ケージのフタ、ついに完成しました


こゆきの脱走対策として進めていたケージのフタ作り。

ついに、ひとまず「これでいけるかな?」という形になりました。


もともとは、上に載せるだけの簡易的なフタを使っていたのですが、

奥側だけサイズの小さいものを使っていたんですよね。


するとどうなるか。


…見つけるんです、隙間を。


本当にびっくりするくらい、的確に。

「そこ、いけるでしょ?」という顔で攻めてきます。


特に奥側はおトイレの位置なので、

スペース的にも完全に塞ぐのが難しく、

結果として脱出ルートになりかけていました。


そこで今回、

ホームセンターで見つけた黒いプラダンを追加。


これで奥側の隙間をしっかりカバーしつつ、

トイレ側だけ少し暗くなるようにしてみました。


この「ちょっと暗い」というのも実は狙いで、

落ち着いて過ごせる空間にしたかったんですよね。


白いプラダンだけだと明るすぎて、

どうしてもソワソワしがちだったので、

黒を入れることで空間にメリハリも出ました。


見た目も意外と悪くない。


むしろ、

「ちゃんと考えて作ってる感」が出てちょっと満足しています。


これでしばらくは、

脱走との知恵比べも落ち着いてくれる…はず。


いや、たぶん。

でも、こゆきなので油断は禁物です。


また新しい攻略法を編み出してくる可能性もあるので、

引き続き様子を見ながらアップデートしていこうと思います。


こうやって少しずつ環境を整えていくのも、

犬との暮らしの醍醐味ですね。

 

会社の社会保険料を確認していて、思わず「まじか」と声が出ました。

一人社長の会社なので、役員報酬をできるだけ低くして、会社の負担を抑えたい。

会社は赤字。

それでも法人を維持するためには、社会保険料はちゃんと払わないといけません。

ということで、標準報酬月額を低くした場合に、会社負担の社会保険料がいくらになるのかを確認していました。

そこで出てきたのが、

子ども・子育て拠出金

という項目です。

これまでも会社が負担していたもので、会社だけが支払うものです。

個人負担はありません。

ここまでは、まあ仕方ない。

でも、最近さらに気になる名前が出てきました。

子ども・子育て支援金

え?

子ども・子育て拠出金と、子ども・子育て支援金?

名前、似すぎでは?

最初は、てっきり今までの「子ども・子育て拠出金」が、新しい「子ども・子育て支援金」に置き換わるのかなと思いました。

ところが、確認してみると違いました。

子ども・子育て拠出金は、なくならない。

そのまま残る。

そして、別枠で子ども・子育て支援金が追加される。

まじか。

名前が似ているので、完全に入れ替わりだと思っていました。

でも実際には、

子ども・子育て拠出金
→ 会社だけが負担するもの

子ども・子育て支援金
→ 本人と会社で負担するもの

という別物。

つまり、会社から見ると、今までの負担が消えるわけではなく、そこに新しい負担が追加される形です。

これ、かなり紛らわしいです。

「拠出金」と「支援金」。

言葉としては少し違うけれど、ぱっと見た印象はかなり似ています。

しかも、どちらも子ども・子育て関係。

社会保険料の明細を見ている側からすると、

え?
これは前からあったやつ?
それとも新しいやつ?
前のやつはなくなるの?

