しているその杖の能力は、
周囲の人々から、
一時的に、
高い知能と強い意志を奪ってしまうのだ。
それゆえ、
命を懸けて院長の命を守るという使命を失った聖堂騎士は、
浅い川を渡ることもできなくなり、
呪文を唱えるという発想を失ったゼシカは、
ドアに体当たりをするしかなくなり、
皆を導くべき天命を失ったオディロは、
命を粗末にしてしまったのだ。
理念も志も使命も、そして命も、
何もかもが軽くなってしまう。
絶対に失えないものであっても、
失ってもいいような気になり、
絶対に負けられない戦いでも、
戦わなくてもいいような気になる。
それが、
ドルマゲスの杖の恐るべき魔力であった。
翌日、
院長の葬儀は、雨の中、荘厳に行われ、
マルチェロの説明により、
カインの容疑も完全に晴れた。
「あらぬ疑いをかけてしまって申し訳ない」
マルチェロはカインたちに頭を下げた。
「話はこちらの方に全て聞きました」
全て話したのはトロデだった。
結局、
きちんと論理立てて話せる人物はトロデしかおらず、
しかし、魔物の姿では論理立てても受け入れられず、
ドルマゲスの正体が明らかになった今だからこそ、
やっと聞き入れてもらえた、という事情である。
「あの道化師には、神の御名のもとに鉄槌を下さねばなりますまい」
マルチェロは苦い顔をして言ったが、
マルチェロ自身はオディロを継いで院長としての職務を全うせねばならず、
それ以外の聖堂騎士たちも、
修道院の復旧に対しての仕事が多い。
結局、
『鉄槌』の役割を任されたのは、
修道院一役立たずのククールであった。
「まあ、そういうわけだ。オレも旅に加えてもらうぜ」
はじめは不服を唱えたククールも、
最終的には、
修道院にいるよりマシだ、という結論に辿り着き、
カイン、ヤンガス、ゼシカとともに、
共にドルマゲスを追う4人目の同志となった。
「ゼシカ。オレは君だけを守る騎士になる」
「はいはい。どうもありがとうございますー」
こうしてククールは、
棒読みで受け入れられた。
カイン:レベル17、ドニ
プレイ時間:15時間15分
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