【中山恭子】日本のこころを大切にする党の講演会に行ってきた【杉田水脈】 | 独立直観 BJ24649のブログ

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流行に浮かされずに独り立ち止まり、素朴に真っ直ぐに物事を観てみたい。
そういう想いのブログです。

 2月28日に日本のこころを大切にする党が名古屋で講演会(IFCON、イフコン)を開くとの情報を、血祭謙之介さんからいただいた。
 中山恭子代表と杉田水脈前衆議院議員が講演するとのことで、行ってみた。
 血祭さんのブログ、ツイッターは是非見てみてください。

血祭謙之介ブログ
http://ameblo.jp/khensuke/
血祭謙之介ツイッター
https://twitter.com/k_chimatsuri

 血祭さんも来るかどうかは事前にわからなかったのだが、血祭さんも来ていた。
 私が知らないところで私がこの講演会のレポートをアップするという既成事実ができているということを知ったw
 むむむ。これは孔明の罠だ・・・。
 なお、同党のHPに会場の模様が公開されている(https://nippon-kokoro.jp/admission/ifcon/ifcon_in.php)。

 私たちが会場入りした時には、既に満席だった。
 が、来場者があまりに多かったため、来賓席が開放され、私たちは2列目に座ることができた。

 若園ひでこ東郷町議会議員が司会を務め、国歌斉唱から始まった。


 日本のこころを大切にする党のPR動画が上映された。
 尖閣諸島沖漁船衝突津事件、中国による南沙諸島埋立て、慰安婦問題、安保法案反対デモ、拉致問題、憲法改正集会、普天間問題と、わが国の存立に関わる重要課題が次々と映し出された。
 緊張感のある動画なのだが、最後の最後で党のマークのゆるキャラ(?)で終わるのがなんだかなぁw

※ ロゴマークの解説(https://www.youtube.com/watch?v=FU0EzWmnN-0


 井桁亮氏が開会の辞を述べた。
 いきなり「日本のこころを愛する・・・」と、党名を間違えたw
 今年は「選挙イヤー」であり、国家のあり方を問われ、安全保障の難局を迎える重要な年だという話だったと思う。
 党HPで井桁氏について確認してみたら、フェイスブックページを開設したとのこと(https://nippon-kokoro.jp/member/igeta_makoto/https://www.facebook.com/profile.php?id=100008624951808&fref=nf&pnref=story)。


 来賓が紹介された。
 諸岡覚四日市市議会議員が登壇した(諸岡議員は無所属。http://ameblo.jp/morooka1233/entry-12133892929.html)。
「四日市と言えば公害のイメージがあるだろうが、公害は改善した。
しかし、政治は真っ赤だ。」
というネタから入ったw
 諸岡議員によれば、四日市では、自民党から共産党まで、朝鮮学校に対して多額の補助金を出すことに賛成しているとのことだ(私立学校の7倍)。
 日教組教育では平等・公平・人権が強調されるが、物事には限度がある。
 伝統や日本のこころを守っていかねばならない。
 政界は「安倍vsアカ」の様相だが、それに終わらず、「太い縦糸」を構築していかねばならない。
 という話だった。



 皆さんお待ちかねの杉田水脈前議員が登壇した。
 「井桁さんは日本のこころを愛してやまないのね」と、井桁いじりから入ったw
 杉田前議員と言えば慰安婦問題だが、今回は主に「女性の活躍」について語った。



 杉田前議員が政治家を目指すことになった原点は、女性・子供の問題だった。
 杉田前議員は、政治家になる前は、兵庫県の西宮市役所に勤め、子育て支援を担当したことがあった。
 親の子供に対する虐待など、ひどい事件が報道されるが、皆に知れ渡るのは氷山の一角に過ぎず、苦しむ子供が大勢いるところを見てきたとのことだ。
 ご飯をまともに食べさせてもらえず、給食が頼りの子はざらにいて、夏休みになるとやせ細る子もいる。
 民主党政権は子ども手当を実施したが、小手先の制度を変えても問題の解決には結び付かないことを実感している。
 杉田前議員によると、偽装離婚をして手当の給付を受けるという不正受給も横行しているとのことだ。
 そういう現場を見て、市役所を辞め、国会議員を目指し、日本維新の会で当選することができた。
 日本のこころに基づいた制度づくりが必要だと考えている。

