前作公開から20年。「プラダを着た悪魔2」がようやく公開されたが、前作もそこまで古い作品のイメージがなかったので、時の流れの早さに驚いてしまう。20年も経ってるのになぜか出演陣は全く老けているように見えないのが凄い。フォックスがディズニーに買収されたこともあり、ディズニーよろしく、コンプライアンス重視の昨今の情勢を意識し、さらにポリコレ要素も取り入れている。全体的には面白かったが、やはり前作は、2006年公開だからこそ描けたものであり、映画にはその時にしか描けない時代性があるなと思う。”ボディ・ポジティブ”なんて当時のファッション業界では見向きもされていなかった。

本作では、ここ20年におけるファッション業界・メディア業界の激変(メディアの衰退、雑誌のネット配信化、モデルのAI化、ラグジュアリーブランドの強大化など)も描写されている。そうした時代の流れにミランダも抗えるわけではない。彼女も雇われている側に過ぎないのだ。伝説的なファッション誌も、経営者の意向によって左右されてしまう。コーポレートガバナンスの観点で自由勝手で横柄な行動もできないし、予算だって簡単にカットされてしまう。

 

前作では、ファッションはある種、魔法のように描かれていたように思う。ナイジェルの台詞で「And what they did, what they created was greater than art because you live your life in it. (AI翻訳:そして彼らが成し遂げたこと、彼らが創り出したものは、芸術を超えるものだった。なぜなら、人はその中で人生を生きるからだ。)」というものがあり、映画のファッションの捉え方を端的に示している。

それが本作では、広告主の意向やコーポレートガバナンス、財務状態だとか、冷徹な企業論理に翻弄されてしまう。20年の時代の変化の結果仕方がないのだが、ミランダのまとっていた威光やファッションが持つ魔法がはぎとられてしまい、資本主義の論理が押し寄せてくる。当然、製作陣もそれを意識しており、劇中で、ある大富豪の男性は、未来は待ってくれない、まるで「ポンペイの溶岩」のように押し寄せてくるのだとという。我々はそれを受け入れるだけだと。

ここら辺の描写が前作ファンにはちょっと受け入れられないのかもしれないが、実際に起きている冷酷な現実である。日本でも歴史ある有名誌が廃刊になったりすることは珍しくない。予算カットでメディアの特集はどんどんチープになっていっている。映画なので本作ではハッピーエンドになって良かったのではあるが。

それにしてもレディ・ガガが登場して驚いた。本人役で歌まで披露。さらにドナテラ・ヴェルサーチ、ナオミ・キャンベルなどもカメオ出演しているので、見逃せない。新キャラではインド系英国人のシモーヌ・アシュリーが非常に目を引く。アジア人のジン・チャオの描写がアジア人差別という批判もあったが、主人公のアンディーも白人だが眉毛をいじられ、新しいアシスタントは太めの白人だったりと、風刺に満ちているので、そこまで気にならなかった。

なお、主人公が肩掛けしている黒いレザーバッグはNY発のCOACHのもので、終盤の伏線にもなっている。保守的なファッションのミランダが、タッセル(糸や紐を房状に束ねた装飾品)付きのジャケットを着ているのが気になったが、ドリス ヴァン ノッテンのもの。なぜこんなジャケット着ているのかと思って検索したら、前作でミランダがセルリアンブルーについてモノローグを語った際に着ていたコインが付いたジャケットへの対比であり、社員食堂での保守的なスーツのコンサルタント達との対比になっているようだ。細かい描写を上げればキリがないが、ミランダの仮面を被ってるシーンがあるが、メルビン・ソコルスキーとツィッギーの写真へのオマージュだろう。

ただ描き方で違和感だったのが、エコノミークラスに乗るシーン。ホテルは豪華なところに泊まっているのになんで飛行機はエコノミークラス?ミランダなら自己負担でアップグレードすればいいのに。高価な衣装もあるのに専用車もNGなんてあり得ない。

