似非ケインジアンなどのデタラメに脳天直撃スープレックスをぶちかますことでお馴染みの血祭謙之介さんが誘ってくれた(http://ameblo.jp/khensuke/、https://twitter.com/ewa_nwd)。
行くかどうか迷ったのだが、正直、今回の講演を行う松沢成文幹事長(参議院議員)の話をあまり聞いたことがなかったので、この際だから聞いてみようと思い、行くことにした。
ちなみに、この講演と同じ時間に、近くのある会場で西村幸祐氏も講演会を行っていた。
重なってしまったのは残念だ。
この地域では次世代の党は大苦戦だ。
ここは民主党王国で、松沢幹事長がかつて所属したみんなの党も苦戦していた。
支持者も少ないし、来場者も少ないだろうと思い、講演が始まる10分前に会場に到着したら、意外にも満席で、職員が追加の席を用意していた。
血祭さんが机のある席を私に譲ってくれたおかげで、講演のメモが取りやすかった。
今回の主題は、「次世代の党が考える自主憲法について」だった。
司会は若園ひでこ東郷町議会議員で、開会の言葉を井桁亮氏が述べた。
井桁氏については、日本未来の党に所属していた過去があり、彼を怪しむ記事を書いたことがある(http://ameblo.jp/bj24649/entry-11961933693.html)。
しかし、サヨク系ではなく、保守系と見てよいようだ。
松沢幹事長の講演の前に、藤井孝男前衆議院議員の挨拶(というか講演)があった。
藤井前議員は、たちあがれ日本の時は参議院議員だったが、日本維新の会に所属した時に衆議院議員に鞍替えし、昨年の解散総選挙で落選してしまった。
国政復帰への強い意欲が出ていた。
在野にいることのもどかしさを抱いているのだろう。
民主党が、政権を担ったにもかかわらず、戦争になるだのなんだのとデタラメを言って騒ぎ、安全保障論議について無責任なことを批判した。
藤井前議員は、安全保障について、普段我々があまり議論しない視点を述べられた。
外国で任務を行う防衛官僚および自衛隊員の身分についてだ。
現行制度では、駐在武官は防衛省から直接に派遣されるのではなく、外務省に出向するという形式をとる。
PKO活動をするために外国で任務を行う自衛隊員は、内閣府に所属するという形式をとる。
軍人の身分のないことが、活動の障害になっているようだ。
藤井前議員は、現実に即した安全保障論議の必要性を訴えた。
日米安全保障条約も、アメリカが必ず日本を助けてくれるというものにはなっていない。
そういう厳しい現実を直視する必要があるということだ。
藤井前議員は、カタールに勤務していたことがあり、同国に在住していた時、クーデターが起きたとのことだ。
安全保障論議というのは、そういう想定しがたい事態をも想定して行う必要があるという趣旨を述べられた。
私としては、これは憲法論議にも必要な視点だと思う。
藤井前議員は、以上の挨拶を述べると、他の用事のため退席された。
松沢幹事長の講演が始まった。
松沢幹事長はにこやかで、大らかな雰囲気で講演された。
主な講演内容は、自主憲法制定の必要性を、誰にでもわかるように説明するというものだった。
概ね当たり障りがないというか、穏当な内容だったと思う。
とはいえ、耳慣れない話もちらほらと出ていたし、話を単純化するための言葉のあやなのかもしれないが、容易に同意できない話もあった。
松沢幹事長といえば禁煙という印象があるが、禁煙の話は出てこなかった。
あと、みんなの党といえば道州制という印象があるが、地方自治については論じたものの、道州制への言及はなかった。
個人的見解を抑え、次世代の党の中で行われている憲法論議について語られたのだと思う。
松沢幹事長は、日本国憲法について、制定以来改正されていないことを指摘し、この憲法が現実と乖離してしまっていることを指摘するところから、自主憲法制定の必要性を説き始めた。