 平成26年の衆議院解散前、女性活躍推進法案が衆議院に提出された。
 杉田前議員は、同法案が「職業生活」に限っているのを見て、女性の全てが対象ではないのかと、違和感をもった。
 そこで、党に任され、「家庭における女性活躍法案」を対案として提出した。
 杉田議員によれば、子を持つ母の8割が専業主婦であり、意外と働く女性よりも専業主婦の方が子の虐待に及びやすく、支援がより必要だとのことだ。
 女性活躍推進法案はいったんは廃案となったものの、昨年、可決された。
 同法に基づいて、役所は行動計画を策定することになるのだが、従来の制度と重なり合うところが多く、その従来の制度もよい結果を出しておらず、実効性は疑わしい。

 管理職の○割を女性にしなければならないという話も、女性にとってありがたいものなのだろうか。
 管理職になりたくない女性が過半数を占めるという調査結果もある。
 また、女性だから管理職にしてあげると言われても、仕事を評価されているわけではなく、うれしくもないだろう。
 なお、「家庭における女性活躍法案」は、参議院に提出されているとのこと。

 昨年、杉田前議員は「子宮に沈める」という映画のトークショーに呼ばれた。
 この映画は、1歳と3歳の子供が餓死してしまった事件を再現するというものだ。
 通常、こういう事件では、子供の世話をしない母親を責め、母性はあるのかという議論になる。
 しかし、杉田前議員としては、父親の責任も問われるべきであり、父性はどこにいったという問題もあるのではないか、とそのトークショーで述べた。
 父性と母性があってこその子育てだ。
 にもかかわらず、教育現場では「男らしく」「女らしく」とは言えない状況になっている。
 これで父性は育つのか。

 杉田前議員は、国連女子差別撤廃委員会を訪れ、現地を見た。
 慰安婦問題は数ある問題の中の小さな問題の1つという扱いだった。
 国連には、日本人自身が国連に告げ口に行き、日本は女性差別大国扱いだった。
 たとえば、現実離れした家父長制批判が日本に対してなされている。
 外務省もこれに反論しない。
 国連では、日本が夫婦別姓を認めていないのも女性差別だとされている。
 日本人自身が言うから国連も信じてしまう。
 告げ口をする人たちによって、国連が家族解体に利用されている。

 家族について考える必要がある。
 恋愛結婚が増える一方で、離婚率が約4割になっている。
 かつてのお見合いが多かった時代より離婚率が高い。

 70年かけて日本らしさを失ってきた。
 取り戻すのには70年以上かかるかもしれない。
 日本のこころを取り戻すことが子供の幸せに繋がる。
 日本のこころを大切にする党はなんでも反対の野党ではなく、そのための建設的な議論をする。
 また、この党の根幹には自主憲法制定がある。

 以上が杉田前議員の講演の概要だ。



 中山恭子代表が登壇した。
 事前に示されていた題目は「文化のプラットホームとしての日本」だった。
 私は、日本はいろんな文化を接受して蓄えてよりよい物を作り出す、とか、この地方の時事ネタとして伊勢志摩サミットに言及、みたいな話を予想していた。
 しかし、実際のところは、党名変更の理由と、党名に入っている「日本のこころ」についてのお話が主な内容だった(一応、「文化のプラットホームとしての日本」についての資料も配付された。http://nakayamakyoko.net/pdf/teigen_youyaku.pdf)。


