飯か、会社のことか、その時に思ったことか、スピ系か、そんな感じのブログになっているが、たまには音楽のことも書こうと思う。


ギターをライブハウスやちっちゃなお店で弾くと音作りはどうやってやっているのか?ときかれる。

レコーディングで弾く場合はまた違って話も長くなるので、今回は外で演奏をする場合。


今回はライブハウス、もしくはイベントスペースなどある程度音を鳴らせる場合。


私の場合はaddictoneのNOVA(プロトタイプ)というギターからワイヤレスシステムを通じて

mooerのGE-300というギタープロセッサーに信号がいく。


ギタープロセッサーというのは高性能のCPUとメモリーにギターの音作りに使うアンプや様々な音響効果を得られるエフェクターという機械を電子的に再現されたものがたくさんデータとして入っているハードウェアで、近年は下手したらアナログのサウンドと比べてもわからないくらいのレベルのものも存在する。


こちらは深圳のギター音響メーカーのフラグシップモデルで

なんとか頑張ってヤフオクで55000円くらいで落としたのを覚えている。

日本製とは違う妙な生々しさがロックっぽいサウンドと感じるし、ギターの音作りの肝であるアンプサウンドがカッコよくてリアルで気に入っている。


私のディストーションサウンドはブラウンサウンドと呼ばれる往年のエディ・ヴァン・ヘイレンが出していたサウンドに最近似てると言われるのだが、

私自身はマーシャルサウンドを肝にした往年のハードロックサウンドを目指していて、

分厚さがありながら芯のある、そしてメロディーを弾く時は手元で荒々しさのあるサウンドとヴァイオリンのような澄んだ音色の共存を目標にしている。


アンプモデルはランドールのサタンというアンプのモデリングを使っている。

デスメタルやモダンなロックのアンプだが、ロックの芯のあるオールジャンルいける音で気に入っている。

ギターソロを弾く時はたしかケンタウロスというオーバードライブのモデリングで少し歪みを持ち上げている

ボリュームはイコライザーで低域を少し削る際に同時に少し持ち上げていた気がする。


ギターソロを弾く時は気持ちディレイを入れる

500msくらいのゆったりしたものをかかってるかかかってないかくらいにかけると音に色気が増す。

下手くそを誤魔化すために昔は深くかけていたものだが、実際は場所のもつ残響もあるわけだし、十分良い音になる。


思ったより話が長くなりそうだからこの辺にしておこう。




去年暑さと二日酔いにやられてものすごい体調不良を起こし病院に行った事をきっかけに100日くらいアルコールをやめていた。

結局韓国のフレンドがどうしてもと言った事をきっかけに酒を飲んだのだが、酒はいいものだなとつくづく思う。


私は酒は料理のために飲んでるところが結構ある。

刺身やおつまみの一部は、アルコールがあるからこそ美味しいというものがあるのと、

焼き鳥ややきとんと言った食べ物はやっぱり酒があるのがいいし

最近はハイエンドなお付き合いがあるからコース料理も頂くが、この美味しさは酒を前提にしているところはあると思う。


あとは酒がいいなと思うところはおつきあいの深まりだ。

2025は信じられないくらい人と繋がっているが、酒パワーはでかい。

2次会、3次会といき、酒を飲む事で人とものすごく繋がれるのだ。

今飲む事が仕事だなと思っているが、それは人とつながるためである。


知り合いの小柳社長が、経営者は下記の3つのどれかは必ず求めていると言っていた。


売上アップ

人脈

宣伝


私は3つ全てだ。

特に人脈と宣伝ということにおいて、人との繋がりを連鎖させていくことは必須であり、そこに酒パワーを使う事は大切だ。


一方で私はいわゆる二日酔い体質で、二日酔いでパフォーマンスが下がるのはかなりある。

また酒癖は最近マシになってきたが、酩酊癖はあり、これは宜しくない。


そして夏の二日酔いのキツさと言ったらここ数年地獄の沙汰であり、

去年それがなかったのは大変幸福であった。


去年のアルコール抜きは体調のコントロールに役立った。

ガンマGPTは一瞬のうちに基準値まで下がり、好きなものを食べても体重は落ちた。


酒を抜いたものはよくわかると思うが、甘いものがすごく食べたくなりジェラートの美味しさを身にしみて感じた。


こうやって書いてみると永遠ではないんだし、数ヶ月くらいやめてもいいかと思うけど


人付き合いの多さ


これが超絶課題になってくる。


死んでも事業を発展させなければならない覚悟だからだ。


6月はガチの大物の会食2回

7月は親友の結婚式を兼ねた沖縄行き


なかなかタイミングがないわね。


2月にとある経営者団体に入ってから

のべ300人くらいの経営者や決裁権者とお会いした。

本当に毎日が新しい出会いであり、そこからまた出会いがつながると言った感じだ。

人間関係、特に決裁権者同士は命とお金の白刃取りのようなところがあって疲れはするのだが、

give firstの精神で人と人を繋ぐことによって、他社から自社に仕事が繋がっていくことはとても楽しいことである。


また様々な人に親身に話を聞いてもらって自分のメンタルブロックがその場、もしくは数日後に音を立てて崩れていくのが実感できることも多い。