となります。

一人社長の会社だと、こういう細かい負担の変化がけっこう大きく感じます。

たとえば、役員報酬をかなり低くしていても、社会保険料には最低等級があります。

報酬を下げたからといって、保険料がゼロに近づくわけではありません。

さらに会社負担分もあります。

毎月の金額としては大企業から見れば小さいのかもしれません。

でも、赤字の小さな会社にとっては、こういう数百円、数千円の積み重ねも地味に効いてきます。

しかも、今回のように

「なくなると思っていたものが、実はなくならない」
「さらに別の負担が追加される」

となると、心理的なダメージが大きいです。

金額以上に、

あ、そういう仕組みなんだ……

という驚きがあります。

会社を作ると、売上や利益だけではなく、こういう社会保険や税金まわりの現実を毎月感じます。

一人社長だと、なおさらです。

自分で決めて、自分で払って、自分で確認する。

会社負担といっても、結局は自分の会社のお金です。

個人負担と会社負担に分かれていても、感覚としてはどちらも重い。

今回あらためて思ったのは、社会保険料は本当にわかりにくいということです。

名称も似ている。

料率も変わる。

開始時期も違う。

会社負担だけのものもあれば、本人と会社で折半するものもある。

さらに、納付月と対象月もずれる。

これは普通に生活していたら、なかなか把握しきれません。

でも、一人社長として会社を維持するなら、こういうところも見ていかないといけないんですよね。

今回の学びはこれです。

子ども・子育て拠出金は、なくならない。

子ども・子育て支援金は、別で追加される。

まじか。

正直、名前だけ見たら入れ替わりだと思ってしまいました。

でも違いました。

社会保険料の世界、なかなか手ごわいです。


夜の山は、
いつだって少しだけ残酷だ。

昼には見えていた道が消え、
聞こえていた川の音は遠ざかり、
木々の影だけが、
まるで意思を持つもののように伸びてくる。

そんな夜の山を、
ひとりの男が音もなく進んでいた。

黒衣。
沈んだ気配。
足音ひとつ立てぬ身のこなし。

チョコ・ノクティス。

彼は月明かりの届かぬ斜面を渡りながら、
前方にあるふたつの気配を静かに追っていた。

ひとつは、陽だまりのようにまっすぐな光。
ヒマワリ・ソレイユ。

もうひとつは、風のように鋭く揺れる空色。
ソラ・アズリエル。

遠すぎず、
近すぎず。

見守るにはちょうどいい距離を、
チョコは昔から知っていた。

あの二人は前を歩く。
自分は少し後ろから見る。
必要な時だけ手を出す。

それでよかった。

それが、
自分にとっていちばん自然だった。

夜の空気を吸い込みながら、
チョコは小さく目を伏せる。

なぜ見守るのか。

その理由を、
彼は何度も言葉にしようとしたことがある。
けれど結局、
いつも途中でやめてしまう。

そんなもの、
説明するまでもない気がしてしまうのだ。

あの家の灯り。
あたたかな食卓。
眠る場所。
名前を呼ばれること。

そして、
屈託なく手を引いてきた小さな娘。

ヒマワリ。

その隣にはいつも、
無口で負けず嫌いな空色の少女がいた。

ソラ。

拾われた夜から、
チョコの世界にはその二人がいた。

恩義というには、
あまりにも深い。

だから返したい。

言葉でなく、
肩書きでなく、
ただ必要な時に、
必要なところで立てる自分でありたい。

それだけだった。

尾根の先で、
ひまわりの声が風に乗る。

「ソラー! どこー!」

返事はない。

チョコはほんの少しだけ視線を横へ流した。

いた。

当然のように、
道から外れた細い獣道の先に、
ソラの気配がある。

本人はきっと、
探索の範囲を広げているつもりなのだろう。
だが実際には、
たいへん見事に迷っている。

チョコは無言のまま、
別の斜面へ回り込んだ。

直接呼びに行けば早い。
だが、それでは違う。

ソラは自分が迷ったとは思わない。
それは昔から変わらない。

ならば、
本人の流れを壊さないまま戻すほうがいい。

チョコは先回りして、
小さな石をひとつ蹴った。

乾いた音が右手の尾根へ飛ぶ。

ほどなくして、
ソラの気配がそちらへ向きを変えた。

……かかった。

少し進ませ、
また別の位置から枝を軽く鳴らす。

ソラは警戒しながらも、
敵の気配を追っているつもりで歩いていく。

その先には、
もとの山道へ戻る流れがある。

導く。

気づかれないように。
あくまで自然に。
本人が自分で見つけたと思える形で。

それが、
チョコのやり方だった。

何度目かの誘導のあと、
ようやくソラの足取りが
ひまわりのいる方向へ収束し始める。

これなら合流する。

そう判断した時だった。

別の気配があった。

低い。
