『文学賞殺人事件 大いなる助走』 鈴木則文監督 | レイモン大和屋の <シネ!ブラボー>

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『文学賞殺人事件 大いなる助走』1988年

監督・脚本 鈴木則文 原作・筒井康隆 脚本・志村正浩

掛札昌裕 撮影・米原良次 音楽プロデューサー・内藤光広

 

出演 佐藤浩市 蟹江敬三 石橋蓮司 中島はるみ 泉じゅん

   甲斐えつ子 宮下順子 粟津號 水島涼太 小松方正

   南原宏治 梅津栄 由利徹 汐路章 天本英世 ポール牧

   松本典子 林美里 杉山とく子 山城新伍 藤山律子

   八神康子 団鬼六 中丸新将 仲村知也 筒井康隆 他

 

 地方都市(福島県)にある大手企業・大徳産業に勤務する市谷京二(佐藤浩市)は、跨線橋の上で文芸同人誌『焼畑(やけはた)文芸』を拾ったのが縁で、同人の大学教授夫人・時岡玉枝(中島はるみ)と知り合い一目惚れすると、自分も小説を書き始める。『焼畑文芸』の主幹で文房具店店主・保又(やすまた)(蟹江敬三)に呼ばれ、アドバイスを受けた京二は大徳産業の社長をはじめとした社員たちの暴露小説を書きあげ、同人たちが集まる合評会に臨んだ。

 

そこには主幹の保又をはじめ、教え子を妊娠させて解雇された元高校教師・大垣(石橋蓮司)、大垣にぞっこんの文学少女・徳永美保子(甲斐えつ子)、有閑マダム・山中道子(泉じゅん)JR職員・土井正人(粟津號)中学教師・鍋島智秀(水島涼太)に時岡玉枝が顔を揃えた。それぞれの書いた小説の合評が始まり、最初に槍玉に上がり同人の集中砲火を浴びた道子は激怒のあまり憎まれ口を叩いて部屋を出て行った。京二の書いた『大企業の群狼』も大垣から辛辣な口撃を受けるが、他の同人たちには思いがけず好評だった。しばらくして、京二に大手出版社『文芸秋冬』が発行している文芸雑誌『文学海』に掲載されると電話があり、更に『文学海』に掲載された『大企業の群狼』が作家の登竜門『直本(なおもと)賞』候補に推薦されたという知らせが届いた。

 

会社を退職し上京した京二は『文学海』の編集部員・賀茂(中丸新将)から直本賞の世話人・多聞伝伍(ポール牧)を紹介される。多聞は『直本賞』の審査員6名をいかにして陥落させるかを京二に指南する。鰊口冗太郎(にしんぐちじょうたろう)(南原宏治)は『直本賞』に推薦を頼むと早厭という離婚歴があり子供が2人いるラリパッパの娘を押し付けてくるという。そのほか、推理小説の大御所・膳上線引(ぜんかみせんいん)(小松方正)、時代小説の大御所で男色家の雑上掛三次(ぞうがみかけじ)(梅津栄)風俗小説家・坂上疲労太(さこうじひろた)(由利徹)歴史小説の大家・海牛綿大艦(かいぎゅうめんたいかん)(天本英世)、文化庁関係の仕事をしているアル中のボケ老人・明日滝毒作(あすたきどくさく)(汐路章)の攻略法を教示する。京二は貯金や退職金を合わせた500万を手にそれぞれの審査員に根回しにまわる。男色家の雑上掛三次には自分の尻を提供し、女好きの坂上疲労太には京二のパトロンの人妻時岡玉枝を差し出し、金に困っている海牛綿大艦と明日滝毒作には金をつかませた。<金喜楽>で行われる『直本賞』選考会の当日、京二は玉枝と一緒に取材に訪れたマスコミ関係者と吉報を待つが・・・。

 

筒井康隆の原作には『直木賞』で再三落選させられた直木賞選考委員である文壇の先輩作家たちへの怨念が込められているが、映画に登場する『直本賞』選考委員にはそれぞれモデルになっている作家が存在している。

