本書はビートルズからサッチャーへと銘打っている。1960年代に従前の階級社会等の保守的なイギリス文化への反動としてカウンターカルチャーが生まれ音楽ではビートルズ、ファッションではメアリ・クワントなどが登場し人気を博する。そして1970年代にオイルショックなどの経済危機を経て、サッチャリズムが80年代に席巻する。本書の着眼点は、自由競争が是とされた1980年代のサッチャリズムは1970年代に用意されたわけではなく、1960年代にその素地がみられるという仮説のもと、1960年代に起きた社会変化を文化面などから考察している。
サッチャリズムを準備した社会的情勢として本書が提示する仮説は3つである。
1.1960年代の文化革命がサッチャーの描くポピュラーキャピタリズムに夢見る個人主義を形成した
2.「許容する社会」がサッチャーの政界における栄達を可能とした
3.「許容」を批判するモラリズムがサッチャーの追い風になった
それにしてもなぜ1960年代に文化の変容が起きたのか?が気になったのが、これは第二次世界大戦後の若者がちょうど成人する頃だからである。特に労働者階級は15歳で学校を離れて働いて消費活動を開始する。彼らが消費者の主役となり文化革命の端緒となったのである。消費活動は個人的なものであり、個人主義が進行することになるし、企業は個人に向けてマーケティングを行うので、消費者のうちのマジョリティ(労働者階級の若者)向けの商品が市場を席捲することになる。個人の自由な経済活動領域が広まることで、社会もそれを許容するように変化し、従前道徳・倫理を成した教会も勢力を失っていく。こうした大きな時代のうねりにあって、英国に従前あった上流階級・中流階級・労働者階級というヒエラルキーは揺さぶりをかけられて、労働者階級出身のビートルズが勲章を得るまでに躍進する(ただ反感も強く、軍人の受章者は返還する者も出たそうだ)。しかし、こうした既存の価値観の崩落という潮流に抵抗する人が出てくるのも世の常であり、メアリ・ホワイトハウスはモラリズムの逆襲よろしく当時新興の若者文化への抵抗運動を開始し、いくつかは立法にまでこぎつけているそうだ。
サッチャーはオックスフォード大を卒業しており、父親は地元の市長を歴任した名士であるが、本業は雑貨商であり、地方のローワーミドル(中産階級の下層)に属し、宗派は英国国教会ですらない。英国教会を信仰する上流階級の男性政治家が依然として主流だった当時において、中流階級の雑貨屋のプロテスタントの娘が、英国首相にまで上り詰めることこそが、1960年代以降の許容度の高いイギリス社会でこそなしえたことだという。さらに彼女の描く自由競争の理念は、個人主義化が進行していた当時のイギリスにおいて夢のように見えて支持を集めたのだろう。階級は関係なく個人の努力で成功できるという理念は、特に労働者階級にとっては福音だった。本書によると経済活動は自由競争を是とするサッチャーだったが、倫理・道徳面ではモラリズムよりで先のメアリ・ホワイトハウスとも親交があったようだが、政策面では優先度が低くほとんど反映されなかった。
本書は明確に当初の仮説のうちの1つに理由を断定していないが、サッチャリズムの帰結については否定的・批判的である。イギリスは、サッチャリズム後において、格差と分断が深まり、責任は小さいが権限だけ強い国家が君臨し、権威主義的に規律を課そうとするようになったという。名目的な経済成長はできたものの文化革命のような創造力もない。残ったのは不寛容で、福祉国家のセーフティネットもない国家であるという。なぜか社会学者は左派的な人が多いが、社会学者よろしく本書の著者もサッチャーの批判が先にあり、それを準備した時代としての1960年代の分析を行っている。しかし、サッチャーの政策に賛同するわけではないが、サッチャー政策の結果分析は特に本書ではしていないのに、サッチャリズムは失敗との前提で論述するのはいかがなものだろうかと思う。ただ1960年代におきた文化革命が現代の英国を準備したという見解は興味深く、またビートルズの革新性を含めて非常に勉強になった。
