第1457作目・『明日の食卓』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

テーマ:
『明日の食卓』

(2021年・日本)

〈ジャンル〉ミステリー/ドラマ



~オススメ値~

★★★☆☆

・全く無関係な同じ名前の3人の子供と、その家族を描く。

・不都合な事実と向き合う大切さ。

・それぞれの家族に不穏な空気が漂い始める緊迫感。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『息子を何度も叩きつけて叱る母親。壁に押しつけられた男の子は当たりどころが悪く、そのまま崩れ落ちてしまった……。時は遡り、同じ「石橋ユウ」という名前の3人の男の子とその母親がいた。石橋優の母・あすみは静岡に引っ越し、夫の実家の隣に家を建てて暮らしていた。優は成績も良くて親の言いつけも守る良い子だった。義理の母・雪絵とはお互いに干渉し合わないことを約束しており、雪絵の方から適度な距離を保ってくれていた。そんな中、優がクラスのいじめに関わっている疑いが浮上する。神奈川県に住むフリーライターの石橋留美子は長男・悠宇と次男、カメラマンの夫・豊と暮らしていた。家事や育児に非協力的な豊だが、留美子は次第に仕事を増やそうと考えていた。豊は浮気もしていたが、経済的に必要だから咎めることもしなかった。そんな中、豊が仕事を失ってしまい歯車が狂いだす。大阪に住むシングルマザーの石橋加奈は息子・勇と二人暮らし。朝も夜も身を粉にして働き続ける加奈。正直、とうに限界は来ていたが借金返済のために奮闘し続けており、もうすぐ完済が迫っていた。母親の苦労を知って気を遣っている勇。そんな中、加奈は働き先のリストラ対象になってしまう。』


〜息子を殺したのは、私ですかーー?〜


《監督》瀬々敬久

(「64-ロクヨン- 前編/後編」「8年後の花嫁 奇跡の実話」「糸」)

《脚本》小川智子

(「イノセントワールド」「火星のカノン」「最低。」)

《出演》菅野美穂、高畑充希、尾野真千子、柴崎楓雅、外川燎、阿久津慶人、和田聰宏、大東駿介、山口紗弥加、大島優子、渡辺真起子、菅田俊、烏丸せつこ、ほか





【3人の「石橋ユウ」とその家族たち】

テーマ的に見ていると辛くなってくる人もいると思う。
冒頭から自分もこれは重た過ぎるのではないかと不安になってしまった。子供に激しく叱責する母親と息子の影が映し出される。誰なのかは分からないし、何があったのかも分からない。しかし、子供は壁に打ち付けられ、その直後にぐったりと崩れ落ちてしまう
子育てというどの家庭にも身近なシチュエーションだからこそ、恐ろしく重た過ぎる状況である。
一時停止したくなった。しかし、最後まで見続けて良かった。重たくとも、重たさの中に考えさせられるものがあったからだ。
むしろ、子育て世代の当事者であるからこそ目を逸らさずに見なければならないのではないだろうか。目を逸らすのは、不都合な問題から目を逸らしていた親たちと一緒だから

しかし、確かに物語を追って見ていくのは苦しい部分もあったのは事実だ。
子育ての辛さなどではなく、辛さを家族や周りの人に分かってもらえない耐え難い孤独感があったのだ。胸が張り裂けそうな圧迫感である。
そんな中、どの家庭にも少しずつ歪みが生まれていくのが非常に不穏な空気を感じさせる。どこで冒頭の事件が起きてもおかしくない状況が近付いてくるのだ。
本当は子供という宝を愛しているのに。愛しているのに傷つけてしまいそうな雰囲気が漂い始め、絶妙にひび割れていく過程は不安と恐怖である。

物語は3組の親子を中心に描かれている。
子供たちの名前は3人とも「石橋ユウ」。ただの同姓同名でまったくの別人である。住んでるところも、面識もない。共通しているのは3人とも小学生の男の子で、どこにでもいそうな普通の男の子だということなのだ。
病気に罹っていたり、障害を抱えているわけでもない。元気に毎日学校に通っている普通の男の子。