膳上線引=松本清張 、鰊口冗太郎=川口松太郎、雑上掛三次=村上元三+柴田錬三郎、坂上疲労太=源氏鶏太、海牛綿大艦=海音寺潮五郎、明日滝毒作=瀧井耕作(or今日出海)

『直本賞』受賞作が掲載されるのは『フール読み物』。

 

会津に立ち寄った光談社『群盲』編集長・牛膝太郎(いのこづちたろう)(山城新伍)は『焼畑文芸』の同人たちを前にしてレクチャーする。

「同人誌に書いている作家志望者は所詮アマチュアでありプロ作家を目指しているおよそ200万のライバルを蹴落としてプロになるには「人間の誇りである尊厳を棄てるんですと口から泡を吹いて力説する。

 

『焼畑文芸』の同人には社会人として問題がありそうな人間が所属している。元高校教師大垣は文学少女で頭でっかちの徳永美保子を痛めつけようとする。「とにかく君は自意識をなくすべきだよ。過剰な自意識は事物の本質をぼかしてしまう」「つまり、物事の本質なんてものは個人の自意識で把握できるようなもんじゃないってことなのね」「うん、あぁ、そうなんだよ。今、文学をやる人間はね、原始時代に戻らなくちゃいけないよ。原始時代の人間はね、自分のすることや感じることに何の説明も理屈もつけなかったんだ。現代文学は一旦そこまで立ち戻るところから始めなければとボクは思うな」「そうね、あなたの文学がやっと理解できたわ」「そう言われると有難いな」「地方の同人誌ってやねー。もっともらしい文学論を戦わせているけど結局は閉鎖的な倫理観に捉われ本質を見失っているんだわ」「そうなんだよ、だから本当はこういうことを話している時間も無駄なような気がするんだよね。セイコーしようか」「セイコー?」「そう、セイコー」

 

美保子が帰り、二階から下りてきた大垣に母親の槇(杉山とく子)が「お前、また今の娘さんに悪いことしたね」「いいことしたんだよ」「痛々しくて見ちゃいられなかったよ」「ガニ股で帰って行ったろ、処女だったんだよ」「一体何人娘さんをたぶらかしたら気が済むんだい。35にもなって嫁ももらわず定職もないこの不良が」「へ、不良ね」「大学なんぞにやるんじゃなかったよ。県立高校の先生になってほっと安心したら教え子を妊娠させて新聞沙汰になって、母さん寿命が縮まるばっかりだよ」「生意気なチンピラ女子高生を見るとムカムカして思い切り痛めつけたくなるんだよ。良家のお嬢様育ちの世間知らずのバカが。本で読んだ知識だけで生意気に他人の作品だの世間だの男性だのと批判を黄色い口でまくし立てやがって、孕んで堕胎してヒーヒー泣きやがれ、バーカ」「また今の娘さんのこと書くんだろ」「書きますよ、次々に女を変えることがボクの創作エネルギーなんだよ、おかあさーん」

 

『焼畑文芸』の主幹・保又も文房具屋の仕事そっちのけで同人雑誌に入れあげ妻の加津江(宮下順子)に責め立てられていた。

「あなたは文学になっちまったけどあたしはまだ文学になってないし、なりたくもないわよ。うちにはもうお金がないのよ、なければお店はつぶれるの。あなたは文学の友達がいるから助けてもらえるかも知れないけど、ずっと文学のままでいられるかも知れないけど、あたしはどうしたらいいのよ。2人の子供だって飢え死にしろって言うの」「亭主に向かって何ていう言い草だ。それでも女房か、同人仲間がお前のことを何て呼んでるか知ってるか、ソクラテスの妻だぞ」「いいわよ、何でも、何でもいいわよ。逃げるんですかあなた」「印刷所に行くんだ、印刷所へ」「あなたはソクラテスのことばかり考えて悩んでいればいいんでしょうけど、生活はどうするのよ、お金のことで悩むのは下等な人間だと言いたいんでしょ。下等な人間はお金で悩んで上等な人間はソクラテスで悩んでいればいいっていうのね」「黙れ!このヒステリー、町内の目を考えろ」「何を今更町内よ、ちょっと」下駄で逃げていく保又。「チクショー、ソクラテスの妻ですって!!」