 中山代表も、「日本のこころを大切にするでも愛するでもどちらでもいい」と、井桁いじりから入った。
 「日本のこころ」が略称なので、ここが大事だということだ(総務省に届け出た略称は「日本」)。
 党名を変更したからと言って党勢が伸びるというものでもないが、日本の政治や社会の中から日本の心が失われることが心配であり、目先の利益を失うとしてもこの考えを党名に入れないといけない、政治の現場に「日本のこころ」を持ち込みたいという想いで、党名変更に及んだとのことだ。
 英語表記については「Japanese Kokoro」とした。「Heart」などの英語ではうまく言い表せず、全世界に日本の心をわかってほしいという想いで、このような表記とした。

 中山代表は、政治の世界に入って8年あまり経つ。
 政治の中枢にいるのは、25~30年のベテラン議員ばかりだ。
 政治の世界にいて、「いていい」と素直に思えず、違和感があった。
 それは、「輸入品」の中で過ごしているという感覚だ。
 自由主義にしろ共産主義にしろ、「~主義」という考え方が横行している。
 「~主義」は海外から輸入した考え方だ。
 日本的な感覚で主張しようとしても、一顧だにされない。
 おかしいのではないか。

 民主主義は革命の歴史の中で出てきたものだ。
 民衆をいかに煽動するかに重きが置かれ、多数決という考え方を組み込んだ。
 これは言わば、ある個人の学者が作り出した考え方に過ぎない。
 民主主義が悪いものとは言わない。
 重要なのは、2676年の歴史の中で育まれてきた、さらに言えばその前から続く歴史の中で育まれてきた、日本の本来の考え方が蔑ろにされているのではないかということだ。
 これは個人の学者が作り出したものではなく、皆が作り上げたものだ。
 たとえば嘘はやめようとか卑怯はやめようとかいった規律は、政治の柱としても大事なものだ。

 今回の党名変更は、次世代の党で活躍してきた人には迷惑だったかもしれないが、理解してほしく思う。

 日本の心は、政治のみならず社会においても考える必要がある。
 世界が日本を評価する時、それは日本の民主主義を評価するのではない。
 サッカー場のゴミ拾いにしても、東日本大震災の被災者の振る舞いにしても、日本の心が評価されているのだ。

 小泉八雲は「日本の心」という小冊子を書いた。
 エドワード・モースは「日本その日その日」という本を書いた。
 モースは瀬戸内海に調査に行く時、宿に金時計と紙幣を預けた。
 預かった係員は、それらをザルに入れ、人が往来する床の間に置いた。
 一週間後、モースがその宿に戻ると、ザルの中に金時計も紙幣もそのまま置かれていた。
 モースにとって泥棒がいないという初の経験で、アメリカではこうはならないとのことだ。
 ポール・クローデルという駐日フランス大使は、昭和18年、第二次世界大戦中、パリで講演会を開き、日本は敵国であるにもかかわらず、
私がどうしても滅びてほしくない民族があります。それは日本人です。
あれほど古い文明を伝えている国はない。
日本には急発展する資格がある。
貧しいけれど、彼らは高貴だ。
ということを述べた。
 クローデルは今の日本を見ても同じことを言えるだろうか。

 古来よりの書画を見るに、日本の女性は明るい。
 「源氏物語」という女流文学も生まれた。
 女性が明るい顔をしている日本、嘘はダメ、、卑怯はダメだと子育てする日本。
 そういう温かな日本社会は決して滅んではいけない。

 温かな社会を作り直す。
 それが世界への貢献ともなる。
 国際社会は平気で人を殺し、自然も破壊する。
 それは違うと言えるのは日本文化だ。
 自分より弱い者を痛めつけることをは許されない。やったら恥だ。
 その心を子に伝えていかなければならない。