それぞれの母親たちは日々の生活を続けている。子育ては大変だが日常の中に楽しい場面もある。子供と接している時間は、幸福な時間でもあるのだ。決して子育てに追い詰められ、虐待に至りそうな家庭環境があるわけでもない。
これもまた、いたって平凡でどこにでもいる普通の母親たちなのだ。

菅野美穂が演じるのは、暴れ回る二人の子供を叱り飛ばしながらも、そんな日々を面白おかしくブログにしているフリーライターの留美子。
高畑充希が演じるのは、大阪在住でシングルマザー、貧しくとも子供と借金返済のために昼夜問わず疲れを隠して働き続ける加奈。
そして尾野真千子が演じるのが、経済的にもゆとりがあって良い子に育った息子が自慢の専業主婦、あすみである。
それぞれに主演を演じる3人の女優たちが素晴らしかった。本当に母親として子供達と接しているかのようであった。厳しさと愛情を併せ持っている。

彼女たちの日々はそれまでは平凡で幸せだった。子供と過ごす日々が何よりかけがえのないものだった。
ところが、そんな日常には歪みが生まれ始めていく。

留美子がフリーライターとして少しずつ仕事を再開させていく一方で、夫は失職し、酒浸りになって家事も育児も留美子に任せきりになっていく。元々、夫の浮気を留美子が黙認していたのは彼の収入で生計を立てていたからだった。収入が無くなった今、夫の存在意義は地に落ちてしまったのだ。
留美子が仕事と家事育児と負担を抱えている中、更にある日、耐え難い事件が起きる。
子供たちか家の中で暴れ回っているのを放任している夫に怒りをぶつけると、夫は子供たちを激しく殴り始めたのだ。
更に子供たちは留美子が大切にしていた仕事道具を部屋中に散らかしてしまった。
怒りが頂点に達し、発狂する留美子。

加奈は寝る間も惜しんで働き続けていたのだが、それも息子に不自由なく育って欲しいからこそだった。わずかな手取りで借金も返済し、ようやく旅行にでも行こうかと夢見ていた中で、仕事はクビになり、あくせく働いた金もだらしのない弟に奪われてしまうのだ。
貯金だけが加奈の生きる希望だった。すべてを奪われた加奈は失意の底に落ちる。

あすみは成績優秀で聞き分けの良い息子を愛していた。
そんなある日、息子が同級生に暴力を振るったという事件が起こる。優しい息子がそんなことをするはずがないとあすみは息子を信じるのだが、その事件で暴かれたのは息子・優のサイコパスな本性であった。彼は人を傷つけることに罪悪感を感じず、親が悩み苦しむ様子を見て嘲笑うのだ。
そんな危機的状況の中でも夫は子供の責任をあすみに押し付け、信じていた友人が新興宗教の勧誘目的で近寄っていたことが判明するなど、彼女は頼る相手を失って追い込まれていく。
お互いに干渉し合わないと決めた隣人の義理の母・雪絵の無言の視線もあすみを追い詰めていくのだ。



【親の心子知らず、されど親の空気を知る】

実際は少しずつ歪みが生まれたのではないのかもしれない。
歪みはそれぞれの家族に最初から生まれていたのだ。ところが、見えていなかったり、見ないふりをしていたり、見えないように隠されていたりしていた。
そうやって蓋をしていた歪みが、何かをきっかけに表に出てきたということなのだと思う。

留美子が夫の浮気を見て見ぬ振りをし、あくまで生計のために必要な人としか感じていなかった分、その柱がポッキリ折れてしまった時に家族のバランスは崩れてしまった。
きっと彼自身もどこかで自分の存在意義に気付いていながら、酒浸りになって家庭のために何かを果たすことから逃げていたのだろう。

加奈は子供のために働き続けており、それは一見すると涙ぐましい努力なのだが、同時に彼女は自分自身の疲れを見せないようにしていた。疲れを感じているのに、疲れを感じないように気丈に振る舞っていたのだ。
でも、一人になると漏れ出る疲れた顔。周囲の人間は気を遣って「休んだら」と言うこともできない。息子の勇も当然母親の苦労に気が付いているのだ。
疲れて家に帰ってきた時に、勇が明日学校で必要な道具を持っていないことを知ると、夜中でも隣町まで自転車を漕いで買いに行く加奈。
あの時の、高畑充希の追い込まれて疲弊する顔が絶妙であった。

