第1352作目・『アス』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

『アス』

(2019年・アメリカ)

〈ジャンル〉ホラー/サスペンス



~オススメ値~

★★★☆☆

・『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督による新感覚ホラー。

・散りばめられた伏線と、驚愕の真相。

・現代社会に対する痛烈なメッセージ。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『幼い頃、アデレードは遊園地のミラーハウスに迷い込み、そこで自分とそっくりな姿をした少女と遭遇した。ショックで気を失い、しばらくの間、トラウマで口が聞けなくなってしまっていた。やがて月日が流れ、ゲイブと結婚したアデレードは娘ゾーラ、息子ジェイソンと一緒に再びあの忌まわしき遊園地があるビーチに訪れる。友人のタイラー家との交流にあまり馴染めないアデレードは、息子があのミラーハウスに導かれている姿を見て必死で止めた。その夜、家の周りに不審な人影を見つけて家族は怯える。その人影は自宅に侵入し、ゲイブを負傷させてアデレードたちを取り囲んだ。彼らは自分たち家族とまったく同じ顔をしており、自分たち家族を殺して入れ替わろうとしていた。』


〜"わたしたち"がやってくる〜


《監督》ジョーダン・ピール

(「ゲット・アウト」)

《脚本》ジョーダン・ピール

《出演》ルピタ・ニョンゴ、ウィンストン・デューク、エリザベス・モス、シャバディ・ライト・ジョセフ、エヴァン・アレックス、ほか




【もしも、自分とそっくりな誰かがいたとしたら】

前作『ゲット・アウト』で鮮烈な監督デビューを果たしたジョーダン・ピール監督。続編も前作同様、ホラーである。
良かった。考えさせられる謎や伏線が多く含まれているし、社会的メッセージも込められていて奥深い。この監督は、恐怖に戦慄させるだけでは留まらずホラー映画なのに社会派なメッセージ性を込めてしまうし、しかもそれが上手くホラーの設定に落とし込まれているのだ。そういう一味も二味も違う強気なセンスが素晴らしいと思う。
ホラー描写には抵抗がある人もいるかもしれないが、激しく血生臭かったり、夜に眠れなくなるほど恐怖に震える演出ではないので、ホラーが苦手でも目を逸らすことなく見届けられるのではないだろうか。

ある日突然現れた、自分たちとまったく同じ姿形をした"影"の住人たち
彼らは長らく闇の世界で生きており、日の当たる世界で生きてきた我々を恨んでいた。そして、その立場を奪い取るために突如襲撃してきたのである…。
幼い頃に迷子になって、ビーチの遊園地にあるミラーハウスで自分そっくりの少女と遭遇するという恐怖体験をしたアデレード。
トラウマでしばらく口が聞けなくなったほどショックを受けたアデレードも、大人になった今では家族を作り、夏休みを利用してあの忌まわしきビーチに訪れていた。
その夜、アデレードたち一家は彼らの襲撃を受けるのである。


↑人並外れた異常なスピードで侵入してくるのも怖かったが、家の外で正体不明の何者かがこちらをじっと見ているこのシーンが一番緊張感があった。


アデレードとそっくりな姿をした"レッド"が薄気味悪い声で語るには、どうやら彼らは日の当たる世界で生きる自分たちとすり替わろうとしているらしい。
夫ゲイブは真っ先に負傷し、アデレードは拘束される。娘ゾーラと息子ジェイソンもそれぞれ自分と同じ顔をした彼らに追いかけられる羽目になる。
なんとか彼らの手を逃れた一家はボートで逃げ出し、友人のタイラー一家の元へと逃れた。
だが、タイラー宅では既にそっくりな姿をした彼らによる襲撃を受けて全員入れ替わっていた。ゾーラとジェイソンは力を合わせて、タイラー一家と入れ替わった彼らを撃退する。