宗教の聖典であれば、現実がどう変化しようと、後世の人々によって書き換えられてはいけないと言えるが、憲法はそういうものではなく、その時代の国民が決めるものであり、だからこそ改正条項が存在するのだ、という話だった。
宗教の聖典という比較対象を出すことにより、わかりやすい説明になっていると言える。
半面、私としては、時代の変化に合わせて憲法を改正しようと言ってしまうと、大日本帝国憲法に立脚して憲法を改正しようと言いにくくなるのではないかと疑問に思った。
次世代の党の自主憲法起草委員会顧問の倉山満氏は、日本国憲法を改正するにしても大日本帝国憲法を踏まえるべきだという立場であり、私もこれに同意するが、大日本帝国憲法を踏まえると言うことは、時代に逆行するという側面を有する。
時代の変遷とともに憲法も改正されるべきだという松沢幹事長の説明は、果たして適切なのだろうか。松沢幹事長に限らず、こういう説明の仕方は保守言論人からも聞かれることはある。
また、松沢幹事長は、憲法が改正されるべき時代の変化として、環境問題や交通事情の変化を挙げた。
環境問題が憲法改正にどう関係があるのだろうか。環境権を人権カタログに入れようということなのだろうか。
どういう趣旨でこういう例が示されたのかがわからなかった。
松沢幹事長は、日本は民主主義国家なのに、日本国民は自ら憲法を制定した経験を有していないということを指摘する。
松沢幹事長は、国民皆が議論して憲法を制定することが民主主義国家の条件だと言う。
大日本帝国憲法制定においては、江戸時代生まれの人たちは民主政治などわからないわけで、国民的議論なしにこれを制定するのもやむを得なかったと言える。
日本国憲法制定においては、マッカーサーによってこの憲法を作らされたのであり、国会での議論もほとんどなく、やはり国民が制定した言える代物ではない。
そこで、この憲法改正をして、日本を本当の民主主義国家にしよう、という話だった。
この説明において、松沢幹事長が明治維新を革命扱いしているのが少し気になった。
保守論壇の歴史解説においては、明治維新は革命ではないとよく注意されるところではないか。
「明治維新は Meiji Revolution ではなく Meiji Restoration と翻訳されている」ということを倉山氏が紹介していた覚えがある。
文脈上全く重要な部分ではないが。
なお、松沢幹事長が国民皆が議論して憲法を制定することが民主主義国家の条件だとした点について、それは認めるとして、私としては、必ずしも国民投票の必要性とは結び付くものではないと考えている。これについては下でも述べる。
松沢幹事長は、最近話題の立憲主義に触れ、日本人の憲法論議に必要な歴史的視座について語った。
立憲主義とは、権力を制限して人権を守るというものだが、これは西欧において王様が庶民をいじめるという歴史の中から生まれた。
他方、日本はというと、天皇は庶民をいじめる存在ではない。奴隷もいない。
かかる歴史の差異があるため、欧州型の立憲主義をそのまま日本に持ち込むのは妥当でないと、松沢幹事長は述べる。
憲法とは、国のかたちを定めるものであるが、天皇・皇族が国民に尽くしたという2600年にものぼる歴史を踏まえる必要がある。
天皇は、「君臨すれども統治せず」を実践し、平安時代は貴族に、鎌倉時代以降は武家に、政治権力を委ねた。
日本は特殊な歴史を育んできており、ハンチントンは文明を8つに分類したが、日本については日本一国にしか妥当しない日本文明があると論じた。
日本の法治国家としての歴史は、奈良時代に遡ることができる。律令制だ。
聖徳太子は十七条憲法を制定した。武家は御成敗式目を制定した。徳川家は武家諸法度を制定した。
明治においては、五箇条の御誓文に基づいて近代国家建設が進められた。
憲法を制定するにあたっては、そういう先立つ法制度の歴史を踏まえなければならない。
欧州では選挙が行われていることを知った明治人たちは、日本は遅れているという想いに駆られ、自由民権運動が起きた。
しかし、伊藤博文たちは慎重論を唱え、井上毅は西洋かぶれを戒めた。日本には独自のすばらしさがある。
