『日本国紀』読書ノート(188) | こはにわ歴史堂のブログ

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188】近代になって戦勝国が敗戦国の兵士に残虐な仕打ちをした例は日本軍も該当する。

 

「満州では、ソ連軍が武装解除した日本軍兵士を五十七万五千人も捕虜とし、厳寒のシベリアで何年にもわたって、満足な食事も休養も与えずに奴隷的労働をさせた。その結果、約五万五千人の兵士が命を落とした。」(P415)

 

もちろん、この「五十七万五千人」の中には満州国の民間人、満蒙開拓団の人々も含まれています。

1945年8月6日に広島に原子爆弾が投下されました。トルーマン大統領は、この爆弾が原子爆弾であることを明らかにし、ポツダム宣言を受諾しなければ原爆攻撃を続行することを予告しています。

東郷外相からこの声明を聞いた天皇は、8月8日、終戦工作を急ぐように命じました。

こうして9日、最高戦争指導会議が開かれます。

しかし陸軍はこれを原子爆弾であることを頑迷に認めませんでした。

8月8日、ソ連への特使派遣の回答を待っていたモスクワの佐藤大使がモロトフ外相から通告されたのは、翌9日からソ連は日本と戦争状態に入る、ということでした。

同日未明、中国東北部から樺太にいたる範囲で、いっせいにソ連軍が動きました。

満州では、関東軍は前線から一斉に撤退し、東南部の山岳地帯に立てこもり持久戦をとろうとしましたが、その結果、最前線の守備隊はもちろん100万人をこえる民間人がおきざりにされています。

 

「悲惨な目に遭ったのは兵士だけではない。満州や朝鮮半島にいた日本の民間人は、現地人に財産を奪われただけでなく、虐殺、暴行、強制連行などに遭い、祖国の地を踏めない者も少なくなかった。最も残酷な目に遭ったのは女性たちで、現地人やソ連兵らによる度重なる強姦を受けた。そのために自殺した女性が数多くいた。」(P415)

 

という説明にあるように、民間人の異様な被害の拡大は、民間人や関連施設を守るべき関東軍が真っ先に撤退したことが原因の一つです。

在留自国人の保護を名目に派遣された軍隊が、在留自国人を保護することはなかった、ということを示すよい例でしょう。

 

「近代になって、戦勝国が敗戦国の兵士にこれほど残虐な仕打ちをした例はない。そこには白人種の黄色人種への差別意識に加えて、緒戦において日本軍に完膚なきまでに打ち破られたことへの報復という意味合いもあった。」(P415)

 

「日本軍に完膚なきまでに打ち破られたことへの報復」云々は百田氏の想像にすぎませんが、「戦勝国が敗戦国の兵士にこれほど残虐な仕打ちをした例はない」ということはありません。

日本の被害例のみを一方的に説明するのはどうでしょうか。

19461210日の東京裁判ではフィリピンの検事によってフィリピン各地で日本軍が捕虜や市民に対しておこなった残虐行為が冒頭陳述で説明されています。とくに「バターン死の行進」として知られた捕虜の虐待、抗日分子とされたフィリピン人への拷問が次々と告発されています。

1216日からはシンガポール、ビルマなど21地域についての日本軍の残虐行為が証言されました。

一例としては、後に「戦場にかける橋」でもとりあげられた「泰緬鉄道」で強制労働させられた捕虜の証言がありました。

これらの残虐行為の立証は1947年1月17日まで続いています。さらに個人追加証拠提出を行って1月31日まで検察側の立証は続きました。「戦勝国が敗戦国の兵士にこれほど残虐な仕打ちをした例」は日本軍にも見られました。

戦争の直接的な被害者は、敗者にも勝者にも当然みられるものです。どちらか一方の側から戦争の説明は、歴史にはなりません。

 

「戦後、朝鮮半島を経由して帰国した女性の多くが強姦によって妊娠あるいは性病感染させられており、そのため日本政府は、昭和二一年(一九四六)三月に福岡県筑紫郡二日市町(現在の筑紫野市)に二日市保養所を設置し、引き揚げ女性の堕胎手術や性病治療を行なった。二日市保養所は翌年秋に閉鎖されたが、その間に五百人以上の女性が堕胎手術を受けたといわれている(公にできない手術のため、詳細な記録は残されていない)。なお聞き取り調査によると、女性らを強姦して妊娠させた加害者で圧倒的に多かったのは朝鮮人であった。」(P416)

 

「五百人以上の女性が堕胎手術を受けている」と説明し、「加害者で圧倒的に多かったのは朝鮮人であった」と説明するのは不正確です。

医務主任橋爪将の報告書(「橋爪報告」)で報告されている加害者は47人。このうち28人が朝鮮人、ソ連人が8人、中国人が6人、台湾人1人、フィリピン人1人でした。

前から申しますように、一部で全体を語る、ということは誤解をまねく歴史著述と言えます。「わかっている加害者47人のうち28人が朝鮮人であった」と数字を明記すべきだと思います。

そもそも、加害者は「誰か」が問題なのはわかりますが、「何人か」ということに意味があるのでしょうか。朝鮮半島を経由して避難、引き上げをしているのですから朝鮮人が多いこの数字に違和感はありません。

このような説明は偏見を助長してしまうだけだと思います。

引き上げ女性たちの治療にあたったMRU(移動医療局)によると、京城(現ソウル)から釜山までの調査対象855人中強姦被害者70人、性病罹患者15人と、全体の1割が性的被害を受けていたことがわかっています。朝鮮半島を経由し、移動距離が長くなるほど被害は多くなるでしょう。

ドイツの東欧からの引き上げ・避難女性の場合も同様でした。

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