ニュースを見ると、全米で地下から現れたこの奇妙なドッペルゲンガーたちが襲撃を始めており、地上の世界の人間の大殺戮が行われているらしかった。
更に彼らは無事に入れ替わると、謎の列へと加わり、手を握りあいながら巨大な人のチェーンを作り出しているようだった。
彼らは一体何者なのか、そして巨大な人のチェーンは何を目的としているのか。
奇妙で恐ろしい地下住人の反撃が全米中で始まったのである。

なんの武術の心得もないアデレード一家が殺人を躊躇わない化け物相手になかなか奮闘していてスリルが高まる。
子供たちによるタイラー一家の撃退などちょっと都合が良過ぎる展開もあったと思うが、姉と弟が武器を片手に拉致された母親を救いに立ち上がった時は頼もし過ぎて、闘う前から勝機が見えていた

ちなみに、タイラー一家の家主たちがドッペルゲンガーに殺害された時、瀕死の重傷を負いながらも息も絶え絶えに「警察を呼んで」とAIスピーカーに話しかけると、当たり前のように聞き間違えられて流れてきたのは警察を揶揄するロック音楽。結局、救助を呼ぶこともできずにタイラー一家は全滅する。皮肉なジョークである。
本作は恐怖の合間にところどころ皮肉めいたジョークも入っていて面白い
お父さんが自分の分身(なぜかちょっと間抜けな感じ)を倒したのも、ボートに巻き込まれるというあまりにも鈍臭いラストである。あんなに巨体で一番怖い見た目なのに、呆気なく一番最初に反撃される始末。
………あれ、実は笑って良かったやつなのかもなぁ。

↑彼らの襲撃を受けるアデレードたち。普通の家族なのに化け物じみた敵を相手に結構奮闘していて、勝利の希望を持って応援したくなる。




【本物はどっちだ?】

さて、本作の謎の一つがドッペルゲンガーたちが、自分と同じ姿をした人間を殺した後、海辺から一直線に手を繋いで横並びの列を作っているという現象である。
目的も不明だが、それは何か大きな信念のもとで延々と距離を繋いでいるらしい。人間が近付いても手を離して襲いかかって来る様子もない。自分の任務を終えた彼らはただひたすら、他のドッペルゲンガーたちの襲撃が終わるのを待っているかのようだ。

この謎の現象には元ネタがある。
1986年に実際にアメリカで行われた貧困救済のチャリティイベント"ハンズ・アクロス・アメリカ"
当時、寄付金を払って手を繋ぐ列に参加した参加者たちにより、アメリカの各地で人間の鎖を作る運動が行われた。本作の冒頭でも当時のCMが流れており、この実際に行われたチャリティイベントがドッペルゲンガーたちの謎の行動に繋がっている。
しかし、当時もこの運動には多少の募金額は集まったものの、手を繋いで列を作ることに関して直接的な問題解決にはならなかったこと、参加した中流〜上級階級者たちの売名行為が見られたこと、引いては携わったスポンサーたちの利益になるところが大きかったことから批判が大きく、監督自身も違和感を感じていたらしい
本作では赤服を着た彼らが強い団結力で繋がっているという不気味さの象徴で描かれているが、同時に地下世界にいた彼らの反逆の象徴でもあり、実際に86年に行われたそれとはまったく違う印象を抱かせる。

やがてアデレードは息子ジェイソンを連れ去ったレッドを追って、彼らが潜んでいた地下世界まで忍び込む。そして、アデレードはそこで彼らの正体を知るのだ。
彼らはアメリカ政府が実験で製造したクローン人間であった
肉体を複製する方法を発見した政府は地下施設にクローン人間を閉じ込めていたのだ。だが、彼らは地上にいる元の人間のコピーであって言葉を話したり、自らの意思で行動したりするわけではない。
地上の人間の動きに合わせて操り人形のように地下で踊らされているのが、クローン人間の宿命だった。
やがて政府は実験を中断。地下のクローン人間たちは閉じ込められて見捨てられたのである。
以来、彼らは施設で育てられていたウサギの肉を食糧として生きながらえてきた。