 日本のこころを大切にしながらも好奇心旺盛に新たなものを取り入れる。
 日本の文化・社会の温かさは大切だという認識を広めていきたい。


 話は拉致問題に移った。
 中山代表は、政府(小泉内閣)が拉致被害者5人を政府の決断でわが国に留めたということや、第一次安倍内閣で拉致問題担当の補佐官としてこの問題にあたったことなどを話し、政府が制作した拉致問題啓発のDVDがスクリーンに映し出された。
 政府インターネットテレビで公開されている「拉致被害者御家族ビデオメッセージ~必ず取り戻す!愛する家族へ~」のチャプター01と10だと見てよいだろう(http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg12278.html)。

 DVDが終わると、中山代表は、国交正常化路線の外務省ではなく、官邸直轄で動く必要があると訴えた。
 つまり、拉致問題は、問題解決の体制が不十分だという国内問題の側面があるのだ。

 北朝鮮にとって拉致被害者は「戦利品」だ。
 返せと言っても通じない。自分のものになったら決して離さない。
 2月22日は「竹島の日」だったが、竹島も同じだ。
 国際法などそっちのけの国が相手なのだ。
 法を守らせるよう努力をしていく必要がある。

 慰安婦問題について、1月18日に参院予算委員会で質問した。
 「軍の関与」について質問し、「強制連行」「性奴隷」「20万人」は間違いであると、はじめて明確化された。
 政府は国連でも慰安婦問題について初の主張をしている。
 国連での反論をしていく必要がある。

 慰安婦問題について国際社会に向けて事実を発信していかなければならない。
 韓国に配慮することはかえって裏目に出る。
 そうしていくことが、真の日韓友好に繋がっていく。

 以上が中山代表の講演の概要だ。



 この後、子供2人が中山代表と杉田前議員に花束を贈呈した。
 中山代表と杉田前議員は、新幹線の時間とのことで、ここで退出した。
 せっかく杉田前議員の著書「なでしこ復活 女性政治家ができること」(青林堂、平成26年)を持参したのだが、握手もできなかった。
 質疑応答もなかった。
 私は昨年、血祭さんに誘われて松沢成文幹事長(当時)の講演会に行ったのだが(http://ameblo.jp/bj24649/entry-12058953457.html)、ある質問者が演説を始めて昂揚して「松沢は党を出ていけ」などと言い出してしまった。今回、質疑応答がなかったのはこれのせいだろうか。

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 この後は党の事務連絡などが行われた。
 昨年の松沢元幹事長のイフコンで、私は隣の席の人に確か「三橋貴明は疑った方がいい。」などと話しかけていた。
 私と話していたあの人が、壇上で事務連絡などをしていた。
 党員だとは聞いていたが、名古屋市地区を任されている偉い人だったようで、ちょっと驚いた。
 井桁氏から参院選についての話が出た。
 井桁氏が愛知県選挙区から立候補する予定であることは公開してもよいのだろうが(党のHPでは役職に「衆議院愛知県第六支部長」と書かれてはいる)、全国区の候補者はどうなのだろう。
 とりあえず、「Tさんじゃない人がまず決まったのかぁ。」という印象だった(ひょっとして離党してる? まぁ既に犬伏秀一大田区議会議員が明かしているようなものではあるが。https://twitter.com/inuhide/status/697420203206975489)。
 井桁氏は中国の軍事的脅威、そして歴史戦は情報戦だという趣旨を述べた。
 これで今回の講演会は終わった。
 来場者が帰る中、若園議員が安全保障体制の整備の必要性などを訴えていた。