あすみは自分の子供が優しい子供であると信じている。信じようとしているのだ。だから彼が問題を起こすなんて到底想像できない。
もう一つ彼女が気に掛けているのが、夫の実家の隣に新築を建てたのに、互いに干渉し合わないという了承のもと、義理の母の家に行き来するなどの交流が薄いこと。一見先進的な考えのようにも見えるのだが、隣にいるのに交流が薄いという事実に違和感を覚えてる
しかし、事なかれ主義の夫には話は通用せず、彼女もまた積極的に何かを変えようとはしない。
その結果、夫婦が真実に気付いた時には既に時が経ち過ぎていた。

義理の母は認知症が進行していたのだ。
優が祖母に暴力を振るった衝撃の事件の時も、優は夜中に庭先で用便を足す祖母を目撃して、不快感情を募らせていたのである。
夫が母親を連れて彼女の自宅に久々に足を踏み入れると、そこは既にゴミ屋敷と化していた。あすみのことを無言でじっと見つめていた奇怪な行動の理由もそこにあったのだ。
すぐ隣に住んでいたのに実の母の変化に全く気付かなかったことにショックを覚え、ようやく真実と向き合って涙するあすみの夫。
不都合な事実から目を逸らし、事なかれ主義で受け流してきた代償はよほど大きくなっていた

こうして歪みと言われるものは、きっとどの家庭にも元々あった。
そして、おもしろいのは大人たちはそういった歪みを見て見ぬふりをしたり、見ないようにしたりして、問題から目を逸らしていたということ。
一方の子供たちはそういった歪みに敏感で、彼らは内心でストレスを抱えながら親の顔に合わせているのだ。
気付いている真実は秘密にして、歪みを隠している親たちに合わせる子供たち。その子供たちの心の中にも歪みが生まれていくのは自然なことである。

彼らの起こした問題は、表向きは叱られるようなことだったり、理解できないことだったりする。
しかし忘れてはならないのは、家庭内の歪みを隠している親のために気持ちに蓋をして親に合わせていたという事実。彼らもまた、親のことを気遣って愛していることに違いないのだ。
そのことに気付いた時、彼女たちは子供たちと本気で向き合い、抱きしめる
強く抱きしめた時、子供たちが求めていた愛情はきっと満たされていたことだろう。

息子の事情が理解できなかったあすみが、悩み苦しんだ末に息子と向き合って聞いたセリフが凄かった。
「実験して……どうだった?」
クラスメイトをいじめることを"実験"と言い放ち、祖母にも暴力行動を起こした優。優の行動は人として到底許されることではなかった。あすみはしばらくその事実を信じたくなかったし、肝心の夫も事実に気付くまであすみに責任を押し付けていた。
ところが、あすみは悩み苦しんで息子に寄り添いたいと願った末、彼の心境や内面世界を教えてもらいたい、話を聞きたいという言葉で向き合うのだ。
息子の行動を知った今、その言葉は本気で悩み苦しんだ親でなければなかなか出てこないと感じた。

一方で、同じ家庭的な問題を抱えている人々の中には歪みに気付けず、取り返しのつかない事態になることもある。
冒頭で描かれていた子供を失った母親は誰か。
それはこの3組の母子とはまったく違う、別の「石橋ユウ」という名の子供を持っていた母親だった。演じるのは、ポスターにも名前が載っていないサプライズ登場の大島優子である。
既に彼女は服役しており、留美子のブログの愛読者だった彼女に留美子は取材のため面会をするのだ。
息子を殺してしまった絶望と責任を背負い、咽び泣く女性。彼女はただの普通の母親だった
つまり、子供を失ってしまうことはどこの家庭にも起こりうることなのだ。彼女の背景はまったく描かれない。何が起きて、そうなってしまったのかは分からない。しかし、3組の家族を見てもそのどれもに事件に繋がる不穏な空気を感じていたように、きっと彼女にも相当の背景があり、そして望まない結末に至ってしまったのだろう。
いたって平凡で普通な家庭でも起こりうることだということが、何より胸を締め付ける事実であった。

(124分)