空白の瞬間 -352ページ目
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『uncertain memory』


空白の瞬間

タイトルの直訳は「不確かな思い出」。
過去は揺らがない確固たるものの筈で
もし不確かと使うなら未来を指す方が自然だと思います。
しかし、確信して歩いてきた筈の現在までの道のりが
今になって幻だったのかと疑問を感じてしまったGacktにとって
恐れるべきは過去の思い出だったのかもしれません。

ファンに脱退を発表したマリス側の挨拶文は
Gacktを批判し、嘘つき呼ばわりした上に過去すらも否定しているものでした。
「彼の発する言葉に、もはや真実など見えなかった」(Mana様)
「自分のためなら、平気で人の心、人の存在を傷つけてしまう社会で、
 せめて自分達が造り出す世界、音楽には、偽りや嘘はつきたくない」(YU~KI)
「自分の気もち、メンバー4人の想いには嘘をつかずに、
 前を向いて歩いて行きます」(KOZI)
「自分達の愛する音楽に、偽りや嘘をつきたくない」(Kami)
一緒に活動していた時には「選ばれし5人」と称して
自分たちの活動を誇りだと口にしていた筈なのに。
その絆を信じていたGacktは、彼等の言葉に悲しんだことでしょう。
嘘つきと言われてプライドが傷ついたとか、そんな小さな話ではありません。


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凍りついた町並 消えかけの足音
人は全て光を失ってる
瞼に焼きついた世緋亜色の思い出も
今はそっと光の向こう側へ...
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町は本来、人の賑わう場所。
凍りつくというのは、Gacktの失踪中に雪が降ったことから
凍えそうな寒さの結末=死=生きることをやめる=希望を捨てた諦め
という図式が浮かびます。
足音というのは前に進むことの比喩ですが
それが消えかけというのは
希望などもうないのだと立ち向かう気力を失った人が多い実態のこと。
人はそこに大勢いるのに、多くの人はもう動こうとしないのです。
自分だけの問題とは違い、人間は周囲に翻弄されやすい生き物。
皆が諦めの姿勢ならもう仕方ないのだろうと
希望を強く抱いていた自分でさえもそこに巻き込まれてしまいがちな環境です。
失った光というのは希望を意味するものだと捉えますが
『Mizerable』の「光の合図」が死への導きだとするならば
安らぎだと思っていた愛しい思い出を取り戻したいと願う希望を
未来(向こう側)に設定したということ。
つまり、思い出の中に帰りたいという後ろ向きな気持ちを
あの頃のような安らぎを未来にもう1度作り出そうとすることで
どうにかして前向きになろうとしているように感じます。
「戻ることは出来ない」けれど「還る」のだとGacktはいつも言いますよね。
勿論それは「あの頃のマリスには戻れないけど、還りたい」という意味。
「帰る」と「還る」の微妙な違いは、同じ状態ではないことです。
幻の絆ではなく、本当に分かり合えるGacktが理想とする家族のような愛を育んだ上で
再びマリスをやりたいという気持ちなのだと思います。
思い出が既に色褪せている(セピア色)と表現されていることから
Gacktの中では苦悩の時間はとても長く感じているのだと読み取れます。
『OASIS』でも夜が明ける速度は「ゆっくりと」でしたね。
もしくは、ほんの少し前の出来事だと認識していたのに
その時の記憶に自信を持てない不安から
分からなくなってしまう程
昔のことだっただろうかというニュアンスでも読み取ることが出来ます。


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消え去る楽園 大地の怒りと共に
償いを背負った迷子の様に行き先さえわからずに
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楽園はそれまでいた安らぎの世界ですが
マリスでやってきた世界にも強くリンクしています。
『Le ciel』のGacktが扮するのは冥界の番人。
空に迷い込んだ罪人を死へ誘う役目を持っていましたが
掟に背いてその子の罪を許したばかりに
自分にも罪の烙印を押されて磔にされました。
番人をしていた頃に見た迷子と今の自分の状況は同じように
もといた場所以外の所では、目的も行く先もないのです。
大地の怒りから、旧約聖書のノアの方舟の話を連想し
それが意味するものは、創造主である神と交わした契約に背いた罰と解釈。


