トイレシート用にゴミ箱を新しく購入しました。

これが思った以上に「正解」でした。

今までは、
猫の分はいつものビニール袋に入れて保管していたんですが、
犬(こゆき)の分はちょっと事情が違うんですよね。

まず量が多い。
そして、においもなかなかの破壊力(笑)

正直、同じ運用だとちょっと厳しいな…と思っていました。

そこで今回導入したのがこのフタ付きゴミ箱。

見た目はシンプルでスッキリ。
しかもフタがしっかり閉まるタイプなので、におい漏れもかなり抑えられています。

これがめちゃくちゃ大きい。

今まではゴミ袋を縛っても、
「なんかにおうな…」ってなることがあったんですが、
それがほぼ気にならなくなりました。

さらに、犬と猫で分けたことで管理もラクに。

・猫 → これまで通りビニール袋
・犬 → 専用ゴミ箱

この分け方、かなりおすすめです。

特に犬はトイレシートの消費量が多いので、
「一時保管場所」があるだけでストレスが激減します。

あと地味に良かったのがサイズ感。

レギュラーシートをまとめて捨てても余裕があるので、
「すぐいっぱいになる問題」も回避できています。

結果として――

もっと早く買えばよかったやつ。

これに尽きます。

ワンコを飼い始めた人には、かなり強めにおすすめしたいアイテムでした。

 

 

 

 

 

 

 


