第1369作目・『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』

(1992年・アメリカ)

〈ジャンル〉ドラマ



~オススメ値~

★★★★☆

・人生に悩みを抱えた世代の違う二人の交流。

・アル・パチーノのアカデミー賞受賞の演技。

・フランクの堂々たるスピーチが感動を呼ぶ。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『ボストンにある名門高校に奨学金で進学した苦学生のチャーリー。周りは裕福な生徒ばかりで何となくの差異を感じつつも無難に過ごしていた。感謝祭の週末を友達と過ごす余裕はなく、クリスマスに故郷へ帰るための旅費を稼ぐアルバイトをすることにしたチャーリーは盲目の退役軍人フランク中佐の世話をすることになる。フランク中佐は毒舌がすごく、過激なところもあってチャーリーは面食らうが報酬のために踏ん張っていた。感謝祭前夜、チャーリーと友人は同級生たちが校長の愛車にイタズラする瞬間を目撃した。校長は目撃した二人に犯人が誰かを教えれば一流大学への推薦、断れば退学の二者択一を迫り、チャーリーは答えに窮する。一方、フランクは突然荷物をまとめ、チャーリーを無理矢理連れてニューヨークへ旅立つのだった。感謝祭休暇後、チャーリーは校長の公開諮問会に呼び出される。重大な選択をする時が迫っていた。』


《監督》マーティン・ブレスト

(「ビバリーヒルズ・コップ」「ミッドナイト・ラン」「ジョー・ブラックをよろしく」)

《脚本》ボー・ゴールドマン

(「メルビンとハワード」「シュート・ザ・ムーン」)

《出演》アル・パチーノ、クリス・オドネル、ジェームズ・レブホーン、ガブリエル・アンウォー、ほか





【老いた退役軍人と若者の心の交流】

人生のピークを過ぎた老いた男と、これから輝かしい人生を迎えるであろう若き青年。
二人が抱える、それぞれの人生における悩みが交差する名作であった。

名門高校に奨学金で進学した苦学生のチャーリーは友人たちとも問題なく生活していたのだが、どこか彼らとは住む世界が異なる溝のようなものを感じている。
当然、裕福な家庭の子息が通うような名門校なので経済的な格差はあるようだ。
チャーリーはクリスマス休暇に故郷へ帰るために感謝祭の週末を利用してアルバイトに励むのだが、友人たちは休暇を利用して遊びに出掛けていた。

そんなチャーリーが割の良い短期アルバイトで見つけたのが、盲目の退役軍人フランク中佐の世話だった。フランクの姪一家が旅行に出かけるところ、フランクはそれを断り留守番をすることになったので、彼の身の回りの世話をするアルバイトとして雇われたのだ。
ところがこのフランクが毒舌家で女好きな破天荒な男で、チャーリーも出会って早々に軍人特有の乱暴な言葉で罵倒される。
辟易するチャーリーだったが、旅費を稼ぐためと耐えるチャーリー。好き放題に振る舞うフランクは、なんと週末、フランクを連れ出して飛行機に乗ってニューヨークへと旅立つのである。
だが、それはフランクの人生を賭けた夢を叶える旅であった。

フランクは目が見えない。
しかしその代わり、多くの人の動きを感じている。人の動く気配、物音、人の仕草や声色等もフランクには感じ取れる。とりわけ、女性の香りには敏感で付けている香水や使っている石鹸の銘柄まで当ててしまう
タイトルにもなっている通り、香りを嗅ぎ分ける力は女好きが故のちょっと引いてしまうような特殊能力なのだが、女性を相手にすると身なりを整え紳士的な振る舞いや配慮ができるところから見ても、目が見えなくなる前から培っていたフランクの女性への接し方なのだろう。
チャーリーには罵倒しながらも、女性に対してはダンディズムを使い分けるフランクがカッコ良い

一方で、フランクは感覚が鋭敏になり、周囲の人間の言葉以外の心境や感情を敏感に感じ取れるようになった
だからこそ自分が盲目になって役割を失い、姪一家を含めて他者から除け者扱いされていると感じてしまい、悔しさや無力感を抱えて絶望していたのだ。
元々の偏屈な性格もあって、姪一家の幼い子供たちからもフランクは親しまれていない。

ニューヨークにいる兄家族に突然訪問した際も、フランクは親族一同に嫌味な言葉を向けて激しく衝突した
人の声色や仕草で自分に向けられている思いが分かってしまうのだ。目に見える以上の心の奥底の部分を感じ取ってしまうのである。
元々口が悪く、下品なフランクだったので悪意に対して悪意で抗戦してしまい、余計に嫌われ者になっていった。「兄家族に会いたかったんだ、寂しかったんだ」と素直に思いを言葉に乗せていればそうはならなかったのだろうが、性格上、なかなか簡単にはいかないのだろう。

