今回のショパンコンクールでは日本人2名が入賞したが、やはり注目すべきは優勝者のブルース・リウである。彼の師であるダンタイソンがインタビューに答えているが、会場では彼が協奏曲を演奏するとスタンディングオベーションだったが、こんな光景は見たことがないという。彼の演奏はイマジネーションとファンタジーに満ち溢れているという。観客の反応とYoutubeでライブ視聴している人とは反応が異なっていて、二次予選で敗退の牛田氏もYoutubeでは好評だったが、会場の反応はイマイチ。入賞候補だと思われたシモン・ネーリングも、他のコンテスタントへの拍手の半分程度であっさりだったというから、生の大ホールでの聴こえ方とマイクで拾った音はだいぶ違うのだろう。早速ブルース・リウのコンサートがあるのでチケットを買おうと思ったが、即刻完売で買えず笑。ガラコンサートがあるので、そちらにかけようと思う。

 

それにしてもショパンコンクールでは、前回も含めて、カナダ人出身者の活躍が目立つ。前回はトニー・イーケ・ヤンが第5位、シャルル・リシャール=アムランが第2位に入っており、今回だと第6位にジェイ・ジェイ・ジュン・リー・ブイが入っている。なお、ブイもダンタイソンの弟子である。ちなみに、アムランを除くと全員アジア系である。アムランの演奏はカナダで生で聴いたが、素晴らしかったのを覚えている(LINK)。なお、ブルース・リウ、シャルル・リシャール=アムランはケベック州出身であるが、カナダとはいえこちらはフランス語圏である(シャルルはフランス語読み)。

 

北米勢の活躍といっても多くはアジア系であり、多くのアジア系移民を受け入れているアメリカ・カナダは、これからクラシック音楽人材の重要な供給地になるだろう。アジアで最初に西洋音楽を受容したのが日本で、続いて韓国、最近中国も勢いがあるが、これからは北米の時代になるのかもしれない。日本人入賞者の小林愛実も何を隠そうアメリカのカーティス音楽院で学んでいる。

 

アジア系ピアニストがなぜこんなに活躍するのだろう?中村紘子女史もエッセイに書いていたが、欧米人の良家の子女は、音楽家だと食べていくのが大変なので、医者・弁護士などの専門職なり、高給の金融などに流れて行ってしまっているという。欧州文化への憧憬のあり、かつ音楽にお金をかけられるアジアアッパーミドル以上のインテリのアジア人が増えているのは、これが理由だ。天才児で有名な矢野祥(21歳で博士号2つ取得)もピアノコンサートも開催するほどの腕前だったが、現在は医師である。カナダ人のレオナード・ギルバートはショパンコンクール第16回で二次予選まで進んだが、現在はカナダで税法弁護士(日本でいう税理士)である(彼のコンサートにもいったことがある:LINK)。アンドレイ・コロベイニコフは4か国語を話し、17歳で大学卒業し司法試験もパスしているが、19歳でモスクワ音楽院を卒業、スクリャービン国際コンクールで優勝している。現在はモスクワ大で民法の研究もしているという。彼の公開レッスンを観たことがあるが(LINK)、オペラなどの知識も豊富で驚かされた。

 

ただ日本でも先進国になってから暫く時間が経過したので、欧米と同様の傾向が出てきており、ピアノは上手だが音楽大以外を目指す人も増えている。今回のショパンコンクール出場者の沢田蒼梧は名古屋大医学部生であるし、角野隼斗も開成から東大・東大院修了である。他にもピティナピアノコンペティションD級全国大会第1位だった佐野峻司氏は、気が付いたら北海道大学医学部を卒業して医師になっている。プロとしても活躍している上杉春雄も北海道大学医学部を卒業し、医師として働いている。

 

上記をみても、ピアニストは賢い人が多いが、これは実際のところピアノ演奏には金も時間もかかるし、楽譜を読むリーディングスキルの他に音楽の背景知識も理解する必要があり(最低限の知性は必要)、加えて一日数時間の練習を苦と思わない忍耐力・体力も必要である。それゆえピアノが上手な人には優秀な人が多いという傾向があるのは事実だと思われる。当方の師事する先生の生徒さんのうち、中学ぐらいまで真面目に続けられる生徒さんはほぼ全員が上位高校に入っているという。