最終決戦の前夜。

空は静かだった。

あまりにも静かで、
まるで世界そのものが、
次に訪れる夜明けを恐れているかのようだった。

ヒマワリ、ソラ、コユキ、チョコ。

四人は魔王城へ続く黒い山脈のふもとで、
小さな焚き火を囲んでいた。

明日、
魔王アイ・ノクスフェリアと戦う。

その事実は、
誰の胸にも重く沈んでいた。

けれど、
不思議と誰も口には出さなかった。

ヒマワリはいつものように明るく振る舞い、
ソラは剣の手入れをし、
コユキは魔導書を閉じたり開いたりしながら、
時折、焚き火の向こうに見える魔王城を見つめていた。

チョコは、
黙って火を見ていた。

黒衣の僧兵。
闇属性を宿す拳王。
夜をまといながらも、
決して夜に呑まれなかった男。

その横顔は、
いつもと変わらないように見えた。

けれどヒマワリは、
そんなチョコをちらりと見て、
少しだけ声をかけた。

「チョコ、大丈夫?」

チョコは短く答える。

「問題ない」

「ほんと?」

「ああ」

「ならいいけど」

ヒマワリはそう言って笑った。

だが、
その笑顔には少しだけ不安があった。

チョコはそれに気づいていた。

当然だ。

彼は昔から、
ひまわりの表情の小さな揺れに気づくのがうまかった。

幼いころから、
ずっと見てきたからだ。

陽だまりのような笑顔。
まっすぐすぎるほどの優しさ。
誰かのためにすぐ前へ出てしまう危うさ。

だからこそ、
守りたいと思った。

恩があるから。
拾われたから。
大事にされたから。

それだけではない。

きっとそれ以上に、
彼はこの光を失いたくなかったのだ。

ソラが剣を布で拭きながら言った。

「見張りは交代でいいな」

ヒマワリがうなずく。

「うん。明日が本番だから、ちゃんと寝よう」

コユキは少しだけ眉を上げる。

「あら。勇者さまにしては珍しくまともな判断ですわね」

「ひどくない!?」

「褒めていますのよ」

「絶対ちがうよね?」

ソラは淡々と言う。

「半分は褒めてる」

「半分なんだ……」

チョコは何も言わなかった。

だが、
わずかに口元の空気がやわらいだ。

こんな夜でも、
この三人は変わらない。

変わらないことが、
不思議と救いだった。

見張りは、
まずソラ。
次にコユキ。
その次にヒマワリ。
最後にチョコ。

そう決まった。

チョコは最後でいい、と短く言った。

「明け方が一番危ない」

それだけの理由だった。

けれど本当は、
彼自身もわかっていた。

魔王城に近づけば近づくほど、
夜の気配が濃くなっている。

その夜にもっとも引かれやすいのは、
きっと自分だ。

だから最後まで起きている。
最後まで周囲を見る。

それが自分の役目だと思っていた。

やがて夜は深くなった。

焚き火の赤は小さくなり、
草地には冷たい風が流れた。

ソラは最初の見張りを終え、
何も言わずチョコの近くを通った。

「異常なし」

「そうか」

「ただ、夜が濃い」

「ああ」

それだけで伝わった。

ソラは毛布にくるまり、
すぐに目を閉じた。

次にコユキが見張りをした。

白銀の魔法使いは、
焚き火の近くに座りながらも、
魔力の糸を細く広げて周囲を探っていた。

「嫌な夜ですわね」

交代のとき、
彼女はチョコにそう言った。

「闇が、ただ暗いだけではありませんわ。
こちらを見ているようです」

「わかっている」

「あなた、特に気をつけなさい」

チョコは少しだけ目を細めた。

「俺か」

「ええ」

コユキはまっすぐに言った。

「あなたの闇は、魔王の夜と響きやすい。
似ているからこそ、
引きずられる可能性がありますわ」

チョコは返事をしなかった。

否定もしない。

コユキはそれ以上言わず、
ただ小さく息をついた。

「まあ、あなたが簡単に堕ちるような方ではないことくらい、
わたくしにもわかっていますけれど」

それだけ言って、
彼女も眠りについた。

そしてヒマワリの見張りが終わるころ。

夜は、
いっそう深くなっていた。

ヒマワリは眠そうに目をこすりながら、
チョコの肩を軽く叩いた。

「交代だよ」

「ああ」

「無理しないでね」

「しない」

「ほんとに?」

「しない」

ヒマワリは少しだけ笑う。

「チョコの“しない”は、
だいたい無理してるときの言い方なんだよなあ」

チョコは黙った。

図星だった。

ヒマワリはそれ以上責めず、
ただ小さな声で言った。

「明日、みんなで帰ろうね」

チョコは焚き火を見たまま答える。

「ああ」

「約束だよ」

「ああ」

その声を聞いて、
ヒマワリは安心したように横になった。

やがて、
四人の中で起きているのはチョコだけになった。

焚き火の火が、
ぱちりと小さく鳴る。

遠くに魔王城が見える。

黒い山の上にそびえる、
闇そのものの城。

チョコは静かに立ち上がり、
周囲を見回した。

異常はない。

だが、
異常がないことこそが異常だった。

虫の声がない。
獣の気配もない。
風だけがあるのに、
その風に温度がない。

まるで世界が、
次の言葉を待っているようだった。

そして。

その声は来た。

「チョコ・ノクティス」

背後からではない。
空からでもない。
地の底からでもない。

声は、
チョコの内側から響いた。

チョコは目を細める。

「……アイ・ノクスフェリア」

闇の中に、
ゆっくりと人影が浮かび上がった。

実体ではない。

夢でもない。

魔王が送り込んだ、
夜の幻影。

漆黒の衣。
深淵を編んだような長い髪。
妖しく整った顔立ち。
底のない夜を宿した瞳。

アイ・ノクスフェリアは、
静かに笑っていた。

「気づいていたか」

「気配が濃すぎる」

「ふふ。辛辣だな」

魔王は愉しそうに言う。

チョコは拳を握らない。

ここで拳を振っても意味がない。
相手は幻。
いや、幻というより、
夜そのものが形を取っているようなものだ。

魔王は焚き火の向こうに立ち、
眠っている三人をゆっくりと見た。

ヒマワリ。
ソラ。
コユキ。

「よく眠っている」

チョコの声が低くなる。

「触れるな」

「触れはしない。
今宵、余が用があるのはおまえだ」

魔王は視線を戻した。

「チョコ・ノクティス。
夜を拳に宿す者。
闇を抱きながら、
なお光の側に立つ者」

その声には、
嘲りではなく、
どこか本物の興味があった。

「おまえは、こちら側に近い」

チョコは答えない。

アイ・ノクスフェリアは続ける。

「ノクティス。
その名の中に夜がある。
余のノクスフェリアと同じく、
おまえもまた夜の系譜に連なる者だ」

黒い風が揺れる。

「だが、おまえの夜は縛られている。
恩義。
誠実。
仲間。
家族。
守るべきもの。
くだらぬ温もりに鎖をつけられ、
せっかくの闇を小さく丸めている」

チョコは黙って聞いていた。

その沈黙を、
魔王は拒絶とは受け取らなかった。

むしろ、
心地よさそうに目を細める。

「余のもとへ来い」

その一言は、
静かだった。

けれど、
焚き火の火が一瞬だけ小さくなるほどの圧を持っていた。

「おまえの闇は、
人を守るためだけに使うには惜しい。
その拳は、
誰かの背中を支えるためのものではない。
世界を沈めるために振るえば、
もっと深く、
もっと美しく燃える」

