明日の記憶 (光文社文庫)/荻原 浩

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☆☆☆☆
広告代理店営業部長の佐伯は、齢五十にして若年性アルツハイマーと診断された。仕事では重要な案件を抱え、一人娘は結婚を間近に控えていた。銀婚式をすませた妻との穏やかな思い出さえも、病は残酷に奪い去っていく。けれども彼を取り巻くいくつもの深い愛は、失われゆく記憶を、はるか明日に甦らせるだろう!山本周五郎賞受賞の感動長編、待望の文庫化。(amazonから)

昨日、ご紹介した「噂」に続いて荻原浩です。実は酷評した「噂」が私の荻原浩デビューだったのですが、この作品を読んで随分幅の広い作家だと感心させられました。

最近ありがちなアルツハイマーをモチーフにした作品ですが、ディティールと主人公のキャラ設定にリアリティーがあり、それが他の作品との違いを際立たせています。エリートや特別な人間ではない普通の中年男性が若年性アルツハイマーと向かい合う様は涙を誘いますし、徐々に記憶能力が苛まれていく様子もアルツハイマーを追体験させられたような感想を持ちました。それらがあまりに秀逸であるために、あまりドラマチックな展開はないにも関わらず完全に物語に引き込まれました。

心理描写の書き込みと巧みさによる、リアリティーの追求という意味では先日ご紹介した奥田英朗の「邪魔」とも共通する部分がありますね。ただ、「邪魔」と同様なのは欠点もで、ストーリー展開には引き込まれるのですが、読み終わった後で全体として何が言いたかったのか、というようなテーマ設定が曖昧な感じもしました。ノンフィクションではないので小説として感じ取らせ、考えさせ、夢想させる余地のようなものがある方が物語としては良い作品になるだろうと思います。それでも松本清張作品のように非常にマイナーであったり、隠蔽された事実を小説という手法で明らかにするようなテーマであればそれもいいとは思うのですが、若年性アルツハイマーというテーマはあまりにメジャーです。物語として描く場合にはアルツハイマーをモチーフにしてその先に何を描きたいのか、という意志とビジョンが必要であると思うわけです。その意味では同じくアルツハイマーをモチーフにした作品であっても「博士の愛した数式」の方がより物語的な作品であったと思います。

ただし、そういった欠点を感じながらも「博士の愛した数式」と同じ数の星をつけたのは、描写やエピソードがあまりに力強く生々しかったために、強烈に引き込まれたからです。逆に言えば物語としての評価はできないにもかかわらず、これだけ強烈な作品というのは極めて希有であり、また優れた作品という言い方もできます。興味をお持ちになられた方には自信を持ってお薦めできますので、お読みになってみてください。

博士の愛した数式 (新潮文庫)/小川 洋子

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知っておきたい認知症の基本 (集英社新書 386I)/川畑 信也

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