『走れ、絶望に追いつかれない速さで』中川龍太郎監督  2016年 | レイモン大和屋の <シネ!ブラボー>

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『走れ、絶望に追いつかれない速さで』2016年

 監督・脚本 中川龍太郎 脚本協力・福島拓哉

 撮影・編集 今野康裕  音楽・酒本信太

 

出演 太賀(仲野太賀)、黒川芽以、小林竜樹、藤原令子 

   寉岡萌子、宮本行、松浦祐也 ほか。

 

 大学時代の親友、薫(小林竜樹)が死んだ。大阪の会社に就職したあと、遺書も残さないまま。あれから1年が過ぎ、薫を偲ぶ内輪の会が両親の主催で開かれた。そこに薫の恋人だった理沙子(黒川芽以)の姿はなかった。大阪の会社に就職が決まった薫は遠距離恋愛に不安を感じたのか、漣(太賀)には理沙子とは別れたと話していた。薫は最後に少女のスケッチを残していたが、そのモデルは薫が一時期住んでいた北陸の中学時代のクラスメイトだった。1年が過ぎても漣は薫の死を整理できない。大学を中退し小さな鉄工所で働き学生時代薫と同居していたアパートの部屋に今も住んでいる。

 

突然、理沙子が漣のアパートにやって来た。

「まだ引っ越してなかったんだね」

「うん」

「懐かしい。薫、上だったよね」

「うん、オレ高い所やだから」

「あたし、嫉妬してたんだよ。会ってもいつも漣の話しばっかだから」

「またまた」

「いつ行くの?」

「今から行こうと思ってるけど」

「あたしも行こうかな。明日から休みだし。うちに寄ってくれたら荷物すぐ入れる」

「え?」

 

薫が描き遺した絵の女性に会うため、漣と理沙子はレンタカーで北陸に向かう。都心の夜に浮かぶ灯。

窓の外を見ている理沙子。

深夜の道をまばらに行き交う車。

「こんな時間に走ってる人たちって、どこに何しに行くんだろうね」

「死んだ友だちの初恋の相手でも探しに行くんじゃないの」

「みんな結構ヒマなんですねぇ~」

「あとどのくらい?」

「あと300。もっとかかるか」

「そんな遠くまでわざわざ行ったんだ。あたし日本海見るの初めてかも。そもそも中学の時そっちにいたってこと知らなかったし」

「何考えてたんだろうね、あいつ」

「崖って近いんだっけ」

「いやあ、近くはないけど。行きたいの?」

「日本海も見てみたいし」

 

その女性に会ってどうしたいのか、漣も薫も分からないまま深夜の道を走らせる。

 

薫が自殺したと思われる崖を上り断崖の突端に腰を下ろした二人は何も言葉が出てこない。こみ上げてくる気持ちを抑えきれず理沙子は泣きじゃくった。

「俺はさ、むしろ理沙子に嫉妬してたよ。あいつお前と付き合ってからかまってくんねえからさ」

「(笑って)バカじゃないの」

 

その夜旅館の部屋で眠れずにいた理沙子は漣の部屋へ行き「明日電車で帰る」と言う。

「今更あいつの初恋の人に会ったってしょうがないでしょ。これ以上あいつに振り回されるのもシャクだし」

「何で来たの?」

「・・・わかんないよ、そんなこと」

「自分が別れたせいでって思いたくないから?」

「自分はどうしたいの。あんなに近くにいたのに。自分こそ会ってどうしたいの。会ったらなんか変わんの?」

「せめて憎んでくれてたら俺のこと。自分とはなんの関係もなく死なれたってことの方がしんどい。本当はどんな奴だったんだろうな」

 

翌朝、駅のプラットフォームで電車を待っていた理沙子が向こうの道からこちらを見送る漣に

「死ぬんじゃねえぞ、バカ野郎!!」

軽く手をあげる漣。

薫のスケッチに描かれていた女性はキャバクラに勤務する斉木環奈(寉岡萌希)という女性。

漣の隣に座った環奈

「私も同じものを頂いてもいいですか?」

「カサイカオルを覚えていますか?」

「え」

「カサイカオル、同級生の」

スケッチを見せる

「死んだんです。あいつが最後に描いた絵だそうです」

「わざわざこれを?」

「はい」

「期待外れだったでしょ」

「いや」

事情を察してやや気色ばむ環奈

「自分の問題は自分で解決してもらっていいかなぁ。

まあさぁ、絶望に追いつかれない速さで走れってことじゃないかなぁ」

「走れ、絶望に追いつかれない速さで」

「何、知ってんの?」

「カオルが自分に、あなたの言葉だったんですか?」

「(笑いだして)違う。あたしが中学の時ハマっていたビュジアル系バンドの歌詞だよ。あ、歌ってあげましょうか」

無言でテーブルに金を置き出ていこうとする漣。

「忘れてるよ」絵を手渡す環奈。

 