粘つく。
泣き声のような、
笑い声のような、
嫌な震えを持つ闇。

チョコの目が細くなる。

ひとつではない。
複数。

しかも、
ただの雑魚ではない。

夜哭のベルフェリオ。

その名が脳裏をよぎる。

四眷属のひとり。
泣き声と絶望を糧とし、
闇夜の山で心を折ることを好む魔。

その配下たちが、
ひまわりとソラへ同時に襲いかかる位置へ
散っている。

まずい。

チョコは一瞬で状況を読む。

ソラはもうすぐ山道へ戻る。
ひまわりはその先にいる。
このままだと、
二人が合流した直後に、
ベルフェリオ本体と手下たちが挟み込む形になる。

本来なら、
もっとあとから出るつもりだった。

本当に必要になるまで、
影から見ているつもりだった。

だが、
今ここで手を打たなければ、
二人は危ない。

チョコは迷わなかった。

次の瞬間には、
黒衣の姿が夜の斜面を走っていた。

最初の一体は、
岩陰に潜んでいた。

細長い手。
泣き腫らした顔のように歪んだ仮面。
影の刃を持った魔。

振り向くより早く、
チョコの拳がその胴を穿つ。

黒炎が沈む。

燃え上がるのではない。
内側から静かに食い破るような、
重い闇の火。

魔は声もなく崩れた。

二体目は木の上。

飛び降りざまに喉を狙ってくる。
チョコは半歩だけずれて、
その腕を取る。
そのまま回転の勢いごと地へ叩きつけ、
肘打ちひとつで核を砕いた。

三体目。
四体目。
五体目。

どれも速い。
どれもいやらしい位置を取る。
連携していたなら、
たしかに厄介だっただろう。

だが今、
それは許されない。

チョコは音もなく踏み込み、
拳ひとつで順に落としていく。

派手さはない。
叫びもない。
ただ、
積み重ねた鍛錬だけがそこにあった。

ソラのような天賦はない。
一目で極意へ届く才もない。

だからこそ、
何千何万と打った。

呼吸を整え、
足を運び、
拳を沈め、
同じことを繰り返し、
繰り返し、
繰り返し続けた。

その結果だけが、
夜の斜面に静かに現れていた。

最後の一体を沈めた時、
遠くから金属音が響いた。

高い。
鋭い。
そして、
泣き声にも似た不快な波長をまとった音。

ベルフェリオ本体だ。

間に合わなかったか。

チョコは夜の向こうを見る。

ソラはすでに山道へ戻っている。
ひまわりと合流したのだろう。
そしてその直後に、
夜哭のベルフェリオが姿を現した。

本来なら、
配下たちが同時に襲い、
二人の足を止め、
絶望の裂け目を広げるはずだった。

だが手下はもういない。

チョコが先に片付けた。

ならば、
まだ勝ち筋はある。

チョコは付着した黒い残滓を払い、
すぐに尾根を蹴った。

夜の木々を抜ける。
岩を越える。
斜面を横切る。

その途中、
ベルフェリオの泣き笑いが風に乗って聞こえてきた。

「ああ、かわいそう。
やっと会えたのに、
やっと並んだのに、
ここで終わるのねえ」

ヒマワリの声が返る。

「終わらない!」

その叫びに、
チョコの口元がわずかに緩んだ。

そうだ。
あの子はそういう子だ。

追い詰められても、
真っ先に前を向く。

そしてソラは、
どんな状況でも剣を止めない。

音でわかる。

一本目が受け、
二本目が返し、
けれどまだ押し切るには足りない。

ヒマワリが盾で耐え、
剣で道をこじ開けようとしている。
だがベルフェリオの泣きの魔は、
心を揺らす類の厄介さを持っている。

長引けば危うい。

だが手下がいない。

それだけで状況は違う。

本来左右から迫るはずの闇が来ないことに、
ベルフェリオ自身もわずかな違和感を覚えているはずだ。

その小さな狂いが、
二人へ一瞬の余白を与えている。

チョコはそれで十分だと思った。

必要な猶予は作った。
あとは、
本当に必要なその瞬間に出ればいい。

尾根の切れ目へ出る。

少し下に、
戦いの場が見えた。

崩れた石碑の前。
細い月明かりの下。
黒い外套を翻すベルフェリオと、
それに抗うひまわりとそらの姿。

ヒマワリは肩で息をしている。
ソラの外套にはすでに裂け目がある。

だがまだ立っている。

まだ折れていない。

ならば、
ここからだ。

チョコは斜面の影に立ち、
黒炎を静かに拳へ宿した。

もう見守るだけでは終わらない。

今この瞬間、
影の外へ出る時が来たのだ。

月が雲を抜ける。

ベルフェリオが、
泣くように笑いながら大きく腕を広げた。

闇が集まる。
二人を呑み込もうとする。

その一撃が落ちるより早く、
黒衣の僧兵は地を蹴った。

――ここから先が、
チョコ・ノクティスが正式に姿を現す物語へと
繋がっていく。

これはその直前、
誰にも知られぬまま、
迷子の剣士をこっそり導き、
手下どもを先回りして沈め、
二人のために勝ち筋を残した
黒衣の僧兵の夜の話である。
 

 