チョコの目がわずかに鋭くなる。

アイ・ノクスフェリアは微笑む。

「欲しくはないか。
誰にも縛られぬ夜を。
誰にも命じられぬ力を。
過去も恩も情も捨て、
ただ己の闇だけを磨き上げる王の道を」

その言葉は、
甘かった。

そして危うかった。

チョコの胸の奥にある闇へ、
まっすぐ差し込んでくる。

彼は知っている。

孤独を。
飢えを。
窓の外で泣いていた夜を。
自分の居場所がどこにもないと思った時間を。

もしあの夜、
手が差し伸べられなかったら。

もしあの家に迎え入れられなかったら。

もしひまわりが笑いかけてくれなかったら。

自分は、
この魔王の言葉に頷いていたかもしれない。

夜を恨み、
世界を恨み、
孤独を力に変え、
誰にも届かない場所で拳を振るう者になっていたかもしれない。

魔王はそれを見透かしたように言った。

「おまえは捨てられた夜を知っている。
誰も来ない冷たさを知っている。
ならばなぜ、
その痛みを光などに預ける」

チョコは静かに息を吐いた。

「預けていない」

「ほう」

「持っている」

チョコの声は低く、
揺れなかった。

「捨てられた夜も、
冷たさも、
全部俺の中にある」

アイ・ノクスフェリアは笑みを深める。

「ならばなおさら、こちらへ来い。
その闇を解き放て」

「違う」

チョコは一歩、
焚き火のそばへ戻った。

眠る三人の気配がある。

ヒマワリの穏やかな呼吸。
ソラの静かな寝息。
コユキの規則正しい眠り。

それを背にして、
チョコは魔王を見る。

「闇は、
解き放つためにあるんじゃない」

「では、何のためにある」

「抱えるためだ」

その言葉に、
魔王の笑みがわずかに止まった。

チョコは続けた。

「抱えて、
それでも立つためだ。
飲まれそうになっても、
誰かの前で踏みとどまるためだ」

黒炎が、
彼の拳に静かに宿る。

激しくはない。
燃え上がるのでもない。

ただ深く、
沈むように灯る黒い火。

「俺の闇は、
俺を救ってくれた人たちに向けるものじゃない」

チョコの視線は、
まっすぐだった。

「守るために使う」

アイ・ノクスフェリアは、
しばらく黙っていた。

やがて、
心底おもしろそうに笑った。

「つまらぬ答えだ」

「そうか」

「だが、美しい」

魔王は少しだけ首を傾ける。

「やはりおまえは面白い。
我に似た夜を持ちながら、
我とは真逆へ歩く」

チョコは答えない。

魔王はさらに一歩近づく。

その足音はなかった。
だが夜の密度だけが濃くなる。

「最後に問おう。
明日、おまえは死ぬかもしれぬ」

「知っている」

「ヒマワリも。
ソラも。
コユキも。
全員が砕けるかもしれぬ」

「知っている」

「それでも行くのか」

チョコは、
少しだけ眠るヒマワリの方を見た。

あの日、
窓の外で泣いていた自分を、
優しく迎え入れた家。

その中で笑っていた小さな娘。

そして、
隣にいた空色の親友。

あたたかい場所。
与えられた名前。
守りたいと思った背中。

それらは、
鎖ではなかった。

自分を縛るものではなく、
自分がどこへ帰るべきかを教えてくれるものだった。

チョコは魔王へ向き直る。

「行く」

短い返事だった。

だが、
それで十分だった。

アイ・ノクスフェリアは満足そうに笑う。

「ならば明日、
余の夜の前で証明してみせろ」

闇が揺らぐ。

魔王の幻影が、
少しずつ薄れていく。

「チョコ・ノクティス。
夜を背負いながら、
光の側に立つ拳王よ」

その声は遠ざかりながらも、
妙にはっきりと響いた。

「おまえの闇が、
余の夜にどこまで抗えるか。
楽しみにしている」

最後に、
アイ・ノクスフェリアは不敵に笑った。

「もし折れたなら、
そのときこそ迎えに行こう」

そして、
夜は元に戻った。

焚き火の赤が戻る。
風の音が戻る。
遠くの草が揺れる音が聞こえる。

チョコはしばらく立ったまま、
魔王城の方を見ていた。

拳の黒炎は、
もう消えている。

けれど胸の奥には、
静かな熱が残っていた。

やがて、
背後で小さな声がした。

「……チョコ?」

ヒマワリだった。

眠っていたはずなのに、
少しだけ目を開けている。

「起こしたか」

「ううん。
なんとなく、目が覚めた」

ヒマワリは毛布にくるまったまま、
ぼんやりとチョコを見上げる。

「大丈夫?」

チョコは短く答えた。

「ああ」

「ほんと?」

「ああ」

ヒマワリは少しだけ安心したように笑った。

「ならいいや」

そしてまた、
ゆっくり目を閉じる。

その寝顔を見て、
チョコは思った。

やはり、
自分はこちら側でいい。

夜を抱えていても。
闇を宿していても。
黒い炎を拳に持っていても。

自分が立つ場所は、
この焚き火のそばだ。

この人たちの隣だ。

チョコは静かに腰を下ろし、
残りの夜を見張った。

魔王の誘いは甘かった。

だが、
彼の答えは最初から決まっていたのかもしれない。

闇に生まれたのではない。

闇を知りながら、
光のそばにいることを選んだ。

それが、
チョコ・ノクティスという男だった。

夜明け前。

空の端がほんの少しだけ白み始める。

魔王城はまだ遠く、
そして近かった。

最終決戦は、
もうすぐ始まる。

けれどその前夜、
黒衣の僧兵は確かにひとつの戦いに勝っていた。

誰にも知られぬまま。

剣も盾もぶつからぬ、
静かな夜の戦いに。

ただ、
いつものように黙って、
仲間たちの眠りを守り続けたのである。

 

 

 

 

 


 

 


