第1355作目・『罪の声』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

テーマ:
『罪の声』

(2020年・日本)

〈ジャンル〉ミステリー/ドラマ



~オススメ値~

★★★☆☆

・昭和史に残る未解決事件を基にしたリアルなミステリー。

・野木亜紀子の脚本が心に響く。

・「罪」を背負わされた子供たちの壮絶な宿命に遣りきれない怒り。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『1984年、お菓子メーカー社長誘拐事件や、菓子に青酸カリを混入させるという脅迫事件を起こした"くらま天狗"を名乗る犯人。事件は未解決のまま時効を迎えた。あらから35年、テーラーの二代目を営む曽根は押し入れから幼少期の自分の声が収録されたテープを見つける。それは84年の当時の事件で使われた脅迫テープであった。驚愕した曽根は事件に巻き込まれていた真相を探るため独自調査を始める。当時から父との交流のあった仕立て屋から、死んだとされていた叔父の達雄が何らかの形で事件に関わっていること、そしてまだ生きていることを知る。達雄の消息を掴むため関係者を辿っていく曽根。一方、新聞社に勤める阿久津は当時のギンガ・萬堂事件の再調査企画を指示されていた。事件関係者のインタビューを進めていくうちに、阿久津は当時事件の会合が開かれたとされる小料理屋で曽根の存在を知り、同じ事件を追う二人が出会うのだった。


〜35年の時を経て蘇る宿命。〜


《監督》土井裕泰

(「いま、会いにゆきます」「映画 ビリギャル」「花束みたいな恋をした」)

《脚本》野木亜紀子

(「図書館戦争」「俺物語!!」「アイアムアヒーロー」)

《出演》小栗旬、星野源、松重豊、古舘寛治、市川実日子、宇野祥平、篠原ゆき子、原菜乃華、阿部亮平、橋本じゅん、火野正平、梶芽衣子、宇崎竜童、ほか





【きっとどこかで生きている】

2000年にすべての事件の時効が成立した、昭和史に残る未解決事件"グリコ・森永事件"。84年から85年にかけて食品会社を狙った連続脅迫事件である。
本作は実際のその事件を"ギンガ・萬堂事件"として置き換えているが、基本的に事件のモデルは"グリコ・森永事件"に忠実である。

かつて事件に関与させられた子供達の視点、そして事件を掘り起こす新聞記者の視点から真相に迫っていく。
序盤の方は関係者への取材を辿っていく構成なので登場人物の多さと関係図の複雑さからやや集中力を必要とする
事件とはほぼ関係のない周縁にいる関係者から、徐々に中心にいる犯人たちに近付いていく構成だ。
そして、次第に事件の中心にいた人物や事件に巻き込まれた人々が整理されていくと、実際に「罪」を背負わされてしまった子供達の宿命のドラマが見えてくる。
ただ純粋に夢を見ていた少女や、少年たちが事件後に辿っていた壮絶な人生。犯人たちの足取りではなく、昭和史を代表する事件に巻き込まれた子供たちのその後を描くことで、その苦しみが伝わってくる。

事件に巻き込まれた3人の子供たち。
身代金案内用の脅迫テープ収録後のそれぞれの人生の描き方、キャラクターたちの関係性が分かる台詞、描く順番が良かった。
真相が解明されていく合間に彼らの辿ってきた人生が明かされ、中でも悲劇の生島一家の人生はどのタイミングでどのように明かされるかが重要だったろう
まずは弟・聡一郎が毎日自殺を考えるほど痩せこけた姿で発見され、彼が語るこれまでの人生を知って、その悲惨な運命にショックを受ける。

同じく事件に巻き込まれ、自分の「罪」の真相を暴くため事件を探っていた曽根と比べると、その人生の差は大きい
事件後、事件に関与していた元警察官の生島秀樹は仲間割れの末、殺されてしまった。生島に同情する仲間たちに助けられ、夜逃げする形で犯人グループの暴力団組織・青木組から逃げ出した残された生島一家。
しかし、青木組は失踪した生島一家を見つけ出し、監視の元で息のかかった建築会社寮に軟禁されることとなった
姉・望は映画翻訳家になることが夢であった。ある日望は家族を捨てて逃げ出すことを決意する。ところが、その逃亡中に青木組に見つかり、道に飛び出したところをトラックにはねられてしまう

