先日『ショック』を主訴に来院された『大動脈解離』の症例があったようなので本日は『大動脈解離』についてお話してみようと思います。
(基本的なところは教科書で確認しておいてください)
来院時の主訴では胸痛の訴えもなく、胸部レントゲンでは縦隔の拡大もなかったようです(血圧や脈の左右差までは不明です)が、大動脈解離を疑うことができますか?
その前にまずは『ショックの鑑別』を以前の記事からです。
http://ameblo.jp/bfgkh628/entry-10943837189.html
エコーを当ててIVCが張っていればCVPが高くなる病態である『Cardiogenic shock』や『Obstructive shock』を鑑別に上げていけばいいですね。症例ではIVCも張っており、また心嚢水の貯留も認め、CTで大動脈解離(StanfordA)からの心タンポナーデによるショックと診断されました。
大動脈解離を疑わせるプレゼンテーションで来院し、血圧が低い場合は『心タンポナーデ』、『大動脈破裂』、『AMI(右室梗塞)』、『AR』を起こしてからの『心不全』などの合併を考慮しなくてはなりません。
心電図で下壁梗塞をみたら右室梗塞の合併も考えて右側胸部誘導の心電図をとることは大事です。
大動脈解離に下壁梗塞が合併する場合は右冠動脈は起始部から閉塞しますので、右室梗塞を合併することが多いためです。
しばしば話題になりますが、下壁梗塞をみた時に大動脈解離を疑って造影CTを取りに行くのか悩ましいところです(STMIであれば一刻も早く再潅流したいですね)。
そんな時に右側胸部誘導でV4RのST上昇がなければ高い確率で大動脈解離による下壁梗塞の可能性は否定されると考えていいだろうとある循環器の先生はおっしゃていました。
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『ショック』を切り口に大動脈解離の診断への至りましたが、果たして『ショック』を呈していない場合はどうだったでしょうか?
典型的なプレゼンテーションでいつも来院されるとは限りません。いくつものPitfallがありますので、少しお話します。
まずは『胸痛』についてですが、実は胸痛を訴えない大動脈解離(Painless aortic dissection)というものがあります。
『痛みを訴えない大動脈解離』は神経学的異常で受診されることが多いです。
http://stroke.ahajournals.org/content/17/4/644.full.pdf
Painless Dissection of the Thoracic Aorta Greenwood, W.R.,et al, Am J Emerg Med 4(4):330, 1986
無痛性は約5-10%あり、失神や片麻痺といった症状で受診し見逃されてしまうこともあります。実はこの症例も失神の触れ込みで救急搬送となったのです。
『Syncope』の鑑別でもしっかりと鑑別に挙げておくことが大事です。これも以前の記事からhttp://ameblo.jp/bfgkh628/entry-10968982596.html
一過性の両下肢筋力低下で脊髄TIAと入院し12時間後に急変なんてこともあります。片麻痺で来院して脳梗塞として入院されてしまうこともあります
脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)はこちらをどうぞ参考に。
http://harrison-cecil.blog.so-net.ne.jp/2010-08-31
もしTPAが投与されてしまったら。。。。考えたくありませんね。
大動脈解離に伴う脳梗塞は超有名です。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21471095
右の総頸動脈をかんで左片麻痺を呈することが一般的ですが、右片麻痺もあります。
頸動脈洞反射を起こすと血圧低下、徐脈を呈することもあります。
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支配する血管領域の虚血症状を呈すれば様々なプレゼンテーションを呈することは理解できます。下図を参照ください。
内膜破綻の好発部位は大動脈弁上数cmの上行大動脈と左鎖骨下動脈分岐直後の下行大動脈にあります。
やはり疑うことが大事です。VINDICATEの『V』ですね。最も大事なので鑑別を挙げる際の最初にきています。(血圧の左右差(上下肢差)、脈の左右差を確認しましょう)
http://ameblo.jp/bfgkh628/entry-10925957289.html
高齢者で『なんとなく調子がおかしい』といった地雷に大動脈解離が隠れていることがあります。
レントゲンでも指摘できず、まったく関係ないところでとったCTで『解離している!』なんて時です。
じっくり問診してみると、『そういえば背中が痛かった』なんてhistoryが聞けたり、普段よりも上昇した血圧に気がつくこともあります。
疑った目でみると『胸部レントゲンでのカルシウムサイン』を指摘できるかもしれません。
心血管系のrule outは大事なのです。
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少し話しは逸れますが、医師の第6感といってしまうとかっこいいのですが、『なんとなくおかしい』と感じることができるsenseは臨床医に非常に大事なものです。
もちろん経験値が高くなるにつれてこの感覚を磨くことができるのですが、最初はオーバートリアージだとしても『これって何かおかしいぞ』と感じる習慣をもつことから始まります。
『おかしい』と感じる対象は『病歴』や『臨床症状』、『身体所見』、『検査値』であったりと様々なのですが、大動脈解離であれば、無痛性で、かつ、何も特徴的な所見を呈さずとしても、やはりどこか『sick』なのです。
こうした事実は症例検討ではあまり伝わってこない部分です。
そして、上級医や専門医にその感覚がどうなのか指摘してもらったり、教科書や文献を調べたり、それから検査までしてどうであったのか、フォローをしてその後どうなったのかを一つ一つ確かめていくことで、この感覚を磨いていくことができます。
これって当然のことで自分の専門分野では当たり前なのですが、その範囲を広げていくことで臨床医としての腕は格段に進歩していきます。
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では、どんな病歴、身体所見があれば『大動脈解離でない』と否定することができるのでしょうか?
