折角デートなんだけど、雨だな~。

会うまでには止むとの予報を信じておこう。

というか会えるだけで天気なんてどうでもいいんだけどね。


やっと会える。会えない時間が長いほど、会えることの大切さが身に沁みる。

でもでも、連続して会える時も、いつもより少し贅沢な気分になって、遠足前の子供みたいにどきどきしたりする。

このどきどきをいかに維持して付き合って行けるかが大切なんだよね。

どんな些細なことでも二人で馬鹿みたいにクスクス笑って楽しめる仲でいたいな。

彼女と付き合って半年ですが、今のところまだまだ維持してます。

会話が尽きなくて、電話代が大変なことになってます。早く11月になって~!!


近頃は専ら、彼女と旅行に行きたいよ。

見知らぬ場所へ、ふらりと行って、周りは見知らぬ人ばかり。二人きり。


二人きりになりたい。

恋愛対象として、異性に惹かれるか、それとも同性に惹かれるか。

この国ではやっぱり、一般的には異性愛が真っ当とされ、同性愛は異端である、と考える人が多い。


わたしは彼女と付き合う前、男性としか付き合ったことがなかった。

彼女は男性とも女性とも付き合ったことがあった。

しかし友人として出会ったわたしたちが、お互いのセクシュアリティを語り合う機会はなかったので、付き合うようになるには、本当に自然な流れからであったと言っていいと思う。今思えば不思議なくらい。


わたし自身、異性であれ同性であれ、人を愛しいと思い、親密な関係を結ぶことはとても尊いことだと思っている。そこに分け隔てするなんて、なんて馬鹿らしいと思う。

そういった元来の信念からか、同性と付き合うということに抵抗を感じなかったのかもしれない。


彼女と遊びに行くうちに不思議な感情が芽生えてきた。

彼女もまた、時折不思議な気持ちを噛み締めている様子だった。

いつも去り際に、なかなか別れられずに見つめあって笑って居たりした。

しかし別れが名残惜しいのは、友人でも家族でも同様かもしれない。

この時点ではやっぱりわたしは、彼女もおそらく、恋をしているとは気付いていなかったように思う。


元からスキンシップが好きな彼女は、段々と遊びに行く回数が増えるごとに、ボディタッチを繰り返してきた。わたしの周りにはあまりそうベタベタ触ってくる友人がいないので、その行動は特異に見えた。

そういう事情もあってか、はたまた彼女だったからかは分からないが、妙にドキドキしたのだった。

女の子にドキドキするなんて、経験したことがなかったから、とても変な気分だった。


帰ってからも、時折ふと彼女のスキンシップを思い起こしたりしていた。

これは後から考えれば明らかに恋をしている笑。

しかしあの頃のわたしは本気で分からなかったのだ。


そうした日々が続いて、お互いにお互いを無意識に意識し始めた頃(言葉がおかしいけど許してください)、

彼女と二人きりでふざけ合っていたら、彼女の手つきが変わった。

最初の方はまだまだ、お戯れの延長だった。しかしそれは急速に彼女を興奮させ、私自身もまた恥ずかしいような、遠くでこうなるのをずっと待っていたような感覚に襲われていた。

嫌な気持ちが少しでもあったなら、抵抗も出来た。彼女はちゃんと確認してくれた。恥ずかしさと少ーしの驚きでどうしたらいいのか見失って、落ち着くまで待ってもらったのだが、結局わたしは、彼女の誘いにうなずいた。

それがわたしと彼女の付き合うきっかけになった。

彼女は、わたしが拒絶するかもしれないと思ったのに受け入れてくれたことに大変びっくりした、と言っていた。そう、わたしの意志ひとつで、告白もせずに、今までの友人という関係のままに維持するということを考えて心配してくれた。

でもわたしは、その日から彼女が愛しくて愛しくて、会いたくて仕方なくなってしまったのだ。

今までにも、単に友人として会って遊ぶ、というのを楽しみに待つことは何回もあったけど、そんな期待感とは違う、明確に恋人を待つという気持ちに変化していることに気付いた。


彼女は今までに、女性とお付き合いをしたことがあったけど(それを聞いたのは事後だけど)、わたしのセクシュアリティは全く知らなかった訳で。

わたしも同じく、彼女からそんな話を聞いていないし、話している間にそういった雰囲気を感じとったこともなかった。お互いのセクシュアリティを知らないまま、むしろお互いノーマルと思ったまま、付き合うに至ったということなのです。

