第1046作目・『ゲット・アウト』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

『ゲット・アウト』

(2017年・アメリカ)

〈ジャンル〉ホラー/サスペンス



~オススメ値~

★★★☆☆

・大勢の異質の中に紛れ込んでしまった時の違和感の恐怖。

・コメディアンが手掛けた最恐ホラーサスペンス。

・第90回アカデミー脚本賞受賞。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『クリス・ワシントンは恋人ローズの実家へ訪れる。ローズの父ディーンは黒人であるクリスも快く受け入れてくれ、人種が違うことを気にかけていたクリスは安堵する。しかし、弟ジェレミーの会話の端々から感じられる蔑むような態度から違和感を感じ始めるクリス。ディーンの屋敷にいるメイドたちも何かを隠しているような態度でクリスに接しているように見えた。その夜、眠気が覚めたクリスはローズの母ミッシーの部屋に誘われ、強制的に催眠療法をかけられ、母を亡くしたトラウマの夜を思い出してしまう。翌日から愛煙家だったクリスはタバコに吐き気を催すようになってしまったのだが、その日のパーティでクリスは人々の視線を感じるようになる。』


何かがおかしい


《監督》ジョーダン・ピール

《脚本》ジョーダン・ピール

《出演》ダニエル・カルーヤ、アリソン・ウィリアムズ、ブラッドリー・ウィットフォード、キャサリン・キーナー、キース・スタンフィールド、ほか




【怖すぎず、恐ろしいホラー】

ホラー作品ながら第90回アカデミー賞で脚本賞を受賞し、話題となった本作。
ホラーと聞いていたのでホラーが苦手な自分としては見るのを躊躇っていたのだが、幽霊系のホラーとは違って夜中にトイレに行けなくなるような怖さではなかった。

本作で描かれるホラーは「なんだか嫌な感じ」のホラーである。
後味の悪さや気味の悪さが響いてくるホラー。ハリウッド版『世にも奇妙な物語』のような展開といえば伝わるだろうか。

簡単にあらすじをネタバレ全開で記したいと思うので、未見の人はご注意願いたい。
↓↓↓







黒人のクリスは恋人ローズの実家へ訪れる約束をしていたのだが、ローズの両親が人種が違うことを受け入れてくれるかどうかで不安を抱えていた。
賢明で優しいローズは何も問題ないことを説得して彼を両親の元へと連れて行く。途中、鹿と接触したローズたちは警察から身分の提示を求められるのだが、補助席にいただけのクリスにまで身分証明を求める警察にローズは不当な権限であると真っ向から拒否する。
強気に守ってくれるローズに安心感を抱いたクリス。

ローズの両親はとても物腰柔らかで、アットホームな雰囲気でクリスのことを温かく迎え入れてくれた。
脳神経外科医の父ディーンは礼儀正しく、心理療法家の母ミッシーはいつも微笑みを絶やさない穏やかさを感じる。
クリスの不安は払拭されたのだが、その夜、訪問したローズの弟ジェレミーの挑発的な態度や、黒人の使用人ジョージナのどこか抜け殻のような雰囲気に不思議な違和感を覚えるのだった。

↑明るくて優しくて強いローズ。ローズの実家は白人の富裕層だったが、決してお高くとまっているわけではなく、クリスのことも温かく迎え入れてくれた。

真夜中。
寝付けなかったクリスが庭先に出ると、黒人の庭師であるウォルターが庭の中を駆け回っていた。驚いて家に飛び込んだクリスを部屋に迎え入れたミッシーは彼が望まぬままに催眠療法をかけ、クリスはトラウマ的思い出に直面させられる。母親が事故死した日に怖くてテレビから離れられなかった時の忘れたい記憶に溺れていくクリス。

翌朝、愛煙家だったクリスはタバコを見るだけで吐き気を催す身体になっていた
昨晩、催眠療法をかけられたのは現実であると確信したクリスはローズの家族に不信感を抱き始めるが、その日に催されたパーティでは更なる奇妙な感覚を覚える
来客たちはクリスに夢中で、まるで品定めをするかのように彼のことを見て来るのだ。

また、どこかで見たことのある黒人の来客アンドリューを盗撮した時にクリスが誤ってフラッシュをたいてしまうと、アンドリューは人が豹変したように激しくクリスに掴みかかって来る
何かがおかしい。パーティの違和感に気付いたクリスは親友ロッドに電話をかける。
一方その頃、クリスの知らないパーティの裏では、ディーンを筆頭にしてクリスを競売にかけるオークションが開かれていた

↑大勢のパーティ参加者がクリスをめぐって値段を付けているという驚くべき展開へ……

やがてクリスはローズがこれまでアンドリューを始めとする数々の黒人男性と交際してきた過去を物語る写真を見つけてしまう。
ローズは恋人のふりをして黒人男性に近づく役で、この家は黒人の人身売買を執り行っていたのだ。