魔王城は、夜の中に沈んでいた。

空は暗い。

だがそれは、ただ月が雲に隠れているからではない。

城そのものが、空の光を拒んでいるのだ。

黒曜の塔。

ねじれた回廊。

底の見えない吹き抜け。

燭台に灯る炎は赤ではなく、どこか青黒い。

生きた者の城ではない。

かといって、死者の城というだけでもない。

そこは、闇そのものが王座を持つ場所だった。

四眷属の間と呼ばれる大広間には、
今、奇妙な静けさが満ちていた。

本来ならそこには、
四つの気配が満ちているはずだった。

夜の底から哭きを呼ぶ者、
夜哭のベルフェリオ。

白き霧に溶ける狩人、
喰霧のザル=ディーン。

黒水の幻で心を沈める妖姫、
深淵のメルカディア。

そして、
燃え尽きた戦場を従える灼熱の将、
灰燼のヴァルグレイヴ。

だが今、
その四つすべてが消えていた。

正確には、消えたばかりだった。

最後のひとつが潰えた瞬間の余韻が、
まだ魔王城の石壁の奥で、
かすかに震えている。

静かだった。

あまりにも静かで、
むしろその沈黙こそが、
四眷属の終わりを雄弁に物語っていた。

やがて、
玉座の上に座していた者が、
ゆっくりと片肘を動かした。

魔王アイ・ノクスフェリア。

その名を口にするだけで、
古い王国では灯を消し、
子どもに夜更かしを戒めたという。

漆黒の衣をまとい、
長い髪は闇そのものを編んだように艶を帯び、
その瞳は、底のない夜の色をしていた。

男とも女とも、
あるいはそのどちらでもないとも見える、
妖しく整った顔立ち。

頬杖をついていた指先が、
ひとつ、玉座の肘掛けを軽く叩く。

それだけで、
大広間の空気がわずかに沈んだ。

「……そうか」

低く、よく通る声だった。

怒りをぶつけるでもなく、
嘆くでもなく、
ただ事実を受け取る声。

「ヴァルグレイヴも落ちたか」

その言葉に、
足元の影がゆらりと揺れた。

返事をする者はいない。

四眷属はもういないのだから当然だった。

けれど魔王は、
独り言のように続ける。

「ベルフェリオ」

「ザル=ディーン」

「メルカディア」

「ヴァルグレイヴ」

順に名を呼ぶその声音は、
どこか静かな追悼にも似ていた。

だが、そこに湿った感傷はない。

「よく尽くした。
そしてよく敗れた」

その一言は冷たい。

しかし同時に、
誰よりも彼らの力を認めている響きでもあった。

魔王は、
ゆっくりと立ち上がった。

衣の裾が、
床を這う夜みたいに広がる。

その動きに合わせて、
四眷属の間の中央に刻まれた古い紋様が、
ぼんやりと黒紫の光を帯びた。

「四つの夜が崩れたのなら、
次は王の夜が出るだけのこと」

その声は穏やかだった。

穏やかであるのに、
底知れない。

まるで、
深い井戸の底から囁かれているような、
冷たい圧があった。

魔王は階を降り、
四眷属が本来立っていた場所を一つずつ見ていく。

夜哭の座には、
哭き声の残滓だけが薄く漂っていた。

喰霧の座には、
白い霧の残り香だけがあった。

深淵の座には、
黒く濡れたような光の筋が細く残っている。

灰燼の座には、
熱を失った灰がひとひら。

「おまえたちは敗れた。
だが、無駄にはならない」

魔王はそこで、
ほんの少しだけ笑った。

その笑みは不敵で、
美しく、
そして危うかった。

「我が眷属を退けた者たちよ。
なるほど、ようやく夜に手が届く場所まで来たか」

闇の玉座の背後で、
窓のないはずの壁に、
ゆらりと外の景色が映る。

それは魔術による遠見だった。

山を越え、
戦場を越え、
死線を越えて進む四人の姿。

陽光の勇者ヒマワリ。

空色の剣士ソラ。

白銀の魔法使いコユキ。

黒衣の僧兵チョコ。

遠いはずなのに、
その輪郭は驚くほどはっきり見えた。

魔王は、
その中でも特に、
黒衣の僧兵へ視線を止めた。

「……ほう」

少しだけ、
興味を引かれたような声。

「夜の気配をまとっているな」

チョコ・ノクティス。

闇を宿した拳。

寡黙なまなざし。

自分の中の熱を、
言葉ではなく鍛錬と沈黙で研いできた者。

そのあり方は、
たしかに魔王の気配とどこか似ていた。

もっとも、
似ているのは表層だけではない。

夜と向き合いながら、
夜に呑まれなかった者。

孤独を知りながら、
そのまま孤独に閉じなかった者。

それは魔王にとって、
少しばかりおもしろい存在だった。

「黒衣の拳士……いや、拳王か」

魔王は小さく目を細める。

「我に似た闇を持ちながら、
おまえは人のぬくもりの中へ立つのだな。
愚かとも言える。
だが、嫌いではない」

そこで一度、
肩越しに四人を眺める。

そして、
また笑う。

今度の笑みは、
先ほどよりもいくらか愉しげだった。

「特にあの僧兵。
沈黙のくせに、
内側ではずいぶんと美しい言葉を燃やしていそうだ」

くつり、と喉の奥で笑う。

「わかるぞ。
闇に名を与え、
痛みに意味を刻み、
敗北すら己を飾る鎖に変えたくなる夜というものがある」

誰に聞かせるでもない、
魔王の独白。

だがその語り口は、
どこか芝居がかっていて、
静かなのに妙に耳に残る。

まるで、
本人は大真面目なのに、
