夢を叶えるなんて言葉があり、
実際に夢を叶えていたり、途中段階にあったり、夢がわからなくなってしまったっていう人もいる。
私の場合も今現時点でどうなんだろう?と悩みや葛藤を覚える事もある。
認知科学者の苫米地博士によると、夢(ゴール)を達成するためには
現実より、夢の方に強い臨場感を持つと、勝手に脳がそのために行動をするため、夢やゴールは叶う。
だからコーチや先生という人達はクライアントに対してそのように働きかけるという
それがまさにコーチの仕事であるということだ。
私は苫米地博士の提唱する理論
例えば、世界には見えないものがある、つまり自分が培ってきた価値観や常識の中に盲点があり、
抽象度の操作でそれを外して、自分の状況や目の前のやるべき事を別の視点や高い視点から見る事で、
解決を図るという概念に衝撃を受け、
実は問題の本質は全く別の事にあるという事を課題の中から発見する事ができるようになり、
実際に人生を好転させたり、今まで解決できなかった問題を解決できるようになってきた自負がある。
またそれは最近無名アーティストの音源リリースという面でも、その人のできない理由というのが
すべて盲点であったことを彼に対し言語化して説明をして、実際にかなり高いレベルの音源リリースという形まで持っていき、
他者に対しても使える理論であったことを自分事として昇華する事ができた。
そういう意味ではおそらくこのゴールと臨場感についてもおそらく深く理解する事ができれば、
結構な成功メゾットとして自分事にできるのではないか?という挑戦をしてきた。
しかしながらこの事だけは一切自分事として理解をする事ができず、
なんでなんだろうな?とここ半年くらい改めて自分の人生と照らし合わせながら考えていた。
結果見えてきた事はこれは自分が逃げる事のできない幼少期からの課題と深くむすびついている問題であり、
おそらく私の人生の最大の壁となる出来事なのである事がわかった。
どういう事かというと、なぜかは知らぬが私はそれこそ幼稚園児くらいの頃から、
あまりにもスケールの大きい夢やゴールを描く事だけ描いて、
当然のことながら、夢が現実よりも臨場感を持つことができないという状況が長く続いたという事だ。
YOSHIKIになるんだとか、武道館に立つというのはあまりにも飛躍した夢で
それでも夢は見続けないと叶わないと思っていたため、この臨場感の乖離を無視し続けていたわけだ。
そして気づけば夢さえも言語化が難しくなってくると、自分は何を目指し生きているのかがわからなくなる。
ある意味では言語化できていない無意識なゴールに引っ張られ、今の自分まで来たとも言えるのだが、
これから人生を自分の思い通りにしていくためには無視できないと気づいたのが、今日この頃の事である。
一方で子供の頃から目の前の事や仕事に関心を持てないとか、人とあわせられないという事も
無意識であまりにもスケールの大きい夢やゴールを描く癖から来ているはずだと今理解しており、
上手に自分事として捉えられないのは、そこに合致していないと思うと本性からやる気がでないというわけである。
また、私のような大きな夢を掲げ、常人には考えられない成功をした人たちがいる。
大谷翔平は二刀流などという世界中の誰もが達成不可能だという目標を
マンダラチャート等は使いながらも強い臨場感を持って、達成したし、
私の好きな石原慎太郎も丸い物も私が四角だと思えば四角等といい、
なかなか普通の人が達成しえない人生を送ってきた。
私も最近読んだ本で知った事なのだが、こういった人達を幻冬舎の箕輪厚介さんは怪獣人間と呼んでいるそうだ。
普通の人間はドラゴンボールのクリリンのようなイメージで、
スーパーサイヤ人として強さの枠を超えていく孫悟空のような人間がいる。
それは生まれもった特殊能力のようなもので、そういった超人を怪獣人間と呼ぶようだ。
おそらくゴールと臨場感を言語化することに成功した苫米地博士も怪獣人間で
凄まじい知性で、感情も含めたあらゆるものを高い視点でコントロールする事ができるからこそ、
あまりにも高い夢に対し、臨場感を設定したりという事ができるんだと思う。
私もこのブログを通し、ゴールと臨場感という課題を徹底的に言語化しているのは、
自分自身の人生をクリアにし、幼少期から続く壁を超えるためである。
私はまだ大谷翔平や苫米地博士、石原慎太郎のように、高すぎる夢に強い臨場感を持ちアプローチしていく事はできないので、
現実的なゴールを設定し、そこに臨場感を徹底的に高めていくようにしようと思った。
それは例えば、今の私が明日までに4分の歌入りのロックを一曲納品しろと言われたらできるだろう。
しかしそれは30くらいの自分からしたら途方に暮れるほど難しい事で、
歌は、、ドラムは、、MIXは、、と何もできず悶々としている事だろう。
でも今はステップを踏んで、抽象度を高く持ち課題にアプローチすることで、達成に必要な事がわかる為、できるという事だ。
それはきっとカレーライスを今から作ってくださいというような課題に対し、
要件定義をして達成することと何ら変わりがない事で、
近い未来に対し、まずは「カレーライスの調理」と同じレベルでゴールを言語化し、
要件定義をして、それを行動に移せば済むだけの話だ。
言い換えればPDCAやKPIといってどこの会社でもやっていることだろうが、
私は不器用な頑固者であるため、こうやって自分の言葉に落とし込まないとうまく理解ができなかった
そういう事だ。
人間は自分のいる位置によって、見える世界や使えるリソースが変わってくる。
それならば階段を作って登って行けばすむだけであり、そのスピード感と正確性がものをいうだけだ。
ちびで少林寺のような寺でいじめられていたクリリンがZ戦士の一人として、大活躍をしたように、
高すぎる夢とやらも現実のものとして見えてくる日が必ずくるはずだ。



































