実は単独で感度の高い問診、所見はないのです。
有名な胸部レントゲンでの上縦郭拡大は約60%の患者に認めると言われていますが、否定するには十分ではありませんね。
大動脈痛(急性の裂けるような痛み)、上縦隔拡大、脈や血圧の左右差のすべてがなければLR+は0.1,LR-0.07であり除外する際にはこの3つがないか確認することが大事といわれています。
http://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=485480
しかしながらこれでも4%の患者は見逃しているとの事であり、疾患の重症度、見逃しによるリスクを考えると十分とは言えないでしょう。
エントリーした患者は胸痛または背部痛または両方を訴えた患者250人を対象としてprospective studyを実施しています。つまり、胸痛や背部痛を訴えていない患者さんはエントリーしていないことに注意してください。
Painless aortic dissectionは前述したように神経学的異常を主訴に来院することが知られていますね。
神経学的所見を呈して『脳梗塞』かな?と思っても四肢脈拍の左右差、血圧の左右差を測定して『大動脈解離』を安易に頭から外さないようにしましょう。
そうすると上記3つ+神経学的所見(失神や臓器虚血症状)が大動脈解離を否定するのに特に重要な所見ということが分かります。
どこかに当てはまれば、空振りを恐れずにCT撮影することが大事ということになりますが、難しい判断を要しますね。
下はACC/AHAガイドラインです。ほとんど一緒ですが、患者背景(Marfan syn、結合織疾患、大動脈弁の家族歴、大動脈疾患の有無など)もリスクの一つとしてカウントしています。
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大動脈解離のレビューです
http://medicine.ucsf.edu/education/resed/Chiefs_cover_sheets/april11_aortic_dissection.pdf
JAMAのrational crinical examinationからです。必見です。
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=194885#JRC10002T6
次はCTのPitfallです。
造影CTを省略しない→特に動脈硬化が少ない場合には見逃されてしまう
http://jscvs.umin.ac.jp/jpn/new_skill/2.html
単純CTを省略しない→早期血栓閉鎖型大動脈解離を見逃してしまう
http://nv-med.mtpro.jp/jsrt/pdf/2003/59_11/1361.pdf
内膜石灰化の内側偏位の有無とともに偽腔内の新鮮血腫に相当する三日月状の高濃度域を見逃さないこと。偽腔開存型と異なりこのタイプの解離は偽腔は真腔よりも小さいことが多い。
偽腔閉塞型大動脈解離の治療とEBM
http://jscvs.umin.ac.jp/jpn/new_skill/2.html
とても勉強になります。是非一度目を通してみてください
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最後に『AAA』について簡単に紹介します。
部位としては90%以上が腎動脈分岐下にみられ、66~70%の症例で腸骨動脈領域の動脈瘤を合併します。検査の際には十分に尾側のスライスを追加することが重要です。
CT診断で注意を要するのは『impending rupture』です。
Impending ruptureとは破裂の危険性の高い大動脈瘤であり、単純CTでの瘤壁や壁在血栓内の三日月状の高吸収域(high-attenuating crescent sign)が重要な所見です。
破裂しかかっている徴候として瘤内に少しずつ漏れている所見です。
http://www.radiologyassistant.nl/en/452fe3aa7ef9c
(他にも石灰化の偏位などがあります)
High-attenuating crescent signは瘤壁や壁在血栓内の新鮮血腫を反映していますが、造影CTでは評価が難しいので必ず単純CTで評価します。
特に疼痛を有する症例でこのsignがみられた場合にはimpending ruptureの可能性が高いと考えられており注意が必要である。
炎症性大動脈瘤もこんな風に見えることもありますが、注意してみると内腔の所見ではなく、外膜の炎症性肥厚によるものです。『mantle sign』といいますが、画像からだけでは鑑別は困難なものもあるでしょう。感染性大動脈瘤もこんな風に見えることもあるようです。
http://www.yodosha.co.jp/rnote/gazou_qa/9784758105224_1q.html
http://www.qqct.jp/seminar_answer.php?id=962
感染性大動脈瘤について。血流感染症はなかなか否定できないことがわかります。http://journal.kansensho.or.jp/Disp?pdf=0850030280.pdf
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ちなみに瘤径の増大は破裂の危険を予知する重要な因子です。
大動脈の正常径は一般的には胸部で3cm・腹部で2cmとされており、壁の全周が拡大(紡錘状)し直径が正常径の1.5倍(胸部で4.5cm・腹部で3cm)を超えた場合や、壁の一部が局所的に拡張(こぶ状に突出:嚢状)した場合を瘤といいます。また、動脈瘤の壁の形態により、真性・仮性・解離性に分けられます。
真性大動脈瘤では、紡錘状の場合には胸部大動脈で6cm以上、腹部大動脈瘤で5cm以上になると破裂の危険が高くなり、破裂すると突然死につながることから治療の対象となってきます。
嚢状の場合は破裂の危険が高いため大きさに関係なく手術の適応となります。一方、突然発症する急性大動脈解離は、心臓から出てすぐの上行大動脈に解離が及ぶ場合は約90%が発症1週間以内に破裂するとされており、緊急手術の対象となります。
増大速度は 4cm以下であれば 2~4mm/年、4~5cmで 2~5mm/年、5cm以上で 3~7mm/年であり、4年以内に破裂する確率はそれぞれ 2%、10%、22%と瘤径が大きいほど増大速度が速く、破裂するリスクも高くなります。
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