大日本帝国憲法制定にあたっては、官僚たちが議論をしたが、現在の日本国憲法改正にあたっては、国民の間にこういう議論が必要になる。
自主憲法制定を議論するにあたっては、日本国憲法は「過去の否定」であり、「西洋の押し付け」であり、どこの国の憲法なのかわからないという問題意識が必要だ。
松沢幹事長はこのように語った。
松沢幹事長が以上の内容を語るにあたり、「天皇制」「明治憲法」という用語を使ったのが気になったが、聴衆が聞き慣れている表現を使ったのだろう。「天皇家」という用語も、保守論壇ではあまり好ましくないと言われるところではある。
「君臨すれども統治せず」については、倉山満氏は誤訳だと指摘しており、正しくは「統治すれども支配せず」だとしている(倉山満「口語訳日本国憲法・大日本帝国憲法」(KADOKAWA、2015年)124ページ)。
個別の表現については気になるところがあったが、内容的には妥当なものだったと思う。
自虐史観に侵されると、過去を否定するばかりで、過去と正対できなくなる。
わが国の歴史を踏まえた憲法論議もできなくなる。
松沢幹事長が井上毅の名前を出し、わが国に相応しい憲法を制定するための議論をしようと語ったことについては好感を持った。
松沢幹事長は、憲法論議をする上で安全保障をどう考えるかについて語った。
この点について日本国憲法の最大の欠陥は、危機管理の規定がないことである。
日本国憲法が制定されたのは占領統治下であり、他国からの侵略に対しては連合国軍が戦うことがこの憲法の前提になっている。
大地震等に対処するための権限集中の仕組みもなく、国家を維持する上で最重要であるところの危機管理・安全保障の仕組みが日本国憲法には欠けている。
軍備がなければ侵略されるのが国際政治の冷徹な現実である。
ベルギーは中立宣言をしたが、ドイツは無視して徹底的に侵略した。
現在、フィリピンから米軍が撤退したら、中国が国際法を無視して南沙諸島を軍事基地化をしている。
軍備なくば侵略されるのが国際政治の冷徹な現実であり、戦後の平和が憲法9条によってもたらされたというのは誤解である。
他方、軍備を持つといっても、侵略戦争はしてはならない。
松沢幹事長は、自国を自衛すべく、自衛権・自衛隊を明文化すべきだと説く。
私としては、自衛隊を明文化するのはよいとして、自衛権を明文化することについては抵抗感がある。
自衛権について、わざわざ明文規定を置く必要があるのだろうか。比較憲法的にはどうなのだろうか。
判例上も自衛権は「主権国として持つ固有の」権利として認められており、明文化の必要性は低いのではないか(砂川事件。最高裁判所大法廷昭和34年12月16日判決)。
という点は気になったが、概ね妥当な話だったと思う。
藤井前議員の話と合わせて考えると、大地震や戦争のみならず、クーデターという危機も考えて、憲法論議を行う必要がある。
倉山満氏は、二・二六事件のような無秩序状態を考える必要性を説く(倉山満「間違いだらけの憲法改正論議」(イースト・プレス、2013年)3~8ページ)。
松沢幹事長は、次世代の党の憲法改正論議の立場を明らかにする。
現在、憲法全体について改正案があるのは自民党のみである。維新の党も改正案を掲げているが、統治機構の規定のみである。
民間では産経新聞と読売新聞が改憲案を示している。
これらの基本的な問題は、日本国憲法の改正案に過ぎないことである。
自主憲法制定にはなっていない。
次世代の党は、わが国の歴史を踏まえた、新しい憲法を作る。
また、日本国憲法は条文が多すぎ、長すぎるので、簡素化し、法律で定めるべきところは法律で定めることとする。
さらに、憲法と並立して「宣言」を設ける。
教育勅語は国づくりの上で重要であるが、憲法に規定するにはなじまない。そこで基本的に同じ内容の「教育宣言」を設けることとする。
地方分権も重要であるが、日本国憲法には僅かな規定があるのみであり、「地方自治の本旨」を規定する「宣言」を設けることとする。