 私の感想だが、中山代表から党名変更の理由を聞けたのはよかった。
 私は、党名変更について批判する記事を書いた(http://ameblo.jp/bj24649/entry-12109946679.html)。
 参院選を約7カ月後に控えた時期に党名を変更して知名度を失うのは不利益が大きいと思えてならなかった。しかも党名変更を巡って参議院議員が1人離党してしまった。
 保守言論人から「次世代の党」という党名の悪評は聞かれるところであり、そういう言論人に唆されて党名を変更したのでは、と疑うところもあった。
 しかし、中山代表自身にこれだけ党名への想いがあるということは、ご自身で決断されたのだろう。
 党名変更当時、次世代の党には参議院議員しかいなかったが、江口克彦議員を除いて改選時期ではなかったことも、党名変更を決断した要素の1つかもしれない(江口議員は離党。http://www.sankei.com/politics/news/151217/plt1512170063-n1.html)。
 とはいえ、選挙に不利であることに変わりはない。
 上で紹介した事務連絡をしていた人に、「消費税増税反対」のビラについてきいてみたところ、名古屋市地区にはまだ新党名で刷り直したビラが届いていないとのことだった。
 党名変更により、いろいろなところに支障が出ている。
 とにかく、今年の参院選で1人でも当選すれば、国会議員数が5人に戻り、メディアに露出する機会も増え、その次の選挙にも繋がっていくだろうから、この参院選は非常に重要ではないかと思う。

 中山代表が、「~主義」ではなく「日本のこころ」が大事だというのはもっともだと思うところではある。
 中山代表は直接には言っていないが、暗に、民主党や社民党や共産党が立憲主義だのなんだのと主義を振り回して、嘘を平気でつき、党利党略・私利私欲の卑怯なことばかりしていることを念頭に置いているのではないか。
 また、自民党は自由主義と民主主義、共産党は共産主義というように、主義が党名になっている政党があるが、中山代表は、そういう輸入品のような党名を避けたのだろう。
 ただ、日本のこころを政治に持ち込みたいと思って党名を変更しても、議員を増やさなければ持ち込めないところがジレンマではある。

 慰安婦問題については、中山代表は「軍の関与」について「強制連行」等が間違いであることが「はじめて明確化された」ということを話されたが、どういう趣旨かがよくわからなかった。
 配布された資料に議事録が載っているが、これを見ても安倍総理大臣は「軍の関与の下にというのは・・・従来から述べてきているとおりであります。」と答弁している。
 「従来から」と言う以上、「はじめて」というのは腑に落ちない。
 日韓合意後はじめて、という趣旨だったのだろうか。それとも、内閣総理大臣が国会でかかる答弁をしたのがはじめて、という趣旨だったのだろうか。

 配付された資料に、党の活動を紹介するビラが入っていたのだが、高橋洋一氏の写真に目が行った。
 説明文を見ると、
「第59回 国対政調合同会議開催
 2月10日、参議院議員会館党会議室にて講師に高橋洋一氏をお招きし59回目となる国対政調合同会議を開催いたしました。テーマは「消費税率5%への引き下げについて」。我が党は、デフレ脱却こそが低迷する日本の経済浮揚に必要不可欠なことであると考え、国民の立場に立つ有効な経済政策の様々な可能性を検討しています。参議院選挙に向け、国民の皆さんにとって本当に必要な政策を訴えてまいります。
とのことだ。
 「消費税増税反対」のビラがまだ名古屋市地区に届いていないということは上で述べたが、「消費税減税」を掲げたビラに刷り直しているとしたら画期的だ。



 講演会終了後、血祭さんといろいろと話した。
 やはり、昨年末の慰安婦問題日韓合意をどう考えるかが気になった。
 血祭さんのツイッターを覗いてみたものの、クソリプ晒しだらけでわけがわからない状態になっており、血祭さんの考え方がよくわからなかった。
 血祭さんは、政府のHPで公開された合意内容を見て、「日本の勝ち」と判断したとのことだった。
 私はbandoさんの記事などを見て大体立場を決めたものの(http://ameblo.jp/tokyo-kouhatsu-bando/entry-12112154111.html)、それでも悩ましく思っていて、血祭さんがスパッと見極めたというのには驚いた。
 血祭さんも、アメリカの圧力については、日本に対するものより韓国に対するものの方が強かったという読みだった。

