空白の瞬間 -5ページ目

『HYDRA -666-』の歌詞の意味

TOUR19 This Way to Self-Destructionの真っ最中のDIR EN GREYですが
セトリに組み込まれることの多い『HYDRA-666-』がこの流れだと以前の解釈と結構変わったので
改めて現在バージョンに書き換えました。(2007/07→2019/11/15)

 

2007年リリースのシングル『DOZING GREEN』のカップリング『HYDRE -666-』について書きますが

2000年リリースのアルバム『MACABRE』収録曲『Hydre』の原曲の方も後半にサラっと。

原曲は繰り返しが多くて言葉の種類は少なく

再構築版は原曲と同じ言葉も出てくる上で描写が細かくなった印象で

同じ内容だと思います。


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泥に漬けて洗いかざせ

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本来汚いものとされる泥で洗うということは、よほど汚い状態。
それは一体何のことでしょうか。


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俺を破るお前は神?

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『人間を被る』で明らかになった「被る=本心を誤魔化す上辺」という意味。
このフレーズは「俺は他人から見たら神なのか?」と言い換えることが出来て
ファンにとってステージ上の自分がどう思われているかがテーマとなる曲なんだと思います。


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DEAD BORN
I will feel pity for you


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(生まれて死ぬ)
(俺はお前を気の毒に思うだろう)

I=本当の自分
you=他人から見た自分(=お前)とあてはめてみます。

これまでにも何度も希死念慮は伺わせていましたが
生を尊いものと感じる反面で、自殺する未来を想像する彼。
そんな被り物の自分(評価を気にして死にたくなる自分)を内側から見て
理不尽さを感じながら「あんまりじゃないか」と思っている様子。


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666

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悪魔を意味し、崇拝する者が用いることが多い数字です。
厳密に言うと悪魔崇拝は神への反逆という意味合いもあり
『The Insulated World』のブックレットのバベルの塔も同じ意味を持ちます。
また、単純に「神ではない」大きな存在として比喩する場合も。

冒頭で「ファンにとって俺は神なのか?」と疑問を抱いた答えがここにあって
「いいや、俺は神なんかじゃない」と自己価値の否定をしています。



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All you have is just a facade

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(お前は上辺だけだ)

「ファンは本気で俺の苦しみに寄り添う気なんてないだろう」
どんなに悲痛な想いをステージ上で叫んでもそれはパフォーマンスと捉える人が多く
想いを歌詩に表現しても歌声としてしか意識しない人も少なくない現実。
嘆き悲しむ姿を見た後で「今日のライヴ楽しかった!可愛かった!格好良かった!」と
明るい感想のみを抱くファンを批判してる印象。

『Celebrate Empty Howls』で「無駄に吠えるだけ」と歌う時に
ライヴ退場時によくやる手のキツネを作っているのは
京くんをアイドル視して「可愛い」とはしゃぐことを風刺してるように感じています。


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Everyone laughs at behind your back

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(誰もがお前の背中を見て笑ってるよ)

背中=後ろにいる人が見る姿
『Followers』は心穏やかな時のファンの呼び名ですが
直訳は「後ろからついて来る人」という意味もあり、ファンに笑われていると感じてると解釈出来ます。
laughはsmileよりも豪快な笑い方で、可笑しくて仕方ないというバカにした感じ。



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Who look at you?
666


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(お前を見てるのは誰だ?)

ファンと言えばアーティストを絶賛する好意の塊だと思いがちだけど
本意を理解しようとしないで好き勝手に愛でて楽しんでる人たちに対して
喜ぶべき存在なのか?と改めて考え込んでいる様子。
その疑問の答えもまた「あいつらは神ではなく悪魔だ」と言っているんじゃないかと。

神と悪魔の二択は極端すぎますが
現代でも優しいと「神対応」、冷たいと「塩対応」の二択で表現する人が多いのと同じで
神も悪魔も「最高な存在」と「そうじゃない存在」くらいのニュアンス。



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首を廻し此処が自由?