少しだけ中二めいた危うい美意識を隠していない。

「されど、その夜は浅い」

魔王は、
遠見の像へ向けて指を差した。

「我が抱くは原初の夜。
星の生まれる前から世界の裏に沈んでいた、
名もなき深淵の静寂だ」

その瞳が妖しく光る。

「喪失を飾りとし、
孤独を冠とし、
終焉を玉座とする。

それが魔王アイ・ノクスフェリア」

ゆっくりと名乗るその姿は、
ひどく様になっていた。

恥ずかしげもなく、
むしろ誇るように。

「月が沈めば闇が来ると思うな。
闇とは、光が退いたあとに生まれるものではない。
最初からそこにあり、
ただおまえたちが目を閉じていたにすぎぬ」

その台詞は、
あまりにも芝居めいていて、
そしてあまりにも本気だった。

もしチョコがその場にいたなら、
きっと表情を変えずに聞きながら、
心のどこかで、

「少しわかる」

と思ってしまったかもしれない。

それくらいには、
中二病的な格好よさがあった。

魔王は大広間の中央に立つと、
おもむろに片手を掲げた。

すると、
城中の闇が呼応するようにざわめいた。

廊下の隅。

塔の影。

階段の下。

閉ざされた扉の向こう。

魔王城そのものが、
王の決断を待っていたかのように、
低く息をつく。

「四眷属が崩れたならば、
今宵で幕引きだ」

静かな宣言だった。

「もはや試しは終わった。
選別も終わった。

ここからは、余がみずから夜を運ぼう」

大広間の床に、
巨大な魔法陣が浮かび上がる。

黒紫の輪。

幾重にも重なる古代文字。

その中心に立つ魔王の姿は、
闇の儀式そのものだった。

「勇者ヒマワリ・ソレイユ」

と、名を呼ぶ。

「おまえの光がどこまで夜を裂けるのか、
見せてもらおう」

「ソラ・アズリエル。
空を知る剣よ。
おまえの風は、我が闇に届くか」

「コユキ・エヴァーホワイト。
白銀の理を抱く魔法使い。
その気高き誇りが、どこまで砕けずにいられるか」

そして最後に。

「チョコ・ノクティス」

その名だけは、
ほんの少し低く、
丁寧に発音された。

「影に似た者。
夜を拳に宿す者。

おまえが抱く闇と、
余が統べる闇と。

どちらがより深いか、
試してみるとしよう」

そこで魔王は、
ふっと目を閉じた。

「もしおまえがこちらへ堕ちるなら、
それもまた一興。

抗いきるなら、
それもまた美しい」

目を開く。

そこにあるのは、
絶対的な自信だった。

四眷属が敗れたことすら、
この魔王の心を折ってはいない。

むしろ、
ようやく自分の出番が来たとでも言いたげな、
静かな昂揚が見えた。

戦いの前夜。

世界のどこかでは、
四人が焚き火を囲み、
あるいは眠り、
あるいは次の朝に備えている。

その同じ夜に、
魔王城では王が立ち上がっていた。

魔王アイ・ノクスフェリアは、
再び玉座の前へ戻ると、
最後にひとつだけ、
夜へ向けて呟いた。

「さあ、幕を上げよう」

その声は優しいほど静かで、
それでいて刃のようだった。

「終わりの鐘はまだ鳴らさぬ。
絶望の名もまだ早い。

余が欲しいのは、
砕けた英雄の顔ではない」

不敵に唇を吊り上げる。

「限界の先でなお立ち上がる愚か者どもが、
最後の最後に見せる光だ」

そして、
わずかに首を傾ける。

「その輝きこそ、
闇に沈めるに値する」

魔王城の窓なき壁の向こうで、
夜がさらに深くなる。

四眷属はもういない。

次に来るのは、
そのすべてを束ねる王。

白銀の旅路の先に、
ついに魔王が乗り出してくる。

アイ・ノクスフェリア。

それが、
次に四人の前へ現れる、
本当の夜の名であった。

 

 

 

 

 

 

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子犬がペットシーツをめくる、引っ張る、破る。
そんなトイレいたずら対策として、シート押さえ付きの犬用トイレに買い替えました。
結果として、シーツの無駄もゴミの量もかなり減りました。

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犬用のトイレを買い替えました。

もともとは、シリコンシートタイプのトイレを使っていました。

見た目もシンプルだし、洗いやすそうだし、
最初は「これで十分かな」と思っていたんです。

……が。

こゆきには、まったく通用しませんでした(笑)

シリコンシートタイプは、
ペットシーツをしっかり押さえる機構がなかったんですよね。

つまり、こゆきから見ると、

「これは遊んでいいやつですね?」

という状態。

ペットシーツを全力で引っ張る。
めくる。
振り回す。
いたずらする。

もう、こちらの想定を軽々と超えてきます。

いや、子犬ってすごいですね。
毎日が発明です。
そして毎日が対策です(笑)

というわけで、仕方なくシート押さえ付きの犬用トイレを購入しました。

これが、結果的に大正解でした。

一番よかったのは、やっぱりシート押さえがあること。

ペットシーツをフレームで押さえられるので、
簡単には動かなくなりました。

もちろん、完全にいたずらがゼロになった!