だがやがて、彼らは意思を持って立ち上がることを決意する。彼らは一斉蜂起のクーデターを起こし、地上の人間を掃討しようとしたのだ。

彼らの正体が地下世界に見捨てられたクローン人間であると分かった時、ハンズ・アクロス・アメリカとの共通点も分かって恐怖の象徴として持ち出した理由が見えてくる。
最初にアデレードから素性を尋ねられたレッドが、「我々はアメリカ人だ」と悔しそうな声で訴えたのも、地上世界の人間と変わらぬ人権を持つアメリカ人であることを主張していた複製されただけであって感情や意思を持つ人間なのだ。
同じ人間なのに閉ざされた世界で生きてきた彼らと、日の当たる世界で生きてきた彼らとの間に立場や境遇の格差が生まれる事に対する問題提起を感じる。
それは貧困に苦しむ人間とハンズ・アクロス・アメリカに参加する人間との格差が生まれていた事にも通じる。
そして、境遇の違いというものが生き方を変えてしまう強い力を持っていることも忘れてはならない。人間らしさを奪われたひどい扱いが続いた時、地上世界の人間に一斉蜂起しようと立ち上がるのだ。
深刻な格差社会となった現代に送る強いメッセージである。

だが、更に驚くべき真実が明かされる。
アデレードはレッドと決闘の末、レッドを倒し、ジェイソンを助け出して地上世界へと舞い戻る。
長い列を作っているクローン人間たち。その姿を見ながら、アデレードは過去の記憶を思い出した。
1986年に遊園地で自分と同じ姿をした少女と出会った彼女は、相手の少女の首をしめて気絶させた。
その子を地下世界に連れ込んだ少女は彼女の着ていた服と交換し、自分が地上世界へと戻ったのである。

そう、地上世界に長らく暮らしていたアデレードはクローン人間であり、地下世界から這い上がってきたレッドこそ、元々地上世界にいたオリジナルの人間だったのである。

↑死闘の末にアデレードは思い出した。自分はこの地下世界で生まれ、かつて地上にいた本物と入れ替わっていたのだ。つまり、不遇な目に遭って返り討ちにあったレッドこそ本物のアデレードだったのだ。


こうして彼らの真実、そしてアデレードの正体が分かった時、作品に散りばめられていた伏線も見えてくる。
ジェイソンのクローン人間が死んだ時、自ら炎の中に飛び込んでいったのは彼がオリジナルの動きを真似る癖がまだ強く残っていたクローン人間だったからだ。

アデレードの幼少期の入れ替わりについてはいくつも伏線が張られていた。恐怖体験の後で言葉を話せなくなったのはクローン人間が入れ替わっていたから。逆にクローン人間の中でレッドだけが話せるのも、彼女が元々地上世界の人間だからである。
クローン人間たちが手を繋ぐパフォーマンスを信仰的に実行しているのは、まだレッドが地上にいた頃に見たハンズ・アクロス・アメリカのCMを、後に彼女がクローン人間たちを先導する立場に立った時に人類への報復の証として取り入れたのである。
アデレードがゾーラのクローン人間の死をわざわざ車から降りて見届けたかったのも、ジェイソンのクローン人間の死に叫び声をあげて阻止しようとするのも、彼女が本来彼らと同じ立場の親子であることを本能的に覚えていたからだろう。

↑地下世界に連れ込まれた本物のアデレードはその後、どれほど絶望をしてきただろう。地上世界に現れた時、レッドが恨みがましく話していた言葉には積年の恨みが込められていた。


伏線だけではなく、いくつもの不安を煽る要素も散りばめている。
クローンの実験で連想されやすいウサギや、エレミヤ書11章11節の災いをもたらす予言を連想させる「11」という数字。そもそも、クローン人間と鉢合わせする場所がミラーハウスというのも恐怖感を煽る
ミラーハウスに入って鏡に映る自分の姿を見た時、それが自分とそっくりの別人の可能性があると考えると恐ろしい。

伏線を練り上げ、恐怖を演出し、そして社会的なメッセージも込めた優秀なホラー
前作『ゲット・アウト』に引き続き、ジョーダン・ピール監督の快進撃が止まらなかった。


(116分)