宿泊地の近くの富士屋ホテルを訪問。

皇族など数多のセレブが宿泊した日本を代表するクラシックホテルの名門。


本日のお宿はエクシブ箱根離宮。

何度来ても映えるロビー。


新緑が綺麗です。


お部屋はこんな感じ。


ディナーでは鮑が美味でした。


 

 

ラグジュアリーというと、価格が高い贅沢品というイメージだが、昨今こうしたラグジュアリーの在り方が徐々に変容してきているという。旧来のラグジュアリーから変容した、これからの時代の「新しいラグジュアリー」に迫ったのが本書である。学術研究も踏まえた内容で、これからの経済を考える良い視点を提供してくれる。

 

もともとラグジュアリーは西洋の貴族社会で発達し、その後、新興の中上流階級にも広がり、20世紀に入るといよいよ大衆化した。しかし、ここ数十年においてラグジュアリーブランドは、消費層の低年齢化、植民地時代の記憶の問題、文化盗用問題、サステナビリティなどの問題に直面してきている。昨今だと、もはやルイ・ヴィトン・グッチ・プラダなども一般化し巨大ビジネスとなっているが、これらのブランドの大衆化は1984年のフランス人のアルノーのディオールの買収に端を発する。

 

アルノーはその後も買収を続けて巨大なLVMHグループを構築し、一時的に世界一の大富豪にもなった。実はアルノーはグッチも買収しようとしたが、グッチ側が反発し、グッチの社長が弁護士だったこともあり、泥沼裁判に持ち込んで、なんとかグッチが勝訴し、ホワイトナイトのピノーに買収してもらったという経緯がある。いまではグッチはLVMHに次ぐコングロマリットのケリンググループの中核ブランドである。

 

昨今のラグジュアリーの意味の変容の端緒はシャネルにあるようである。貴族社会では希少性や富が支配的である中で、コスチュームジュエリー(イミテーションの宝石)を身に着けて、素材の希少性とは紐づかない”モード”を生み出したのだ。値札をぶら下げるのはエレガントではないというシャネルの主張はその通りだが、日本では依然とブランドネームに固執し、不毛なステータス争いしている人も少なくないが、滑稽である。

 

しかし、こうしたステータス性を重んじるラグジュアリーではなく、新しいラグジュアリーが生まれつつあるというのが本書の指摘である。旧来のラグジュアリー(権威・ステータス・豪華さ)を”カトリック”とすれば、よりパーソナルで簡素で庶民性を持つ”プロテスタント”なラグジュアリーが、新ラグジュアリーである。実際、最近のヴィトン等は、アメリカのストリート文化を取り入れたようなカジュアル・ラフなデザインを好んで用いているが、カトリック的な旧来のラグジュアリーには相いれない。しかし、それが広く人気を博しているのは、本書の言うように、ラグジュアリーに変容が生じている証左である。

 

ラグジュアリーブランドはグローバル化するにしたがって徐々に文化摩擦も引き起こし、その過程で植民地支配の歴史とも直面せざるを得ない。D&Gは中国向けのPR動画が、人種差別だと批判が殺到し、LVMHは文化盗用だと批判されて商品の販売中止を余儀なくされている。

 

本書で興味深いのは「人文科学軽視」のもたらす弊害である。経済合理性の追求によって生じる資源の無駄遣いや人権軽視、カルチュラルリテラシーの欠如は大きな消費者の反発を生じさせる。ここらへんの超えてはいけない一線の感性は、人文的な知性(倫理観・カルチュラルリテラシー・ヒューマニティ)がないと峻別がつかない。日本の和服の帯を、ファッションショーで踏みつけにして、平気なブランドはこれからは生き残れない。前述のD&Gが良い例だ。以前みた「メットガラ ドレスをまとった美術館」でも、主催者側の中国のコンセプトに対して、なんで古い中国の文化ばかりフィーチャーするんだと中国側のスタッフが反発するシーンがあって興味深かった。一方的なステレオタイプとその押しつけは、人文科学の軽視の産物である。

 

日本ではラグジュアリーブランドがあまり定着しておらず、”良いものを安く”の精神が強い(個人的には良いものには相応の対価を払うべきだ)。マーケティングやブランディングも弱いので、欧米のラグジュアリーブランドに伍するものはない。欧米ではラグジュアリーブランドに関するMBAコースがあり、ラグジュアリーブランドの経営に必要な知識を体系的に学べるが、早大MBAの長沢伸也教授のように個人レベルでは研究者はいるが、日本ではそうしたコースは無いのが現状だ。

 

結果的に日本は価格競争の安売り合戦になって消耗しあっているように思う。良いものを高く売らなければドンドン貧しくなるだけである。最近は円安で、海外の観光客呼び込みに追い風だという声もあるが、金のない旅行客が来られても儲からない。日本はハイエンドのサービスや商品を提供し、それ相応の対価を貰うという、スイスのような国を目指すべきだと思う。ではスイスを目指すには何が必要かといえば、”ラグジュアリー”への知識であり、豊富な人文科学の知見である。しかし、日本の筆記試験だけ得意な官僚にも、高齢者で構成される政府にもそれは望めない。経団連のオジサン達にもそうした発想はなさそうである。実際、クールジャパン機構は赤字を垂れ流し続けている(LINK)。新・ラグジュアリーに呼応する日本ブランドもいくつか本書で紹介されているが、国際マーケットでの存在感は限定的だろう。さて、日本にラグジュアリー文化は根付くだろうか?ラグジュアリー市場で日本企業は生き残れるだろうか?おそらく無理だろう。

 

 