……と言いたいところですが、
そこはこゆきです。

興奮すると、やっぱり止まらなくなることはあります(笑)

でも、シート押さえがない時とは全然違います。

以前は、
「ちょっと目を離したらシーツが大惨事」
みたいな感じでした。

今は、
「まあ、たまにはやるけど、だいぶマシ」
というレベルまで落ち着きました。

これは大きい。

本当に大きい。

そして、もうひとつよかったのが、
レギュラーサイズのペットシーツを2枚並べて使えることです。

以前はスーパーワイドサイズのシートを使っていました。

広くて便利ではあるんですが、
一部だけ濡れただけでも交換しないといけないんですよね。

これが地味にきつい。

まだ使える部分がたくさん残っているのに、
一部が濡れただけで全交換。

結果として、ペットシーツの消費量がすごいことに。

75枚入りが5日で消滅しました。

5日です。

早すぎる。

そして、ペットシーツの消費量もすごいですが、
燃えるゴミの量もすごい。

ゴミ袋を見るたびに、

「え、これ全部トイレ関係……?」

と震えていました。

でも今回のトイレは、
レギュラーサイズのシートを2枚並べて敷けます。

真ん中で押さえる構造なので、
左右それぞれにシートを分けて使えるのが便利。

片側だけ濡れたら、
濡れた方だけ交換すればいい。

これが本当にありがたいです。

スーパーワイドを丸ごと交換していた頃に比べると、
ペットシーツの消費量がかなり減りました。

当然、燃えるゴミの量も減りました。

これは家計にもやさしいし、
ゴミ出しのストレスも減ります。

犬用トイレって、
最初はそこまで深く考えていませんでした。

とりあえず敷ければいいかな。
洗いやすければいいかな。
そんな感じでした。

でも実際に子犬と暮らしてみると、
トイレの構造ってかなり大事ですね。

特に、こゆきのように好奇心旺盛で、
なんでも遊びに変えてしまうタイプの場合は、
シートをしっかり固定できるかどうかが重要でした。

今回の買い替えで学んだこと。

子犬のトイレは、
見た目のシンプルさだけで選んではいけない。

シート押さえ、大事。

本当に大事。

もちろん、これでトイレ問題がすべて解決したわけではありません。

こゆきはまだまだ成長中。
しつけもこれから。
興奮するとやらかします。

でも、以前よりはかなりラクになりました。

トイレのいたずらが減るだけで、
飼い主の精神的な負担がこんなに違うとは。

犬との暮らしは、
ひとつ問題が起きて、
ひとつ対策して、
また次の問題が起きて、
また対策して。

その繰り返しですね。

でも、そのたびに少しずつ暮らしやすくなっていく感じがします。

今回のシート押さえ付きトイレは、
こゆき対策としてはかなりよかったです。

いたずら防止にもなる。
レギュラーシート2枚使いで交換しやすい。
ゴミも減る。
シートの無駄も減る。

これは買い替えて正解でした。

こゆきとの生活、
まだまだ試行錯誤は続きます。

 

 

 

 