 

ちなみに、少し前だと「ゆとり世代」はダメだといわれたが、昨今の国際ピアノコンクールの入賞者をチェックすると、日本の若手は大活躍である。今回入賞した反田恭平・小林愛実の両名以外にも、今年度のリーズ国際ピアノコンクールで小林海都が第2位、ルービンシュタイン国際ピアノコンクールでは桑原志織が第2位に入っている(彼女はブゾーニでも第2位入賞)。2年前には藤田真央がチャイコフスキーコンクールのピアノ部門で第2位、ロンティボーでは三浦謙司が優勝、務川慧悟が2位に入賞し、トップツーを日本人が占めた。若手の日本人音楽家にはますます活躍していってほしいものだ。

1位: ブルース・リウ (カナダ)
2位: 反田恭平 (日本) ・アレクサンデル・ガジェヴ(イタリア・スロベニア)
3位: マルティン・ガルシア・ガルシア(スペイン)
4位: 小林愛実 (日本) ・ヤクブ・クシュリク (ポーランド)
5位: レオノラ・アルメリーニ (イタリア)
6位: ジェイ・ジェイ・ジュン・リー・ブイ (カナダ)

 

・コンチェルト賞: マルティン・ガルシア・ガルシア(スペイン)
・ソナタ賞: アレクサンデル・ガジェヴ(イタリア・スロベニア)
・マズルカ賞: ヤクブ・クシュリク(ポーランド)

(出典:LINK

 

昨夜の記事(LINK)で、日本人の入賞は確実と思うと書いたが、2名とも入賞だった。これでショパンコンクールに10位内に入賞した日本人は14人である(特別賞は除く)。反田氏は優勝でもよかったと思ったがあと一歩。とはいえ、ショパンコンクール第2位は日本人にとって最高位で、半世紀前の内田光子以来の快挙である。私が好きだといっていた、アレクサンダー・ガジェヴは第2位、ジェイ・ジェイ・ジュン・リ・ブイは第6位だった。ガジェヴが入賞したことで、さらにガジェヴを輩出した浜松国際ピアノコンクールは若手の登竜門としての威信が高まる。

 

小林愛実とヤクブ・クシュリクに期待していると書いたが、両名とも第4位だった。入賞候補といっていたマルティン・ガルシア・ガルシアは第3位。意外なのがレオノーラ・アルメリーニで、技術面よりも彼女の演奏の音楽性を見込んで入賞させたようである。カミル・パホレツの演奏は「特に印象残らなず」と書いたが落選し、エヴァ・ゲヴォルギヤンも、「ジェイ・ジェイ・ジュン・リ・ブイ、ハオ・ラオのほうが一枚上手」と書いたが、落選したので、まぁ、予想通り。ただ私の推しの一人のハオ・ラオも落選だったのが残念だが、ファイナルの演奏的に大方は当方の予想通りだった。

 

一方、お恥ずかしながら全くノーマークのブルース・リウが優勝だった。全員の演奏を全部は視聴していないものの、彼の演奏はアーティキュレーションなどが独特で個人的にはあまりだったのでスルーしていた。ただやはり予選の演奏を再度聴いても、ピンとこないんですよね。「歴代優勝者のチョソンジン、ブレハッチ、ブーニン、ツィマーマン、アルゲリッチ、ポリーニとかに並ぶ演奏なのか・・・?」と素人耳の私は思ってしまう。生で聴くのとだいぶ印象は異なるので、機会があれば、コンサートに行って聴いてみたい。ブルース・リウはパリで中国人夫婦のもとに生まれて、その後、カナダ・モントリオールに引っ越したようで、ダイ・タイ・ソンの弟子だそうだ。ブルース・リウは仙台国際音楽コンクール第6回大会で第4位で日本にゆかりがあるようだ。

 