 

有閑マダムの同人・山中道子は合評会でコケにされた後、金属バットを持って部屋に戻り、同人たちに金属バットを振り回し殴りかかって部屋をメチャメチャにする。

『焼畑文芸』の同人仲間は表向き京二が中央文壇に認められたことを祝ったりするが、内心は嫉妬心で身もだえしており、京二が『直本賞』に落選したしたことを知った途端万歳三唱して本性をあらわにする。京二の才能を認め励まし、直本賞選考委員・坂上疲労太の人身御供になる時岡玉枝にしても自分の文学的才能の限界を感じ京二の才能を見い出したことで自己満足感を得たいのかもしれない。文学少女を言葉巧みにたぶらかし処女を奪った大垣は未成年者への淫行、強制ワイセツ罪で逮捕される。

 

『焼畑文学』の同人土井正人は嘆く。「俺たち一体何をしているのかなあ。小説を書いて自腹切って同人雑誌を出して大抵はそのまま屑屋行きだ。日本の文化に何らかの形で貢献しているとは思えないんだよね。いや、むしろ生活無能力者を出したり自殺者を出したり、殺人者を出したり、反社会的傾向の強い人間ばっかり育ててる。反社会的行為がいっくら文学の実践活動だと言った所で、小説そのものが認めてられていないんじゃ意味がないしね」

保又「君は若いからそう言いにくいことを平気で言えるんだろうけど、たとえばボクなんかはね、今になってとてもそんなこと考えようとは思わないんだよ。それを考え始めたらもうお終いなんだよ」

 

文学とは何か、文学同人誌とは何か。京二のモノローグ

「我々同人誌作家の場合、我々のしていることは社会から見れば

まだ何もしていないことと同じであり、せいぜい何かをするための準備に過ぎないのではないか。そしてほとんどはそのまま終わってしまうのだ。跳躍台無き我らが永遠の助走。呼び出されることなきこの大いなる待機が果たして何の役に立っているのか。

それともそれは役に立たぬことが値打ちなのか、己の破産と引き換えに出来るほどの価値が何処にあるのだろうか」

 

ベートーヴェンの『交響曲第9番(歓喜の歌)』の合唱が流れる中、エンドクレジットとともに同人誌の数々が映し出される―

 

『文藝岡崎』『仙台文学』『酩酊船』『人魚』『西域』『だりん』『文学季節』『北斗』『帆』『滋賀作家』『日本海作家』『蔵王文学』『東濃文学』『流氷群』『三月派』『再現』『されど』『MON48』『槇』『原声』『松柏』『みず』『蠍』『詩と眞實』『草起』『遡河』『地平線』『南涛文学』『欅』『上州文学』『水晶群』『駿河台文学』『朱羅』『谺』『樹林』『関西文学』『櫂』『イミタチオ』『河』『カオス』『隗』『安藝文學』『せる』『西域』『積木』『文芸復興』『城』『視点』『塔』『野田文学』『龍舌蘭』『煉瓦』『小説ABC』『標』『風響樹』『盆地』『小説家』『創像』『蕾』『風景』『楓』『相馬文学』『文学季節』『草原』『断絶』『人間像』『層』『若草』『四国文学』『作家』『青蓮』『文芸東北』『法螺』『中央文学』『旗』『虹』『人魚』『VIKING』『八月の群れ』『蜂』『たね』『新文学山河』『文芸中部』『新地方派』『遍歴』『文芸ハマ』『文學造型』『黎』『文芸シャトル』『北総四季』『列島』『るなぱあく』『za 2』『半世界』『斜拗』『主潮』。

 

鈴木則文監督の『文学』というデーモンに取り憑かれた者たちへの痛切な共感が伝わってくる作品だ。

 

大いなる助走―

★★★★★★5点満点 ☆0.5点)

 

 

 

 

そのほか、今週鑑賞した映画は下記の通り

 

『あなたと私の合言葉 さようなら、今日は』1959年

監督・脚本・市川崑 原作・脚本・久里子亭 舟橋和郎

撮影・小林節雄   音楽・塚原哲夫

 

