【桐壺241-②】古典文法~「む」「め」の意味☆
おはようございますあいです。
今日は、PCのキーボードがちょっと機嫌が悪く、
なかなかブログもかけません><
今も、一度消えて、最初から書き直しです;;
。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
さて…☆
【古文】
「さやうならむ人をこそ見め。似る人なくもおはしけるかな。
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【これまでのあらすじ】
いつの帝の御代でしたか、それほど高い身分ではないのに誰よりも寵愛を受け、亡くなった桐壺更衣という妃がいました。忘れ形見である光源氏は、美しく才能にあふれ、12歳で元服の儀を迎えました。その夜、左大臣の1人娘が添臥として、光源氏の正妻に召されました。
今日は、助動詞「む」についてです♪
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「さやうならむ人をこそ見め。」
光源氏は、元服後、もう二度と逢うこともない藤壺宮を思い出すたび、その言葉が脳裏に浮かびます。。
「さやうなり(左様なり・然様なり)」は、
現代でも「そのようでございます」などと用いる、アレですね♪
(o^-')b
指示語「さ」のアレンジ系 で、
「そのようである、そういうふうな」
などという意味です。
今回の「さやうならむ人」というのは、
直前の光源氏の想いからすると、
藤壺宮に対する形容ですね!
光源氏は、藤壺宮に対して、どのように想っていたのかは、随時ブログにも描いてきましたが、
その美しさ、しとやかさに対して、想いを寄せていたことは間違いありません!
(*^o^*)
「さやうならむ人をこそ見め。」
助動詞「む」「め」は、この場合、文法的解釈だけで、その意味を判別することはできます。
■「さやうならむ人」
↑
「人」という名詞(=体言)につく連体形であることから、
「む」は、婉曲の助動詞「む」の連体形
■「人をこそ見め。」
↑
主語は光源氏本人であることから、
「め」は、意志の助動詞「む」の已然形
(※詳しくは「む」の識別をご参照→ )
ただ、直訳すると、
訳)「そういうような人を見よう。」
となってしまい、これだけでは、誤認解釈のもととなってしまいます。
誰が、どのような人を、どうしようと思うのか?
きちんと理解した解釈には、
文法や単語の力だけでなく、
■直前直後の文脈(状況)理解
■基本的な古文常識
■多々の意味から1つを選択する力
という、さまざまな国語力が必要なんですよ♪
(o^-')b
あいでした