憲法の議論は、国民の権利でありかつまた義務でもあり、議論を拒むことこそ、明治以前の反動だとも言える。
閣僚が憲法改正を訴えると「憲法遵守義務違反だ」などという批判が出るが、国会議員という立場もあり、国会議員としては憲法改正も議論していくべきだと考える。
民主党は情けないことに、「安倍政権のうちは憲法改正の議論をしたくない」などと言っている。
憲法の議論は常にするべきであり、そしてその是非は国民が判断すればよい。
憲法改正の要件を考えるに、日本国憲法は諸外国に比べて厳しすぎる。
諸外国では、議員の発議と国民投票のいずれか一方しか要しないものが多い。
改憲要件を緩和する憲法改正があってよい。
松沢幹事長はこのように述べたが、やはり、「宣言」については容易に同意できない、というか、理解できないところだろう。
教育勅語を、「宣言」であれ、法制度化することは適当なのだろうか。しかも、上で宗教の聖典は書き換えられるべきではないということを述べたが、法制度になってしまうと、書き換えられるものとなるし、廃止もできる。教育勅語を現代に甦らせるべきだとしても、法制度化してよいものなのだろうか。
「地方自治宣言」も、講演後に松沢幹事長に質問してみたものの、ピンとこなかった。大日本帝国憲法に規定がない地方自治を憲法本文から外してみるという試み自体は面白いとは思うが、「宣言」として教育勅語と地方自治が並べられるというのも違和感がある。
「宣言」という法形式をとると、「前文」と同じく、裁判規範性と改正要件の問題が生じると思われる。
地方自治の根幹をなす規定が法律と同じ要件で改正されるとは考えられず、結局、憲法改正と同じ改正要件になるのだろう。従来存在した裁判規範性を失わせるということにもなるまい。
「宣言」にすることの実益がよくわからなかった。諸外国には「宣言」を設ける例があるのだろうか。
なお、松沢幹事長は国民自身で憲法を制定しようという論調を示しながら、議員発議と国民投票のいずれか一方しか要しない諸外国の憲法改正要件を紹介しており、考えようによっては議員発議不要論とも受け止めることができるが、講演後に松沢幹事長に質問してみたところ、安倍晋三内閣総理大臣と同じく、議員発議の要件を緩和し、国民投票も要するとするのがよいという立場だった。
大日本帝国憲法の改正要件には国民投票がなく、私としては国民投票を不要とする緩和でもよいのではないかと思うところではある。また、憲法は歴史を踏まえて論じられるべきであるが、わが国の歴史は2675年にも及び、一般の国民がこの膨大な歴史を踏まえて憲法を議論するなどもはや不可能ではないか、とも思われ、憲法は国政の専門家である国会議員のみで決めてしまってよいのではないかとも思う。しかし、明治時代に比べれば国民の間で近代憲法の理解は進んでいるとは言えるし、自主憲法を制定するとしても一気に条文を全部取っ替えるわけではなく、日本国憲法の条文を1つ1つ改正するという手順を踏むということを考えると、個別の論点を考えるくらいなら一般の国民にも可能なのかな、と思うようにはなってきた。
松沢幹事長は、次世代のための政治について述べた。
国民投票法が改正され、戦後初の有権者拡大となったが、若者は人数が少ない上に投票率も低い。
なので、政治家は老人向け政策に傾きがちである。
次世代の党は、若者向けの政策も積極的に打ち出していく。
消費税の使途については社会保障ということになっているが、これを子育て支援にも使えるように提案する。
不人気政策であっても、次世代のために必要な改革は提案する。
若者の政治参加教育については、神奈川県知事時代に実績がある。参議院議員選挙に合わせて、擬似的に選挙を体験する模擬選挙を行った。衆議院議員総選挙でないのは、衆議院は任期が4年なので、高校3年間のうちに選挙が行われない可能性があるから。
次世代の党の基本理念は、自主自立・保守・次世代だ。
福澤諭吉の独立自尊を重んじ、歴史の連続性を重んじ、次世代のためには厳しい改革も行う政党だ。