聡一郎が姉を見たのは事故にあった姿が最後だった。
姉がトラックにはねられた直後、聡一郎は追ってきた青木組のキツネ目の男に捕まってしまい、寮へと戻される。
やがて成長した聡一郎は事務所で知り合った世話役と共に事務所に火をつけ、そこに残ると決めた母親と生き別れになって逃亡生活を続けることになったのだ。

聡一郎が曽根に同じような人生を辿ってきたと同意と共感を求めた時、曽根は何も答えられない。
曽根は大人になってから自分が関与していたことを知った。それまできっと、沢山の親族たちが彼が真実を知らないように犯人との接点を絶って守ってくれていたのだろう。
曽根が父の店を継ぎ、結婚して子供にも恵まれていたのに対して、聡一郎は事件が落ち着いて未解決になった今もなお、情報を知らずに事件関係者の追っ手を恐れて身を隠して日陰で生きていたのだから。

↑曽根と阿久津が見つけた曽根は見えない追っ手に怯えながら人生を過ごしてきた。父が事件に関与したことで平凡な一家は離散となったのである。


そして真相解明後、映画の最後に姉・望の人生が描かれる。
なぜこの大団円のタイミングで、なお一層悲惨な運命を辿った少女のその後を見せるの?と思いきや……なるほど、上手い構成だ。
作品の序盤、曽根は自分と同じく「ギン萬事件」の脅迫テープ収録に巻き込まれた生島望と聡一郎の存在を知る。
望のかつての親友から話を聞く曽根。彼女は望が青木組の寮から抜け出す直前に電話をかけた相手、つまり望の決意と覚悟を唯一知っている親友だった。

望はギン萬事件の後も映画翻訳家になるという夢を諦めきれなかった。まともに学校に通うこともできず、暴力団の監視のもと、日影の生活を強いられている。
しかし、彼女はほんの僅かな希望を抱いて夢を追っていたのだ。
思うに、聡一郎が最後に見たトラックにひかれた姉の姿から考えれば確かに悲観的に感じる状況だろう。
だが、映像だけで見る限りは曖昧だ。

聡一郎は曽根と阿久津に出会ってから、日の当たる人生を取り戻した。記者会見であの声の子供として世間の前に現れ、生き別れになった母親との再会を果たしたのである
数十年越しに聡一郎は家族と再会したのだ。聡一郎が叶えた奇跡を見ると、どこかで望も映画翻訳家の夢を叶えているような気がしてくる

「望、生きてますよね?曽根さんみたいに、どっかで幸せに暮らしてますよね?」と、望の親友は涙を流しながら曽根に切実に願っていた。
そしてその言葉が、映画を最後まで見終わった後、我々の言葉を代弁するようになったのだ。聡一郎と母親が再会し、望の声を聞きたいと二人が願った時、自然とあの親友と同じ気持ちになったのである。
伏線回収が素晴らしい。
原作の面白さもあるだろうが、ヒットメーカーの人気脚本家である野木亜紀子の手腕で最高に楽しませてくれる



【本来、「罪」を負うべきだったかつての若者たち】

既に時効になった未解決事件をこのタイミングで掘り返すことは新聞記者の阿久津にとっても疑問であった。
曽根に語っていたように、かつて社会部だった頃に阿久津は被害者遺族へのインタビューなどで辛い想いを抱え、新聞記者としての矜持や熱意を失ってしまったのだ。 
事件に巻き込まれた子供達のその後を追い、事件の真相に迫ることは、事件が終わった後の彼らの生活を脅かすのではないかとどこかで感じていたのだ。

ところが、取材を進めて聡一郎と出会うことで阿久津も知ることになる。事件は決して時効になって終わったわけではなかったのだ。
彼らは犯行に関わるテープを作ったという「罪」を背負い、あったはずの人生を変えられていたのだ。
だから事件を追って真相を明らかにするということは、彼らが一身に背負っている「罪」を軽くすることにもなったのだと思う。

