AIに俺の書きそうにないテーマという事を聞いてみたら、


「#美容とスキンケア」って出てきた瞬間、実はやっているんだな!と思った

使ってるのは、ギャッツビーのEXパーフェクトローション。
風呂上がりにワンプッシュで塗るだけの、ズボラ専用アイテム。
3ヶ月ぐらい続けてるんだけど、これがね――
肌のガサガサ、明らかに減った。

正直、化粧水なんて意味あるのか?って思ってた。
でも、「ちゃんと効果あるわ…」って納得せざるを得なかった。

さらにね、
美魔女の知り合いに勧められて、フランキンセンスっていうオイル?香水?も使ってる。
クレオパトラも愛用してたとかいう話で、ちょっと香りが良くて気分も上がる。
ハイエンドな場に行くときに、軽くつけたりしてる。

人間ってわからないもんだな。
昔の俺なら絶対こんなのやってなかった。
興味もなかったし、気にしてもなかった。

でも、
年齢とともに変なところから皮脂が出たり、
肌がざらついたり、
“あれ? なんか不快…”ってなる瞬間があるわけで。

そんな時に、思い切って新しいことを試してみたら、
なんか習慣になってた。
まさに、自分の盲点だったなと思う。

 

相方のご実家に用事で伺った際、ちょうどお腹が空いたということで、相方に誘われて立ち寄ったお店です。清潔感のある外観と「とんこつ醤油ラーメン」「つけ麺」といった文字に惹かれつつ、どのようなお店なのか少し迷いながらも入店しました。
 
調べてみると、こちらは六角家の流れを汲む家系ラーメンを主体としたお店とのこと。家系ラーメン好きとしては見逃せない系譜に、学生時代を過ごした町でその味を味わえることに感激しました。
 
せっかくなので、チャーシューとご飯も追加で注文。時間が経つにつれて、店内に漂う獣香に「これは…」と期待が高まります。数々の六角家系ラーメン店で感じた懐かしい香りが広がり、心が弾みました。
 
カタメ・コイメ・オオメでお願いしたラーメンが到着し、さっそくスープをひと口いただくと、その瞬間に幼少期に初めて家系ラーメンを食べた思い出がよみがえります。つきみ野の近藤家で味わった、鶏油と豚骨、醤油が絶妙に調和したスープの記憶です。
 
少しブロック状のバラチャーシューは、メルティーな口あたりでとても贅沢な味わい。ただ、この神スープをじっくり味わうためには、チャーシューなしという選択肢もあったかもしれません。濃いめの注文にしたため、少し塩気が強かったのが唯一の気になる点ではありましたが、それでも豚骨の炊き具合と醤油のキレ、鶏油のコクが織りなすスープは見事としか言いようがありません。
 
海苔と中太麺の相性も素晴らしく、しっかりとスープを吸い上げてくれます。ほうれん草も良いアクセントになり、味玉は黄身ごとご飯にのせて「家系卵かけご飯」に。これがまた絶品で、最後まで飽きることなく楽しめました。
 
まさに、スープが主役の家系ラーメンの芸術。ここまで完成度の高い一杯は、ここ一年では出会えなかったほどです。まさしく、ファンタスティックな一杯でした。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千葉ロッテマリーンズ

おそらく8年ぶりくらいの悲惨なシーズンを送ってしまっている。

 

私もたしかブログに書いたと思うが、5月2日9回ツーアウト二点差を逆転された日があった。

野球の神様や流れは恐ろしいもので、あの日から全てが壊れてしまった。

 

打てない、守れない、点を取られるという三重苦かつ1点差ゲームなどもとっていけず、

借金はずるずると膨らみ、あっという間に借金は11まで膨らんでしまった。

 

私は以前のブログでロッテ優勝などと妄言を吐いてしまったが、本当に恥ずかしい限りだ。

私が信頼していた投手陣は軒並み崩壊し、唯一気を吐いている石川に至っても

絶望的なムエンゴに晒されている始末である。

何年も連続して活躍できる野手もおらず、打つことができなくなっている。

 

打撃陣は覇気がない。

10対0のような完封負けゲームも目立ち、首脳陣はそれに対し何もする事もなく、

ただただキャプテンの藤岡がベンチで泣いている始末だ。

 

