20180421-11 | ☆☆★☆★★☆歴史タイムッス☆★☆★☆★★古今東西歴史関連記事リンク集

☆☆★☆★★☆歴史タイムッス☆★☆★☆★★古今東西歴史関連記事リンク集

日本史娯楽検証物語サイト「歴史チップス」執筆のネタ探しとして日本や世界のメディアや個人・企業サイトから歴史関連記事リンク集を作成(リンク切れ御免)。また、「古今チップス(旧歴史タイムズ・現歴史タイムス)」の2005年11月~2014年12月のバックナンバーも掲載。

靖国神社への奉納は遺憾 韓国外務省、首相ら念頭

岩手日報

春季例大祭に合わせ安倍晋三首相らが21日「真榊」と呼ばれる供物を奉納したことを念頭に置いた抗議とみられる。 声明は靖国神社が「過去の植民・侵奪と侵略戦争の歴史を美化している」と指摘。「(日本の指導者らに)過去の歴史に対する謙虚な省察と真摯な反省を通じて、周辺国と国際社会の信頼を得る努力をするよう ...

 

前田利家の妻・芳春院まつの知られざる素顔【にっぽん歴史夜話3

サライ

加賀百万石の礎をきずいた武将・前田利家(1537?~1599)。その妻まつ(夫の没後、剃髪して芳春院〈ほうしゅんいん〉と称する)は、戦国の女性中でもよく知られた存在である。だが、世上流布しているイメージは、大半がドラマなどによるものといっていい。本稿では、あくまで史料にもとづき、まつの歴史的素顔をさぐってみたい ...

 

徳川家康、伊能忠敬も登場城陽市歴史民俗資料館 きょうから10体パネル展示

洛南タイムス

まち全体を博物館に」という「エコミュージアム」構想を打ち出している城陽市は昨年、事業推進の一環として、「地域資源キャラクターデザイン20体」を、京都芸術デザイン専門学校コミックイラストコースの学生10人に依頼して完成させた。この内10体は昨年4月にパネル化し、すでにゆかりの遺跡など現地に展示されている。

 

しろあと歴史館 学芸員実習の受け入れについて

高槻市

しろあと歴史館では、博物館施設の役割である文化財の保存、調査研究、展示等を通じて普及啓発に取り組んでいます。この実習は、学生を受け入れることで大学における博物館学芸員の養成教育に協力し、博物館に関わる人材育成に資するとともに、博物館活動の普及啓発を目的として実施するものです。

 

ミニ館林 郷愁の力作 埼玉の小倉さんが10年かけ完成

上毛新聞ニュース

江戸時代に築かれた館林(尾曳)のミニチュアを、群馬県館林市出身の小倉憲一郎さん(68)=埼玉県草加市=が製作した。城跡周辺は子ども時代に遊んだ場所。「ノスタルジー(郷愁)を感じ、残しておきたかった」と話している。 ミニチュアは縦60センチ、横80センチで、土地は2千分の1、建物は500~1000分の1のサイズ ...

 

松前は1万石のにあらず!鎖国で潤う超リッチ!【お野郎のLOVE 百名

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

1万石の松前藩は小藩のイメージが強いです。 が、これは大きな誤解。 上方からやって来る北前船との間で、豊富な海産物を取引しており、莫大な利益を上げていました。 さらには……。 蝦夷地には、樺太のアイヌを経由した大陸との交易もあり、松前藩は最果ての地にありながら、石高制では決して測ることのデキない巨額の ...

 

黄門さまのお茶「初音茶」復活着々 里で定植、高まる期待

産経ニュース

古内茶の産地、里町古内地区で、水戸藩2藩主徳川光圀が好んで飲み、名付けたとされるお茶「初音茶」を現代に復活させるプロジェクトが進んでいる。20日には同町上古内の古民家「島家住宅」前の畑で初音の苗の定植が行われた。 プロジェクトは平成23年の東京電力福島第1原発事故による風評被害の払拭などを ...

 

名刀「獅子王」

神戸新聞

数奇な運命に翻弄(ほんろう)された日本刀が418年ぶりに“帰郷”する。朝来市和田山町にあった竹田最後の城主・赤松広秀(1562~1600年)が所蔵していた「獅子王」だ。今は東京国立博物館が保管する名刀の写し刀が完成し、22日、竹田城跡に奉納される。復活に一役買ったのは「刀剣女子」と呼ばれる女性たちだった ...

 

の地蔵 守りたい

ニュース和歌山

同市和歌山整備企画課によると、地蔵は戦国時代、石垣のすき間を埋める資材として天守閣の土台に埋められ、天守閣再建中の1957年に発掘された際、市民有志の手でまつられた。史跡内にあるが、民間で独自に設置したもののため、市の管理対象ではない。今年3月、折田さんがセメントでできた土台下の土が崩れて ...

 

世界遺産築いた棟梁、中井正清 京都で肖像画公開

京都新聞

正清は徳川家康に才能を認められて江戸城(現皇居、東京都)、名古屋(名古屋市)のほか、知恩院(東山区)、方広寺(同)といった徳川家ゆかりのや寺などを手がけた。その子孫たちは代々、「京都大工頭」として、寺町通丸太町上ルに「中井役所」を構え、近畿地方の大工を統率。幕府による寺社、御所などの建築責任者 ...