ちなみに、仙台国際音楽コンクールの第1回大会優勝者のジュゼッペ・アンダローロはその後ブゾーニ優勝、同大会で第3位のユジャ・ワンは超絶技巧でアメリカを中心に超人気、第4回大会で第5位のムン・ジヨンは、その後ブゾーニ優勝ということで、そこそこ活躍している人を輩出しているのだが、やはり浜松国際ピアノコンクールに比べるとかなり見劣りしてしまう。

 

ただ今回の入賞者をみると、最近入賞者を出せていなかったポーランド・日本・イタリア・スペインから入賞者を出した印象を受ける。ショパンコンクールは国籍への配慮があるのか?の記事で、地域バランスへの配慮があるとすると、今回は「中国・韓国・北米は0~1名程度」と書いたが、実際、中国・韓国は0人だった。カナダが2名だったのが意外だった。ポーランドは2名入るかなと思ったが、さすがに力量的に2名入賞者を出すのは難しかったと思われる。

 

今回はかなり正統派のピアニストを落としているので、次回は揺れ戻しで、正統派のピアニストが増えるのではないかと思う。また、前二大会と今回の大会で入賞者の地域バランスはだいぶ取れたので、次回はまた完全実力方式になるのかなと思う。今回の日本人の結果は順当だと思うが、予選で落ちた人も含めると、個性的なピアニストをだいぶ入賞させた異色の回だと思う。入賞者が今後活躍すれば審査員はやはり名伯楽ということになるが、彼らの活躍の如何は聴衆次第である。

 

いよいよ、ショパンコンクールもファイナルも終盤。日本時間でいうと今夜に最後の演奏者が演奏を終えて入賞者は明朝にも発表される予定だ。ただこれまでの演奏を聴いて、おそらく反田氏の入賞はほぼ確実だろうと思う。なんなら日本人初の優勝もあり得るのではないかと期待してしまう。正直いうと、個人的には反田氏の演奏は好きではないが、彼の卓越性は認めざるを得ない。小林愛実も予選の演奏を聴いていると、優勝はないが入賞者はほぼ確実ではないかと思う。小林愛実は前回入賞しなくて良かったと思う。前回ギリギリ6位に入賞していたら、今回ほどの成熟はなかっただろう。コンクールに入賞し、研鑽を放棄して廃れたピアニストは数多い。

 

個人的に好きなのはジェイ・ジェイ・ジュン・リ・ブイ、ハオ・ラオ、アレクサンダー・ガジェヴ。ガジェヴは、シドニー国際ピアノコンクールと浜松国際ピアノコンクールで優勝しているので、彼が入賞すれば、浜松国際ピアノコンクールは難関ピアノコンクールの登竜門として威信は高まるだろう。ジェイ・ジェイ・ジュン・リ・ブイ、ハオ・ラオはどちらも若手なのでどちらかの入賞になるかもしれないが、どちらも素晴らしい演奏だったと思う。

 

その他の人だと、カミル・パホレツは、ごめんなさい、特に印象に残らず・・・。華やかでもなく、ダイナミックでも、独自色があるわけでもなく、過度な繊細さがあるわけでもなく(私の趣向の問題ですが・・・)。イタリアのレオノーラ・アルメリーニは、コンチェルトについてはいかんせんミスタッチが多く技巧的に不安定で、不慣れなのか若干迷走気味で、審査員が彼女の演奏に何かを見出さない限り入賞は難しいと思う。マルティン・ガルシア・ガルシアは体格が良く手も大きいが、音は繊細で意外とセンチメンタル。ただ、スペインよろしくもっとダイナミックに華やかに大胆に弾けばいいのにと思ってしまう。ただ観客も熱狂し、審査員も拍手していたので会場だともっと演奏は良いのかもしない。彼は入賞候補だと思う。若き新星エヴァ・ゲヴォルギヤンは、パワフルでフレッシュで生命力あふれる演奏だが、独創気味でオーケストラとの調和がもうちょっとあるといいかも(?)。若手枠で入賞はあり得るが、だったらジェイ・ジェイ・ジュン・リ・ブイ、ハオ・ラオのほうが一枚上手ではないかと思う。