海外から名画が来日すると大々的に宣伝されて美術展は恐ろしいほど大混雑する。なぜこんなにも日本の美術展は混雑しているのだろうか?そんな美術展の裏事情をつまびらかにしたのが、美術展の裏事情を知る作者が書いた本作である。著者は国際交流基金で日本美術の海外展開に、その後、朝日新聞社で展覧会企画に携わり、その裏側を熟知した人物である。

 

日本では美術展は新聞社が企画したりし、そのため大規模な宣伝が行われ、人が押し掛ける。おまけに日本の場合はテレビ局と新聞社はつながりが強いのでテレビでも宣伝され混雑に拍車をかける。席に限りがあるコンサートと違って美術館は詰め込もうと思えば詰め込めるので、採算をとるためにチケットを多く販売し大混雑となるのだ。新聞社は本業が衰退の一途なので美術展は収益源ともなっている。

 

よく日本では画家ではなく、「XXX美術館展」が多いが、これは画家の展示会をしようとする、作品をいろんなところから集めるので大変だが、美術館展の場合は、海外の美術館が改装のタイミングで、非展示の作品を一括で引き受ければいいので、楽だからだそうだ。要はお手軽なのだ。しかし、日本の美術館の学芸員からすると、新聞社が企画して取引先の美術館から作品を指定されてしまうので、独自の企画などで力を発揮する場面がなくやる気を失ってしまうという弊害もある。おまけに国立の美術館などは官庁が天下りである場合も多く、学者気質の学芸員より新聞社の営業マンの方があしらいやすいので新聞社の持ち込む企画の方を優先されやすいという事情もあったりするようだ。

 

結果的に日本では美術館は企画展の展示スペースと化しており、常設展を楽しむという文化があまり根付いていない。一方で、不便なところにある美術館についてはそうした持ち込み企画がないので、学芸員がちゃんと調査を行った渋い企画が行われているという。しかし、公立図書館は地域振興のために不便な立地にある場合も多く、盛り上がらない。ここらへんは行政の責任だろう。なお、本書で、板橋区立美術館について書かれていたが、最寄り駅が都営三田線「西高島平駅」で、徒歩約14分( ̄▽ ̄;)。せめて駅近ならいいのに。。なぜこんな立地に作ったんだろう・・・(話はズレるが都営三田線は和光市駅に接続すれば便利になって住宅地としても人気上がりそうなのにと常々思う。いまだとほんと西高島平って東京の最果ての地って廃れた感じだけど。)。

 

 

以前行った「サンシャワー」(東南アジアの現代美術展)(ASEAN設立50周年記念の美術展)はキュレーター4名が綿密に調査した美術展だったが、本来的に美術展ってこうあるべきなんだろうなと思う。日本の美術館はとてもガラパゴスだが、しかし、日本の現代アートやトリエンナーレなどは好評を博しており、現代美術の見せ方について日本がモデルケースになるのではないだろうかとも指摘している。

 

本書の著者はやや日本の美術館の在り方についてはネガティブにみているが、正直、新聞社の企画する美術展はそれはそれで興味深いと思うし、普段、美術に興味がない人にも美術鑑賞の機会を提供していて(それが美術鑑賞目的というよりただの物見遊山でも)、日本全体の文化水準を底上げしていると思う。

 

ちなみに、本書でも紹介されているが、山本幸三・地方創生相が、観光振興をめぐって「一番のがんは文化学芸員と言われる人たちだ。観光マインドが全くない。一掃しなければ駄目だ」と発言して話題になった。これは日本における専門家への理解のなさが露呈している。博物館法第4条第4項にあるように「学芸員は、博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる」のであって、企画係でもなければ、観光推進担当係でもない。こうした専門家軽視では日本の美術や文化財などはちゃんと保存維持できまい。完全素人の意見であるが、必要なのは、美術と観光を架橋できる人材の育成だろうし、そうしたポストの設置だろう。専門家は象牙の塔にこもってしまいがちではあるが、これをうまくマーケティング領域などと架橋できる人材が必要なのだろう。

通貨危機の足音・・・。韓国ウォンが対ドルで13年ぶりの安値。の記事でも書いたが、ウォン安が止まっていない。対ドルでみると、一時的に急速に戻しているが(おそらく為替介入)、あっという間に元通りである。1ドル1295ウォンとなっており、このままだと通貨危機である。1ドル1200ウォンが防衛線と言われていたのは今も昔である。

LINKのスクリーンショット

 

日本も円安ではあるが、日本は金利の利上げをしてないので当然である。韓国は利上げしてこの通貨安であるので、かなり危機的だ。韓国は利上げすると家計債務の負担が増えるので、利上げして通貨安に歯止めをかけようとしてもマイナスの影響が大きく、利上げしないで通貨安を放置すると通貨危機まっしぐらというどっちに転んでも悲惨な結末である。

 

結局、最近は韓国経済が好調という報道も多いが、国内マーケットも小さく、金融も脆弱な国の方が、日本より脆いというのが現実である。さらなる利上げか、このまま通貨安まっしぐらか。結果がみれるのはそう遠くない未来である。

 

久しぶりの銀座。家出たときは小雨だったけど見事に晴れました🌞

 

夏用の靴を買い出しに。

 

表参道店限定品だったけど、銀座店で担当スタッフに取り置きしてもらってました。

 

買い物の後は晩御飯。いきなりステーキへ行ってきました。

 

いきなりステーキなのにオイスターを展開している店舗もあります笑。

 

原点回帰キャンペーンで計り売りになってました。ヒレステーキ300gをペロリ。

 

低カロリーなので最近は専らヘルシーなヒレにしています。

 

一時期は肉質が低下しまくってましたが、最近は改善しています。

 

良い休日でした。