早朝の海、岩場の突端に佇む漣。

携帯を岩に叩きつけ海に投げ捨てる

 

身近な人間の理由の分からない自死が残された者にとってどれだけ精神的な重荷になり、それを自分なりに消化し、受け入れ、整理して次に進んで行くにはどうすればいいのか。

漣も薫も将来に不安を抱いていた。漣が薫に

「お前本当に社会人になれんのかよ」

 

薫は絵が好きで描いていたが、「好きな事を仕事にすべきじゃないんだ。俺は機械みたいに働きてえんだよ」と言い、恋人の理沙子のことも「やっぱ遠距離キツイし、決めてたんだよ大阪行く前別れるって。あいつから言ってくれて良かったよ」と言っていた。それが本心だったのか、あるいは、薫の1周忌が過ぎた後の会で久しぶりに会った仲間の一人が言った

「もう1年か」

「社会人1年目」

「いや、シンドイよ。あいつの気持ちも分かる気するわ」

という言葉のように、薫にとって親しんだ仲間のいる東京を離れ社会人として仕事をして行く苦労や、別れた理沙子への未練のようなもが一気に押し寄せて自分を支えきれなくなったのか。

まだ、自由だった頃の初恋の相手、都会のビルの屋上から見えたムササビ?の自由に飛翔する姿に憧れたのか。大空を飛ぶハンググライダーの自由に憧れたのか。

 

崖から飛び降り兼ねなかった失意の漣を救ったのは漣たちが泊まった旅館の老主人だった。老主人の温かい手料理に接し涙をながしながら食べる漣、そこに飾られていた一枚の絵。

朝日の中を飛翔するハンググライダー。それは旅館の少女が見つけた薫が描いた絵。東京に戻った漣は仕事に行く途中の軽トラの荷台から空を滑空するハンググライダーを目にする。あの絵は薫が憧れていた自由と希望の表れではないか。漣はハンググライダーを始める。薫と暮らしていたアパートも引き払う。

薫の初恋の相手、環奈が言ったように「自分の問題は自分で解決するしかない」としても、自分自身で解決できない問題が他人の助力(思いやり)によって時には救われることもある。死と生は紙一重、背中合わせ。人はそれぞれ、今置かれた現実に向き合い折り合いをつけながら生きている。モラトリアムだった大学時代ほど楽じゃない。

環奈がキャバクラのあるビルから朝日がのぼる街並みを見渡す。

理沙子が朝日の中を飛翔するハンググライダーの絵を見つめる。

漣が朝日のさし始めた朝靄の中をハンググライダーで飛び立つ。

 

中川龍太郎はインディペンデント系の監督で、この作品もクラウドファンディングによって制作資金が集められ自身の体験が基になって制作された作品。

詩人でもあり、漣と薫の台詞によるやり取りは多くあるが、それは詩的なものではなく、日常的なありふれた若者同士の他愛ないやり取りで、のちの薫の自殺を予感させるような説明的な台詞は一切使っていない。多くは映像によって観客が読み取るしかない。台詞で説明して欲しい映画ファンには厄介な映画だ。

中川龍太郎の存在は恐らく日本ではまだ一部の熱心な映画ファンにしか知られていないが、フランスの映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」誌で本作が絶賛され、その後も順調にキャリアを重ねている。キネマ旬報ベストテンでは誰一人投票しなかった作品だが、作品の真価が問われるのはベストテンの順位ではなく作品そのものだ。

★★★★★(★5が満点 ☆は0.5点)

                 <星取り点数対照表>

               90~100点  ★★★★★

               80~89点   ★★★★☆

               70~79点   ★★★★

               65~69点   ★★★☆

               60~64点   ★★★

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