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首を動かせば視界が広がって色んなところが見えます。
どこを見渡しても「本当の私」を受け入れてくれる人が見つからなくて悲感しているのかな。



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明日も君はSIDじゃない

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原曲の歌詞では「Sid Vicious」の表記。
『JESSICA』では「母の言う通りに生きた」エド・ゲインとの対比で
「自由に自分らしく生きた人」として憧れを感じさせるようなシド・ヴィシャス。

ここでの「君」は仮面を被ってる全ての人でしょうか。
このままの生き方を続けたってシドのような自由は手に入らず
誰かの望む姿を演じようとしてしまい、それに苦しみ続けてしまうよと。


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奴の胸にはアレがねぇんだ
誘惑に喰れたドロが屍?


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こんなに渾身の訴えをしても上辺しか見ないファンには心がないのか。
それとも「好かれたい」って誘惑に吞まれちゃった俺が自業自得で死ぬべきか。

誘惑=好意
『絶縁体』で言うところの「誰でもいい側に居て欲しい」かなと思います。
キツネや笑顔もアイドル視するファンを炙り出す為に罠を仕掛けたわけじゃなく
喜んで貰えるのが嬉しくてついサービスしちゃってるように感じてます。
ただ京くんはそちらに偏った評価をされると不満なんじゃないかなという印象。

ドロ=人間
神が土(泥)で人間を作ったという天地創造のエピソードより。
自分では生命力溢れる人間だと思ってたけど
本当の自分を生きてないことを理由に死にたくなってしまう。

京くんはいつも相手と自分を両方責めてどちらが悪いのか混乱してる印象。
歌い出しで洗い流す為に泥が用いられたのは
造りかけの人間と人間で塗りつぶし合って混ざるような感じを想像。
どちらも汚くて、どちらも思い描いた理想の人間らしさが完成形じゃない。
神に「造られている途中」というのがポイント。


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よく見てみな傷だらけになった号外だらけのマネキン

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創造途中の「泥」には未来の可能性がありますが
使い古された「傷だらけのマネキン」はあとは捨てられるだけ。

号外=急に起きた大事件を報道する臨時発行の新聞
予期せぬ苦難が次々訪れたことを意味しているのだと思います。

マネキンは人の形をした道具であって
誰かの都合や好みの服を着せられる言わば「人の言いなり」の象徴とも言えます。
『赫』のスクリーン映像で少女とボロボロの人形が出てくるのも同じことを表現していて
気まぐれ少女に一時的にオモチャにされたような被害者意識から
laugh(大笑い)されてる、自分の詩を踏まれてる、という感覚なんだろうなと。


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寝かしつける子守唄は
聞こえない 聞こえない 聞こえない


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悲痛を叫んでいるのに心地よくうっとりされてしまうだけの自分の唄声は
ライヴに来る客の心には全然届いていないのだと嘆いているフレーズ。


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肘を突いてはってる姿がなんだかとても芸術だった

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肘をついて地を這う=匍匐前進
芸術=心のままに表現し感動を与える作品。正解はなくイビツでも良い。

『Un deux』や、京onlineのcolumn44(2019.11.03更新)から
「一歩一歩」という自分の生き方進み方に確信を持ってる様子が伺えました。


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時間どうりに忘れ去られる人身事故にたむけた菊の花束
眠れない 眠れない


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人身事故の多くは事故ではなく自殺手段と解釈します。
どんなに苦しんで死を決断しても
時間が経てば生きた証も死に付随する恐怖も跡形もなく消える虚しさを指摘。