 私は親北派のような言説はすまいとするあまり、韓国に対して甘すぎるきらいがあったと思う。
 血祭さんは、朴槿惠政権は慰安婦像を撤去できないだろうという見方だった。
 とはいえ、日本側としては「できなくてもやれ」と要求し続けるのみであり、ある意味、朴政権を応援することになるという話だった。
 いわゆる「10億円の拠出」については、円建てであるところに着目するあたりが経済に明るい血祭さんならではの視点だと思った。
 朴政権については、韓国の歴史教科書国定化についても話が及び、慰安婦問題の記述がどうなるのか気になるところだという話になったが、2日、「今年改訂された韓国の小学6年生用の国定社会科教科書から、「慰安婦」や「性奴隷」の表現や、慰安婦の写真が削除されたことが分かった。」という報道が出た(http://www.yomiuri.co.jp/world/20160301-OYT1T50219.html)。

 私としては、慰安婦問題の解決の「ゴールポスト」をどこに求めるのかが気になっていた。
 これに関して、確か、血祭さんの見方は、政府の役割は韓国から慰安婦問題という外交カードを回収するところまでというものだった。
 政府に慰安婦問題の真実についての情報発信を求める声があるが、これは主として民間が行うべきことだ。
 つまり、安倍政権としてはやるべきことは一通りやったということになる。

 あらためて確認しておきたいと思ったのが、河野談話の読み方だ。
 談話本体で強制連行を認めているのかどうか。
 保守言論人による慰安婦問題の解説を見ても、ここがわかりにくいものが散見される。
 たとえば、松木國俊氏は、「河野洋平氏が官房長官を務めていた平成五年八月四日に、「日本軍による強制連行」を認めた談話を出した」、「河野洋平は、・・・何の証拠もない”強制連行”を”あった”ことにして河野談話を出した」と言う(「こうして捏造された韓国「千年の恨み」」(ワック、2014年)146,147ページ)。談話本体が強制連行を認めた内容になっているように読める。
 血祭さんは、談話本体の文言自体はあくまで強制連行を認めていないとする。
 河野談話が強制連行を認めるものとなった原因は、平成26年の河野談話検証(河野談合の公表)が示す通り、河野談話を発表した記者会見において、この談話が強制連行を認めるものだとして「結構です」と答えてしまったからだ(http://goo.gl/ZHgzRv[13ページ]、関連記事としてhttp://www.sankei.com/politics/news/140621/plt1406210018-n1.html)。
 私も血祭さんと同様の理解であり、安心した。
 ちなみに、西岡力氏は、「あたかも強制連行を認めたかのように読める河野談話」と表現している(「よくわかる慰安婦問題 増補新版」(草思社、2012年)3ページ)。
 細かい話だと思われるかもしれないが、こういう根本の理解が、第一次安倍内閣による慰安婦問題についての閣議決定以来の政府見解をいかに解するかというところにも通じてくると思う。
 それこそ、今回の日韓合意の「軍の関与」の解釈にも関わってくる。談話本体で強制連行を認めていると解する人の方が、この文言によって強制連行を認めたも同然だと解する傾向が強くなるだろう。他方、談話本体では強制連行を認めていないと解する人は、この文言だけでは強制連行を認めたものだとは解されないとする傾向が強くなるだろう。前者の方が日韓合意反対論に傾きやすくなる。
 血祭さんに教えてもらって知ったのだが、河野洋平は昨年、「強制連行を認めたのは白馬事件についてだ」という趣旨を言ったとのことだ(http://erakokyu.blog.jp/archives/kono-150609.html。多分http://www.seisaku-center.net/node/91が関連記事。「「官憲等が荷担」という公権力の関与に触れる部分は、朝鮮半島の事例を指すものではない。この事例は、インドネシアのバタビアで現地部隊の一部が引き起こした事件を指すものであることを東良信外政審議官が九七年三月十九日、自民党議員の会合で認めている。」)。

