和服が似合わない僕だけど、日本は好き。
日本の歴史なんて全然知らないけど、近藤勇は大好き。
ハラキリや、特攻隊なんて僕にはとてもできないけれど、過去の日本の姿としては受け入れている。


僕はなんちゃって日本人かもしれない。

だけど日本の心や文化は世界でも珍しい類だと思うし、それを大切にしたいと思っている。


僕は黒髪の女性を見るとハっとしてしまう。
サラリと長い黒髪は、日本の魂を感じる。
強い意志と、自己主張、自然体、ブラックが放つ輝きは、何より美しい。

日本は、世界では理解されないような志と文化がある国だ。


“ミシェラン”
かの有名なタイヤメーカーだけど、同時にフランスでレストランの格付けを行うことでも名をはせている。
そのミシェランが日本に来る。
まもなくミシェランの日本版が発売される。
すでにマーカーは日本に滞在して、評価を下しているという。
基準をクリアした優れたレストランは、さらに詳しく取材が入る。
ミシェランの名前で表から入り、料理がどのように保存され、調理されるか調査する。


レストランは必死だろう。
3つ星を取れば、世界中から人が集まる上に掲載料は無料、フランスの星と同基準だというから、世界中に名が知られるきっかけになるだろう。
調理師は、料理に最大の配慮をし、少しでもいい評価を望む。