もしかしたら、わたしが完璧にノーマルで、行為のうちに彼女を全力で拒絶したり、その後だって、音信不通になる可能性が大いにあったということ。

これはわたしよりも彼女にとって、とても不安だったろうなと。あの時、わたしにずっと謝ってたんだ彼女。

だから、安心させたくって、早くわたしも好きだよって伝えたくて、すぐに後日の彼女からの告白を受け入れた。彼女が言ってなかったらきっとわたしも告白してたと思う。


でもわたしは、時々思い出せば、時折彼女に対して、わたしの他の友達には不可能なポジションを求めていたような気がする。

それは恋人というポジションだったんだ。

付き合う前から、よく彼女はわたしを見つめた。

その視線から言葉から、密かに伝わってくる心地良い好意。

わたしはそれをまた密かに受信して、日々嬉しかったんだ。その好意の質が、やっぱり友人のような人間的な好意だけでなく、なんだか温かくて濃厚な、恋愛としての好意のような。

彼女と過ごしていると凄く居心地が良くて、自分の長所・短所、普段は隠すような子供っぽい我が儘なところも、安心してさらけ出すようになっていた。


恋愛に正しい形はない。あるとしたらそれはただ、世間の認識。

多数決に弱いこの地では、明らかに不利なのかもしれない。


友人に「恋人」として、紹介出来ない。わたしたちの場合、共通の友達が少ないので、あえて紹介すらしていない。

電話をしてても外出しても、恋愛をしていると思われない。これは自慢したいというよりは、認識してもらえないのが寂しい。他人からすればただの友達同士。これはやっぱり切ないんだ。


異性の恋愛では出来ることも叶わない。


それは、わたしたちの恋愛において、マイナスだろうか。

笑顔で気にしない、とは言えない。

わたしは気の弱い人間だから、人を傷つけたり、人に傷つけられるのも怖い。

彼女との関係は、勿論誇らしく幸せなものだけど、しかしその関係を他知人に明かして、無理解に拒絶されるのが怖い。知人を戸惑わせるのが辛い。

知人の反応で、ここまで築き上げたわたしたちの関係が、一瞬で否定されるのが恐ろしいよ。

でも、本当は知って欲しい。そんなジレンマ。


しかし今現在、二人が真面目に恋愛をしている。これは紛れも無い事実。

悩みを抱えた夜には問いただす。

いま、自分がいて、彼女がいて。お互いがお互いを大切に思ってる。


これ以外に何が要る?


ふたりっきりで励まし合って、ひっそりとでも幸せに恋愛を続けてます。

紆余曲折あれど、やっぱり前を向けるのは、彼女が側にいるから。

一般と「違う」ことは「過ち」ではないんだ。そもそも「違う」って言葉もおかしいかもだけどね。

やっぱり、自分とは違った境遇の人を理解出来ないのは当たり前。でもね。

世の中に点在する、自分との違いを否定するよりは、容認していけるような、懐の深さを。

完全な同意は要らない。必要なのは姿勢です。


その少しずつの違いの集約が、自分っていう人間を形作っていくんだもんね。

胸張って。がんばっていこう。

彼女の風邪も治って、ホッとひといき。今週はデート出来る!

それでもまだまだ回りに風邪ひき中の人がいっぱいだから、今度はわたしがひかないように気をつけなきゃ。最近ずっと微熱があったりなかったり。咳や鼻水は出ないけど、地味~にひいているのかも?


なかなか会えない彼女との電話は癒しの時間。

自分のことやっぱ嫌いなとこの方が多いから、彼女に大好きって言われる度にアイデンティティーというか、存在意義を与えられて、生きてていいよって頭よしよしされてるみたいで。とてもとてもしあわせ。