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届かない叫びの中で何を信じればいいの...
深く落ちてゆけば伸ばしたこの腕の先に君が見える
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届かない叫びとは、妖精に赦しを請う『Bois de merveilles』ですが
それは謝罪ではなく、自らに対する理解を求めるものです。
Gacktとしてはマリスに対して言った
「愛してる」「誇りに思っている」であると考えますが
相反する逃げ体勢の全て消えてしまえばいい(死にたい)という気持ちも
神へ向ける叫びとして、裏に潜んでいたと思います。
Gacktにはどちらの願いも叶えることが出来ないのですから
残るのはただひたすら苦しみに耐える道です。
そしてこのフレーズは空から下へ堕ちてゆくシーンということで
『OASIS』で勇気を出して羽ばたいたけれど、結末はやはりこうなると。
腕の先に君が見えるとはどういうことでしょうか。
もしそれが指の先ならば届かないものに触れようとしているか
最短距離で考えても指先が触れる程度。
手の先ならば指先を掴んだり絡めることが可能。
となると、腕の先は手を握っていると考えられます。
『OASIS』で、微笑む為にとGacktが腕を差し伸べていたのは
このシーンのことだったんですね。


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消え去る楽園 大地の記憶と共に
償いを背負った迷子の様に行き先さえわからずに
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安らぎと共に消えてしまう大地での記憶を持ってたのは
冥界を彷徨っていた迷子のストーリーです。
『Le ciel』のPVの中では
生前の様子を見せられても憶えていないようでした。
死んだら記憶がなくなるのは自然なことでしょう。
ただし、Gacktの場合は記憶は残っているのですが
共にその時間を過ごした仲間に否定されることで
自分の記憶が確かだと自信を持てなくなっている揺らぎが伺えます。
「その言葉を聞いたことはない」とか
「あの言葉はどうしたら生まれてくるのか不思議でしょうがない」
など、Gacktが『SHOXX』で話したことに対して
マリスは4人揃ってそう否定しています。
この曲の最初のフレーズで触れた大人数の空気が勝るというのは
記憶の正確さにも共通して言えることです。


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届かない祈りの中で何を求めればいいの...
君と落ちてゆけば交わした言葉の数だけ罪が消える
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言葉を交わす行為は、互いを理解するコミュニケーション。
相手の望むものを知り、叶えてあげようとすることで罪が消えるなら
互いを理解しようと歩み寄れなかったことそのものが
空に居続けられなかった直接的な理由であり、罪なのかもしれません。
命を宿せば悲劇は繰り返されるし
このまま終わりにしても愛しいものを失った悲劇は既に起きているのです。
これは、イエス・キリストの裁きを委ねられた
暴動を避けたがる皇帝閣下の葛藤とよく似ています。
有罪ならばイエスの弟子たちが、無罪ならば大祭司たちが暴動を起こす。
自分にとっての真理は何かと考えているうちに既に暴動は起きていました。
どちらにしてももう綺麗には片付かない中で
Gacktが出した真理の答えが「言葉を交わす」ことでした。
『Bois de merveilles』の「この声がなくなるまで歌い続ける」も同じ意味。


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届かない叫びの中で何を信じればいいの...
深く落ちてゆけば消えてゆくこの腕の中で君が微笑う
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自分の腕の中で微笑んでくれるなら、それは願いが叶ったことになります。
しかし、手を握ったのも、言葉を交わすことも
微笑む君を抱き締めることも
実は全て「深く落ちてゆけば」と仮定した上での空想なのです。
ただ時間が進んでゆく中で、過去の記憶が不確かになり
どうしたらいいのか分からないという苦しみだけが現実。
時が経てば経つほどに記憶は曖昧さを増してゆきます。
でも、変わる為には今のままではいけないのです。
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