GatesとJobs | zweisteinjpのブログ

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組込み関係の自作や趣味の音楽関係についてが主体に気ままに書いていきたいと考えています。
好きなミュージシャンはアランホールズワースで、音色やフレージング含めて気に入ってます。

自分の80年代後半から90年代前半の学生時代、パソコンは最初PC9801もしくは互換機が大勢を占めており、DOSがOSでした。AppleはApple IIからMacintoshに移行しており、当時のMacは高価でしたが、現在のWindowsと比べると画面や使い勝手的な優位性は明らかにMacが上回っていましたので裕福な人やこだわりのある人はMacという感じでした。UNIXのWorkstationもありましたが、値段が違い過ぎて大学とか企業の研究者専用という状況でした。OS2というのもありましたがマイナーでした。

Windows3.1、Windows NTのタイミングはDOS/VというIBM互換機で日本語が普通に扱えるくらいにパソコンの性能が上がってきたところと時期が重なりますが、NECやエプソンの優位性が崩れるのがほぼ確実になってきたのですが、NECは状況を見誤って戦い方を変えることをしなかった為、Windows3.1と合わせてどんどんNECを駆逐、Macユーザーすら浸食していく事態になっていきました。Microsoft Officeを代表するWord, Excel, Power Point, AccessはWindows3.1からジワジワと拡大しました。

JobsがAppleを首になってNext Stepを出してきたのもこの時期でした。黒くて四角い箱のUnixマシンはかなりかっこいいと思った記憶があります。

当時、Bill GatesとSteve Jobsの二人はパソコン関係のネタみたな人物で対象的に行動パターンが違うので、ジョークが出回ってましたが、Gatesは基本的に商売人がソフトをやっていて、Jobsはパソコン独裁者が商売をやっているような感じで主体が商売とか利益メインのGatesは嫌われキャラだっと思います。今も自分はGatesの方が嫌いですが。

 

DOS時代はワードプロセッサは一太郎、表計算はLotus123、データベースはあれこれあったと思います。

自分も卒業論文は一太郎、修士論文はWordと随分環境が変化しました。

プログラム開発環境もDOS時代はTurbo Cを使っていましたが、Windowsになると単純にソースコードを書くだけでは動かなくなったので、ソフト開発はDOSを継続利用して、それ以外はWindowsみたいな変則的なことをしていました。

社会人になってから、Windows95が出てきて不安定さはかなりあるものの、マイクロソフト主導のパソコン社会に一気に流れたような気がします。

Windows98, Windows2000の時にはLinuxも出始めましたが、今ほどお手軽ではなくてOSをインストールして動かすだけでギブアップしてました。

 

DOS/V互換の超小型マシンのHP200LXは電池駆動のパソコンで今となっては逆に少し現代風にして再販して欲しいくらいでしたが、当時は色々やって面白がってました。電卓が化けたポケコンやら、SharpがZaurusを出したり、Appleがニュートンを出したり、Palm PilotのPDAが出てきたり、今はiPhoneとアンドロイド等のスマホに集約されてしまいましたが、色々アイディアの詰まった面白いものがありました。ネットワークやスケジュール管理とかゲームとかにこだわり過ぎてHP200LXでは当時物足りなくなって手放してしましましたが、電池駆動で自分で何か作るような開発環境が持てるマシンは当時の方が充実していたと思います。WindowsCEは200LXの後継と言われてましたが、自分には無理でした。

スマホはアプリ開発はプロに任せて個人は使うだけというスタイルが基本になってしまっていますが、当時はやろう思うかどうかだけで開発環境は身近だったと感じます。

 

今は、組み込み系については、ArduinoやPICがありますし、Raspberry PiでLinuxも使えるので、自作系の人が手軽に色々と作れるという面では過去より充実した部分も多々あるのですが、電池駆動でってことになるとポケコンと200LXを上回る快適ものは出てないということに今更ながらに気付いて、ポケコンとかプログラム電卓に回帰しているところです。

 

パソコンの世界はマイクロソフトとアップルが市場を独占してしまっていて、特に会社は諸々の業務の殆どが全部マイクロソフト状態ですので不健全極まりないのですが、いつまで続くか分からないくらい対抗馬が見えてません。とは言え、80年代前半にパソコンが出てきた頃から40年くらいで現在がある訳ですので、これからの何十年かでコンピュータにまた依存しない社会になることを期待しています。

大手メディアはAIとかで騒いでますが、あんなものに依存した社会はロクなことないと確信してますので、コンピュータは道具として使っても使われてはいけない物体です。