焼けた匂いは、
記憶にまとわりつく。

その土地へ足を踏み入れた瞬間、
ヒマワリたちはすぐにわかった。

ここはもう、
ただの荒野ではない。

地面は黒く焦げ、
風が吹くたびに灰が舞う。
折れた槍。
崩れた旗。
砕けた甲冑のかけら。
そして、
人がいたはずの跡だけが
無数に残されている。

まるで、
ひとつの戦場がそのまま死にきれず、
今なお地の底で燻り続けているようだった。

「……いやな場所だね」

ヒマワリが小さくつぶやく。

ソラは二本の剣を抜きはしないまでも、
すでにいつでも動けるよう
重心を落としていた。

コユキは白い髪を風に揺らしながら、
焼けた大地の先を見つめる。

チョコは何も言わない。
だが、
彼の拳にはまだ炎は宿っていないのに、
もう夜の底のような緊張がまとわりついていた。

ここは、
死んだ場所だ。

しかもただ死んだだけではない。

無念と怒りと、
燃え尽きることすら許されなかった何かが、
この一帯に染みついている。

コユキが静かに言う。

「気をつけてくださいまし。
この灰……ただの灰ではありませんわ」

ヒマワリがしゃがみ込み、
指先で地面をなぞる。
だが触れた瞬間、
その灰はさらりと崩れるのではなく、
まるで生きているみたいに
ゆっくりと指へ絡みついてきた。

「うわっ」

ヒマワリがすぐに手を引く。

チョコが短く言った。

「死者の執念だ」

ソラが前を見る。

「来る」

その声と同時だった。

遠く、
焼け落ちた見張り塔の残骸の向こうで、
赤い火の粉がひとつ舞い上がる。

ひとつ。
ふたつ。
みっつ。

やがてそれは、
吹雪のように空へ広がった。

黒い空ではない。
曇っているわけでもない。

なのに、
灰と火の粉が空そのものを焼き隠すように渦を巻き、
あたり一面が赤黒い薄明かりへ染まっていく。

その中心から、
ゆっくりと歩いてくる者がいた。

巨躯。

全身を焦げた鎧で包み、
裂けた外套の端から
赤い熱が絶えず漏れている。

顔は見えない。
兜の奥には、
人の目ではなく、
炉の中みたいな灼光が二つ灯っていた。

そしてその背後には、
灰色の兵たちが無数に立っていた。

折れた槍を持つ者。
焼け崩れた剣を引きずる者。
片腕のない騎士。
首のない兵卒。
皆、
とっくに死んでいるはずなのに、
灰と火だけで無理やり立ち続けている。

灰燼のヴァルグレイヴ。

燃え尽きた戦場の亡霊を従える、
灼熱の将。

それが、
四人の前へ姿を現した。

ヴァルグレイヴが剣を引き抜く。

その刃はすでに半ば砕けている。
だが砕けたまま、
燃えていた。

「なお進むか、旅の者」

その声は、
炎が鉄を舐める音に似ていた。

ヒマワリは盾を構え、
まっすぐ前を見る。

「進むよ。
ここで止まるわけにはいかないから」

ヴァルグレイヴはしばらく黙っていたが、
やがてわずかに剣先を持ち上げた。

それが合図だった。

灰兵が一斉に動く。

ソラが最初に飛び出した。

右の剣で槍を断ち、
左の剣で崩れた兵体を弾き飛ばす。
新しく得た二刀の連携は、
以前よりはるかに鋭かった。

斬る。
崩す。
流す。
繋ぐ。

空色の剣士は、
確かに成長していた。

ヒマワリもまた、
盾で押し込みながら前へ出る。
陽光の剣が一閃するたび、
灰兵の身体は内側から光に裂かれ、
ようやく安らぐように崩れていった。

コユキは後方で
白銀の術式を幾重にも展開し、
亡霊兵たちの再生を止める。

チョコは群れの薄いところへ静かに踏み込み、
黒炎の拳で灰兵の核を正確に砕いていく。

最初のうちは、
押せていた。

数は多い。
だが一体一体なら、
手に負えない相手ではない。

ヒマワリは剣を振るいながら思った。

いける。

この四人なら、
越えられる。

だが、
その感覚は突然崩れた。

ヴァルグレイヴが剣を大地へ突き立てた瞬間、
焦げた地面が脈打ったのだ。

ごうっ、と音がして、
灰の下から炎が噴き上がる。

しかもそれは
ただ燃えるだけではなかった。

倒したはずの灰兵たちが、
その炎を浴びて再び立ち上がったのである。

「再生……!」

コユキの声が鋭くなる。

「ちがう、これは……」

チョコが低く言う。

「焼き直している」

死者を蘇らせているのではない。
燃え残った執念を、
さらに熱で固め直し、
もう一度兵として立たせているのだ。

しかもヴァルグレイヴ本体は、
ほとんど動かない。

ただそこに立ち、
戦場そのものを支配している。

ソラが舌打ちこそしないものの、
明らかに動きを変えた。

「数が減らない」

「減っても戻ってきますわ!」
とコユキ。

ヒマワリは盾で前を押さえながら叫ぶ。

「本体を叩くしかない!」

その通りだった。

だが、
そこが難しい。

ヴァルグレイヴの前には、
灰兵の壁が幾重にも重なっている。
しかも地面そのものが灼けており、
踏み込むだけで体力を削られる。

ソラが二刀で突破口を開こうとする。
だが今度は、
左右から同時に炎槍が飛んできた。

一本は払えた。
もう一本は崩せた。
けれど、
その次の一撃が来る。

「っ……!」

ソラの肩が焼ける。

ヒマワリが割り込み、
盾で残りを受ける。
だが盾越しに熱が走り、
腕の感覚が鈍る。

チョコの拳が本体へ届きかける。
しかし地面から噴いた灰炎が足を奪い、
深くは入れない。

コユキの白銀は亡霊を縛る。
だが熱量が強すぎて、
術式そのものが焼き切られていく。

紙一重だった。

あと少し届かない。
ほんの一歩足りない。
その「ほんの」が、
致命的に重かった。

やがて四人は、
じわじわと追い込まれていく。

ヒマワリの盾は赤く熱を持ち、
ソラの呼吸は荒くなり、
コユキの術式は展開速度が落ち、
チョコの黒炎でさえ押し返しきれなくなっていた。