 

あと4名残っているが、小林愛実とヤクブ・クシュリクに期待している。

 

ただ全体的に前回に比べると申し訳ないが技巧面で拙いと感じてしまう場面も散見される。もうちょっと予選でそつなく弾いているピアニストいなかったっけ(?)という感もあるが、やはりこれは審査員の趣向の問題なので外野がどうこういう問題ではない。明日、起きた頃には演奏がすべて終わって結果が出ている頃だ。どういう結果になってもそれが審査員、ひいてはショパンコンクールの結果なのだから受け入れなければならない。その結果が正当であるか否かは、その後の入賞者の活躍という歴史の審判に委ねるしかない。

「音楽の秋」ということで、仕事終わりにダッシュでサントリーホールに行ってきました。日本出身だが現在はイギリス拠点の内田光子のピアノコンサート。ちなみに、今回は写真を撮り忘れたので、添付の写真はこの前別のコンサートで行ったときに撮影したもの。

 

内田光子は外交官の父の仕事の関係で、12歳から欧州で暮らしている。 ウィーンのベートーヴェン・コンクールで第1位、ショパン・コンクール第2位、リーズ・コンクール第2位、ミュンヘン・コンクール第3位と華々しいコンクール入賞歴を誇り、グラミー賞、高松宮殿下記念世界文化賞(音楽部門)、 DBE(大英帝国勲章第2位)なども受章している世界的なピアニストである。

 

〔曲目〕

・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第15番 ヘ長調 K. 533 / K. 494 
・ベートーヴェン:ディアベッリのワルツによる33の変奏曲 ハ長調 作品120

 

内田はモーツァルトの名手といわれるが、ソナタ第15番は特に内田の好きな曲だそうだ。三楽章から成るが、三楽章目はもともと別にロンドとして作曲されたが、ロンドK.494の改訂を経て、改めて三楽章の「ソナタ」として出版されている。正直、対位法的要素が散りばめられ、三楽章はカデンツァ風のパッセージなど豊かな内容である。しかし、第二楽章の不安定な楽曲に若干の不安感を感じてしまう。モーツァルトというと明るく華やかな曲のイメージが強いが、緊迫感・焦燥・諦念を感じさせる楽曲も多い。本作は非常に込み入っていて、個人的にはあまり好きではないが、ピアニストにとっては非常に追及し甲斐があるだろう。

 

「ディアベッリのワルツによる33の変奏曲」はベートーヴェンの晩年の傑作である。もともと作曲家アントン・ディアベリが、作曲家50人に1人1曲ずつ変奏を書いてもらい、長大な作品に仕上げようとしたが、ベートーヴェンは主題を評価せずに放置。しかし、その後、ベートーヴェンはその主題から自身で33の変奏曲を書き上げたのだった。後半になると、もはや主題の面影は消えて、ワルツの形式も放棄され、主題の原型はなくなっていく。難解な楽曲で、”宇宙”とも評される。変奏曲は特に法則性もなく放埓とも思われるが、音楽的には有機的な連なりと秩序があるという。

 

大学時代の音楽史の先生曰く、古典派はソナタ形式が流行したが、これは啓蒙主義の現れであるという。結果的にベートーヴェンが信奉したナポレオンは皇帝に即位し、共和制は崩壊し、啓蒙主義も勢いを失った。理性によって与えられた一定の秩序の中で、2つの主題がせめぎあってアウフヘーヴェンするというソナタ形式は、もはや時流ではなくなった。ベートーヴェンの晩年のソナタは二楽章制になるが、それはもはや三楽章を書けなくなったからという。そして晩年に書いた「ディアベッリのワルツによる33の変奏曲」。なぜ晩年は変奏曲になったのか。それは啓蒙主義が終わり、自由社会、百花繚乱の社会の幕開けを予感させていたというのは言い過ぎではないだろう、といっていた。ベートーヴェンの楽曲は非常に難解で奥深い。

 

