数奇にして模型―NUMERICAL MODELS (講談社文庫)/森 博嗣

¥980
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☆☆☆
シリーズ第9作目
2つの部屋でほぼ同時に起きた密室事件。そのうち片方の部屋で背後から襲われこん倒している1人の男。しかし2つの密室の鍵を持つのは、倒れていた1人の男のみだった。

今作は600ページ少々と、これまでの作品の中では長めとなっています。ただこれだけの長さを使う意味がある作品かどうかは少々疑問ですね。3分の2程度の長さにまとめた方が良かったのでは?と思います。それ程話の展開もないので冗長な印象を受けます。

トリックはミステリーの常套句を逆手に取ることで登場人物と読者を罠にかけます。とは言えミステリーを読む人間なら誰でも1度は考えたことのあるトリック、というかストーリー展開でしょうし、実際にそれをトリックにされても…という感覚は否めません。
また、真犯人の特異な性質はそれはそれで良いと思うのですが、それ以外の事件の経過の部分でいまいち納得できない上に説明不足の箇所もあることも気になります。
加えて萌絵の暴走があまりに凄すぎて、ちょっと引きます。萌絵のキャラには慣れましたが今作は流石にやりすぎだと思います。そのせいであんなこともあったので、ギリギリ納得しますが。

とりあえずは飛ばし読みしたせいで次作がシリーズ最終作です。1作目に登場したあの天才とのバトルがあるようで楽しみです。

以下ネタばれありの書評を書きます。















「最も怪しい人間は犯人ではない」これはミステリーの基本です。
しかしそれがあまりに当たり前になっているからこそ、「最も怪しい人間が犯人であれば、それはどんでん返しになる」と言う発想はミステリーをある程度読んでいれば誰でも考えたことがあるのではないか?と思います。
しかしその場合、非常に難しい問題が浮上します。最も怪しい人間はすぐに捕まってしまってミステリーにならないことです。
これを回避する最も単純な手法は、容疑者に恨みを持つ、あるいは容疑者以上に強い犯行動機を持つ、第3者を登場させることです。今回の場合、そういった手段は一切とられませんでした。容疑者に恨みを持つ人間は登場しませんでしたし、被害者に強い恨みを持つ第3者は既に自殺していて、その友人が容疑者だったせいで益々容疑者=犯人説が濃くなっていきます。
そのせいで萌絵も2人の被害者の共通の知り合いを片っ端から疑うと言う少々無理のある捜査手法をとっていましたし。
今回、容疑者=犯人を唯一退けるネタが容疑者自身も殴られてこん倒していた、という点でした。同時にそれがミステリーとしての肝でもあったわけです。なぜなら2つの密室殺人はそれぞれ別の事件で、実際容疑者は殴り倒されていたわけですから。
ところがそのもう1つの事件の方はラストで非常にざっくりとしか説明されないわけです。おいおいミステリーとしてはこれが肝なんじゃないのか?ここが説明されないと、最も怪しい人間が犯人なのに、どんでん返しにならないぞ。

作者としては本作のメインテーマ兼、トリックの心理パートのギミックとして「異常」な価値観をもった人間が事件を起こせば、常人には理解できない不可解な現象が現れる、という部分を重視したかったんでしょうね。それは分かりますし、ある程度成功したと思います。死体の傍で弁当を食べたり、目的が達成できれば捕まっても構わないと思っている男が犯人であれば捜査は混乱しますよね。

その点は評価しますが、やっぱり事件に関する説明はもう少し欲しかったと思います。探偵物ミステリーですし。