ヴァルグレイヴが初めて、
一歩前へ出る。

それだけで、
戦場の圧が変わった。

灼熱の将が剣を掲げる。

灰兵たちが一斉に跪き、
その熱がすべて、
一本の巨大な炎刃へと吸い上げられていく。

コユキの顔色が変わった。

「あれを受けたら終わりますわ!」

ヒマワリが前へ出ようとする。

「でも、止めないと――」

「止められない」
とソラが言った。

短い言葉だった。
だがそれは、
諦めではなく事実だった。

今の位置。
今の熱量。
今の灰の濃さ。

全部が悪い。

チョコが低く呼ぶ。

「ヒマワリ」

「うん」

「コユキ」

「ええ」

「ソラ」

「ああ」

短い呼吸だけで、
四人は最後の防御へ入る。

ヒマワリが盾を正面に。
コユキが白銀の多重障壁を。
チョコが黒炎を前へ集める。
ソラが二刀を交差し、
もっとも薄い一点を狙う。

それでも足りるかは、
わからない。

ヴァルグレイヴの炎刃が振り下ろされる。

その瞬間だった。

風が、抜けた。

灰に覆われ、
火の粉に焼かれ、
ずっと閉ざされていたはずの空のどこかが、
ほんのわずかに裂けたのだ。

雲ではない。
灰の層だ。

その切れ目から、
夜の本当の空が見えた。

星があった。

わずか、
ほんの一瞬だけ。

だが、
その一瞬で十分だった。

ソラの目が変わる。

「空……!」

彼女にとって、
空が見えないことは弱点だ。
風を読めず、
感覚がずれ、
本来の冴えを失う。

逆に言えば、
空が見えた瞬間、
彼女は本来の自分へ戻る。

いや、
それ以上だった。

いまこの極限の中で、
ようやく見えた空。
ようやく通った風。

ソラはその一瞬の流れを、
逃さなかった。

「ヒマワリ、左!」

叫びと同時に、
ソラが動く。

右の剣で炎刃の軌道をわずかに逸らし、
左の剣で灰兵の残り火の流れを断つ。

ヒマワリはその声だけで、
迷いなく盾の角度を変えた。

コユキの白銀が、
そこへ重なる。

チョコの黒炎が、
ずれた炎刃の芯を食う。

ほんの紙一重。

ほんの一呼吸。

もし、
あの一瞬に空が見えなければ。
もし、
ソラが風を読めなければ。
もし、
誰かひとりでも反応が遅れていたら。

四人とも、
あそこで終わっていた。

だが終わらなかった。

炎刃はわずかに逸れ、
大地を裂いて
四人の脇を焼き尽くした。

熱風が吹き荒れる。

地面が爆ぜる。

それでも、
生きている。

ヒマワリが叫ぶ。

「今だ!」

ヴァルグレイヴは、
初めて明確な隙を見せていた。

あれほど巨大な炎刃に力を集めた反動で、
灰兵の支配が一瞬だけ薄れている。

コユキが残った力を振り絞る。

「白銀凍界!」

白銀の光が
ヴァルグレイヴの足元を凍らせる。

チョコの黒炎が、
その剣を握る腕へ食らいつく。

「砕けろ」

低い声とともに、
拳が叩き込まれた。

ヒマワリが前へ出る。

「道を――開く!」

陽光の剣が、
灼熱の将の胸甲へ突き立つ。

そして最後に。

ソラが二本の剣を交差させ、
その中心を断った。

右で斬る。
左で崩す。

新たに手に入れた答えが、
この死線の中で初めて本当の意味を持った。

灼熱の将の身体が揺らぐ。

兜の奥の灼光が、
ゆっくりと消えていく。

ヴァルグレイヴは崩れる前に、
たしかに四人を見た。

その視線には、
怒りだけではない何かがあった。

悔しさか。
安堵か。
あるいは、
ようやく終われる者の静けさか。

次の瞬間、
その巨体は灰となって崩れ落ちた。

戦場が静まる。

灰兵たちもまた、
糸が切れたようにその場へ崩れていく。

風が吹いた。

今度はちゃんと、
空が見えていた。

ヒマワリはその場に膝をつく。

「……勝った」

声が震えていた。

ソラも息を吐く。
二本の剣を地へ突き立て、
ようやく体重を預ける。

「本当にぎりぎりだった」

コユキはその場に座り込み、
珍しく本気で消耗した顔をしていた。

「ええ……これはさすがに、
優雅さを保つ余裕がありませんわ……」

チョコも片膝をつき、
しばらく何も言わなかった。

やがてヒマワリが、
顔を上げる。

「ねえ……」

ソラが視線だけで返す。

ヒマワリは苦笑いした。

「最後に空が見えなかったら、
やばかったよね」

ソラは数秒だけ黙ってから、
素直にうなずいた。

「ああ。
たぶん終わってた」

その言い方があまりにあっさりしていて、
ヒマワリは逆に笑ってしまった。

コユキも肩をすくめる。

「笑いごとではありませんけれど、
否定はできませんわね」

チョコが小さく息をつく。

「運も実力のうちだ」

それは慰めではなかった。

本当にそうなのだろう。

あの一瞬に空が見えたこと。
その一瞬をソラが拾ったこと。
それに全員が合わせたこと。

全部が揃って、
ようやく勝てた。

紙一重。

本当にそれだけの勝利だった。

ヒマワリは立ち上がり、
灰になった大地の向こうを見る。

「でも、勝った」

その言葉に、
三人も静かに前を向いた。

ぎりぎりだった。
危なかった。
次も同じようにいく保証なんてない。

それでも、
この死線を越えたことは確かだった。

灰燼のヴァルグレイヴとの戦いは、
四人にとって、
本当の意味で“生き残った”と呼ぶべき勝利だった。

そしてソラ・アズリエルは、
この戦いであらためて知ることになる。

空が見えること。
風が通ること。
それが自分にとって、
どれほど大きな意味を持つのかを。

星の見える空の下、
四人は灰の戦場をあとにした。

燃え尽きた亡霊たちはもう追ってこない。

だが、
あの紙一重の感触だけは、
きっとしばらく胸に残り続けるのだろう。

それは恐怖ではない。
次に備えるための、
忘れてはならない痛みだった。