車窓から夜の街並みをぼんやりと眺める。
あの日、目が覚めて牧野がいなかったことに、がっかりした反面、どこかほっとしていた。
目が覚めて、牧野の姿を認識してしまったら、あの時の俺は、自分を抑えることなんて出来なかったと思う。
ベッドに引きずり込んで、組み敷いて、思うがままに牧野に触れていただろう。
牧野がNYに行って2年になる。
入社式で、少しの緊張と希望を胸に顔を輝かせた新入社員たちが、2年前の牧野と重なったからか、この時期だからか、今日は牧野のことをよく思い出す。
牧野によく似た後ろ姿の新入社員を見かけて、目で追ってしまうくらい、季節が流れた今でも、俺は牧野を忘れられずにいた。
牧野は元気にしているだろうか。
司の元で幸せに暮らしているだろうか。
もうすぐ、結婚・・・するんだろうか。
ヴヴヴ ヴヴヴ ヴヴヴ
マナーモードの振動音で、我に返る。ディスプレイには、司の文字。
たった今まで考えていた人の恋人の名に溜め息が出た。結婚の報告か?動揺を押し殺して、息を整え、携帯を通話状態にする。
「もしもし」
「おう!類か?久しぶりだな」
「うん、久しぶりだね司」
「今、仕事中か?」
「いや、帰りの車の中だよ今日は入社式があったから早めに終わったんだ」
腕時計は、午後8時前を示している。
「そっか、じゃあ、話してても問題ねーな」
「大丈夫・・けどそっちは朝なんじゃないの?」
「まだ、出社に早ぇから大丈夫だ!」
それから、仕事のこと日常のこと総二郎たちのこと他愛のない話をする。だけど、不思議と牧野の名前が出ない。勿論俺からも聞くことが出来ない。
「そういやぁ、類!彼女出来たか?」
「は?何?突然」
「良いから、いんのか?いねーのか?」
「いない・・・そんな時間・・・・ない」
「そーかそーか類は独りかぁ・・・じゃあ、今度NY来た時にでも合コンでもしようぜ?」
「何・・・言ってんだよ司!」
「嘘だよ。今日はエイプリルフールだぜ?」
「そういう冗談好きじゃない」
「ははっ怒るなって あ、そうそう類誕生日おめでとう!」
牧野がいるくせに他に女とか。嘘でも聞きたくなかった。ムカついて通話を切ってやろうかと思った時、司からの思いも寄らぬ言葉に動きを止めた。
「誕生日ってもう過ぎてるけど?」
「あ?いいじゃねーかちょっとくらい!・・・・・・・・・だいたい当日なんてムカついて言えるかってのっ」
「え?何?司?よく聞こえない」
「あぁ?!何でもねぇ」
ぼそぼそと何か言った後の大声に、顔をしかめて、携帯を耳から離した。
「類お前マンションかわってねぇよな?」
「かわってないけど」
「んじゃいい。そこに誕生日プレゼント贈っといたから」
「え?!司が?」
「失礼な奴だなっお前だってワインくれただろうが!!・・・もう届いてっかもな」
「そうなんだ・・・ありがと」
「お?今日はエイプリルフールだぜ?とんでもねぇもんかもしれねーぞ?」
「は?何それ??じゃあ、いらない」
「へぇ、そんな簡単に。いらねぇなら俺としちゃ返品してくれてもかまわねぇけどな」
「何?!何なのさっきから?」
司のニヤニヤとした笑いと回りくどい物言いに、苛々してきた頃、車がマンションへとさしかかる。
「司、もうすぐマンション着く。荷物確認するから切るよ」
「あ、待て類っ!最後に言っとく・・・プレゼント大事にしてくれよ?俺が凄く凄く大切にしてた・・・もんだったんだ」
司の何かを慈しむような優しい声色と同時にエントランスの前に立つ、人影が目に入る。
昼間どこかで見たスーツに身を包んだ人が心許なそうに俯きがちに立っている。
俺は、その人影に向かって歩き出す。向こうも俺に気付いて顔を上げた。
「類」
2年前よりも綺麗になった君が、2年前と同じ声で俺の名を呼ぶ。
誕生日2日後に言われた司からのおめでとうは、嘘をついてもOKな日で。何が本当でどこまでが嘘かもうよく分からなかったけど。もうそんなことは後でじっくり聞いてやるから・・
あの日、君を想って流した涙と目の前にある牧野というリアルを。これだけは本当なのだと確かめるために。
俺は、そっと愛しい人を抱きしめた。
昔、4月に書いた話でした。