変わった人だと思った。
吸血鬼だと教えた私に対して名前を聞くなんて。
怖くないのかと訊ねた私に、どうしてと不思議そうに聞いた。
そんな事は大した問題じゃないとばかりに、名前を一方的に知られているのは不公平だと、教える事を要求した。
普通の人なら吸血鬼と知ると私を怖れ、距離を取り、排除しようとするのに…。
母でさえ私を怖れ忌み嫌っていた。
『化け物!お前なんて産まなければ良かった。』
そう罵って、私が伸ばした手を悉く振り払った。
そう、ずっと側にいた幼なじみも。
『お前みたいな化け物とずっと一緒だって?冗談じゃない。』
そう裏切りの言葉を投げつけて、離れていった。
久遠がキョーコを怖れないのは“能力者”だからなのかもしれない。
思えば、同じように能力者だった幼なじみも私を怖れてはいなかった。
ただ“化け物”と蔑んだだけで。
それに、久遠からは、キョーコが贄としてきた者達と同じ匂いがする。
死を渇望するほど、生きる事に絶望している者特有の匂い。
病院はそういう者に出会う確率が高い。
だからキョーコはたびたび病院に足を運んでいた。
過去の贄の様子を見るために、新しい贄を探すために。
そこで、じっと自分を見ている視線に気付いて目をあげた瞬間に視線を逸らす事が出来なくなった。
がっしりとしたバランスのよい体格に、整った顔立ち。金色の髪の下からのぞく切れ長の蒼い目がキョーコを捉えていた。
綺麗な人だと思った。
悲しいくらい美しい人だと。
患者でも、その縁者でもない、白衣を羽織った医者だと判るのに、誰よりも深い絶望の闇を纏っていた。
『どうしてそんなに悲しい目をしているの…?』
そう問いを発しようとした時に久遠が呼ばれた。
その時、まるで呪縛が解けたように我に返った。
吸血鬼である自分がこんなところで目立つのは得策ではない。
そうキョーコは判断して足早に立ち去った。
それでも『久遠先生』と呼ばれていたその名は耳に残っていた。
そして、あの場で再び出会ったのだ。
だから、久遠はキョーコを怖れないのだろう。
能力者ゆえ、死を切望するゆえ。
そう、だから期待なんてしちゃ駄目だ。
そうキョーコは判断した。
いや、思い込もうとした。
…“期待”?
いったい何を“期待”すると言うの?
私はもう何も期待しないと決めているのに。
キョーコはそう自分に言い聞かせ自嘲的に笑った。