昭和プロレスその3~原爆固め | ジジイが来たりて愚痴を吹く

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人生還暦を超えていよいよロスタイムに入りました。
いろいろ過去をふりかえりながら未来を描きたい
#MIOつくし #FC草津26期生

◆プロレスNo.3:原爆固め

 

大物が来日する次のシリーズなんかは

毎回主役級を呼ぶわけにもいかず

やはり客の入りが若干不安。

そんな時に役に立つ,ギャラは高くなく

しかし観客のストレスは呼ぶチョイ悪な奴ら

 

ブルクラと比較すると小物感満載の

ブルートバーナード

スカルマーフィー

クルトフォンストロハイム

まあブルクラがダウンタウンだと

この3人はダチョウ倶楽部ぐらいか

 

それなりにプロレスの面白さは伝えて

くれるが馬場猪木の敵ではないレベル。

こいつらなら違う部屋からこっそり観る

必要もないか、と堂々とテレビの前に陣取る。

そんな相手に猪木が原爆固めを本邦初公開!

この日がいつだったかはさすがに覚えて

いませんでしたが

1969年7月3日蔵前国技館の

猪木、大木組対バーナード、ストロハイム組

アジアタッグ選手権。テレビで初めて見る

原爆固めは本当にビックリしました。

人間が首で自分の体重と相手の体重を支える

というのは物理がわからん小学低学年でも

人知を超えた出来事と映りました。

受ける方も怖いよね~

 

当時タイガーマスクの連載が「ぼくら」

という雑誌で始まっており、その特集で

猪木のコブラツイスト、卍固め、

デストロイヤーの足四の字固め

馬場のジャイアントバックブリーカー

(意外と仕掛けが難しい)や

32文ドロップキック(当たらなくとも

相手が吹っ飛ぶ)などの技が図解入りで

解説されており

これらを小学3年生にしてワタシは

ほぼマスターしておりましたが、

この原爆固めだけは無理でした(当たり前)

いつかは自分もやってみようと小学6年生で

トライするも単純に頭を地面に叩きつけた

だけで無理でした。(大爆笑)

 

その後猪木は

ドリーファンクジュニア

ジャックブリスコ

ストロング小林

藤波辰爾

マスクトスーパースターと

名だたるレスラーからフォールを

奪っていきます。

最後に観たのはアニマル浜口に

バックドロップをしたらブリッジできたので

そのまま固めようとして、足が滑るも

なんとか耐えた原爆固めでした。