組織学習の分野において世界的に有名なピーター・センゲ、オットー・シャーマ、ジョセフ・ジャウォースキー、ベティー・スー・フラワーズ。
企業コンサルティングやアカデミックな分野で、それぞれの立場から組織学習の研究に携わっていた彼らは、その視点を、究極のグローバル組織である人類に向けはじめます。
急激に進行する環境破壊や貧富の格差拡大、世界的な暴力のエスカレート、そしてこれらの問題を人類が克服できず持続的な社会を作れずに滅亡してしまうという「レクイエム・シナリオ」…
この「レクイエム・シナリオ」に真っ直ぐに向かっていくと思われる現状を、いかに変化させていくのか? 本書「出現する未来」における彼らの問題意識は、まさにここにあります。
世界中を席捲する変化を引き起こしたのが、
一握りの有力者や顔のない「システム」ではなく、
世界的な組織という「生命体」だとすれば、
他の生命体と同じように、成長し、学習し、
進化する可能性がある
つまり、彼らが今まで研究してきた「組織学習」のプロセスを、人類というグローバル組織に適用することで、新たな未来へのシナリオを描くことが出来ないかと考えたのです。
そんな彼らがマサチューセッツ州ケンブリッジにあるオットーの自宅に集まったのは2000年11月。本書「出現する未来:Presence」は、この壮大なテーマに対し、彼らが1年半にわたって行った対話をまとめたもの。
冒頭、ピーター・センゲ氏はこう語ります。
グローバル組織というあらたな種の最大の問題は、
生命体であるという自覚がない点にある。
その自覚が出来たとき、組織は、過去ではなく
未来の全体を具現化(プレゼンシング)する場になりうる。
「なぜ、人間は変われないのだろう。」ジャウォースキー氏の問いに対し、オットー氏はこう答えます.
変わらないのは、自分たちは死なないと思っているからさ。
十代の若者のように、多少不安はあっても
永遠に生きられると思っているんだ。
しかし、その盲信が崩れたとき、人はそれを受け入れられず、避けようとする。問題を直視せず、過去の延長線上にある今までの自分のやり方に埋没していくのです。
恐怖や不安を感じる時、人は習慣的な行動に戻るものだ。
心理的な免疫系が働き、未知のものを拒否するのだ。
新鮮な眼で見ることは、この心理的な免疫系、つまり習慣的な見方をやめることから始まる、と本書は言います。
そして、この種の能力を開発するには、
「保留、つまり習慣的な思考の流れから、自分自身を切り離すこと」
を学ばなくてはならない。
この「保留」こそが意識を高めるうえでの第一の「基本動作」なのです。
つまり、すぐに自分の意見を押し通そうとしたり、相手の意見の言うがままになるのではなく、ニュートラルなポジションを取ること。
そのためには、自分の意見を述べたあとで、それを守ろうとするのではなく、相手の意見との相違を客観的に質問していくことが必要になります。
ダイアローグと呼ばれる、この「対話」の手法を使うことにより、対話が変わり、集団の分別の声が和らぎ、新たな可能性が浮上するのです。
必要なのは木(自分の意見や自分の眼に見えているもの)だけでなく、森(システム全体)を見ること。
しかし、問題の袋小路に入り込んだ人々には、客観的に問題の全体像を見渡すことはできません。だからこそ、私たちは、見えるものの背後にある生成過程へと意識を「転換する」能力を磨く必要があるのです。
そこで著者らが提示するのが、部分をあるがままに充分に観察することで、「部分」が「全体」を作り上げる生成過程を理解するやり方。
全体を把握するには別の方法がある。
部分を見て、そこに現れている全体を
理解する方法である。
「全体」を作り上げる生成過程が前面に出てくることで、「部分」から「全体が見える」ようになるのです。
そしてその瞬間に、まさに「未来が出現する」と本書は言います。
この一連のプロセスをオットー氏は、意識と水準の変化の違いに関する理論として構築し、現実認識の深さとそこから導かれる行動の深さの関連を、「U」の字のイメージを使って「U字理論」として示します。(図参照)
まず現実に埋没しひたすら観察して、次にその現実を離れ内省し、深く事象について掘り下げる。
自分の考えや判断を挟まず、ただあるがままに状況を観察するのです。
状況が変わったときに必要なのは、
スピードを落とすことだ。
そうすることで、ある時突然に未来が出現する(リアライジング)。あとはそれに従えばいい。そこに決断は必要ないのです。
何が正しいかわかれば決断する必要はない。
何が正しいかわかった時、それは目の前にあり、
ただやればいいのだ。
後半に入ると、自然界における神秘体験や、以前ご紹介したF.カプラ博士の「タオ自然学 」からの引用、ユングの集合的無意識や東洋思想なども登場し、スピリチュアルな色あいが濃くなります。このあたりは好き嫌いが分かれるかもしれませんね。(エピローグでの「水からの伝言」の話は私には蛇足でした…)
しかしながら単なる組織論を述べるのではなく、人間の行動の根源にあるメンタル・モデルやさらにその向う側にあるスピリチュアルな側面にまで言及した本書は、新しい世界観に満ちています。
そして、読む人のバックグランドによってずいぶん違った印象を受けるボーダーレスな本でもあります。