堀日亨上人が纏められた「漫荼羅脇書」2

 

富士宗学要集 第8巻(昭和53912日発行、創価学会版)より、堀日亨上人が纏められた「漫荼羅脇書等」での大聖人御筆漫荼羅を提示しています。

 

二、妙本寺久遠寺本末の分

漫荼羅脇書採集に就いて猶自山末すら行届かず時代と在所と共に、況んや他山に於いてをや、殊に京阪地方近距離の間に在る有数の寺院の巡拝すら遂げられざりし事を深く憾みとす。

大聖人御筆漫荼羅の分。

(中略)

1(文永九年頃か)甲斐の国波木井の法寂房に之を授与す(興師の加筆ありと云ふ) 小泉久遠寺。

2 文永十一年十二月日、甲州波木井郷の山中に於いて之を図す(万年救護と称す)、保田妙本寺。

3 建治二年太歳丙子八月十三日(御判の右の内に)亀弥の護なり(鎮護形小本尊にして北山と同形なり)、 日向定善寺。

4 弘安二季太歳己卯二月(ウツロ字の本尊と称す御名判だけ黒字にして他は皆籠字なり、日永日我の授与書あり、上の妙本寺の古文書の下に出す)、 小泉久遠寺。

 (富要集8巻史料類聚203-4頁)

※大聖人直筆の御本尊は妙本寺久遠寺関連で4幅存在する。

 

 

三、要法寺本末分。

大聖人御筆漫荼羅の分。

1 文永五年十月十三日、(弘安式にして日興上人の筆に大聖人が華押を為されたもの、曾つて寛永十三年染師町に仏眼寺が在りし時近火に罹り此本尊自ら飛び去りて類焼を免れたるを以て「飛び漫荼羅」と称し伊達家の貴重する所云々)、 仙台仏眼寺。

2 文永九年太歳壬申正月元日、問答第一、行戒智徳筆跡符法の沙門日興に之を授与す、(称徳符法の本尊と称す) 京都要法寺。

 (富要集8巻史料類聚207-8頁)

※大聖人直筆の御本尊は要法寺関連で2幅存在する。

 

 

四、実成寺の分。(富要集8巻史料類聚210頁)

五、妙蓮寺の分。(富要集8巻史料類聚211頁)

※両寺共に大聖人直筆の御本尊は存在しない。

 

 

六、法華寺の本末の分。

大聖人御筆漫荼羅の分。

1 弘安四年太歳辛巳三月日、俗日大に之を授与す、(興師加筆)富士顕妙新五郎に之を与へ申す、本門寺に懸け末代の重宝たるべきなり。 讃岐 法華寺。

 (富要集8巻史料類聚213頁)

※大聖人直筆の御本尊は法華寺で1幅存在する。

 (項目文頭の半角算数字は編者が付けたもの)






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