もはやお互いに、相手のいない生活に戻れなくなっている。

電話で愛しい声を聞くだけで、心躍る。

もしもこの存在を失ってしまったら空いてしまうだろう大きな穴を想像すると、とても恐ろしい。

以前に彼女が似たようなことを言っていて、私はつい「そんなこと言わないで」って言っちゃったけど、それは私も同じこと考えてたからこそで。


そんな私たちのもっぱらの願いは、電話料金の値下げです笑

定額制を夢見ては料金合計にため息の日々です。でもかけずには居られない。お金に代えられないものだからね。

普段はメール派な私の、通話料金、過去最高金額更新中。

同じくかけてきてくれる彼女の料金合計もきっと凄いことになっていることでしょう…わあん

支払い大変だけど、それだけ声が聞きたい気持ちが強いっていう、バロメーターとして見ればいいのかな…。


それにしても彼女は大分タマッてきている様子…

お泊りの予定も決まって、楽しみにしつつ日々頑張って乗り切っている彼女とわたしなのです。

また一週間が始まる。

彼女は風邪でダウン中。電話の声はとても苦しそう。

電話もメールも自粛して、ゆっくり寝てもらうことにした。

まだまだ会えない。さみしいな。


以前まではずっと、自分は結構一人きりで大丈夫だなんて思ってたけど。

本当に大事な人が出来てから、自分がこんなにも寂しがりやだったんだなって気付く。

こんなにも感情をぶつけられて、こんなにも人を思って涙が出るんだって。

会えないまま新しい一週間を迎える。寂しくて元気が出ない。


急に寒くなったから、寂しさも倍増。手を繋ぎたい。身体に触れたい、身体に触れて欲しい。

彼女とのデートは、生活の中でじっくりと他人と自分の体温を感じられる時間。

その時間が今週はなかった。それだけで物悲しい。


風邪が治って、元気な笑顔が見れたらぎゅーって抱きしめ合いたい。息が止まるくらい強く。

風が冷たいですね…!冬みたい。

気温の差が激しいからか、風邪が流行ってますね。彼女も風邪をひいてしまったみたい。

お見舞いに行ってあげたい。わたしの元気を分けてあげたいよ。

少しでも早く元気になればいいな。先週から会ってないから、早く顔が見たい。

わたしの恋人はすぐにヘソを曲げる。

これは彼女の特性というか、まあかわいいところでもあるんだけど。

対照的に、あまりわたし自身は気分を損ねてもほとんどは自己処理して、相手にぶつけなかったりするんで。


彼女のそういうところは羨ましくもあり、理解に苦しむこともあり。

好きな相手の気分を損ねるってやっぱ良くない状況だし、彼女がどれくらい本気で怒ったかが分かんなくてヤキモキすることも多くて。気分屋さんだから、わたしがそうやって心配した次の日にはコロッと直ってたりする。攻略難しいなあ~でも出会った頃よりはだいぶ分かってきたつもり。たぶん。


基本的に人の機嫌を伺うのは苦手な性分なので、どうにかそこだけは少ーしでもマシになってくれればなって思います。結論としてわたしへの思いが裏返ってスネることばかりなので、そう言われたら許しちゃうんですけどね…。甘やかしすぎかな~

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お題は「もしもあのとき…」ということです。


うーん…私の場合、今の恋人との出会いの前には大学進学という進路があったんで、まずその大学に合格して通ってなければ出会ってないというのがひとつ。と言っても、大学で出会った訳ではないんで、またそこから枝分かれが始まり。しかもその前の彼氏と別れたのは自分から切り出した訳で、その決断が遅れていれば、これまた今の恋人とは出会わなかった訳です。


こんな風に描き出すとキリがないんだけど、こういう小さな選択の積み重ねで人との出会いって成立していくんですよね。

恋愛するにはまず出会わなければいけない。これが一番難しいんでしょうね。出会ってからは、潜在的にやっぱり好きになる要素を隠し持ってるんじゃないかなって思います。よっぽど物理的に引き離されない限り。

それに気付くか気付かないかじゃないかな。

言われて気付くこともあるんだから、告白って大事だと思うし。もう既に出会ってるなら、それだけでもう幸運なんだろうな。


「もしもあのとき…」っていうと後悔が多いように聞こえるけど、出会いがどう作用したとしても後悔のないように生きていきたいとは思います。完璧に実行するのは大変だから、こころがけ、こころがけ。


長い人生の中で、色んな出会いが積み重なって通り過ぎてぶつかって、好きな人に出会える道を作ってくれるようになってるのかもしれない、と近頃は思う。

その出会いがいつやってくるか、その出会いが正しいか間違いかなんて分からないし、身を任せるしかないですからね。


そんな中で出会えた今の恋人を大切にしてあげたいと思います。

現状では、比率として受け取っている気持ちの方が大きい気がするから。めいっぱいお返ししてあげたいです。


次のデートまで頑張って働くぞう!!

本当は毎週末泊まりでいければいいんだけど、やっぱりお互いの予定が合わないから。でもそれは欲張りだから、我慢。デート出来るだけ幸せなんだし…と暗示をかけて慰めます…

お泊りはとっても幸せでしたv

その分、お別れが寂しかった…今もとっても人恋しい。うーんうーん

とりあえずまた会えるまでがむしゃらに働いて少しでも時間の経過を早く感じられるように心がけます!