もちろん日本料理にもスポットは当てられる。
寿司屋や、天婦羅、鉄板焼き。


そう、今回の注目は、
「和食 割烹 料亭」
日本の料理を世界にアピールする絶好の機会。

しかし、あくまで評価は皿の上。
そこには日本の伝統や、ワビ、サビ、調度品等は評価されない。
日本の作法は、世界には知らされない。


ある有名日本料亭。


「我々は、ミシェランです。調査対象として掲載を前提とした取材をしたくお電話しました。責任者の方をお願いします。」


「ありがとうございます。大変光栄です。ですが、掲載は遠慮させてもらいます。我々は星よりも大切なものを常に心がけている。ご理解ください。」


「何故ですか、金メダルを捨てるようなものですよ。理解できない」


「それが、日本という国、日本のサビと言うものです。失礼します。」


僕にはまだできない。
目の前にぶら下がる大金を捨て、自分の姿勢を崩さず、それを無視することは。
僕はまだまだなんちゃって日本人。
侍には程遠い。

ショートステイだったけど、博多に帰った。


僕は博多に戻ると、「そうか、どうりで。」

と改めて自分に九州の血が濃く混ざっていることを実感する。


博多に帰ると、いつも思い知らされる。

まだまだ青いって。

だけどもそれはどこか期待しているもので、ちょっと心地良い。

新たな発見でもあり、充電でもある。


色んな人に色んな事を学ぶ。

メチャ濃い。


いつも顔を覗く「花山」の大将、男の中の男。

僕のヒイヒイじい様、三木乃助(みきのすけ)。

そして・・・5年ぶりくらいかな、訳ありおじいちゃん、清則。

今回は特にこの3人から頂いた。


花山の大将は、顔がものすごい男前、気合十分、実力最高、と言うことなし。

親父の借金も背負って、すべて跳ね返し、頂点に立った男だ。


「大将、この前の若い坊主いませんね。」


「あいつは、ファミリーレストランばいきよったと。」


「そうですか・・・」


「若いモンには若いもんの考えがあると、好きにさせてやればよかよ。」


「あいつは必ず戻ってくるけんね。」


自信というより、確信じみていた。

背筋がゾクっとする。


大将だけが頭に巻いているネジリ鉢巻は、汗をしのぐものだという。

大将だけに絞られているのは、そこまで汗をかくほど仕事をしていないから、他のモンはまだまだ苦労が足りないから、らしい。

恐ろしくて、僕は一生ネジリ鉢巻はできないかもしれない、聞かなきゃ良かった・・と思った。


三木乃助の話は、今回はやめておきます。

長くなるから、ちゃんとまとめないと、これほどの偉大な男に失礼だから。

僕は実際は接したことがない三木乃助は、多い親戚の中でも最も偉大で、最も有名な伝説の人。

ちなみにチラッと言うと、ダイナマイトで両手を失った人。吹き飛んだ両手を拾い、抱えて、中洲川ほとりを病院まで走った人。

血を引いていないことを願ってしまう。


そして、中原清則。

僕のじいちゃんにあたる人。

楽しいことが大好きで、小さい頃はいつも楽しませてくれていた。

羽目を、はずしまくる悪い癖がある。

あからさまに僕の兄、良太の事が大好きで、僕はいつも2番目。

へんな我慢をしない人。

いつもホントに若くて、80近くだというのに、50代並の外見、サイボーグみたい。

清則は僕ら兄弟がまだ小学生の頃、離婚した。

かなり複雑な理由があったみたいだけど、僕はオンナ関係だと聞いていた。

ホントのとこは、今でも2人の言い分が違うからよくわかんない。

いつの間にか気にならなくなっていた。

ワラジから、自分の力で富を手に入れた清則。

今は市営住宅で暮らす一人身。


「おじいちゃん、お金ある?」


「ないない、全部とられてしもうた。」


「金やないけんね、人生。」


政界にも手を伸ばす程の力をもっていた清則。


彼の言葉には、親族を超えた言葉の重みがあった。


「好きなときに起きて、好きなもんを食べて、外では小鳥がないとる。幸せや。」


「だけど、若い頃はガムシャラに必死に会社を大きくしようとしたろ?」


「あぁ、だけどそんなんしよったら早死にしよるわ。」


僕にはまだまだ、理解できなかった。


天を知り、何も持たない祖父をいつになく偉大に感じた。


一緒にご飯が食べたかった。

ばぁちゃんの手前、あまり長くおじいちゃんと過ごせなかった僕は、心が痛んだ。

じいちゃんはホントにうれしそうに、しゃべりまくっていたから。

次博多に戻ったら、じぃちゃんに会いにこよう。

一緒にご飯を食べよう。

一緒に写真をとって、じいちゃんの新築の部屋をみせてもらおう。

色んな話をきいて、笑って、あの頃に戻ろう。

じいちゃんに手紙を書こう。

清則の事はまだまだわかんないけど、じいちゃんは、じいちゃんだから。


大将、三木乃助、清則、この三人の背中はまだまだ遠い。



























最近、夕方にブレークタイムを取ることにしてる。


夕方といえども、17:30くらいにはすでに薄暗くなってる。

ゆっくり寒さを感じながら、スターバックスへ足を進める。

冷たくなると、なぜか少しだけ淋しい気持ちになる。

原因は何かわからないけど、何故か、ね。

色んな事を思い出す。

イギリスにいた頃、アデレードにいた頃、色んな事。


今朝、僕の大好きな銀杏並木をバイクで通った。

少し色がかっていて赤と黄色のコントラストが、とても綺麗だった。


秋、僕は秋が結構好きだって事に最近気付いた。

夏が大好きな僕は、秋にその気持ちを奪われるものだから、秋があまり好きではないと、勘違いしていた。

ゴソっと秋だけ抜き取ったら、絶対的な秋はとても綺麗で、気持ちも少し色がついて悪くない。


音楽も街にはえて、似合った音楽を聴きたくなる。


色んな物がsexyに感じる。


sexy nature







今日、バイクでの帰り道、マナーが良いと思うバイクに出会った。
トンネル入り口、僕は見切り発進をして先頭に割り込んだ。
そのバイクは距離を開けて僕に後続した。
少し狭いトンネル入り口道路、だけどバイクだと明らかに追い越し可能な幅。
後続するバイクは、パワーもスピードも兼ね備えたマシンなのは前方からも確認できた。


2車線に変わった所から、グングン加速をつけてアッというまに僕を追い越す。
その1瞬、そのマフラーからの2ストの匂いと、バイクのポジションとで僕はもう会うことのないだろう人を思い出した。


僕には兄がいる。


彼は問題を色々と抱えて、高校を卒業した次の年半ばに家を出て行った。
出て行ってからも、家に持ち込むのはトラブルばかり。
ヤクザの車に突っ込んだ、とか乱闘だ、やれネズミ講だ、怪我だ、と。
母親も疲れきっていたけど、彼がバイクで大怪我をし、後遺症と共に人生を歩むようになってから再び手を差し伸べる機会が多くなった。


最後に彼と話をしたのは2年前。
バイクで骨折をして数日後に手術予定だった僕を、彼は容赦なく殴りつけた。
始めは僕も応戦するが、片手は骨折。馬乗りになり殴られ続けた。
怒り狂った僕と彼は、とまる気配はなかった。
反省してるよ。
結局は警察ざた、パトカーも3台の大騒動。
その時の彼との約束で、『2度と接触しない』と怒鳴りながらも了承し合った。


