人形式モナリザ―Shape of Things Human (講談社文庫)/森 博嗣

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☆☆
蓼科に建つ私設博物館「人形の館」に常設されたステージで衆人環視の中、「乙女文楽」演者が謎の死を遂げた。二年前に不可解な死に方をした悪魔崇拝者。その未亡人が語る「神の白い手」。美しい避暑地で起こった白昼夢のような事件に瀬在丸紅子と保呂草潤平ら阿漕荘の面々が対峙する。大人気Vシリーズ第2弾。(amazonより)

山奥で暮らす有力者の一族。人形師と人形コレクター、悪魔崇拝に神の手、まるで横溝正史の作品のようですがおどろおどろしさは全くありません。今回阿漕荘の面々が宿泊するのが小鳥遊練無がアルバイトをするペンションで、ここに帰ってくるとノリがいつものまんまなんですよね。全体のトーンもラスト1行でのどんでん返しも非常に不気味な雰囲気の作品なので、その辺まで徹底してくれた方が良かったのかな?と思いますが。しかもペンションに来た割にはペンションの施設や他の客との遭遇もないので、特別ここを使った理由もありませんし。その辺の雰囲気作りと読者がかなり早い段階で推理できてしまう犯人とトリックから2つ星ですね。

森さんとしては(作中にセリフとしても出てきますが)犯行を隠すためには全く役に立たないトリックを使用させることで、またも既存のミステリーをひっくり返す試みをしたかったのだと思います。ただしそれを活かすための雰囲気作りやストーリー作りがうまく行っていないんですよね。全く同じことをかつてS&Mシリーズの「有限と微小のパン」「数奇にして模型」でも指摘したんですがどうも詰めが甘いというか最後の構成の部分がうまくいっていない様な気がします。この作品ではラスト1行でのドンデン返しがあるのですが、上述した理由の為にそれがスッと入ってこないんですよね。

以下ネタバレありで少しその点について触れておきます





ラスト1行で麻里亜が悪魔の象徴であるロバの写真を見て「お義母様」と言ったことでこの事件の黒幕が岩崎巳代子であることが分かりました。この辺のテイストは京極夏彦の「絡新婦の理」に通じるテイストなのですがあの作品で受けた衝撃と納得と不条理と理不尽さはどれ1つとっても感じることが出来ませんでした。なぜなら彼女が黒幕と分かっても様々な疑問符が浮かぶばかりだったからです。森博嗣は犯行の動機なんて犯人自身ですらはっきりとは分かっていない、というような趣旨から作中で犯行動機を描かなくなりました。この辺の感覚も京極夏彦と酷似しています。しかし京極作品での犯行動機は分かるようで分からないという感覚なのです。ところが森博嗣作品での犯行動機は全く分からないの1言につきます。このような差異が生まれる原因はクライマックスまでに描いてきたストーリーがかもし出す匂いの醸造と精度によります。今作を読んでも結局何をしたかったんだろうこの人は…という感じで、岩崎家自体のこともどうもよく分かりませんし。個人的にはこういったテイストの作品を書けるのはロジカルであってももっと文学的で匂いだけで作品を印象付けることの出来る作家だと思います。森さんがそれを描くと単に説明不足な作品であるように思えてしまうんですよね。

絡新婦の理 (講談社ノベルス)/京極 夏彦

¥1,617
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