 

 

 

 


小さいしろくまさん、発見しました


ふと見ると、こゆきが床の上でぐっすり。


白い体をころんと横にして、

手足を投げ出して眠っている姿が、

まるで小さいしろくまさんのようでした。


まだ子犬なのに、

寝姿だけはなんだか大物感があります。


安心しきっているのか、

完全に力が抜けたこの寝顔。


起きているときは元気いっぱいで、

ケージを乗り越えたり、

ごはんの時間にソワソワしたり、

毎日いろいろなことを覚えているこゆき。


でも、こうして眠っている姿を見ると、

まだまだ小さな赤ちゃんなんだなと感じます。


白い毛並み。

ぽんぽんのお腹。

ちょこんとした肉球。


この姿を見ているだけで、

こちらまで気持ちがゆるんでしまいます。


犬との暮らしは初めてなので、

大変なこともたくさんあります。


夜泣きだったり、

トイレだったり、

脱走対策だったり。


でも、こんなふうに安心して眠ってくれる姿を見ると、

「少しずつ、ここが安心できる場所になってきたのかな」

と思えて、うれしくなります。


小さいしろくまさんのようなこゆき。


これからどんどん大きくなっていくと思うと、

このサイズの寝姿も今だけの宝物ですね。


夜の水面は、
ときに空よりも深い。

四人がたどり着いたのは、
古い水都の跡だった。

石造りの橋は半ば崩れ、
運河は黒く沈み、
かつて人々が暮らしていたはずの街は、
いまや水と霧と静寂だけに支配されている。

名を失ったその廃都を、
土地の古い言い伝えでは
「黒鏡の街」と呼ぶのだという。

ヒマワリ、ソラ、コユキ、チョコの四人は、
崩れた橋の上を慎重に進んでいた。

水は静かだった。

静かすぎるほどに。

風もある。
月も出ている。
なのに、
水面だけがまるで息を潜め、
何かを待っているように見えた。

コユキが立ち止まる。

「気をつけてくださいまし」

その声音は低い。
普段の余裕を残しながらも、
はっきりと警戒している響きだった。

ソラも二本の剣へ手をかける。

チョコは無言のまま、
橋の中央に立つヒマワリの少し後ろへ位置をずらした。

そのとき、
水が鳴った。

ぽちゃん。

小さな音だった。

けれどその音は、
広い運河のあちこちから同時に響いた。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
数えきれぬほど。