本日の楽曲はあまりにも難解で特に内田光子氏の演奏をどうこういうほど理解が追い付かなかった。あまりにも深淵で巨大である。やはり難解な古典派より私はロマン派のほうが性に合ってる。ただ拍手は明るくなっても鳴り止まないほど盛況だった。本当に巨大な音響の芸術だった。

 

「芸術の秋」ということで、上野・東京都美術館で開催されている「ゴッホ展」に行ってきた。ゴッホの世界最大の個人収集家がヘレーネ・クレラー=ミュラーであるが、ヘレーネが初代館長を務めたクレラー=ミュラー美術館のコレクションから、選りすぐりのファン・ゴッホの油彩画28点と素描・版画20点を展示している。

 

新印象派の影響を色濃く見せるパリ時代の「レストランの内部」、黄と紫の対照がまばゆいアルル時代の「種まく人」、糸杉を描いたサン=レミ時代の傑作「夜のプロヴァンスの田舎道」などが代表作だが、初期から晩年までのゴッホの画業をたどっている。また、ミレー、ルノワール、スーラ、ルドン、モンドリアンらの作品20点もあわせて展示されている。そのほか、ファン・ゴッホ美術館から「黄色い家」を含む4点が展示されている充実の内容である。

 

時代をおうように展示があり、最初入ったときに素描が多い。その後、彼が新しい表現を模索していたパリ時代、アルル時代、サン=レミ時代と経ていくが、徐々にゴッホらしさが確立されていく要素は興味深かった。ゴッホのこれだけ豊富な素描は初めて見たが、本質をとらえる的確なもので、ゴッホの名画は素描の下地なくしてあり得ないと悟った。個人的にはパリ時代の新しい色彩への試みやスーラの点描画の影響や浮世絵を感じさせる、作家性の変遷期の作品が興味深かった。

 

またドラクロワの色使いの影響を受けているそうで、ドラクロワの「善きサマリア人」の模写も今回展示されている。ミレーにインスピレーションを得ている「種まく人」には感銘を受けた。ネットでも絵画は観れるが、強烈な色彩感と、それから想起される艶やかな心象は本物でないと味わえない。荒々しいタッチと絵具の隆起、それによって生じる立体感はネットの二次元では到底分からない。

 

そして本作の目玉が「夜のプロヴァンスの田舎道」」であるが、幻想的な世界観が感じられる。空に輝く星は、水星と金星であるが、印象的に輝いている。これは天文合によってシリウスに匹敵する輝きを放った1890年4月20日の出来事が影響していると言われる。輝く星とぼやけた星を分断する糸杉。これは生と死を分かつようにみ見える。空は宇宙的な世界観であるが、右下の道は歩行者がおり現実感がある。最初に観たときに感じる違和感の正体は、この宇宙・神秘的世界観と、馬車・歩行者という現実感の同居である。鑑賞者は自己を絵画の歩行者に投影することで、巨大な宇宙につつまれる存在であることを感じることができる。

 

ちなみに、個人的に最も衝撃的な作品が「サン=レミの療養院の庭」である。サン=レミのサン=ポール=ド=モーゾール療養院に入院しているときの作品であるが、緑の木々の新緑が美しい作品である。珍しくゴッホのサイン入りである。奥行きをつくる暗い色調がどこか不安を呼び起こすが、一方で、明るい色彩も配されて希望を感じさせる。ネットの画像で観ると本当になんてことはないが、生で観ると、根の具のタッチの荒らしさと、鮮烈な色彩感が脳裏に焼き付いて、強い印象を残す。絵画下部の草地に輪郭を与える絵具のタッチが印象的だった。

 

よくネットで十分という人がいるが、二次元でしかないネットの画面では、生でみる鮮烈な印象は得られない。絵具の立体感も鮮烈な色彩もネットでは分からない。ネットで得られるのはただの情報で、あって生の体験とは異質なものである。ネットが普及するほどに、現実での体験の価値が上がるとすら思う。本当に良い美術展だった。多くの人にゴッホの鮮烈な色彩を感じてもらいたい。