といっても寝る前になると一緒の夜を思い出すんだけど…さ み し い !

土日はたっぷりお泊りで恋人に会ってきます。

顔見たら抱きつきたくなるけど我慢。って向こうが抱きついてきそう(笑)。

あの子の前では素直になれるから心地良い。友人の前では見せない無様な部分も、大人気ない部分も全部安心して目の前に広げられる。


お互い結構子供っぽくて意地になるところがあるから、甘え合ってぶつかることもあるけど、本当に心の支えになってる。


天気は良くないけど、楽しみです。にこにこ

晴れ渡って気持ち良い朝です。ふわあ~


女の子同士ってやっぱり気兼ねなく何でも相談出来るし、悩みもあるけど楽しみもある。

出来ないことより出来ることを喜んでいかなきゃなーって思うようには心がけてるけれど。

やっぱりお互いに落ち込むことも多くて。男女なら最終的に結婚っていう友人だけじゃなく家族や親戚、世間の自分を取り巻く全ての人々に向かってお互いの関係を証明する形がある。

でも女と女にはそれがない。男女ならいつまでも一緒にいたい→結婚へ向かう、ってパターンだけど、わたしが元々ノーマルだったから、彼女はわたしがいつまで側にいてくれるのか心配みたい。


自分が男でも女でも愛せることが分かってから思うのは、男であれ女であれ、好きな限り離れる必要はないということ。彼女に対する思いはそれくらい揺ぎ無い。

今の恋人は確実に彼女。一番大切な人。彼女のために涙を流せる。でも彼女が涙を流したら全力で笑顔にしたいと思ってしまう。彼女が機嫌を損ねたら、全力で機嫌を直してやりたいと思ってしまう。

わたしだって彼女に夢中なのに。どっちの方が好きか、なんてただのノロケだと思う。思いの大きさは、違う人間なんだから違いがあって良いんだよ。事実は、両思いだということ。それが一番重要だ。


いつもふと幸せを噛み締める。女同士が両思いになれるって、しかもお互いに相手の恋愛対象が女の子かどうか知らずに出会って結ばれるって本当にすごいと思う。自分たちが一番驚いているくらい。

他人に話せないとか、なかなか会えないとか、そんなことよりも心強い。自分を必要としている人がこの世の中にいるという事実。それだけで、しんどい仕事も、夜中の大雨も、不快な満員電車も、思慮の浅い他人も、全てを笑って過ごせるようになるんだなって思います。


今まで付き合った男の子たちとは、あんまりノリとか趣味・嗜好が合わなかったから苦しい部分もあって。わたしは容姿よりも趣味や話が合って、一緒にいて居心地が良いっていうのが一番の条件だと思ってるから、やっぱり辛くなっていつも長続きしなかった。身体を許してもやっぱり何も変わらなかった。そしていつも自分から別れを切り出していた。言い出すのはとても辛かった。


でも今の彼女は友達の期間があったのも幸いか、本当に話が尽きなくて面白くて気兼ねなくて楽しい。趣味は違うところもあるけど、どこかに共通の好きなものがあれば大差ない。

わたしが性別を越えて彼女を愛しく思えたのはやっぱりフィーリングがばっちりだったからだと思う。それはもうどの男の子よりも。


あとはやっぱり、その子が強気で男まさりな感じで自分にない部分があったのも惹かれたのかもしれない。

危なっかしくて心配になる時もあるけれど、魅力のひとつ。だからこそ珍しく落ち込んでる時は励ましてあげたい。そういうギャップに弱いです。

付き合う前、二人きりのときに気持ちを寄せてきた彼女に案外すんなり心を開くことが出来た。まるで何処かで予測していたみたいに。積極的な彼女に告白されて、素直に嬉しかった。迷いはなかった。二つ返事でOKした。

人が人を思うこと、そこに性別は関係ない。おかしくなんてない。

同性に好意を持っている人、深く悩んだりめげそうになることも多々あるけれど、胸を張って欲しいと思う。エールを送ります!おー!(と言いながら自分にも言い聞かせているんですが)


たぶんこんな感じで、日によってもうどうでもいい、しあわせ~!っていうのと、やっぱり悩む~…っていうのと激しく入り混じってると思うけどお許し下さい笑

とにかく今は、デートが近づいてるんで、すごく幸せです。うふふ

久しぶりにいちゃいちゃ出来る…涙