出演 若尾文子 京マチ子 野添ひとみ 佐分利信 菅原謙二

   船越英二 川口浩 倉田マユミ 浦辺粂子 三好栄子 他

 

東京娘と大阪娘が素敵に楽しい結婚合戦!昨日の恋よさようなら、新しい恋よ今にちは! カー・デザイナーの和子は大阪に半次郎というフィアンセがいるが、失業中の父とスチュワーデスの妹・通子の世話があるため、なかなか結婚に踏み切れない。そこで友人の梅子に婚約解消の話をつけてくれるように頼むが、梅子は半次郎に会った途端、恋に落ちてしまう。(Amazon)

 

松竹で小津安二郎が監督した原節子、笠智衆の父と娘をテーマにした作品を、大映で市川崑が若尾文子と佐分利信主演で撮ったような作品。珍しい若尾文子のメガネ姿とキャリアウーマン。若尾文子に片思いの幼馴染に川口浩、その川口浩に惚れているのが若尾文子の妹に扮した野添ひとみ。冒頭シーンで田宮二郎がノンクレジットで出演。父の事が心配でなかなか結婚に踏み切れずにいる娘に言う「人は一人で生まれて一人で死ぬんだ」という佐分利信の言葉が胸にしみた。

★★★★★

 

 

『関東女賭博師』1968年

監督・井上芳夫 脚本・長谷川公之 撮影・中川芳久

音楽・鏑木創

 

出演 江波杏子 伊藤雄之助 内藤武敏 丹阿弥谷津子

   姿三千子 田中邦衛 伊藤孝雄 志村喬 他

 

スリの腕を買われた銀子は激しい賭場師の修業を積み、驚くほど上達した。が、ヤクザとの因縁から指を折られ、目も潰された。すべてを手本引き名人戦に賭ける女賭博師の凄惨な意地。GYAO

 

デパートの売り場でスリをする銀子(江波杏子)の腕の良さを見抜いた辰吉(伊藤雄之助)が銀子をつかまえ、馴染みの小料理屋へ連れて行きサイコロで相手の指定する目をピタリと出して見せ、銀子が賭博に魅入られるまでの長谷川公之の脚本が鮮やか。伊藤雄之助の好演と井上芳夫の才気を感じさせる映像で、シリーズ屈指の仕上がり。内藤武敏のイカサマ胴師も見どころ。

★★★★☆

 

 

『女賭博師 乗り込む』1968年

監督・田中重雄 脚本・長谷川公之 撮影・中川芳久

音楽・鏑木創

 

出演 江波杏子 安田道代(大楠道代) 三条魔子 滝田裕介

   長谷川待子 浪花千栄子 水戸光子 山茶花究 他

 

花の舞台を飛び出して親分衆の真っ只中!踊りの衣装のたもとをからげ、女3匹賭場勝負!!ツボ振りは断った芸者銀子も、恩人

きくの窮地は見逃せない。踊り衣装のたもとをからげ、目指す賭場に駆けつけた。妹の昌代、ストリッパーのユカリがからみ、彩りをそえる豪華娯楽大作。(GYAO)

 

元芸者のツボ振り・江波杏子、腕は日本一の胴師・滝田裕介、

ストリッパー兼女賭博師の三条魔子、女性グループサウンズのリーダー安田道代(大楠道代)、山茶花究、上野山功一、梅津栄の悪人トリオ、浪花千栄子扮する大阪の女親分が大活躍。

「入ります」

★★★★☆

 

 

『現代性犯罪 暗黒編』1969年

監督・若松孝二 出口出(福間健二)撮影・伊東英夫

音楽・出口出 助監督・吉積め組

 

出演 福間健二 芦川絵里 花村亜流芽 岩崎厚子 谷川俊之

   伊地知幸子 原田知司 他

 

女の体が欲しくてたまらない大学生・山崎弘(福間健二)はある夜、草むらで女が強姦されている現場を目撃し、カーセックスをしているクラスメイト・若林春代(芦川絵里)を見てしまう。

