2021年2月6日、しんぐるまざあず・ふぉーらむ主催の共同親権の勉強会を拝聴したまとめの後半です。講師は、大阪経済法科大学法学部の小川富之先生です。
* * *
2018年7月26日の読売新聞によれば、上川法務大臣(当時)が、「共同親権」制度導入の検討を表明したが、その際、「現行の民法は単独親権制度で、どちらかの親は戸籍上の他人となり、…親権のない親はほどんど子育てに関われず、面会交流も著しく制限されるのが実情です。一方、欧米では共同親権が主流で、離婚後も父母が共同で子育てを担います。」と述べているが、これは事実に反しており、ミスリードである。
日本の法制度は、離婚しても親子関係は戸籍上残っているし、親権のない親も子育てに関わることが許されているし、面会交流についても積極的に認められており、欧米と比較して制限されているとはいえない。親子断絶防止法案からの流れがずっと続いて、現在の「共同親権」導入の議論がなされていて、これに合わない事実は、真実であっても受け入れられにくい。しかし、実際のところ、世界からみて、日本の法制度は批判をうけるようなものにはなっていない。共同親権を導入しなくてはいけないような立法事実は存在していない。
そこで出てきたのが、国連の「児童の権利委員会」の勧告により、日本の単独親権制度は批判されている、これにより、共同親権制への民法改正の立法事実が示されたという主張である。しかし、これは事実誤認である。
日本の第4回・第5回の総合的報告書の本審査は、2019年1月16日から17日にかけてジュネーブで開催された。これは実際に聞けますので、実際に聞いてみて下さい。日本語訳で聞くこともできます。どの時間を聞けばよいかは、以下の【 】で示す。
1日目(1月16日)の審議の中で、カゾーバ委員から次のように質問がなされた。「日本の法律では、親子関係がどのように規定されているのか、特に特定の児童の利益が損なわれそうな場合に、代替的制度が全体として、どのように準備されているのかについて、懸念を抱いています。…離婚した父母による共同監護(joint custody)を認めない規定を改正する予定はあるでしょうか?単独監護(solo custody)の場合、監護親とならなかった父母の一方が子と面会交流できるようにして、また子が非監護親または別居親と意義のあるコンタクト(面接・接触)を維持できるようにする改変をする予定はあるでしょうか?日本の現状では、父母が離婚した場合には、いずれか一方だけが、子との関係を断絶され、永遠に引き離されてしまっていると理解しています。少なくとも、法的観点から見た場合は、そのように解されます。親子の関係のすべてが失われてしまい、別居親の同意なくして子どもを養子にすることも可能とされています。…。」【2:35】
2日目(1月17日)の審議で、日本政府の代表団は次のように答えている。「…離婚後の共同監護制度を日本に導入するかどうかについては、国民の間にさまざまな意見が見られています。現在、与野党を超えた議員連盟においても議論がなされているところです。また、離婚した夫婦の間では、子どもを養育・監護する際に必要な合意というのが適時に得られないといったような場合など、子どもの利益に反するような事態が生ずるおそれもございます。特に父母の感情的な対立が根深い場合など、離婚後の夫婦が協力して親権を行使しることができないといったような場合も想定されます。このような事情から、離婚後の共同監護制度の導入については慎重に検討する必要があると考えています。先ほど申し上げた、与野党を超えた議員連盟の議論状況についても、政府としては注視していかなければいけないと考えています。…。(法務省)」【0:55】
日本政府のこの返答に対して、カゾーバ委員から、重ねて次のような質問がなされた。
「…離婚後の状況についておたずねします。共同監護が良い考え方であるということには賛成できないという返答をいただきました。しかしながら、子どもが非監護親との連絡を維持する権利を全く持たないという点に関して、日本では政策を再検討する考えはないのでしょうか?この場合(日本の制度では)、生物学的な親との連絡を完全に奪うことになるわけで、これは、日本の考え方として、児童の最善の利益にかなうものであると考えているのでしょうか?お答えください。…。」【1:25】
この質問に対して、日本政府代表団は、次のように答えている。
「…カゾーバ委員から、離婚後に生物学的な親が子と会う権利について質問されましたが、日本では今のところ、共同監護は認められておりませんが、…法務省から説明したように、もちろん国会議員も含めて多様な意見があります。永遠に検討しないというわけではありません(外務省)。【2:11】 …面会交流について、ご指摘のように現在日本では共同監護制度は採用されておりませんが、離婚後、単独親権…父母のいずれか一方が親権をもっている状態であっても、親権者でない親と子が面会する権利というのは十分に確保されておりますし、交流することは十分に可能です。多くの場合では、離婚する際、あるいは紛争当事者が離婚の条件について合意をする際、また、裁判所で離婚を認める際に親権を持たない、監護しない親と子との面会についての取決めがなされております。…(法務省)。」【2:13】
いかがだろう。カゾーバ委員の質問を聞けば、離婚後に子の養育(parenting)を父母がどのようにして、協調・協力して担っていくようにすべきかが検討されており、問題とされているのは、「親権(parental authority)」ではなくて「監護(custody)」だとわかる。そして、ガゾーバ委員は、日本の離婚後の子の養育法制について誤解をしている。日本政府代表団はこの誤解をただす説明ができなかった。
日本政府としては、①日本では、父母が離婚しても、子との法律上の親子関係はそれまでどおり継続することを明確に説明し、②離婚後に親権(parental authority)は、父母のいずれか一方に定め、多くの場合、その者が同居親として、また子の法定代理人として子の養育についての主たる責任を負う制度であることを説明し、③監護に関しては父母が協議で定めると規定されているだけで、多くの場合親権者となった父母の一方が、主たる監護者となり、親権者とならなかった他方の父母であっても、面会交流を含めて別居親として、また従たる監護者として子の監護を行うことは何ら否定されていないことを説明し、審議において日本の離婚後の法制度が欧米諸国の制度と大きな違いがないことを理解してもらう必要があった。
このような審議を踏まえた勧告の内容は、以下のとおりである。「児童の共同養育を認めるため、離婚後の親子関係について定めた法令を改正し、また、非同居親との人的な関係及び直接の接触を維持するための児童の権利が定期的に行使できることを確保すること」
つまり、この勧告で問題とされているのは、「親権(parental authority)」ではなくて、「監護(custody)」。そして、民法766条は、離婚後の子の監護に関する事項について、子の最善の利益に基づいて決めるとしており、欧米と何ら遜色ない規定となっている。日本政府は、日本では、離婚後も親子関係は継続し、親権はどちらかに決めないといけないが、面会交流もできるし、共同監護も可能であるということを正しく国際社会に説明して、誤解をただすべきである。この勧告をもって、「共同親権」制度を導入する立法事実とすることは誤りであるというべきである。むしろ、国連から、繰り返し勧告を受けている養育費の支払い確保をすることが急務である。
以上
(もっと詳しく知りたい方はこちらをお読み下さい)
戸籍第983号「①欧米諸国の多くでは共同親権制が採用されているか?」
戸籍第985号「②日本における離婚後の子の養育法制について」
戸籍第987号「③国連児童の権利委員会の勧告と日本の離婚後の子の養育法制の課題」
『離婚後の子どもをどう守るか』(日本評論社)
『離別後の親子関係を問い直す 子どもの福祉と家事実務の架け橋を目指して』(法律文化社)