行動と人との繋がりからしか物事なんて起こりえないということがよくわかる2025である。

そして心底大変だし、辛いなと思うことも多いが、目に見えて毎日が変わっているのが楽しい2025である。


令和になって、我々のスターが次から次へと亡くなってしまって寂しいものがあるね。

その中でも長嶋茂雄さんが亡くなったのは愕然とした。

しかし長嶋さんが亡くなっても電車は動き連絡はくる、仕事も回っていく。

私はここだけの話、その日は流石に仕事が緩んでしまった。

人に連絡するのも嫌だったし、なんか手が動かないという感じだった。

なので最低限だけパッパとやって、あとはプロ野球を間始めた頃から今に至るまでに想いを馳せていた。


もう昔ではない、昭和や平成は本当に終わってしまった。

親族が死に、英雄が死に、時代が終わり、やがて友人が死に、最後は一人死んでいくと

それでも記憶としては確実に残り、皆が何かを残していく。


ロボットのように感情なく行動ができればいいが、そうもいかない人間として、また一つ飲み込み、現実に帰っていくことになった。


2025、半分も過ぎていないのに私にも公にも随分と衝撃的な事が多い。

私の体感的には過去一だと思うな。




長嶋茂雄さんが亡くなられた。

あまりにも辛い、彼がいない世界が今ここにある事にとても強い違和感を覚える。


プロ野球を子供の頃から好きでいた者は好きな球団、嫌いな球団問わず、プロ野球選手のプレイや何気ない一言に強い影響を受けたり、

野球の歴史の中で見てきたドラマが各々の人生と結びついているものだ。


その中でも長嶋茂雄、王貞治、野村克也、イチロー


ここは私の中ではまさに別格、侵してはならない神域であり、深く尊敬している。


特にミスターは太陽であり、初めて野球を認知した第二次長嶋政権の時から今に至るまで、プロ野球の象徴であり、元気をもらってきた。

私からするとミスターは可愛いおじいちゃんであり、ミスターを見ると笑えたり、楽しい気分になって、前向きになることができたものだった。


何か自分が生きてきた当たり前に大きなひびが入ったような、地に足がつかないような、強いショックを受けている。

私の人格形成において大きな位置を占めている野球が失われたような喪失感だ。


ただ、私には心から哀悼の意を表することしかできない。




昔たぶん塾などで全国何位みたいな模試はやったことがあるのだけど

全国統一小学校テストなるものはしらなかった。

四谷大塚がやっているそうだ。


競争は良くないと言われることもあるが、私はいいと思う、ライバルがいるからこそ、相手がいるからこそ負けたくない気持ちで上を目指せる側面もあるし、

社会に出て必要な学問を学んでないという意見もあるが、勉強の方法や勉強を通じた日本語の読解力など大切な学びはたくさんあると思うのだ。


日本の学力は大いに競争してあげてほしいし

逆についていけない子どもたちには、どう向かい合うのか?

あとはせっかく社会で育てた宝物が悪党や理不尽な社会に潰されないようにしてあげないといけないとは思う。

 

 

 

 

 

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「潜在意識」って聞くと、いろんな話を耳にする。
でも実際、自分の体感としては――うん、正直よくわからない。
なにせ“潜在”なんだから、そもそも知覚できない。見えない、感じられない。

 

だから、「潜在意識を変えれば人生が変わる」なんて言われても、
頭ではわかるけど、実感としてはちょっとオカルトっぽい。

僕はオカルト嫌いじゃないし、むしろ好きなほうだと思う。


でも「じゃあ実際使えるの?」って言われると、
今のところ“エビデンス”というより、“肌感覚”の話にとどまってる気がしてる。

 

それでも何かを繰り返してると、確実に変わっていく実感はある。

たとえば、ライブでギターを弾く。
10年前、20年前よりも、明らかに自然に、軽く、自由に弾けてる。
それって、「潜在意識に刷り込まれた」って言えばそうかもしれない。

 

つまり、意識してやったことが、時間をかけて、
やがて「意識せずにできる」ようになる。

「考え方」とか「習慣」っていうのも、そうだよね。


最初は無理して変えようとして3日坊主で終わる。
でも、また始める。失敗してもまた戻る。
それを繰り返していくうちに、気づけば変わってる。
そんな風に、「潜在意識」ってやつも、
後から振り返って“あれがそうだったのかも”って思うものなのかもしれない。

 

証明もできないし、正解もない。
でも、人が夢で不思議なことを見たり、
ふとした瞬間に“こっちだ”って選べる直感が生まれるのも、
たぶん潜在意識のなせる業なんだろうなと思う。

 

ネタがないのでハッシュタグから書くと普段とは違う感じになるね。

 

#人間関係の悩みのタグに合わせ、AIに自分の言葉で話しかけ、ブログにしてみた。

こうして与えられたテーマに向かい、何か話してみるのは脳の訓練にもいいね。

 

「人間関係の悩み」って、たぶん誰しもが抱えるものだと思う。
幸せな時も、不安な時も、仕事が順調でも、そうじゃなくても、
人との距離や空気で、ちょっとずつ疲れてしまう。