翌日、春代からカーセックスの口止めの代償として、欲しかった春代の父が所有するナイフをもらい、春代とセックスした。

大学の英文科で以前から好意を持っていた夏目さゆり(花村亜流芽)を河原に誘い出した弘は、抵抗するさゆりを無理やりに犯した。行為が終わったあと謝るが、黙り込み無視するさゆりに「チクショーお高くとまりやがって。オイ(ナイフを取り出し突きつける)なんとか返事しろよ。本当はよかったんだろ、とってもな。え、どうなんだよ」「ハハハハハハハハ」「何が可笑しいんだよ」「だって」「だって何だ」「だってちっとも面白くなかったんだもの。あんなもんなの山崎君って」「こいつ俺の事をナメやがって」思わずナイフを突き刺した。

 

「ナイフを持ったら何だか自分が強くなったような気がする。なんでもできる。本当の快楽を得るためには殺さないとダメなのかな、ナイフがないとダメだ」弘の欲望はエスカレートし、街で拾った女・ショウ子(岩崎厚子)と姉(伊地知幸子)、姉妹と寝ていた男を次々にナイフで血の餌食にして行く。さらに別の女子高校生も強姦した。その後も大学に通い友人たちと殺人事件について話す弘は異常者には見えない。「そうだ、ナイフのせいだ。ナイフを俺に与えた春代のせいだ。決着をつけてやる」人けのない神社に春代を呼び出した弘は・・・

 

裸で大木に縛られ血まみれになった春代の体に川のせせらぎが光のようにキラキラ波打つ映像に若松孝二の情感があふれる。

宮台真司と大森一樹を足したような風貌の詩人福間健二が都立大在学中に脚本、主演した鬼才若松孝二の問題作。(脚本の出口出は福間健二)

★★★★★

 

 

『刺青』1966年

監督・増村保造 原作・谷崎潤一郎 脚本・新藤兼人

撮影・宮川一夫 音楽・鏑木創

 

出演 若尾文子 長谷川明男 山本學 佐藤慶 須賀不二夫

   藤原礼子 内田朝雄 毛利菊枝 他

 

外に雪の降るある夜、質屋の娘・お艶(若尾文子)は恋しい手代の新助(長谷川明男)と手に手を取り合って駆け落ちした。

この二人を引き取ったのは、店に出入りする遊び人の権次夫婦(須賀不二夫・藤原礼子)だった。はじめは優しい言葉で二人を迎え入れた夫婦だったが権次も所詮悪党だ。お艶の親元へ現れ何かと小金を巻きあげ、あげくにお艶を芸者に売り飛ばし新助を殺そうと考えていたのだ。(映画com抜粋)

 

刺青師・清吉(山本學)に麻酔薬をかがされ、気絶しているうちに大きな女郎蜘蛛の刺青を彫られてしまったお艶は、もう元の体には戻れないと腹をくくるが、もともと気が弱くこれまで育ててもらったお艶の両親にも申し訳が立たないと思う新助はお艶を思う気持ちがあっても悪党に堕ちる決心がつかない。そんな新助を頼りなく思う気持ちと愛しく思う気持ちがあったお艶が旗本侍・芹沢(佐藤慶)に金で言い寄られた事を切っ掛けに新助への気持ちが次第に冷めていく。気の強い質屋の娘から悪女、さらには毒婦へと変化してゆく若尾文子の演技が圧巻。谷崎潤一郎の『刺青』『お艶殺し』が基になっている。この映画化は谷崎も大満足だったのでは。

★★★★★

 

『夕陽に向かって走れ』1969年

監督・脚本・エイブラハム・ポロンスキー

原作・ハリー・ロートン 撮影・コンラッド・L・ホール

音楽・デイヴ・グルーシン

 

出演 ロバート・レッドフォード キャサリン・ロス

   ロバート・ブレイク  スーザン・クラーク

 