以上のようなことを話して、松沢幹事長の講演は終わった。
気になったのは、松沢幹事長の話しぶりが、消費税再増税に前向きとも受け止められたことだ。
しかし、後日、チャンネルくららでの松沢幹事長の発言を聞いたら、消費税再増税については否定していたので、この点については安心した(https://youtu.be/NIRdDd8B3pA?t=45m42s)。
質疑応答の時間となった。
この時間が辛かったというか、絶望的な気分にさせられた。
ハッキリ言ってしまうと、まともな質問をしたのは血祭さんだけだった。
血祭さんの質問は、次世代の党が勢力を伸ばすには経済政策が重要だが、先の総選挙の政策集の経済政策は「クソ」であり、今後はどうするのか、日本銀行法改正を訴えるべきではないか、というものだった。
回答をメモしておらず、よく覚えていないが、まだ確たることを言える段階ではなかったようだ。
私も質問することができた。私の質問は単純で、自主憲法制定に向けて我々には何ができるか、次世代の党としては何を我々に望むのか、ということだ。
いくら高邁な憲法論議をしても、実現できなければ意味がない。政治の現場にいる政治家だからこそ、我々ができる有効な手について何か気付くことがあるのではないかと思い、こういう質問をしてみた。
松沢幹事長の回答は、日本会議が行っている憲法改正の署名をしてほしいということだった。
意外にあっさりしたものだった。講演後に血祭さんと話したら、松沢幹事長としては党員を増やしてほしいと言いたいところだろうがなかなかそうは言えまい、とのことだった。
他の質問者は私や血祭さんより年上に見えたが、年配の方々の質問が呆れるようなものばかりだった。
「テキサスナイト」の質疑応答の時間に入る際、確か藤井実彦氏が、「質問は短くしてください。大演説をやってしまう人がいる。」と注意していたが、まさにこれを目の当たりにする羽目になった。
ある質問者は、長々と演説して、「護国神社という名前はおかしい。”護国民神社”にすべきだ。」などと松沢幹事長に求めた。
松沢幹事長は、「宗教法人に対して政治家はとやかく言える立場ではない。」などと答えたが、その質問者は食い下がった。
私に言わせてみれば、「護国民神社」という発想自体、日本国憲法の発想に毒されている。軍隊は何を守るのか、という理解に関わってくる。こんなことを言っているようでは、歴史に根ざした自主憲法制定の議論はおぼつかない。倉山満氏は、国民を守るのは警察と消防であり、軍隊は国家体制(国家)を守るものだと説く(倉山満「「軍国主義」が日本を救う」(徳間書店、2014年)38ページ)。「護国民神社」の発想は、軍隊は国民を守るという発想に基づいており、軍隊なき憲法である日本国憲法の世界観で思考しているものと解される。
他のある質問者は、血祭さんの質問に同調し、「次世代の党の経済政策はクソ」と言ったが、方向性が全然違っており、自分は自民党の西田昌司参議院議員を支持している、経済左派の発想が必要だ、元みんなの党の松沢幹事長は要らない、出ていけ、と演説をした。
「あんたの経済観がクソだよ」と思わずにいられなかった。経済学をよく知らない私が言うのもなんだが、西田議員の経済観は完全に間違っている。西田議員は、たとえば、「デフレになった原因は、世界中を席巻した新自由主義に基づく、経済のグローバル化にあります。」と言う(http://www.showyou.jp/showyou/detail.html?id=1736)。グローバル化デフレ説(および生産性向上デフレ説のコンボ)だが、デフレを貨幣と無関係に考えるものであり、日本銀行副総裁である岩田規久男氏は謬論だと切り捨てている(岩田規久男「デフレと超円高」(講談社、2011年))。大体、デフレの原因が世界中を席巻したのなら、世界中が日本と同様に長期デフレ不況に陥っていなければおかしい。