ロッテは小粒だがまとまった戦力でいつもそれなりに強いと言われるが、

球界のスターがほとんど出てこないような構造、

一般の人が名前の知っている選手がいない。オリンピックでは選手が一人も選出されない。

12球団でただ一球団だけ沢村賞をとった選手がいない。

そしてそもそも50年以上も勝率一位を取っていないなどという事がプロ球団として異常だと思う。

 

「2025年に自他共に認める、令和の常勝軍団になる。 新たな常勝軍団に。自他共に認める、 令和の常勝軍団になる。」

 

本気で言っているのだろうか?

 

なぜ佐々木を出すのか?

なぜ長く活躍できる選手が出てこないのか?

なぜ結果を出せないコーチが12年も同じ球団にいるのか?

他球団で結果を出していない人間を一軍の打撃コーチにしてしまうのか?

 

チケットが売れず値段も下がってしまっているという、

令和の常勝軍団になるには抜本的な改革が必要である。

 

最近、僕が所属している守成クラブで、「自分たちの市場は自分たちでつくる」という言葉を目にした。

これを見たとき、長年ずっと自分の中にあった“違和感”が、形になったように思った。


僕は長い間、音楽業界のど真ん中でやってきた。
プロフェッショナルな音楽を取り扱う市場はとても狭くて、そこには高い壁が築かれている。広告代理店、レコード会社、ゲーム会社、パチンコ・パチスロのコンテンツ制作会社──限られたプレイヤーたちが市場を握っていて、音楽は基本的に「閉ざされた人たち」のものになっていた。

そんな状況の中で、ずっと思っていた。
「なぜこの市場は、みんなで分け合おうとしないのか?」
「なぜ、“夢”という言葉を使って、クリエイターに安い金で仕事をさせるのか?」

その理由の一つに、僕ら自身が「自分たちの市場を持っていない」ことがあると思う。

つまり、既得権益に巻き取られているということは、
「自分たちで商売をつくる力を放棄している」ことの証明でもあるんじゃないかと。


だから、守成クラブの「自分たちの市場は自分たちでつくろう」という理念には、すごく共感している。

今、僕は守成クラブのテーマソングを制作したり、占い師の方に楽曲を提供したり、飲食店のためにBGMをつくったりしている。
同時に、AIを使った業務改善や、中小企業へのAI導入支援もやっている。
これらはすべて、「自分の仕事」「自分の市場」を自分でつくっていく作業だ。


もっと言えば、自分の人間関係や自分のネットワークも、自分でデザインしている。

最近は、不動産業者や地主、エンジニア、情報システム会社、飲食店、いろんな人をつなげている。飲み会やバーベキューを開いたり、ただ人と人とを出会わせたりしている。

正直、それがどんな“実益”につながるのか、まだ僕にもわからない。
でも、自分が生きていく「共鳴圏」、あるいは「経済圏」をつくっていくうえで、こういう動きが大事なんじゃないかと思っている。


お金の話に落とし込むなら、それは「市場」をつくるということになる。
だけど本質的には、自分が心地よく生きていける“場”をつくるということだ。

最近は、そんな「市場=生きる世界」を、自分で耕していく感覚がとても大事だと感じている。


自分たちの市場は、自分たちでつくろう。
それが、僕が今もっとも信じている言葉だ。


今弱いマリーンズ、関係ないけど


いくつかよスーパー銭湯にふらっと立ち寄ることがある。
そのたびに、ふと思う。
またこの曲か。
またこの、何でもないようなBGMが、何でもないように流れている。

悪くはない。悪くはないけど、
何度も来ている自分にとっては、少しばかり、退屈だ。

たぶん、それって音楽の問題だけじゃない。
“その場所だけの体験”が、どれだけ用意されているかっていう話なのかもしれない。

料理が美味しい、接客が丁寧、内装が綺麗。
どれも大事なことだ。
でも、BGMだけが「誰かの誰かの誰かのために作られた曲」だったら、
その店の“匂い”が、どこか薄れてしまう気がする。

