30代半ば過ぎ、会社勤めをしながら夜間のシナリオ学校に通っていた。最初に行ったのが青山の「シナリオセンター」で、ここでは2枚シナリオというのを書かされた。ペラ(200字詰め原稿用紙)2枚でシナリオを書き提出、講師の添削を受けるというもの。2枚シナリオで本当にシナリオが書けるのかと疑問を感じ2,3回行って直ぐにやめてしまった。次に行ったのがシナリオ作家協会が主催する「シナリオ講座」。新藤兼人氏が学長で講師も石堂淑朗、野沢尚、柏原寛司氏など錚々たるものだった。
基礎科の生徒は40名くらいでその中でプロになれるのは1人か2人と言われていた。実際その後プロのシナリオライターになったのは自分の知る限り1人だけだった。
「ばしゃ馬さんとビッグマウス」の主人公馬淵みち代(麻生久美子)はプロのシナリオライターを目指す34歳。パソコン画面にシナリオを打ち込むみち代のシーンから映画が始まる。書き上げたシナリオを東都テレビのドラマ脚本賞に応募するが第1次審査に落選。アパートのベッドで泣きじゃくる。シナリオ仲間のマツモトキヨコ(山田真歩)にカフェレストランで愚痴るみち代。「あーあ、まあ確かに面白いしよく書けてるよ。でも、これが大賞で私のが1次も通らないってさあ」
「そうだね、私も馬淵さんの本面白いと思ったよ」
「まあね」
「まあ、そんな落ち込まないでさ、パスタ冷めちゃうよ」
「しかも、22歳だって大賞とった人、22歳だよ」
「そんなの気にしても仕方ないじゃん、次ガンバレばさ。ねぇ、パスタ冷めちゃうよ」
「そんなんじゃないんだよね、落選するって。マツには分かんないよ」
「いや、アタシも落選してるし」
「あ、そっか、いや、でもアタシもう34だからね、34。きのう今日始めたマツとちがってさ、学生の頃から10年以上書いてきてんだから。あーあ、行くしかないかなあ」
「行くって」
「シナリオスクール」
「え、また。もういいんじゃない、馬淵さんくらい書ける人が今更行かなくても」
「まあそうなんだけどね。でも行けばさ、監督とかプロデューサーとか出会いがあるじゃん。まあ、パイプ作りだよパイプ作り」「まあ、それは分かるけど、そこまでする」
「する、ねえマツも一緒に行こうよ」
「はあ、いやあ」
発端で主人公みち代とその後お互いライバル視し合う関係になる
二人を登場させ、みち代の<超目標>を明確にする。
初回の講義に2人で出席するが、講義の内容は初心者向け。
うんざりするマツの横で真面目にノートをとるみち代。
斜め前の席で後ろのみち代を気にする天童(安田章大)。
講義が終わった後、一服している二人に話しかける天童。
「あーあの、あれっすか、今期からですか」
「まあ、あー、はい」
「そうすかー」リュックから何か取り出し「自分テンドーです」と言って、みち代とマツに名刺を手渡す。「テンドーヨシミです」。「えー」と驚くみち代。名刺には「脚本家 天童義美」と印刷されている。「脚本家なんですか」「いやあ~、まだなってへんねんけど、すぐなるやろうと先に名刺刷っておこう思て」。マツと顔を見合わせ呆れ顔のみち代。「うん、えーと、あの~」といって二人の名前を聞こうとする天童。
「あー、あのマブチです。マブチミチヨです」
「あ、マツモトキヨコです」
「マブチさんとマツキヨさんね。はい、ヨロシク」
「マツキヨォー」と言って、軽くのけぞるマツ。
「そういえばお二人ってこの間の東都テレビの脚本の大賞作って読みました?」
「あー、まあ一応読みましたけど」
「キツクなかったすかあれ、なんで大賞かまったく分からんですよね。あんな本今までさんざん見たゆう感じじゃないですか。
一ミリもセンスないし、まあ、審査員が古い奴ばっかりやからしゃーないという感じもあるけど、まああのレベルやったら3日もありゃあ書ける思いません?」
「やあー、まあー、でも私ら一次も落選してるんで、まああんまり偉そうなことも言えないんで」