 経済についてもいろいろと教えてもらったが、需給曲線やIS-LM曲線、「貨幣の中立性」などを理解すると、似非ケインジアン、というか、新社会主義者の謬論を見抜くことができるため、重要だと思った。
 グローバル化デフレ説については、自由貿易を「ゼロサム」で捉えていて「プラスサム」で捉えていないというのが印象的だった。
 TPPについては、反対派の中に「留保」の意味を誤解しているものがあると教えてもらった。
 TPP反対論は、民主党政権の時には意味があったのだが、安倍政権になって「ステージが変わった」(by上念司氏)のだから、考え直さないといけない。
 ところが、これは私の見方だが、「TPPは亡国最終兵器だ」と拳を振り上げ、周囲を巻き込んでしまった人たちは、安倍政権になったからといって自分だけが態度を変えるということができないのではないかと思う。
 ここが運動体を持つメディアであるチャンネル桜の難点だと思う。多くの人を巻き込んで運動体を動かしてしまうと、後に退けなくなる。メディアとしてもTPP反対論を唱え続けることになる(水島総氏はいまだにTPP参加は「政策選択の間違い」とする。「正論 2016年3月号」110ページ。本ブログの関連記事としてhttp://ameblo.jp/bj24649/entry-11901235109.html)。
 私が今回の日韓合意で懸念するのはTPP反対運動の轍を踏むことで、「安倍は先人の名誉を汚した」と拳を振り上げ、周囲を巻き込んでしまった人たちは、やはり態度を変えることが困難となるだろう。
 この合意は交渉の経緯など明らかになっていないまたは整理が必要なところが多分にあり、早い段階で反対論で立場を固めるのは危ないと思い、私は昨年末からこれについての記事をいくつか書いてきた。
 この日の帰りに「WiLL 2016年4月号」を書店で見つけたのだが、渡部昇一氏が
「これ(日韓合意)が保守の大きな分断にならないことを望む。」(32ページ)、
「日本、特に保守派は日韓合意などにうろたえることはない。ひいては憲法改正(新憲法制定)にも繋がる「東京裁判史観の払拭」というより大きな課題に、これからも取り組んでいかなければならない。戦う相手を間違えてはならないのである。」(39ページ)
と呼びかけていた(おそらく中西輝政氏を意識している。「歴史通 2016年3月号」116ページ以下)。
 日韓合意にうろたえて安倍叩きに突っ走るという軽挙妄動をしてはいけないということだ。



 はじめて直に中山代表や杉田前議員を見ることができ、また、血祭さんからもいろんな話を聞くことができ、大変刺激を得ることができた。
 拉致被害者5人を取り戻した功労者である中山代表や、血祭さんのブログを思うに、エンディングには山口采希さんのこの曲を載せるべきか。
 クローデルは「日本人には滅びてほしくない。」「彼らは貧しくても高貴だ。」と言ったとのことだが、北朝鮮という小国に自国民を拉致されて平気でいられる日本人が、果たして高貴なのだろうか。流行りの言葉で言えば「ゲスの極み」ではないか。
 拉致問題は、日本人全体の存在価値に関わる問題ではないだろうか。
 戦後レジームとは、日本のこころを失い、高貴さを失い、存在価値を失っていくという、滅びの過程だったのではないか。
 その根幹には、日本国憲法があり、これを支える東京裁判史観がある。
 日本のこころに基づいた法制度を整えるだけでは不足であり、制度を運用するための経済力も必要だ。
 「貧しくても高貴」はそれはそれで誇るべきものではあるが、国を守り伝えていくためにはそれなりの費用もかかる。
 消費税増税を強行してデフレに逆戻りすることは避けなければならない。
 だからこそ、憲法改正(自主憲法制定)および消費税増税阻止が必要なのであり、次の参院選が重要になってくるのだと思う。



「拉致被害者全員救出を願って。「空と海の向こう」~山口采希~」 YouTube2015年3月24日
https://www.youtube.com/watch?v=TyXAfW64Nf4