僕は、LiveToWinという音楽制作会社をやっている。
AIで音楽をつくることもあれば、プロのミュージシャンと一緒に、
ライブのための楽曲を作ったり、企業のためのテーマソングを作ったりもしている。

最近では、さらば青春の光の森田さんの番組で即興AI作曲をしたこともあって、
「AIで音楽をつくる人」としても、ちょっとだけ名前が知られてきた。

だけど、そんな僕も一人の客として、
「この店、またこの曲か」と思ってしまうことがある。

JASRACの問題なのか、コストの問題なのか、
とにかくテンプレートみたいなBGMが、
どの温泉でも、どのラーメン屋でも、どの美容院でも流れていることが多い。

それが“正しい”のかもしれない。
でも、面白くないよなと思う自分もいる。

思い出せる音楽って、
たいてい“その場所だけのもの”だった。

初めての海外旅行で聞いたラジオ。
好きだったあの子の部屋にかかってた曲。
深夜の高速道路で、友達と無言で流してたインスト。

全部、どこかに“空気”があって、
BGMじゃない、“物語”だった。

だから、提案したい。

その場所にしか流れていない音楽を、
そのお店だけの“空気”を、つくりませんか?

しかも今は、AIがある。
僕らみたいな音楽家とAIが手を組めば、
その店だけのBGMを180分でも300分でも一気に仕上げられる。

癒し系、和風、ブラス、ジャズ、なんでもいい。
「あなたの空気」を、音にするだけだ。

しかも、それが5万円からでできる。

「そのお店にしかない音」があれば、
たぶん、人はそれに引き寄せられてしまう。
僕だってそうだから。

今までも、広尾の和食店「鼓(つづみ)」とか、
エステサロンとか、スピリチュアルカウンセラーの熊田さんとか、
色んな場所でその空気をつくってきた。

最近は、猫が好きな音楽って何?っていう研究にも巻き込まれていて、
なんだかバンドマンの人生とは思えない方向に引っ張られている。
でも、悪くない。

音楽は、ただのBGMになってしまうこともあるし、
その空間を支える“背骨”になることもある。

その違いは、
「誰のためにつくられたか」
それだけだ。
 
あなたの店の空気に、
まだ名前のない音楽を添えたい。

もし気になったら、
気軽に連絡をください。

https://livetowin.co.jp/contact/

kensukeban@livetowin.co.jp
090-7032-6099

今日もまた、誰かの空間に“音”が生まれますよう

明石昌夫さんが亡くなられた、心よりご冥福をお祈りします。

初期から最も売れたthe best treasureくらいまでのアレンジャーであり、ベーシストであり、

おそらく皆様が聴いてきた多くのB'zの曲の印象的なイントロやアレンジは明石さんが考えられたものである。


個人的にはヒット曲では愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけないのどこか大陸的なオーケストラとシャープなデジタルビートのロックンロール

