千寺詣で
№41 光明禅寺 2007.12.28
福岡県の太宰府天満宮の隣にある臨済宗東福寺派の禅寺です。
別名「苔寺」ともいい、庭園が有名で紅葉の名所ともされますが、私が詣でた日は雨ということもあって人気もまばらでした。
写真は表側の石庭。苔庭は裏手の方にあります。
№42 東福寺 2007.1.13
京都市東山区にある臨済宗東福寺の大本山です(№41が東福寺派であるのは偶然です)。
東福寺という寺号は開基の九条道家が東大寺と興福寺に匹敵するような寺院にしたいという願いからつけられたものといいます。
京の寺院にしてめずらしく応仁の乱の被害を受けていないのですが、明治14年に火災で仏殿・法堂などを失いました。その後、法堂は再建され、五山寺院らしい偉容を保っています。
写真は有名な臥龍橋。
№43 万福寺
京都宇治にある黄檗宗(おうばくしゅう)の総本山。
黄檗宗は臨済宗系の禅宗ですが、日本に伝えられたのが明の時代(日本は江戸初期)だったので、明風の儀礼や美術が特色となっています。
伝来直後は仏教界に一大ブームを巻き起こし、禅宗以外の寺院でも黄檗風の仏具などが使われるようになりました。中でも一番普及したのが木魚です。
今も中国語っぽい発音で読経されています。
№44 南禅寺 2008.1.14
こちらは臨済宗南禅寺派の大本山。
正面の三門は歌舞伎で石川五右衛門が「絶景かな」と言うことで有名ですね。
境内の中を、明治の水道橋インクラインが通っていることでも知られます。
№45 本能寺 2008.1.14
「敵は本能寺」の本能寺です。ただし、位置は今とは若干違うようです。信長が滞在した頃は、寺院そのものが要塞みたいになっていたそうです。
信長の遺体は発見されませんでしたので、お墓ではなく供養碑です。