 年に一度の祭りにインディアン保護区に戻って来たウィリー・ボーイ(ロバート・ブレイク)は最愛のローラ(キャサリン・ロス)との結婚の承諾を彼女の父に求めたが、銃で追い払われてしまった。固い決意を秘めていたウィリーはそれならばと、ローラを連れて駆け落ちしようとした。そのため彼は誤って止めに入った彼女の父を射殺してしまいその時からウィリーとローラの逃避行始まったのだった。この事件を知った保護区監督官で女医のエリザベス(スーザン・クラーク)は、保安官補のクーパー(ロバート・レッドフォード)にウィリーの逮捕を依頼した。遊説中の大統領護衛の任務に就くためウィルソン保安官の所へ出頭しようとしていたクーパーは予定をさいてキャルバートやチャーリーらと追跡隊を組織した。(KINENOTE一部抜粋)

 

インディアン(ネイティブアメリカン)に対する西部劇での描き方の変化はジョン・フォードが監督した『シャイアン』(1964年)などにも窺えるが、ベトナム戦争が泥沼化して以来、アメリカの映画人にも自国の歴史に対する深い反省とアメリカという国の閉鎖的な暗黒面を凝視する視点が先鋭化したように思える。それはいわゆる「アメリカン・ニューシネマ」というくくりで語られるが、インディアン=悪、白人=正義という従来の西部劇の構造を否定した所に成り立つ『夕陽に向かって走れ』もその中の1本と言えるのではないか。『冷血』で殺人犯に扮したロバート・ブレイクと『卒業』のキャサリン・ロス(褐色メイクのネイティブ・アメリカン)が荒野を駆けめぐる。保安官補のロバート・レッドフォードは力ずくで保護区監督官の女医とベッドインする。赤狩りのブラックリストに載せられていたエイブラハム・ポロンスキーのハリウッドへの逆襲。

★★★★☆

 

『夜』1961年

監督・脚本・ミケランジェロ・アントニオーニ

脚本・エンニオ・フライアーノ トニーノ・グェッラ

撮影・ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ 

音楽・ジョルジオ・ガスリーニ

 

出演 ジャンヌ・モロー マルチェロ・マストロヤンニ 

   モニカ・ヴィッティ ベルンハルト・ヴィッキ 他

 

ある日の午後、作家のジョヴァンニ(マルチェロ・マストロヤンニ)と妻のリディア(ジャンヌ・モロー)は病床のトマゾを見舞った。トマゾの病気は快復の見込みがない。トマゾはジョヴァンニの親友ではあるが、リディアにとっても親しい間柄だった。

以前トマゾはリディアを愛したが、彼女はすでにジョヴァンニを愛し、結婚していた。彼女は作家夫人として何不自由のない生活を送っていたが、その生活には得体の知れぬ不安が徐々に広がって行った。結婚前二人を結びつけたはずの愛を見失ったと感じたとき、彼女の心にポッカリと一つの空洞があいた・・・

                  (KINENOTE一部抜粋)

 

病床にあるトマゾはかつてリディアの才能を認める良き理解者であったが、若いリディアはジョヴァンニの情熱的な愛情を選んだ。そして今、ジョヴァンニとの間に昔の情熱や愛情は失われ、靄のように捉えどころのない感情が心の中に広がっている。街を一人でぶらつくリディアは何に対しても興味を失ったわけではない。建物の片隅でパンを食べている男が気になり、楽し気に行き過ぎる男たちを見て微笑んで眺めたりする。空き地で喧嘩する若者たちを止めに入り、原っぱで打ち上げられるロケットに興味を示す。気まぐれでジョヴァンニと行ったブルジョアのパーティーで初めて会った男とドライブに出かけたりする。でも、それ以上の関係に踏み出すことはないし、それが目的でもない。気まぐれな好奇心に過ぎない。ジョヴァンニはブルジョアの令嬢(モニカ・ヴィッティ)に興味を示し、付きまとう。令嬢もジョヴァンニが気になるが深入りするほどでもない。退屈な時間をたまたま一緒に過ごす一時の遊び相手。夜通し続いたパーティーはいつか終わり、白々と夜は明けていく。情熱や愛情はいつか醒め、退屈な日常と倦怠が心を包み込む。心象風景を映像で余すことなく描きだすアントニオーニ作品の魅力。

★★★★★

 

 

明日から図書館で借りた本(8冊)を読むため、映画鑑賞記録はしばらくインターミッションに入ります。