B'zで最も売れた曲だが、明石さんのアレンジなければここまでフックの効いた名曲にはならなかったと思う。


マニアックな曲ではstardust train、あんなにメロイックで空間を彩るピアノイントロを僕は知らない


夜にふられてもは深夜のタクシーやバスで聴くと、どこまでも行ってしまうようなトリップ感がある曲だ

まだシャウトの要素の少なかった稲葉さんの歌や松本孝弘さんの透明感あるリードギターはもちろんなんだけど

キラキラしたシンセサイザーとメロイックなアレンジは明石さんの名仕事だと思う。


音楽、特にポピュラー音楽は意外とコード進行の幅は限られていてヒット曲とかが似たようなコード進行ということは結構ある。

そんな中で曲の良し悪しを決定つけるのがアレンジという技術だ。


僕は曲を作り始める前からバンドスコアを読んでたし、曲を作り始めたからは明石さんのアレンジを打ち込みで模写するということがよくあった。


例えばそんな中で同じコード進行で夏を感じさせるのか、冬を感じさせるのか、春を感じさせるのか

楽しいのか、悲しいのか、

楽しいとしたら祭りのような楽しさなのか、それとも恋の高揚なのか。


明石さんのアレンジからは音色でそれらをコントロールする術を学んだ。

言語化できない部分も多く歯痒いのだが、例えば同じキラキラした音でもベルだけを流すと冬を感じる

ベルにストリングスをユニゾンさせれば春になるし

ビブラフォンやマリンバに変えると夏の香りがする。

ドラムがエイトビートの場合、ベースを八分音符で刻めば焦燥感を表現できるし

ベースの音数を減らす、もしくは裏拍にアクセントを置くと落ち着いた重みを出せる。

それを歌詞の世界や表現したい風景やシチュエーションと当てはめていく。


私は仕事で映像に音をはめていくこともやったが、そうした事の基礎はアレンジで色とりどりの世界を表現していたB'zから学んだと言っても過言ではない。


また私のやっているSWADISTHAという音楽ユニットでは明石さんとお仕事をする事を本気で検討していた時期もあった。


お会いして音楽の話をしてみたかった。

先生のような存在であった。


明石さんはB'zやZARDの仕事で日本のポピュラー音楽に多大な貢献をされた。

また晩年は洗足大学で音楽家の育成をされた。


知らない人も多いと思うが、間違いなく日本の音楽シーンに多角的に貢献された偉人である事をここに申し上げておく。


そして最後に少年の頃唯一持ってたB'zのbuzzというビデオの中で楽しそうにそして超かっこよくベースを弾いていた姿が浮かんでくる。


このブログを書いていて、涙が止まらない。


心よりありがとうございました。

心よりご冥福をお祈りいたします。







岡山まで足を運んだのであれば、やはり海鮮は外せないと思い、駆け足で組んだお墓参りの合間を縫って、こちらのお店へ伺いました。到着時には10人ほどの行列がありましたが、思いのほかスムーズで、15分ほどで入店することができました。
 
お寿司は、東京の一般的な回転寿司と比べると価格は約1.4倍ほどでしょうか。それでも、岡山ならではの新鮮な魚介類――ままかり、しゃこ、さわらなどを中心に、とても魅力的なラインナップが揃っており、納得の内容でした。
 
岡山といえば桃やマスカットなどのフルーツをイメージされる方も多いかと思いますが、実は瀬戸内海に面し、非常に質の高い海産物が揃う街でもあります。こちらのお店は駅直結のイオンモール内にありながら、その岡山の海鮮の真髄を存分に味わえる場所だと感じました。
 
特にしゃこは、やはり岡山でいただくからこその美味しさがありました。身はぷりぷりと弾力があり、口に広がる複層的な旨味は、東京ではなかなか味わえないものです。改めて、しゃこは日本の海鮮の中でも屈指の美味しさを誇る食材だと実感いたしました。
 
そのほか、さわらは脂のりが抜群で日本酒との相性も良く、イカはまるでシルクのように美しく透き通っており、驚きの一品でした。
 
さらに特筆すべきは生ダコで、プチンと弾けるような食感と凝縮された旨味が大変印象的でした。アジフライもサクサク、ほくほくで文句なしの美味しさでしたし、岡山名物のままかりも、やはり地元でいただくと一層格別に感じられました。
 
最後にいただいた黄ニラは、東京のお寿司で言えば芽ねぎのような役割を果たしてくれる存在で、ニラ独特の刺激と爽やかなお野菜の風味が酢飯と絶妙にマッチしており、アーティスティックな味わいでした。
 
岡山のお寿司、そして海鮮は本当に素晴らしいです。この土地の魅力を、もっと多くの方に知っていただきたいと思える食体験でした。岡山は本当に“ご飯の美味しい街”です。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大阪での仕事があり、西成に宿泊することとなりました。せっかくの機会なので、どこか印象深いお店はないかと探し、訪れたのがこちらのホルモン店です。

日曜日の朝8時から営業しているという、まさに西成らしい風情のあるお店で、東京ではなかなか出会えない大きな鉄板でホルモンを焼くスタイルに、憧れとともに少し緊張しながら足を踏み入れました。

注文したのはホルモンとレモンサワー。まず驚いたのは、そのホルモンの柔らかさと旨味です。肉の脂は時間が経つとすぐに固まるため、卓上に用意されたニンニクと唐辛子をさっとかけて熱々のうちにいただく。これがまるで魔法のように美味しく、安価でありながら極上の味わいです。おろしニンニクがそのまま食べられそうなほど、味わい深く、クセになります。