真実に気付いたクリスが逃げ出そうとするも、ミッシーの催眠にかけられて昏倒
気がつくと、彼は不思議な部屋に縛られていた。モニター画面の説明によると、白人至上主義の白人富裕層たちが開発した技術により、選別された黒人の脳へ白人の脳の一部を移植することによって、その身体を完全に乗っ取ることが可能となったというのだ。

つまり、使用人ジョージナも、庭師ウォルターも、そして中年婦人に連れられたアンドリューも脳移植によって老いた白人富裕層たちにその身体を奪われ、奴隷のように自由を奪われた存在だったのだ。
アンドリューがクリスに掴みかかって、「出て行け!」と叫んだのは、フラッシュで催眠状態が一時的に解け、クリスを助け出そうとしていたのだ。

真実を知ったクリスは機転を利かせて手術直前に脱走。ディーンやミッシーら家の者たちを次々に倒して、家を抜け出す。
早速次のターゲットを探していたローズがクリスに向かって発砲するも、親友の危機を察したロッドが駆けつけ、クリスは間一髪で命辛々逃げ出すのだった。


【催眠的な映画

本作の監督を手がけたジョーダン・ピールは長らくコメディアンとして活躍していた人物だそうだ。
物語で喜怒哀楽の感情を揺さぶらせる中で、人を笑わせることが最難関だと聞いたことがあるのだが、さすが笑いを追求したコメディアンは人の心の機微がよく見えている

クリスが白人たちの集まるパーティに参加した時の違和感は絶妙であった。
それも監督自身が黒人だから感じたことのある微妙な感情の起伏なのかもしれない。
それは日本人である我々もどこかで経験したことのある「嫌な感じ」であり、例えば外国人ばかりが集まるレストランに紛れて入店してしまった時の不安感にも似ている。
海外に行って観光地から少しその土地の居住区域に立ち入った時など、ふとした拍子にそんな違和感を覚えることもあるだろう。
この微妙な感情の起伏をうまく利用して、不安感を増幅させ、恐怖が演出されていたと思う。
パーティの裏でオークションが行われている様子が描き出された時は、ゾッとしたものだ。

ディーンは黒人差別に否定的でオバマ政権を熱烈に支持していたと語っているが、その裏で実は黒人の奴隷的人身売買を率先して行う顔を持っている
そんな直接的描写に限らず、ローズが本性を明かした後、シリアルとミルクを決して混ぜることなく独特な食べ方をしているシーンも、白人至上主義のローズらしい価値観である。非常に細部までこだわって作られている。
この作品全体を通して、黒人差別の根深い問題に対する意図的なメッセージが込められていると思えてならない。トランプ政権の今だからこそ痛烈な風刺に見えてくる表面から見える黒人差別の問題性と、実際の差別の深度は全く違うのではないだろうか。
特に受け手側の問題意識は遠く離れた日本で見ている我々とはかけ離れているだろう。
そんな白人至上主義者たちに対する不安感や恐怖感をうまくホラー作品に落とし込んでいたと思う。

↑クリスが拘束されている間、シリアルとミルクを混ぜずに交互に食べるローズ。既に次のターゲットをネットで探し始めている。


実は本編全般的に様々な伏線が張り巡らされている
ローズの祖父母が乗り移ったジョージナやウォルターは常に帽子や髪型を深くしているが、これは手術の傷跡を隠すためであるし、
ウォルターに乗り移った祖父が生前は得意とする陸上競技で黒人に負けたことに悔しい思いをしていたとディーンが話していたのも、クリスに家の中を案内していた時だ。

また、クリスがトラウマとなった過去の思い出を暗示して、鹿と接触したり、脱走直後に逃げ出すクリスの前に飛び出してジョージナが車に跳ねられるなど、クリスの母が事故死したエピソードとの繋がりも多い。
しかも、ローズの車と接触した鹿についてディーンは激しい怒りを抱いており、クリスを拘束した部屋には鹿の剥製が自由を奪われて飾られており、更に最終的にディーンはその剥製に刺し殺される。

↑この時、ローズがクリスの身分証提示を拒んだのも、振り返れば、行方不明になるはずのクリスとローズの関係性を後ほど疑われないようにするためだろう。


様々なアイテムやキーワードがあちこちで見え隠れして繋がっており、まるでこの作品自体が一本の催眠療法のように我々の深層心理に訴えかけてくるような雰囲気を醸し出している
いとも簡単に心の奥底を掘り起こされるような感覚が、異様で怖いのだ。
人の心の機微を心得た監督が手がけた、アカデミー脚本賞も納得の、人間の深層心理をかき乱す秀逸なホラーだった。


(104分)