本日は『失神』についてです。このテーマでお話するととても1回では終わりませんので、要点のみに集約してお話しようと思います。



そもそも『失神』とはなんでしょうか。Syncope(失神)は脳の虚血による一過性の意識消失の事をいいます。


脱力を伴い、数分(多くは5分以内)で元の状態に戻りますが、元の状態への戻りが悪い場合には意識障害の鑑別が必要です。


目撃者がいて、どのくらいの間意識を失ってきたのか、どんな様子で倒れたのか、状況の確認が大事になります。『どのくらい倒れていたか分からない』『明らかな失神といえない』場合には一過性意識障害として、『意識障害』の鑑別疾患と『失神』の鑑別疾患の両方をアプローチしていくことが大切です


一過性意識障害を起こす代表疾患は『てんかん』です。意識障害が5分以上であったり、意識回復後もはっきりとしていなかったり(postictal state)、舌縁の咬傷、前兆、尿失禁の有無などが鑑別に役立ちます。


もちろん痙攣を認めた場合は『てんかん』の可能性が圧倒的に高くなりますが、しかしながら『失神』し倒れて横になれなかったりすると脳虚血によりけいれんが起こることもあります(syncopal convulsions)。


convulsive syncope』ともいいます。これは意外に多いとの報告もあります。ただし、痙攣によく注目してみると、痙攣前に嘔気や冷汗、眼前暗黒感を伴っていたり(vasovagalみたいですね)、横になれずに痙攣してしまうのですが、一回の発作も短く(普通は大発作であれば1回約2分)、発作後も朦朧状態(postictal state)もなく、痙攣も実際はぴくぴくしたミオクローヌスみたいな感じでなんかおかしいって気づくことができます。


もちろん鑑別に難しいものもあるかもしれません。。。実際に痙攣を目撃していないと分からないのですが、『よくわからない痙攣』発作を繰り返して抗けいれん薬を飲んでいる人の中にはこうしたものが含まれているかもしれません。


抗けいれん薬を内服しているにも関わらずけいれん発作を繰り返す患者やてんかんの診断がはっきりしない患者を対象にしたstudyがあります。心電図や脳波、血圧モニター下でtilt test http://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000432.html を実施してみたら実はvasovagal syncopeの診断がつくものが結構いたというもの。


http://content.onlinejacc.org/article.aspx?articleid=1126555



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さて、話を元に戻しましょう。


救急室では『意識障害のアプローチ』として低血糖の除外から始めていくのが鉄則ですね。(do don'tは以前に説明しましたね)


でも自然に戻ってしまっている(一過性意識障害)ので、やはり失神の事が多いです。大事なことはどんな状況で倒れたのか、持続時間はどうなのか、その時の様子や改善後の様子、神経所見を念入りに調べることです。


それが失神なのか、他に原因がありそうなのか、詳しく聞いてください。


このステップを飛ばしてしまうとピットフォールに落ちてしまいます。(近道はありません。汗をかいて病歴を聴取してください)


失神は意識の中枢である両側大脳または脳幹網様体の虚血によるもので生じるので血圧の変動など、血流量が35%以上減少した場合や5-10秒の血流途絶で起こります。


大脳では広範囲の病変でないと意識障害をきたしません。意識障害の鑑別を考える際にはこのように両側大脳や脳幹網様体に異常をきたす疾患(器質的や機能的(代謝性など))がないか、こうした部位が正常に機能を果たすために何が必要であるのか(糖やビタミンB1(エネルギー)、酸素、電解質など)を考えるとAIUEOTIPSの中身を覚えられますね。



失神の原因にTIAは含まれるでしょうか?


椎骨脳底動脈のTIAであったとしても意識障害だけではなく、なんらかの神経学的所見(回転性めまい、複視、片麻痺、小脳失調など)がでるはずです。症状が意識障害のみではTIAとしてはunlikelyです。


ここら辺も詳しく問診していきます。意識消失の前後で神経学的所見があったか/残っていないのか詳細に聞いていきます。


(意識障害の最中に所見がとれればいいのですが、ほとんどは改善した後に来院されますね)


脳幹網様体に限局したTIAには脳梗塞の他に脳底動脈解離やSAH、血管攣縮(脳底動脈片頭痛)などが考えられ、この場合は意識障害だけで他に神経学的所見を伴わないこともありますがかなり稀です。


こうした理由やこれまでの経験からのExpert opinionとして失神で、他に神経学的所見もないのにTIAを疑い頭部CT撮影することは勧められていません。


しかしながら『失神』の患者で残念ながら『頭部CT』を最初に検査されている施設が多いです。失神で頭部CTが本当に必要になる場合は先ほど前述したように脳底動脈の解離やSAHなどとても限られた場合です。


