千寺詣で(№46~50) | ZZ・倶舎那・渋谷申博のブログ

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渋谷申博としての本業は神社仏閣、神道・仏教に関する文を書くことです。ZZ・倶舎那は「もう一つ」のペンネームです。

千寺詣で


№46 頂法寺(六角堂)  2008.1.15
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寺号よりも六角堂の名で親しまれています。京都のランドマークの一つで、道の名前にもなっています。

聖徳太子が四天王寺創建に使う材木を探してこの地を訪れた時、木に念持仏を載せて沐浴をしたところ、仏像がそこから動かなくなったので堂を建てて供養したのが当寺の始まるだとされます。

しかし、そうした創建神話より平安時代以降、仏の霊告が得られるところとして広く知られていました。親鸞もここに籠もって観音の夢告を得て、法然に弟子入りを決断したと伝えられています。



№47 建仁寺  2008.1.15
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宋から帰朝した栄西が元久2年(1205)に建立した、京都最初の禅寺です。「京都」と限定がつくのは、これ以前に福岡で寺院を創建しているからです。また、創建当時は禅だけではなく、天台教学や密教も修学する兼学の道場でした。

学校の歴史ではあまり教えないことですが、栄西は禅の祖師であると同時に、天台密教の葉上流の祖でもあります。



№48 相国寺(しょうこくじ)  2008.1.15
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京都五山の一刹で、五山文化の活動中心になっていた臨済宗相国寺派の大本山です。足利義満が永徳2年(1382)に建立しました。

写真でもわかるかと思いますが、一日のうちに禅寺を二つも三つも回ると、正直混乱します。庫裏など本当にどこもよく似ています。

相国寺の境内には茶人に化けて茶会に出ていたという宗旦狐を祀った祠があり、少し頬笑ましい気分になります。



№49 来迎寺  2008.4.2
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次の慈雲寺同様、下諏訪の諏訪大社下社春宮から秋宮へ行く途中にあるお寺です。

このお寺には銕焼地蔵尊という仏像が祀られており、次のような伝説が伝えられています。

昔、「かね」という信心深い娘が長者に奉公をしており、畑に行く時には自分の弁当の一部を地蔵尊に供えてお祈りをすることを欠かしませんでした。ある時、同じ奉公人からそねまれて、無実の罪を着せられたおかねは、長者の妻から罰として焼き火箸を頬に当てられました。あまりの痛さに泣きながら地蔵様のところに走っていくと、不思議なことに痛みは消えていました。見上げると地蔵様の頬に焼き鏝の跡があり、身代わりとなってくれたことがわかったのでした。

この話が都に伝わり、かねは大江雅到の養女となり、やがて和泉守橘道貞の妻となし和泉式部と呼ばれるようになったそうです。

後半、時代が一気に遡ってしまうような伝説ですが、どうして和泉式部なのか探ってみると面白そうです。



№50 慈雲寺  2008.4.2
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慈雲寺の門前にはきれいな清水が湧いています。寺や諏訪大社の参詣者や中山道をゆく旅人の喉を潤したものだそうです。