 

僕が今まさに抱えているのは、いわゆる「人疲れ」ってやつ。
最近は毎日のように新しい人に会って、話して、
ありがたいことにご縁もつながって、
紹介から紹介へ、飲みに行ったり、会合に出たり。


人とつながるってすごく大切なことだと思うし、
僕は「明るい人」だって言ってもらえることも多い。

 

でも実はね、
僕はもともと“根暗気質”というか、
オタク気質というか、静かにファイナルファンタジーでもやってる時間が、
心のどこかで一番落ち着く人間でもあるんだ。

 

人と会うたびに、立ち振る舞いや空気を気にして、
明るく話して、笑って、盛り上げて――
それはすごくエネルギーを使うことなんだよね。

だから僕は、意識して“なにもない日”を作ろうと思ってる。


週に1日でも、2週間に1回でも、
LINEも気にせず、返信もしない日。
ひとりで銭湯に行って、ぼーっと湯気にまみれてる時間。
知らないバーで、ひとりでお酒を飲む時間。
それが今の僕には、何よりの回復になる。

 

あともうひとつ、声を大にして言いたいのは、
**「ひとりの時間を必要としてる人を尊重してほしい」**ということ。

人間はロボットじゃない。
ずっと接続されっぱなしでは壊れちゃう。


孤独って、悪いもんじゃないと思うんだよね。
静かな時間の中で、自分の内装をメンテナンスする時間。
その時間があるからこそ、また人と会っても優しくできるんだ。

誰にでも人間関係の悩みはある。


でも、まずは「ひとりになっていい」と自分に許すことから、
ほんの少し、楽になれる気がする。

 

ブログのネタがないときほど、人気のタグを使ってちょっと書いてみる。
これは、アドリブ力を鍛える訓練でもあるし、
どんなテーマでも“語れる”ようになるための準備でもある。

 

今日は「実の兄」というテーマ。
僕には弟がいて、僕自身は長男だから、実の兄というものはいない。
でも、だからこそ――もし“兄”がいたとしたら、どんな兄がいいのかなって、
少し想像してみた。

まずは…10歳くらい年上の兄がいいな。


すごく大人で、優しくて、僕をかわいがってくれる兄。
美味しいものを食べさせてくれて、
子供の僕には行けないような場所――
例えば遊園地とか、映画とか、ちょっと背伸びした場所に連れて行ってくれる人。

 

あと、年上のお姉さんとか連れてきちゃったりしてね。
「お前も一緒に遊べよ」なんて言いながら。
それ最高だなあ、なんて。

 

でも現実には兄はいない。
僕は双子の弟がいる長男で、だから「兄」って感覚は経験してないんだ。
むしろ、自然と「兄貴分」になることのほうが多くて。

 

バンドマンとして、仕事の現場でも、
年を重ねていくうちにリーダーシップを取ることが増えてくると、
“兄貴”としてどうあるか、ということを意識する場面が多くなる。

 

僕が意識しているのは、
「場を暗くしないこと」

特に年下の人がいるときは、笑顔があって、話しやすい空気を作る。
萎縮させない、友達のように話せるように、
自分の言葉も立ち振る舞いもできる限り柔らかく、明るく。
そんなふうにして“兄貴分”であれたらと思ってる。

 

久しぶりの休みにただ疲れ、

明石昌夫さんの動画をひたすら見る事を繰り返している。

 

明石さんの動画はB'zの裏話的な感じで開設当初は目からうろこで見ていたものだ。

 

そして見ているうちに明石さんの深い人生観に触れて勉強になったものだ。

 

そんなチャンネルだが明石さんが亡くなってしまった事をきっかけに

久しぶりにまとめてみる事になってしまった。

 

晩年、おそらく亡くなる一年前くらいまでは更新されていたようで、

その辺りから見ているのだが、

音楽の知見だけでなく、読書の効能、魂の話

人がなぜ生まれ生きているのか、膨大な知見と経験則の中から、わかりやすく話してくれていて、

この人は悟っておられる方だなとも感じるし、

初めて聞くような考え方や、本なんかも紹介してくれていて、勉強になっている。

 

私自身、大変勉強をさせて頂いた小林正観さんや斎藤一人さんなんかからも大変影響を受けられていた感じだが、

それも明石さんなりの人生観や哲学に落とし込んでいて、そういう捉え方もあるんだなと感じる。

 

またおそらく学生のような若い人とアルパカという安ワインを飲みながら、彼らと同じ目線で、

話を聞いていろいろと教えてあげている姿は、私も含めて、多くの人が目指している姿かもしれない。

 

このまえとあるパーティーで会ったオスマンサンコンさんが言っていたが、

サンコンさんの国では「老人の死は図書館の喪失に匹敵する」というようだ。

こんな早々、それをしみじみと思わされるのは嫌な事ではあるが、

明石さんの動画を見ているとしみじみそう思う。

 

しかしこの方がここまで動画で語ってくれて、その事は本当に良かったと思う。

 

 

 

 

万人に勧められる楽しく学びの多いチャンネルだ。