我が妹ながら、強いと思わずにはいられなかった。
流菜は圧勝だった。
刀を抜くこともなく、息一つ乱さず。
刀で向かってくる相手は、腕の関節を決め、脚を払い、倒れた相手の首元に、切っ先をつきつけた。
刀以外は不得意だと踏んで格闘で来た相手には、2、3回攻撃をよけながら、観察し、スキを一気についた。
相手はみぞおちに強烈な蹴りをくらい、泡を吹いて倒れた。
若き左将軍の、白西雪平(しらにしゆきひら)もまた強かった。
華麗な剣さばきで、相手を圧倒した。
右将軍の、佐橋虎能(さはしこのう)はさすがの老獪さで勝負を運んだ。
相手の心理をよく操った。言葉巧み、とはこういうことをいうのだろう。
龍暗は3強が勝ち進むのを、満足げに眺めた。
視界の端で、不届きにも賭けごとを始めたものたちもいたが、咎める気はなかった。
今のところ、自分の想定した通りに事が運んでいる。
「大将戦?」
流菜が聞き返した。
「この間のこともある。なんで他国にオレたちの情報を教えないといけないんだ。」
「お前なら、別に本気出さなくても勝てるだろ。」
「そういうことじゃない。」
「お前の言うとおりだよ、これも踏み絵の一つだ。」
「ほぅ。」
流菜の眉が動いた。
表情を消していることが多い流菜の、数少ない感情を示すしぐさだった。
「この国の軍を動かしてきたのは、実質俺たちじゃなかった。終焉軍は俺たちのものじゃなかった。」
「だから、解体した。」
「今回兵役を課して、農村から集め直し、お前が隊を組み直した。」
「あぁ。」
「だが、まだ一番根幹の解体をしてないのさ。」
龍暗はにやりと、した。
「・・・なるほどな。ヤツらにチャンスをやるわけか。」
流菜の眉がまた動いた。
「俺が思うに、あのじいさんよりも、気になるのは雪平のほうだ。じいさんみたいにくってかかってこないだけ、読めない。」
「確かに・・表向きは従順な奴ほど、なにを考えているかわからないしな。」
龍暗と流菜は、考えうる全てのことを想定し、独角たちにも仕事を依頼し、今日を迎えたのだ。
虎能が、準決勝を勝ち上がり、今日もしかしたら一番の注目の勝負がやってきた。
流菜vs雪平。
完全な観客と化した兵たちは、異様な盛り上がりを見せていた。
「おい、昊、梅。」
「なぁに?」
龍暗は、下できゃっきゃと二人で楽しそうにしているところへ声をあげた。
「お前ら、こっちきてみていいぞ。盛り上がりすぎて、つぶされんぞ。」
「え~いいのぉ~!!梅ちゃん、いこ~。」
恐縮する梅を、昊はきゃっきゃと手を引っ張って連れてくる。
昊にいい友達ができて、よかったな、と龍暗は流菜と雪平に開始の合図を送りながら思った。
梅がどういう反応をするか、内心心配していたのだが、根が優しい子だったのだろう。
体調を回復するにつれ、困惑はしていたものの、昊を受け入れた。
9つの昊が、珍しく年相応にはしゃいでいた。
龍暗の隣に二人がちょこんと座り、特等席~と昊が龍暗を見あげて微笑んだ。
一方、雪平と流菜の戦いは、意外な展開を見せ、観客たちは戸惑っていた。
流菜が圧倒的に押されているのだ。
それもそのはず、準決勝になってなお、流菜は腰の刀を抜こうとしていなかったのだ。
とうとう雪平の刀を、文字通り紙一重でよけた流菜から、髪がひと房地面に落ちた。
「姫領主、なぜ刀を手にされないのです?私にも関節技を決めれば勝てるとお思いで?」
雪平がうっすらと笑みを浮かべる。
「是非お手合わせいただきたい。」
「オレは価値がある相手にしか、刀を抜かないことにしている。」
流菜の言葉に周囲がざわめいた。
「お前にその価値があるか、まず証明して見せてくれ。」
完全な挑発だった。極めつけに、流菜は冷笑した。
雪平の表情が一変した。
「・・・・後悔なされるな。」
そこまでやれとはいってねぇんだけどな・・・・。
腹の中で龍暗はつぶやいた。
プライドが高い雪平が、公衆の面前で侮辱されたら、本性を見せるだろうとは、確かに龍暗はいった。
だが、それは勝負で圧倒しろという意味だった。
刀はその時まで、絶対に抜かないということか・・・・。
しかし雪平の腕前は確かだった。
挑発に乗った雪平の猛攻はすさまじかった。
何度も流菜をかすり、服の方々が切れて行った。
「これでも、まだ抜かないというかっ!」
雪平の渾身の一太刀が、流菜の胸めがけて下された。
昊と梅が息をのんだ。
近くの観客が、血を避けるために逃げ腰になった。
地面に倒れたのは、雪平だった。
彼自身、なぜ自分が地面に倒れたのか理解できないようだった。
確かに彼の刀は流菜を斬ったはずだった。
流菜は一太刀を絶妙なタイミングでとらえた。
降りおりた腕をとらえて、一気に地面に引きずり倒したのだ。
雪平の背に、流菜がひざで背を、手で首を抑えつけている。
「・・・・抜かなくても勝てたな。」
龍暗はつぶやきながら、勝負ありの手をあげかけた。
あげかけた手をとめたのは、
歓声でわきかけた観客の声が消えたのは、
流菜がそのまま、地面に倒れたからだった。
倒れた流菜の肩に、矢がつきささっていた。