恋愛対象として、異性に惹かれるか、それとも同性に惹かれるか。

この国ではやっぱり、一般的には異性愛が真っ当とされ、同性愛は異端である、と考える人が多い。


わたしは彼女と付き合う前、男性としか付き合ったことがなかった。

彼女は男性とも女性とも付き合ったことがあった。

しかし友人として出会ったわたしたちが、お互いのセクシュアリティを語り合う機会はなかったので、付き合うようになるには、本当に自然な流れからであったと言っていいと思う。今思えば不思議なくらい。


わたし自身、異性であれ同性であれ、人を愛しいと思い、親密な関係を結ぶことはとても尊いことだと思っている。そこに分け隔てするなんて、なんて馬鹿らしいと思う。

そういった元来の信念からか、同性と付き合うということに抵抗を感じなかったのかもしれない。


彼女と遊びに行くうちに不思議な感情が芽生えてきた。

彼女もまた、時折不思議な気持ちを噛み締めている様子だった。

いつも去り際に、なかなか別れられずに見つめあって笑って居たりした。

しかし別れが名残惜しいのは、友人でも家族でも同様かもしれない。

この時点ではやっぱりわたしは、彼女もおそらく、恋をしているとは気付いていなかったように思う。


元からスキンシップが好きな彼女は、段々と遊びに行く回数が増えるごとに、ボディタッチを繰り返してきた。わたしの周りにはあまりそうベタベタ触ってくる友人がいないので、その行動は特異に見えた。

そういう事情もあってか、はたまた彼女だったからかは分からないが、妙にドキドキしたのだった。

女の子にドキドキするなんて、経験したことがなかったから、とても変な気分だった。


帰ってからも、時折ふと彼女のスキンシップを思い起こしたりしていた。

これは後から考えれば明らかに恋をしている笑。

しかしあの頃のわたしは本気で分からなかったのだ。


そうした日々が続いて、お互いにお互いを無意識に意識し始めた頃(言葉がおかしいけど許してください)、

彼女と二人きりでふざけ合っていたら、彼女の手つきが変わった。

最初の方はまだまだ、お戯れの延長だった。しかしそれは急速に彼女を興奮させ、私自身もまた恥ずかしいような、遠くでこうなるのをずっと待っていたような感覚に襲われていた。

嫌な気持ちが少しでもあったなら、抵抗も出来た。彼女はちゃんと確認してくれた。恥ずかしさと少ーしの驚きでどうしたらいいのか見失って、落ち着くまで待ってもらったのだが、結局わたしは、彼女の誘いにうなずいた。

それがわたしと彼女の付き合うきっかけになった。

彼女は、わたしが拒絶するかもしれないと思ったのに受け入れてくれたことに大変びっくりした、と言っていた。そう、わたしの意志ひとつで、告白もせずに、今までの友人という関係のままに維持するということを考えて心配してくれた。

でもわたしは、その日から彼女が愛しくて愛しくて、会いたくて仕方なくなってしまったのだ。

今までにも、単に友人として会って遊ぶ、というのを楽しみに待つことは何回もあったけど、そんな期待感とは違う、明確に恋人を待つという気持ちに変化していることに気付いた。


彼女は今までに、女性とお付き合いをしたことがあったけど(それを聞いたのは事後だけど)、わたしのセクシュアリティは全く知らなかった訳で。

わたしも同じく、彼女からそんな話を聞いていないし、話している間にそういった雰囲気を感じとったこともなかった。お互いのセクシュアリティを知らないまま、むしろお互いノーマルと思ったまま、付き合うに至ったということなのです。

もしかしたら、わたしが完璧にノーマルで、行為のうちに彼女を全力で拒絶したり、その後だって、音信不通になる可能性が大いにあったということ。

これはわたしよりも彼女にとって、とても不安だったろうなと。あの時、わたしにずっと謝ってたんだ彼女。

だから、安心させたくって、早くわたしも好きだよって伝えたくて、すぐに後日の彼女からの告白を受け入れた。彼女が言ってなかったらきっとわたしも告白してたと思う。


でもわたしは、時々思い出せば、時折彼女に対して、わたしの他の友達には不可能なポジションを求めていたような気がする。

それは恋人というポジションだったんだ。

付き合う前から、よく彼女はわたしを見つめた。

その視線から言葉から、密かに伝わってくる心地良い好意。

わたしはそれをまた密かに受信して、日々嬉しかったんだ。その好意の質が、やっぱり友人のような人間的な好意だけでなく、なんだか温かくて濃厚な、恋愛としての好意のような。

彼女と過ごしていると凄く居心地が良くて、自分の長所・短所、普段は隠すような子供っぽい我が儘なところも、安心してさらけ出すようになっていた。


恋愛に正しい形はない。あるとしたらそれはただ、世間の認識。

多数決に弱いこの地では、明らかに不利なのかもしれない。


友人に「恋人」として、紹介出来ない。わたしたちの場合、共通の友達が少ないので、あえて紹介すらしていない。

電話をしてても外出しても、恋愛をしていると思われない。これは自慢したいというよりは、認識してもらえないのが寂しい。他人からすればただの友達同士。これはやっぱり切ないんだ。


異性の恋愛では出来ることも叶わない。


それは、わたしたちの恋愛において、マイナスだろうか。

笑顔で気にしない、とは言えない。

わたしは気の弱い人間だから、人を傷つけたり、人に傷つけられるのも怖い。

彼女との関係は、勿論誇らしく幸せなものだけど、しかしその関係を他知人に明かして、無理解に拒絶されるのが怖い。知人を戸惑わせるのが辛い。

知人の反応で、ここまで築き上げたわたしたちの関係が、一瞬で否定されるのが恐ろしいよ。

でも、本当は知って欲しい。そんなジレンマ。


しかし今現在、二人が真面目に恋愛をしている。これは紛れも無い事実。

悩みを抱えた夜には問いただす。

いま、自分がいて、彼女がいて。お互いがお互いを大切に思ってる。


これ以外に何が要る?


ふたりっきりで励まし合って、ひっそりとでも幸せに恋愛を続けてます。

紆余曲折あれど、やっぱり前を向けるのは、彼女が側にいるから。

一般と「違う」ことは「過ち」ではないんだ。そもそも「違う」って言葉もおかしいかもだけどね。

やっぱり、自分とは違った境遇の人を理解出来ないのは当たり前。でもね。

世の中に点在する、自分との違いを否定するよりは、容認していけるような、懐の深さを。

完全な同意は要らない。必要なのは姿勢です。


その少しずつの違いの集約が、自分っていう人間を形作っていくんだもんね。

胸張って。がんばっていこう。