『結婚するらしいよ。』そう聞いても、残念ながら祝いの言葉もいってやれない。
お互いがお互いを守る為にね。
考えられない状況からトラブルを生む彼は、天才だからね。
何度か本気で殺してやると思った。
それでもやっぱり、すぐに忘れて許してしまう。
彼は自分に甘く、一度も頭を下げた事がない。
家族だからこそ、謝らなきゃいけない時もある。
家族に代えはないし、家族なら許してくれる。
だから余計に大切にしなきゃダメだと、そう思う。


「もう全部流そうぜ。つまんない事すんのやめようぜ。」そう言って、「最近どうよ?」そんな声をかけてやりたい。
だけど、彼に 悪いときは頭を下げるんだ って教えてやらなきゃいけない。たとえ10年かかっても。


トンネル出口。
信号でさっきのバイクに出会う。
今度は僕が後方。
ウィンカーの音が、PM08:30を必要以上に静かに感じさせる。
みなれたポジション。
しらないAraiのヘルメット。


青信号・・・
僕を先に行かせる様にスタートを遅らせるバイク。
すれ違い際、そのバイクの2人乗りの後者のヘルメットに見慣れた
「Rapide V」
その左下、彼のオリジナルのマーク。
彼から譲り受けた僕の昔のバイクにも同じマークがあった。

zzr


直線、僕はスピードを落とし、左折間際、彼との車間を詰めて、見つからないように、気付いてもらえるように左手人差し指と中指を揃え挨拶した。彼が僕に最初に教えたバイクのマナーだった。


ヘイ、ブラザー。
元気か?
体、壊さないようにな。

人類にとって最も平等な存在とされる「時間」

僕にとっての一秒と、あなたの一秒は愛しいまでに等しい。
それは、貧困に苦しむ人々や、生まれたての赤ん坊でさえ、同じ。

もしかすると、死に対しても当てはめることはできる。
あの人が亡くなって5年。
それは、その亡骸に対しても同じ時間かもしれない。

でも実はこれは特殊相対性理論に、とてもよく似てる。
あるいは、その逆パターンかもしれない。

小学生の頃、一時間は確実に今より長かった。
正しくは 
―長く感じた。
だけどね。

僕が過ごしたこの30年間(若干サバ)の一時間は、
24時間(1日)×365(一年間)×30(僕の人生)≒262800時間

262800分の一時間と、わずか10歳の87600分の一時間じゃ、雲泥の差。
幼児はわずか数時間が自分の全人生。
極端な話、生後10時間なら、1時間は自分の人生の10分の1に該当する。
僕の人生の10分の一は26280時間だから、とても大きく違う。

1年は短い。
1時間も短い。

それはそれだけ多くの時間を過ごしてきたからだろう。

ところがどっこい。
先日こんな話を聞いた。

「マックは、年齢制限ないらしく、最高齢で80代のおばあちゃんが西神で働いてるって。」

まじかよ。

その人はこんな話をしたらしい。

「私の人生、人に自慢できるものなんてなぁ~にもありゃせんけどね、唯一一度たりとも遅刻をした事のないのが私の誇り。」

僕は遅刻もすれば、自慢話ばっかり。
ダメ人間だ。

その人は、朝5時に起きてまずバス停でタバコの吸殻を拾う。
その後、マックで7時から9時まで2時間労働をする。
2時間。
そう、この時間。

たった2時間だろうか。
80歳の2時間の労働は先述の方程式はきっと当てはまらない。
800円くらいの自給で80になっても働けるだろうか。

その人を目当てに常連客もいるそうだ。
その常連さんの為、決まったテーブルに、灰皿と、新聞を置くのが日課だと聞いた。

人の可能性はとても凄い。

80歳の二時間は短いのか、長いのか。

僕はこう思う。
きっとそのおばあちゃんの朝の二時間はとても短い。
だけど、聞いた僕らはとても長い。

僕はここ数年で、「ヒマだな。」と思ったことはない。
仕事中にいつもよりヒマで、「ヒマだ。」とは思っても、時間があるという意味でのヒマは僕にはない。

貧乏ヒマなし。
僕にはヒマは訪れない。