昨年の11月、娘に対する準強制性交を行っていた父親の事件で、最高裁が父親側の上告を棄却して、逆転有罪が確定しました。ホッとする一方、報道によれば、被害者の方は、詳細なメッセージを出せるような精神状態ではないといいます。性虐待の被害は重篤です。
家庭内でおこる性的DVや性虐待は、身体的暴力や被害者の反抗や抵抗を伴わないことが多々あります。それは、DVや虐待の構造が、圧倒的な力の差で相手を押さえつける人間関係だからです。すでに屈服している相手に新しい暴力は必要ないし、被害者に抵抗できる気力などありません。
支配に屈する理由は、身体的DVに限りません。長時間の説教、揚げ足取りに基づく質問という名の責め立てなどがあると、もうなにもかも面倒になり、正常な思考が奪われてしまいます。多くの女性は幼少期から意見を言わない方が良いという社会的要請にさらされています。意見をいえば、「生意気だ」「論理的でない」「感情的だ」「ブス」等々、あらゆる角度からの攻撃にさらされ、議論好きな人が増えるはずがありません。余談ですが、女性が感情的であるという批判ほどバカバカしいものはありません。例えば、殺人事件の男女比は、3:1。男性が感情的でないとしたら、計画的殺人ばかりなのでしょうか。
話しを戻します。性的DVについては、表面上は合意があるようにみえても、性暴力となる場合があると思います。例えば・・・
深夜にわたる長時間の説教。黙っていれば、何か言えよと言われ、反論すれば倍返し、再び黙ると、不満そうな顔してんなよと言われる。俺だって怒りたくて怒ってんじゃない…。もうこんな時間か。「ごめんなさい…。」屈辱にまみれながら謝罪したその人に、「分かればいいんだよ」と頭をよしよしして及ぶ性行為。これって、同意ある性行為ですか?
重篤な病気で手術して退院した日、手や口での性的サービスを求められる。「ごめんなさい。そういう気持ちにならない。」と断ると、「病気になんかなりやがって。家事も育児もせずに迷惑かけて、性的サービスも出来ないのか。俺の金で生活して、寄生虫以下だな」と言われて行う性的サービス。これは、同意ある性行為ですか?
こうしたことは、沢山有りますよ。普通に。
身体的暴力がなくても、DVは、重篤な被害を生じます。上記の話を読みながら、自分の体験を振り返ってもそうだと気分が悪くなった方もいると思います。本当にごめんなさい。でも、伝えないと。こんな話は、この国の夫婦に溢れかえってます。
いじめがエスカレートしてくると、性的にからかったり、性的強要に発展することがあります。神戸の教員いじめの事件でも、性的な行為を強要した上、画像を送れというなどということがありました。加害者にとって、性的な支配は、支配欲が満足できる究極の手段です。性的DVの場面でも同様の側面があり、性的な興奮を得ているということだけでなく、支配欲が満たされたことによる興奮を得ている思われるケースが多々あります。
一方がDVを理由に別居しているのに対して、別居直前にも性行為をしていた、彼女も喜んでいたなどということを、夫婦が仲が良かったことの理由として主張されることが良くありますが、女性側から見れば意に沿わない性行為を受け入れざるを得なかったほどに上下関係を強いられていたということであり、別居直前に行われた性行為の存在は、仲が良いどころか、むしろ強いDVを受けていたと評価するべきでしょう。
性虐待は、幼少期の頃から始まります。幼い女児の性器のみをアップで写真撮影したり、お風呂で父親の性器を女児に洗わせたり、父親が娘の口に舌を入れてキスをしたり…。性行を含むものについては、子どもが言い出せず、長期間継続してしまいます。口止めされている場合もありますし、そもそも何が起こっているのかがわからない場合もあります。父親に気に入られていた子どもが、何でこんなに面会交流を拒むのだろうと不思議に思っていたら、後に性虐待があったことがわかるということもありました。
にっこり笑って撮影された父親との恋人同士のような写真。わたしがお父さんを傷つけてるかもしれないと悩む日記。実父からの性虐待も本当に多い…。娘は楽しそうにしていた、娘から誘ってきた。そんな鬼畜みたいなことが、普通に、誰にも気付かれずに起こっていることは各地のフラワーデモでも、幾つもの声が上がっていました。
性虐待が発覚している面会交流事件で、調査官から「直接面会できないのは無理からぬことだと思います。間接交流から始めてみるのはどうでしょう?」と言われた時には、この国の司法は面会交流宗教に取り憑かれてて無理ってなりました。真面目で実力のある調査官だったのでショックでした。どんな親でも両親に愛されることが子どもの幸せだという固定観念があるのだと思います。「虐待があったからこそ離婚後に修復できたら子どのためになる」と大真面目に言われたことがある人もたくさんいることでしょう。
お風呂で陰茎を5歳の娘に洗わせていたというような事案の審判で、裁判官が「その時、お子さんは嫌がってたのですか?」と質問したり、相手方代理人が「冗談でやっており、娘も喜んでいた」と主張することもありますが、意味が分かりません。その事実に当事者間に争いがなく、子どもは現時点では父を慕っているという時、面会交流が認められかねないのが今の家裁の実務です。
性的DVや性虐待の被害者には、後遺障害が残ることも多く、その重篤さは性犯罪になる性暴力の被害者と何ら変わりはありません。こういうことを書くと、男性の敵かのように言われることがありますが、そうではありません。男尊女卑な日本社会を憂いて、ジェンダーに関する意識をアップデートする男性も存在しています。この国はジェンダーに関して丸ごと認識が変わらないといけません。