黒い水面に、
輪が広がる。

その輪はやがて重なり、
絡み合い、
ひとつの巨大な円環となって、
橋の先に立ち上がった。

そこから、
女が現れた。

いや、
女の姿をした“何か”と呼ぶべきだったのかもしれない。

長い髪は夜の水そのもの。
衣は濡れているのに、
一滴もこぼれない。
白い腕がゆるやかに伸び、
その指先から黒い水が糸のように垂れている。

美しい。

それは認めざるをえないほど、
ぞっとするほど美しかった。

だが、
その美しさは人を救う光ではない。

深く静かな水底へ、
何もかも沈めていくための美だった。

女は笑う。

「ようこそ、旅人たち」

声は甘く、
耳にやさしい。
だがそのやさしさは、
眠る直前のぬるい水のように危うかった。

コユキが目を細める。

「……深淵のメルカディア」

ヒマワリが息をのむ。

「知ってるの?」

「ええ。
黒水の魔を操り、
心の隙間に沈む幻を見せる妖姫。
力で屈服させるのではなく、
自ら沈みたくなるよう誘う敵ですわ」

メルカディアはくすりと笑った。

「随分とそっけない紹介ですこと。
わたくし、もう少し詩的に語られるほうが好みなのだけれど」

その指先がひとつ揺れる。

次の瞬間、
運河の水が持ち上がった。

黒い水は鞭となり、
刃となり、
無数の帯となって四人へ襲いかかる。

ヒマワリが盾を上げる。
ソラが二本の剣で水の軌道を断つ。
チョコの拳に闇が宿り、
コユキの白銀の障壁が足場を守る。

だが、
水はただの水ではなかった。

斬れば飛び散る。
砕けばまた集まる。
受ければ、
冷たさではなく
奇妙な重さが腕へ残る。

まるで心そのものに絡みついてくるような感触。

「触れないで!」

コユキが叫ぶ。

「水に意識を引かれますわ!」

だが遅かった。

ヒマワリの足元に跳ねた黒水が、
鎧の隙間をなぞる。

冷たい。

そう思った次の瞬間には、
景色が変わっていた。

気づけば、
ヒマワリはルクシエラ王国の中庭に立っていた。

柔らかな日差し。
噴水の音。
幼いころと変わらぬ庭木。

その向こうに、
幼いソラがいる。

木の枝を剣みたいに振って、
勝ち誇った顔をしている。

「ほら、また負けた」

幼い声。
懐かしい声。

ヒマワリは思わず笑いそうになった。

ああ、
このころはよかった。

ただ追いかけて、
ただ並びたくて、
それだけでよかった。

勇者じゃなかった。
期待も重さもなかった。
負けても次があった。

「無理しなくていいよ」

声がする。

振り返ると、
今度は王城の謁見の間があった。

国王が優しくこちらを見ている。

「そなたは十分にやった」

あたたかな声だった。

「勇者でなくてもよい。
誰かの先頭に立たずともよい。
もう重いものは降ろしてしまえ」

ヒマワリの胸が、
わずかに揺らぐ。

降ろしていいのなら、
どれだけ楽だろう。

守らなければ、
導かなければ、
追いつかなければと、
ずっと胸に抱えてきたものを、
全部置いていけるのなら。

そのときだった。

遠くから、
かすかに金属のぶつかる音がした。

剣だ。

それも、
聞き慣れた音。

ソラの剣。
チョコの拳。
コユキの魔法。

現実の戦いが、
まだ続いている。

ヒマワリははっと顔を上げる。

違う。

これは違う。

ここはあたたかい。
やさしい。
でも、
前へ進むための場所ではない。

メルカディアの声が、
水面の奥から響いてくる。

「苦しいのでしょう?
追いつけないのでしょう?
なら、沈んでしまえばよろしいのに」

風景が変わる。

今度は、
ソラがいた。

大人になったソラだ。
二本の剣を手に、
自分よりも先へ進んでいる。

コユキがいる。
白銀の魔法で敵を圧倒している。

チョコがいる。
黙したまま敵を屠っている。

そして自分だけが、
そこに届けず立ち尽くしている。

胸が痛んだ。

それは確かに、
ヒマワリの中にあった不安だった。

親友に置いていかれる怖さ。
勇者の名に届いていない焦り。
みんなを導くはずなのに、
自分がいちばん足りていないのではないかという恐れ。

メルカディアはそこを見ていた。

心の隙間。
もっとも痛む場所。
沈みたくなる場所。

黒水の魔とは、
そういうものだった。

ヒマワリは剣を握ろうとする。
だが手に力が入らない。

ここで眠ってしまえば、
楽になれる。

そんな囁きが、
確かに耳の奥へ染みてくる。

そのとき。

「ヒマワリ!」

声がした。

今度ははっきりと。

現実の声。
あのまっすぐな声。

ソラだ。

続いて、
低く短い声が響く。

「戻れ」

チョコ。

そして、
苛立ったような、
けれどどこか必死な白銀の声。

「勇者でしょう! 起きなさい!」

コユキ。

三人の声が、
ヒマワリの胸を打つ。

置いていかれる?

違う。

あの三人は、
一度だってヒマワリを置いていこうとしたことなんてない。

追いつけない?