勿論、家族が『頭が心配で』というように医学的な見地と別に頭部CTを検査することはあると思いますが、まず最初にする検査ではないことを覚えておいてください。


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次に『失神』の鑑別疾患についてです。リストを挙げると何十個も上がると思いますが、大きく次のように捉えると良いと思います。



cardiovascular syncope(心血管性失神)

②orthostatic syncope(起立性低血圧性失神)

③neurally mediated syncope(神経介在性失神)




まず①cardiovascular syncope(心血管性失神)についてですが、これは次の2つに分けて考えます


不整脈によるもの:徐脈性不整脈や頻脈性不整脈

器質性:弁膜症、心不全、心筋症、大動脈解離、心タンポナーデ、肺塞栓SAHなど


心血管性失神の1年後の死亡率は18-33%といわれています。


大動脈解離にはpainlessも5-10%あります。失神の患者に胸部レントゲンをルーチンに撮影するのは議論のあるところですが、血圧や脈の左右差は測定しておきたいものです。そこでおかしければ再測定、上下肢の血圧差、胸部レントゲンへと進むといいとでしょう。特に右上肢が左上肢に比べて血圧が低下することが多いです。

http://ameblo.jp/bfgkh628/entry-11289870455.html



ではどんな時に心血管性失神を疑えばよいのでしょうか。


『clinical clues for cardiac syncope』

・前駆症状のない失神

・仰臥位、労作時発症

・失神の前に胸痛、動悸、息切れなどの前駆症状

・65歳以上

・心疾患のリスクのある患者

・突然死の家族歴

・心電図異常


また特に若者では

HCM、QT延長症候群、Brugada症候群、WPW症候群などが見逃せない疾患です。


右脚ブロックに左脚前枝や後枝ブロックを伴って2枝ブロックになると発作性房室ブロックや完全房室ブロックへ進展する可能性が高い心電図異常なので見逃さないようにしましょう。


失神で来院された患者さんに2枝ブロックをみたらこの発作性房室ブロックを疑いましょう。



・・つぎに②orthostatic syncopeについてです。出血、貧血、脱水で②は起こりますが、特に出血源として次のようなもの見逃さないようにを考慮すべきです。


消化管出血(吐血、下血)

・肝癌破裂(肝癌破裂)

・大動脈瘤破裂(高齢者の腹痛)

・子宮外妊娠破裂(若い女性の下腹部痛)


BPが正常でも簡易Tilt test(臥位から座位にヘッドアップして1分後にSBP低下>20 or HR増加>30の場合に陽性。本来のTilt testはより精密な検査を指します)を施行し、preshockの状態にないか確認することも大事です。




『薬剤性失神』は①②に該当しますので忘れないでくさだい。


αブロッカーやニトロ、利尿薬、睡眠薬、抗うつ薬、抗精神病薬

ジゴキシン、βblocker、Ca拮抗薬などの徐脈にする薬剤

Ia抗不整脈薬、マクロライド、三環系抗うつ薬などのQT延長させる薬剤



最後に③neurally mediated syncope(神経介在性失神)です。



・vasovagal syncope(血管迷走神経反射)

・situational syncope(咳、排尿、排便、嚥下失神)

・carotid sinus syndrome(頚動脈洞性失神)



血管迷走神経反射は最も多い失神の原因ですのでよく勉強しておきましょう。




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ではどんな失神の患者さんは安心して帰宅させることができるでしょうか。

 


これには2つの有名なスコアリングシステムがあります。OESIL risk socreSanFrancisco syncope ruleです。http://eurheartj.oxfordjournals.org/content/24/9/811.full

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14747812

OESILは①65歳以上 ②心疾患の既往 ③前駆症状なし ④心電図異常 

の4つを考慮して1つもなければ死亡率0%、1つで0.8%、2つで19.6%の死亡率というように病歴と心電図のみで予後を評価するものです。


SanFranciscoは①心不全の既往 ②Ht<30% ③心電図変化 ④呼吸困難 ⑤血圧<90 の5つを考慮して7日後の重大イベントの予測するというものです。(感度96% 特異度62%でこのルールの適用により入院を10%減らすことができると言われていました)



しかしながら両studyをまとめた追試で両ルールとも思ったほど短期high risk患者の識別感度が高くなく、安心して帰宅させるようなエビデンスに基づいた判断を現在まだできていません。高齢者の失神で原因不明であれば(明らかな迷走神経反射とかでなければ)入院経過観察が望ましいようです。(もちろんかなり患者さんを入院させてしまい、医療費の問題はありますが)

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20466221


やはり長くなってしまいました。本日はここまで。