↑招かれざる客だったフランク。突然の訪問に兄家族は辟易する。彼の暴言や人を見下す態度が彼を孤独にさせていた。


軍人時代の栄光はフランクにとって今でも人生の誉れである。そこが彼にとって人生のピークであり、人生のピークを過ぎてこうして周囲から嫌われ者になった今、フランクには人生を生きる意味が見出せなかった
フランクが人生において抱えていた悩みは、生きる希望を見出せないことだった。
このニューヨークの旅は最後に散財して自分の夢を叶える旅だったのだ。高級ホテルに泊まり、高級レストランに入り、美しく身なりを整えて、最高級の女性と一夜を共にする。もちろん兄家族に会いに行くのも、最後に一目…という意味もあったに違いない。
そのすべてを叶えたフランクは軍装に身を整え、拳銃自殺を図った
だが、間一髪でチャーリーがそれを阻止。チャーリーによる必死の説得でフランクは自殺を諦めるのだ。

出会った時の強烈な悪口から受ける印象は最悪だったが、徐々にフランクのエキセントリックな面白さや人生経験の深さなどからチャーリーもフランクに親しみを感じ始める。そして同時に、純粋なフランクが抱える孤独も知り始めていたのだ。
学校でどこか友人たちとの溝を感じていたチャーリーだったが、年齢差を超え、フランクと思いを繋げるのである。

↑身なりに気を使うフランクが髪を振り乱して自殺を望む。これが彼の本音であり、人生に対する絶望感を感じる。チャーリーは心からそれを止めたかった。


フランクを演じてアカデミー主演男優賞を受賞したのが名優アル・パチーノ
アル・パチーノが目が見えないにも関わらず若い女性を誘って踊ったタンゴがダンディで素敵だった。杖を捨てて女性をリードできる紳士的な余裕が実にカッコ良い。
また、「足が絡まっても踊り続ければ大丈夫」というタンゴの特徴が、後に自殺を止める説得のワードとして出てくる伏線回収もよくできていて優秀過ぎる。

↑目が見えなくても身体に染み付いたタンゴのリズムは忘れない。チャーリーからダンスホールの大きさだけ教えてもらったフランクは、レディを誘って素晴らしいタンゴを披露する。





【二人の人生に光を】

一方、チャーリーはこの感謝祭の週末、大きな悩みを抱えていた。
週末になる前、チャーリーと友人ジョージは学校の生徒たちが校長の高級車に悪戯を仕掛けている現場を目撃した。
憤慨した校長はチャーリーとジョージが目撃者であることを知り、口を割らない二人に取引を持ち掛ける。犯人を告げれば一流大学への推薦、隠せば退学と脅したのだ。感謝祭後に行われる公開諮問会において二人に取り調べを行うという。

週末、チャーリーはジョージと連絡を取り合いながらどのように返答するか大いに悩んでいた。
ところが、ジョージはついに富豪の父に泣きついて自分だけ助かろうとしていた。チャーリーがすべてを話せば、裏切り者として学校に居づらくなるのは必至である。友人を裏切って利益を得るか、それとも友人を守ってペナルティを受けるか。
チャーリーが真面目だからこそ、とても天秤にかけられるような二択ではなく、その悩みはチャーリーの心を押し潰していたのだ。

公開諮問会当日。
ジョージの横には権力者の父親が、チャーリーの横にはなんとフランクが会場に現れた。チャーリーの保護者としてフランクの同席は認められ、諮問会が行われた。
校長の厳しい糾弾により、ジョージはついに犯人である友人たちの名前を挙げてしまう。だが、フランクは決して口を割ろうとしなかった。
耐えかねた校長が退学処分をほのめかすと、チャーリーはそれを阻止して校長を訴える。

根が腐った教育方針の学校が輩出するこれからの世を担う若者は、どんなに優秀でも根が腐っているから何も育たない……。
本作を代表するフランクの名スピーチはすべての保護者、親も含めて教育に携わる大人たちの皆が耳を傾けて心に入れておくべき言葉だった。
体裁や面目を保つために自己保身に走ったり、若者の信念を歪めてまでも権力で真実を引きずり出そうとする行き過ぎた教育者たち。いや、教育者の顔をした処刑人である。
教育とは何かを根本から見誤っており、おそらく誰の目にもあの場所は正義を追求する場ではなく、口を割らないと痛い目に合うという見せしめの場でしかなかった。

フランクは忖度を抜きにしてハッキリと筋の通った意見をぶつけ、持ち前の恐れ知らずな力強さで若者の希望の光を守ったのだ。フランクの口達者な攻める姿勢が、人を守るために役に立ったのだ。
軍人時代もこんな風に部下を守る責任感の強さを見せていたのかもしれない。

↑正義を貫こうとしたチャーリーの魂は腐っていないと訴えるフランク。諮問会はフランクの訴えを聞き入れ、チャーリーは不問となった。


フランクはチャーリーとの交流を通して、改めて生きる光を見出した。チャーリーもそんなフランクに窮地を救われた。
二人はこれからも人生の悩みを抱えながら生き続ける。フランクがあの居場所を感じられなかった姪一家のところへ、生き生きとした表情で帰っていく様子が印象的であった。


(157分)