「あー、マジっすか、落選したんすか、あー落選したんや」
天童は一度もシナリオを書いたことがないが、自分を天才だと思い込んでいる。シナリオの合評会でもマツの書いたシナリオをこき下ろす。「いやあ~、ベタすね、なんか散々やり尽くされたネタのオンパレードというか、オリジナリティのかけらも感じないひん言うか、まあ、こういう王道みたいなストーリーが世の中には喜ばれんちゃうかと思いますけど、自分はないすわ。あと、ほかにもめちゃくちゃ色々思いましたけど、いいす、取りあえず」。シナリオスクールにやって来た宇野監督に勧められ、介護関係のシナリオを書くことにするみち代。シナリオの取材のため介護士をしている元カレの松尾(岡田義徳)に頼みデイサービスの仕事をするが、現実はみち代が想像していた以上に厳しい。
書き上げたシナリオを宇野監督に見せるが評価は芳しくない。
シナリオを書きもせず、自分を天才と思い込み、一方的な片想いでみち代に付きまとう天童にみち代の怒りが爆発する。
シナリオを書いていると言い張る天童。
「じゃあ、さっさと見せてよ。黙って聞いてりゃ偉そうに、さっきからグダグダグダグダ、頭おかしいんじゃないの。ねえ、あんたにあたしの何がわかんの、私がどんだけ努力して苦しんできたか、才能がないなんてね、アンタに言われなくても分かってんの。じゃ、アンタは何なの、いつまでたっても自分の現実には気づかないで口ばっかしでさ、本気出したらすごい?大賞ぐらいとる?そんなの誰でも言えるでしょ。自分が特別な人間だなんて、ここにいる生徒みんな最初は思ってんの。いい加減自分の身の程知ったほうがいいと思うよ。偉そうなこと言いたかったら書いて出して大賞とってから言ってよ。書き上げてもいないくせにさ、偉そうにあんたバカじゃないの」
「いや、せやから」
「だから書け、見せろ、それから言え!!」
みち代の容赦ない言葉にショックを受け、一念発起してシナリオを書き始める天童。
𠮷田恵輔作品の面白さは日常的な会話のリアリティ、気まずさ、そこから生まれる笑い。日常会話の面白さが𠮷田恵輔の本領とも言える。だから決して内容的に奥が深いというわけではない。
溝口健二なら「これはただのストーリーです」と言うかも知れない。シナリオスクールの廊下。談笑しているみち代と天童。傍らでコピーをとっているマツキヨ、二人を見て
「ふたり最近仲いいね」
「ぜんぜん」
「あれ、映画はもう撮影はじまったの?」
「あ~いや、ちょっとダメっぽいかも」
「え、ダメって」
「うん、あれからさプロデューサーが色々資金集めしてたみたいなんだけど、難航してるみたいで」
「そうなんだ」
「で、最初はもう少しかかりそうとか連絡あったんだけど、ここん所まったくメールすら来なくなって多分このまま消滅すると思う」
「あ~、そうか」
「でも、なんか聞くと最近はそんなことよくあるらしくて」
「でも、ギャラはもろたんやろ」
首を振るマツキヨ。
「え、それちゃんと言うたほうがいいでしょ」
「別にお金目当てでやってた訳じゃないし、それに言っても多分無理だと思う」
「え~、最悪やなそのプロデューサー。クズやで、あ、マツキヨさん、なんか適当なこと言われてそのプロデューサーに一発やられてもうたりしてないよな」
「うわ、サイテー」
「ええ、ギャグやって」
うつむいたままのマツキヨ。何か意地悪そうな目で見るみち代。女同士の嫉妬が入り混じった内心のバトル。それを見逃さない𠮷田恵輔の観察眼。𠮷田恵輔と仁志原了によるオリジナル脚本。
天童のモデルは仁志原了だという。(仁志原了氏は2016年8月に45歳で急逝)。夢をあきらめきれないみち代が最後に自分自身をさらけ出したシナリオを書いてシナリオライターへの夢に一つの区切りをつけようとする。シナリオを書くことで夢に向かって一歩踏み出す天童。何度観ても笑える、面白い。
そしてちょっと切ない青春への訣別。★★★★★ (★5が満点 ☆は0.5点)
(修正再掲載しました)