ご褒美を意識すると意欲が湧いて頑張れたりしますよね。
でも逆にどれだけ必死になって生きても何も残らないと感じたら
苦しみに耐える価値など見い出せるでしょうか。

不眠は情緒不安定が現れやすい症状の1つなので「夜も眠れない」が1つと
忘れられてしまう恐怖を思うと「永遠の眠りにつく決意なんてつかない」ともかけてそう。

「時間どうり」は時間どおり(時間通り)の誤字のように見せかけて
上の行の「はってる姿」に合わせたひらがなの違和感を緩和させる表記なのかも?
ニュアンスに然程変化はありませんが「時間と道理」なんじゃないかと思います。
人として正しいこと、物事の正しい筋道のこと。(=忘れ去られるのは当たり前)
なぜならその追悼はマネキンに着せた服を替えるのと同じ「気まぐれ」だから
…と解釈するのは深読みでしょうか。


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罪深きはモナリザと…

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モナリザと言えば微笑んだ女性が描かれた絵画として有名。
「誘惑」に負けて相手に合わせて愛想笑いした自分のことを責めるような結末。
「モナリザと…」に続くもうひとつの罪深い存在はやはりファン側でしょうね。
希死念慮を歌いながら「お前が死ね」と攻撃し返す『谿壑の欲』の「」と同じだと思います。

モナリザを手がけたレオナルド・ダ・ ヴィンチの生きた時代は
キリスト教に権力が集中していて反キリストが許されなかった空気。
笑うことはいやしい、もしくは精神が錯乱した異常者として侮蔑され
誰もが笑顔を隠しながら生活をしていた時代だそうです。
現代ではモナリザは微笑んでいるという解釈で広まっていますが
依頼を受けて描いた女性像というだけで微笑みは隠し要素だったようです。

調和の為に本心を隠す世界において、隠しきれなかった「芸術」だとすれば
他者と調和を保てず同ように出来ない自分を欠陥品として自責するようにも受け取れます。
いずれにしても自責です。

 

 

タイトル考察
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HYDRA -666-

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私は666の概要を「神ではない」と捉えました。
それは全知全能ではない、ある意味とても「人間らしい」ということです。
不完全であり、不安定であり、神には到底及ばないよう設定された泥の生き物。

HYDRAとはギリシャ神話に登場する怪物で、多頭のドラゴンのような姿。
首を1本切り落としても、すぐにそこから新しい2本の首が生えてくるそうで
「倒しても倒してもくたばらない化け物」という感じ。
京くんはそれを「号外だらけ」に重ねたのではないかなと思います。
目の前の問題を必死に1つ乗り越えても、次々に溢れる苦悩。

 


ただの人間が、そんな凶悪な敵に勝てる日が来るでしょうか。
それでも1歩1歩進もうと生き続ける傷だらけの姿は
私もなんだかとても芸術だと思います。
神の支配(ノアの箱舟の洪水)の対策として高層のバベルの塔を建てて
1段ずつ階段を登る人間は悪魔と呼ばれ、また蹴散らされてしまうに決まっているのに。

また、モナリザは三角形の構図で描かれていることも絵画評論において重要だそうで
666が三角形の配置で表記されたのもそれに起因すると思われます。
『人間を被る』のMVでも△の粒子のようなものが出てきたり
『The World of Mercy』のMVがライヴでは三角形で映されるのも全て繋がっているのでしょう。


ちなみに、再構築前の原曲の歌詞は繰り返しを削るとこれだけ。
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I wanna be an anarchist,too
Suspicious


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(私もアナキストになりたい)
(生まれて死ぬ)
(シド・ヴィシャス)
(安易に信じるな)

アナキズムは社会を支配するものを有害と捉える思想、アナキストは支配を拒む者。
「本当の私」でいられる自由な生き方を望み、被り物の表情を信じるなよと。
ライヴで被る仮面の意味も、最早疑問はなくなりました。



アナキズムにはマークがあって、Aを○で囲った単純なものです。

プロビデンスの目は常に関連性が高いとは思うのですが
三角形ってもしかしてこのAなんじゃないのかなと思ったりします。
支配を拒み、自由を望む象徴の三角形だとしたら
『The World of Mercy』との関連性に十分頷ける気がします。