西田議員は、「竹中氏は小泉内閣の構造改革の司令塔として新自由主義路線を牽引してきた人物」「デフレ政策を推し進めた竹中氏」と竹中平蔵氏を批判するが(http://www.showyou.jp/showyou/detail.html?id=1968)、むしろ逆で、小泉竹中路線の時こそ、金融緩和を積極的に行うなどして、デフレ圧力が緩和されていた(上念司「日本は破産しない!」(宝島社、2010年)159~161ページ)。倉山満氏は、「新自由主義対真正保守」という対立構造をやたらと作って無駄に安倍批判をしている筆頭として西田議員を挙げ、批判している(倉山満「増税と政局・暗闘50年史」(イースト・プレス、2014年)271ページ)。
しかも、松沢幹事長を党から追い出し、自主憲法制定勢力が散り散りになってしまっては、かえって自主憲法制定が遠のいてしまう。
この質問者は演説して気持ちよくなって勢い余って過激なことを言っているのではないかと思った。次世代の党分断を図る共産党の回し者と思われても文句は言えない演説だった。
他には、「世論調査では国民は安保関連法案について説明不足だと感じている。今国会での成立は見送った方がいい。」という質問者がいた。
東アジア情勢がわからない平和ボケ、政府与党は十分に説明していることを知らない、代表民主制をわかっているかどうか怪しい、という三重に疑義のある質問だ。
この質問はダメだと隣の席の人にボヤいたら、マスコミを真に受けていたらあのような質問もするだろう、と言われた。確かに、NHKの島田敏男解説委員がひどい解説をしているのを私も見たことがあり、こういう質問をしてしまうのも仕方ないのかもしれない。
次世代の党を支持し、タウンミーティングにまで来て、質問までするのだから、平均的な国民に比べれば政治への意識はかなり高い人たち、それも人生経験をたくさん積んだ人たちなのに、程度が低い質問が相次ぐ。
自主憲法制定への道のりがいかに遠く険しいものかを痛感した。
現実がここまで厳しいものだとは思わなかった。
タウンミーティングが全て終わった後も、松沢幹事長は残り、写真撮影や質問や陳情に応じていた。
私と血祭さんもこの場に残り、松沢幹事長と写真撮影等をした。
松沢幹事長は快く応じてくれた。
どうでもいい話だが、ホテルでの講演会なのに、私はうっかりアディダスの上下におんぼろスニーカーという、場違いな格好で来てしまった。
しかも血祭さん以外の質問にイライラして行儀の悪い態度もとってしまい、反省している。
井桁氏とも記念撮影をした。
悔やまれるのは、美人すぎる市議会議員候補の加藤絢子氏と記念撮影するのを忘れたことである。
選挙ポスターがあまりに美人に撮れていて(http://ameblo.jp/bj24649/entry-12012883104.html)、実物を見たらガッカリするんじゃないかと危惧していたが、実物も本当に美人だった。
講演後は、血祭さんと喫茶店に行き、いろんなことを教えてもらった。
血祭さんは経済はもとより、歴史や憲法のみならず、アニメや音楽にも明るい。
プロレスラーであり、プロレスにも明るい。
向学心旺盛で、正義感も強い。
頼もしい人だ。
皆さんも血祭謙之介さんの言論活動を見てほしい(http://ameblo.jp/khensuke/、https://twitter.com/ewa_nwd)。
講演後に質問した時、松沢幹事長は、地方組織がしっかりしてくれば、勉強会を開いて自主憲法制定の議論もしやすくなるということを言っておられた。
地方組織がしっかりするためには、地方選挙に勝つことが必要で、確かに、地方選挙に勝つことが国政選挙に通じ、自主憲法制定にも通じるということは今までも意識はしていたが、国民に憲法の理解を広めるための場を設けることにも通じてくるとは、考えたことがなかった。
松沢幹事長は、これから次世代の党が発表する自主憲法草案を基にして国民にも議論をしてほしいということを述べられた。
今回の講演会も、自主憲法制定を議論する上で有益なものだったと思う。
次世代の党の党勢が拡大し、自主憲法制定について国民の理解が広まることを願う。