違う。

そもそも、
並ぶってそういうことじゃない。

それぞれ違う力を持って、
違う場所から、
同じ前を向いている。

それが仲間だ。

それがパーティだ。

ヒマワリは、
ようやく理解する。

自分はずっと、
“誰かより強くならなければ”
と思っていた。

けれど本当は違った。

自分が目指すべきは、
誰かを追い越すことではない。

どんなときでも、
仲間とともに前を向ける光でいること。

沈みかけたとき、
一番先に立ち上がること。
仲間が迷ったとき、
最後に道を示すこと。

それが、
ヒマワリ・ソレイユの強さだ。

ヒマワリはゆっくりと目を開く。

幻の庭が揺らぐ。
王の姿が砕ける。
ぬるい光景が、
黒い水の底へ沈んでいく。

「私は――」

その声はまだ小さい。
けれど確かだった。

「私は、沈まない」

黒水がざわめく。

メルカディアの笑みが、
初めてわずかに歪んだ。

ヒマワリは剣を握る。

今度は、
ちゃんと力が入る。

「苦しいのは、私だけじゃない。
迷うのも、私だけじゃない。
それでもみんな、前へ進んでる」

その胸の奥で、
黄金の光が灯る。

ソラに追いつくためでもない。
勇者らしく見せるためでもない。

仲間とともに進むための、
まっすぐな陽光。

「だから私は、
みんなを照らす」

その瞬間、
幻が完全に砕けた。

現実へ戻ったヒマワリの前には、
黒水の帯に絡め取られそうになっているソラがいた。

二本の剣で受け流し続けているが、
水の量が多すぎる。
あと一瞬遅れれば、
完全に呑まれていた。

チョコは横から割って入り、
黒炎の拳で水流を削っている。
コユキは白銀の術式で
メルカディア本体の幻惑を抑えている。

誰も余裕はない。

だが、
三人ともヒマワリを待っていた。

ヒマワリは盾を掲げる。

その背から、
朝日のような黄金が広がった。

夜の水都に、
本来あるはずのない光が差し込む。

「ソラ、下がって!」

空色の剣士が、
その声だけで迷いなく引いた。

コユキが術式の角度を変える。
チョコが一歩横へずれて、
進むべき道を空ける。

四人の呼吸が、
初めて完璧に重なった。

ヒマワリは踏み込む。

黒水が牙となって襲いかかる。
だがそのすべてを、
盾の光が押し返す。

メルカディアが笑う。

「光など、水に沈むだけよ」

「沈まない」

ヒマワリはまっすぐに答えた。

「私の光は、
誰かを照らすための光だから」

ソラの二本の剣が、

黒水の流れを左右へ切り分ける。


コユキの白銀が、
その流れを凍らせる。


チョコの黒炎が、
水の芯に潜む魔の核を炙り出す。


そして最後に、
ヒマワリの剣が振り下ろされた。

それはこれまでのような、
ただ強いだけの一撃ではなかった。

仲間の力を束ね、
迷いを断ち、
沈む心を引き上げるための光。

陽光の斬撃が、
黒水をまっすぐに割る。

メルカディアの瞳が、
初めて驚愕に見開かれた。

「そんな……」

黒水が砕ける。
幻が砕ける。
甘い囁きも、
沈みたくなる誘惑も、
すべてが朝の光のように消えていく。

やがて妖姫の姿は、
黒い飛沫となって夜の運河へ散った。

静寂が戻る。

崩れた橋の上で、
四人はしばらく動かなかった。

最初に息をついたのはソラだった。

「助かった」

たったそれだけの言葉。
だがヒマワリには、
それが何よりうれしかった。

コユキは袖を払って、
小さく笑う。

「ようやく勇者らしくなりましたわね」

チョコは何も言わない。
けれどその目は、
確かにヒマワリを認めていた。

ヒマワリは剣を下ろし、
三人を見た。

「ううん。
みんながいたからだよ」

それはきれいごとではなかった。

本当にそうだった。

ひとりでは沈んでいた。
ひとりでは戻れなかった。
ひとりでは、
あの一撃には届かなかった。

本格覚醒。

それは、
別人のような力を突然得ることではない。

自分の弱さを知り、
幻に揺らぎ、
それでもなお、
仲間とともに立ち戻ること。

ヒマワリ・ソレイユはこの戦いで、
ようやく本当に理解したのだ。

陽光の勇者とは、
誰かより強い者のことではない。

沈みそうな仲間の心に、
朝のような光を差し込める者のことなのだと。

深淵のメルカディアとの戦いは、
ヒマワリにとって、
ただの勝利ではなかった。

それは、
心の奥底に沈んでいた迷いを断ち切り、
本当の意味で勇者として目覚めた夜だったのである。