それは阿久津の上司が言っていたように、当時、他社とのスクープ競争で躍起になって事件を解明へと導くことができなかった新聞社としての贖罪にも繋がっている。
事件を通して阿久津が再び社会部への復帰意欲を燃やしていくのも、登場人物の「変化」や「成長」を感じさせてくれて作品に面白みが増していた。

↑未解決事件の真相に迫るミステリーパートはもちろんのこと、事件を通して二人の考え方や人生観が変わるドラマパートも深みがあって面白い。


やがて聡一郎と再会して事件の詳細が見えてきた曽根と阿久津は、それぞれに当時の事件に関わったであろう重要人物と接触し、本来この事件の「罪」を追うべき相手と対峙する
曽根が接触したのは、一時退院してすぐに曽根が見つけたカセットテープを処分しようとしていた母・真由美だった。
真由美は当時、曽根がテープへ録音する瞬間に立ち会っていたのだ。

真由美はかつて学生運動の前線に立って活動していた。
過激化する学生運動の中にはイベント感覚で参加していた若者もいたのかもしれないが、真由美の中にはれっきとした理由があった。
それは、父親(曽根には祖父にあたる)が窃盗の濡れ衣を着せられて自殺に追い込まれたことである。真犯人は当時父親から拾得物の届け出を受け取った交番勤務の警官本人だった。しかし、父親はその真相を知らぬ間に周囲の人々から疑われて追い詰められたのだ。
真由美は警察や体制に対して激しい憎悪と不満を抱いていた

その後、曽根の父親である光雄と知り合い、運動から離れていった真由美だったが、学生運動を通して知り合った曽根達雄が光雄の兄であることを知る。
達雄は真由美の心にまだ反体制の火が灯っていると信じており、真由美を説得。「ギンガ事件」の脅迫テープ作りに協力させてたのだ。
母親の告白に驚愕する曽根。自分の子供が事件の罪を背負うという可能性を感じなかったのかと問い詰める曽根に、真由美はまともに答えられずに泣いた。


↑幼い息子にテープを録音させた「罪」を背負う母親。死ぬ前に真実を知った息子に問い質され、涙を流すばかりであった。


一方、阿久津が接触したのは曽根家からその存在を消されていた達雄だった。
達雄は学生運動以降、イギリスに隠れ住んでいたのだ。生島秀樹に誘われ、体制への怒りをぶつけるべく画策したギンガ事件。やがて事件は金目当ての生島とヤクザ者たちとのいざこざへと発展し、生島が殺される。
慌てて生島家だけを逃し、首尾よく被害を抑えたつもりでいた達雄。

だが、達雄はその後の聡一郎や望らの顛末を知らなかったのだ。
阿久津から真実を聞かされ、達雄は激しくショックを受ける。彼がしたことは誰の救済にもならず、世間を騒がせ、純粋な子供たちの未来を巻き込んだまま昭和史に残る未解決事件として幕を閉じただけであった。
たとえ事件が時効を迎えても、達雄の犯した「罪」は決して消えない
阿久津が達雄に彼が本来負うべきであった「罪」を突きつけてくれて、非常に胸がすく思いであった。

↑阿久津から生島一家のその後を聞かされ、達雄は自分の犯した「罪」が消えてないことを知る。曽根と阿久津は事件の「罪」を本来負うべき者たちへと引き渡した。


学生運動を始めとする反体制運動の激しかった当時の気風は直接目にしたことはない。
良くも悪くも若者たちのエネルギーに満ちており、社会に対する不信感や不安感が爆発していたのだろう。
しかし、金目当ての生島は元より、若い頃の達雄や真由美を突き動かした動機は果たして小さな子供たちのかけがえのない未来を奪うほど尊いものだったのだろうか
少なくとも私の目には、達雄や真由美の体制側に一泡吹かせたいといった動機は短絡的で身勝手な妄想から抜け出せていなかったように見える。

事件の真相に迫った時、その発端が自己満足で利己的な闘争から始まったと分かって、なんとも遣り切れない気持ちになる。
しかし一方で、聡一郎が生き別れとなった母と再会し、そしてまた望に対する一縷の希望も感じられたラストは、長い時を経てようやく彼らが「罪」の呪縛から解放されるという期待も感じられた


(142分)