牛ハラミ、豚ハラミ、アブラとそれぞれに違った魅力があり、どれも抜群の美味しさ。旨味の重層感に加え、身体が喜ぶような味わいで、言葉ではうまく表現しきれない“旨い”がそこにありました。

常連の皆さんとの会話も味わいの一つ。黒霧島を二杯、レモンサワーも二杯いただきながら、ホルモンを頬張る時間の中に、人情や生きることの温度を感じるようなひとときでした。

肩肘張らずに美味しいものを食べて、気の置けない会話を楽しむ。西成の朝は、そんな豊かさを教えてくれました。ホルモンの美味しさを、心ではなく身体で実感した貴重な体験です。























ここ数年大阪によく行くようになった。

特に行きたいというわけではなく、用事が大阪にあったという感じである。


電車というか路線図が好きで関東圏においてはだいたい頭に入っているのだが、大阪についても行きたいところがある程度推測できるくらいにはなってきた気がする。


私は昔から関西人と仲良くなる傾向がある。

関西人の情に熱く、そしてあけすけとしているところが、物事はっきりした方が楽しいなと思う自分の気質には合っていると思うからだ。


一方で多摩地域と下町以上に、私の暮らしていた地域との空気感が違うのがあり、かなり違和感を感じる部分はある

けれども私にとってはそれは異国感というようなもので、どこか日本ばなれしたように感じるのが妙に旅行感があっていいなと思わなくもない。


ご飯については実は完全に関東の口なもので、美味しいけど関東圏で食べるものには敵わないなと思う。


そしてどこか屁理屈やなんでも文章や意味合いが欲しいと思ってしまう自分はやっぱり関西人とは違うんだなと思いつつも

結局動物園前や野田、鶴橋あたりに行けば心底楽しんでしまう。





大谷由里子先生の講演を拝聴するため、久しぶりに難波を訪れました。朝から少しアルコールをいただいていたこともあり、少しぼんやりとした頭を抱えながら、それでもせっかくの機会なので、珍しい昼食をいただきたいと思い、こちらのお店に足を運びました。

以前に食べたような記憶があるような、ないような…。その曖昧な記憶を頼りに、「ならば今こそ」と思い立っての訪問です。

メニューは非常にシンプルでしたが、今回はチャーシュー麺を選びました。並んでいる間に、関西のご年配の男性からお声がけいただき、相席しながらいろいろとお話を伺うことができました。店内では、ご飯・ニラ・キムチが自由にいただけるとのことで、それらをうまく活用するのがこちらの食べ方のようです。

丸亀製麺のように名前を呼ばれてセルフで受け取るスタイルのラーメンは、提供スピードも非常に早く、着丼はまさに即席といった印象です。まずはスープを一口。どこかまろやかな「天下一品」を思わせるような味わいで、チャーシューもとろけるように柔らかく、大変美味しくいただけました。

ただ、そのままでは少し物足りない印象もあったため、先ほどのアドバイス通り、キムチとニラを投入してみました。すると、まろやかな旨みにスパイスと深みが加わり、一気に味の層が厚くなったように感じられました。

麺はコシのある細麺で、キムチとニラの辛味とともにいただくと、ご飯との相性も抜群。スープと一緒に食べ進めていくと、まるで味が横へ横へと広がっていくような感覚になり、驚くほど満足感がありました。しかも、ご飯が食べ放題という点を考慮すると、コストパフォーマンスの高さにも驚かされます。

そして、今日ひとつの大きな気づきがありました。関東、特に私の味のルーツにあるのは「縦の旨さ」です。醤油や脂のキレで上に突き抜けるような強さのある味。しかし関西の味は、「横に広がる包み込むような旨さ」なのだと実感しました。どちらが優れているということではなく、それぞれに魅力があり、今回はその違いを身をもって味わうことができたことに心から感謝しています。

こうした素敵な気づきを与えてくださった金龍ラーメンさんに、深く感謝申し上げます。また機会があれば、ぜひ再訪したいと思える素敵なお店でした。