細々と書いたが、素晴らしい映像と音楽で十分に楽しめると思う。華やかな業界を、昨今の社会情勢変化をうまく取り入れて、地に足のついた作品として描いていて、20年ぶりに続編を製作した価値があると思う。GWで大混雑だったので、もう少ししたら落ち着いて観なおしたいと思う。

 

なお、「109シネマズプレミアム新宿」で観たのだが、本作の映画仕様になっていてなかなか見ごたえがあるので、オススメ。ただGWなこともあり、大混雑で、上映に間に合わず、飲み物を受け取れなかった ( ̄▽ ̄;)
 

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赤いハイヒールをあしらったフラワーアレンジメント

 

モエ・エ・シャンドンのシャンパンタワー。

 

映画「ツイッギー」を観てきたのだが、その中で1960年代のモデルスクールは上流階級出身の令嬢が多かったというシーンがあり、興味を持った。もちろん、成り上がりも多いのだが、たしかに言われてみると、上流階級出身のモデルは多い。ちなみに、ツイッギーは労働者階級出身で、その点も当時としては珍しかったようだ。

 

例えば、2023年に亡くなったジェーン・バーキンは、エルメスのアイコニックな鞄の”バーキン”の由来にもなっているが、女優・歌手としてもモデルとしても活躍した。彼女の出たバーキン家はレース業で財を成して政治家も輩出した准男爵家である。また、2020年に50歳で亡くなってしまったがステラ・テナント。カール・ラガーフェルドのミューズとして、シャネルのモデルとして有名になった。父方の祖父がグレンコナー男爵、母方の祖父はデヴォンシャー公爵という両親から貴族の血をひいている。同じくカール・ラガーフェルドのミューズだったイネス・ド・ラ・フレサンジュは、父親がフランスの名門貴族で伯爵である。

 

存命のモデルをみてみても、例えば、カーラ・デルヴィーニュは、モデルとしても歌手・女優としても活躍しているが、父方の曾祖父がグリーンウッド子爵であり、貴族の血筋である。レディ・キティ・スペンサーは、ドルチェ&ガッバーナのモデルとしてランウェイを歩き、南アフリカの大富豪と結婚したが、ダイアナ妃の姪にあたる。父親はスペンサー伯爵であり、Ladyの称号を持っている。

 

レディ・キティは王族の親戚に過ぎないが、王族のモデルもおり、レディ・アメリア・ウィンザーがいる。ジョージ5世の玄孫であり、父親はセント・アンドルーズ伯爵ジョージ・ウィンザーであり、彼女自身は王位継承順位が第44位という英国王族である。男性だと、デンマークのヨアキム王子の息子のモンペザ伯爵ニコライ閣下(元王子)とモンペザ伯爵フェリックス閣下(元王子)もモデルとしてランウェイを歩いた。ちなみに、元王子としているのはマルグレーテ女王が王族縮小のために王子の称号をはく奪したためで、現在はモンペザ伯爵閣下である。動画の人物はニコライ閣下。

 

イタリア・ギリシャ等は、すでに王政廃止しているが、名家の末裔もモデルとして活躍している。例えば、マリア=オリンピア王女。ギリシャのパウロス元王太子の令嬢で、ギリシャ王国最後の国王コンスタンティノス2世の孫にあたり王女の称号を持っている。ギリシャは1974年に王制を廃止しているものの、デンマーク王家との血縁関係もある(エリザベス女王と結婚したフィリップ王配もギリシャ王子だった)。ヴィットーリア・ディ・サヴォイア王女もモデルとして活躍しているが、イタリアの旧王家・サヴォイア家の末裔で、曾祖父がイタリア最後の国王ウンベルト2世である。イタリア貴族ボロメオ家出身のベアトリーチェ・ボロメオもモデルだったが、モナコ公国の公子であるピエール・カシラギと結婚しモナコ公家の一員となっている。その他、カロリーナ王女キアラ王女がモデルとして活躍しているが、父親がシチリア・ブルボン王家ならびに両シチリア王国の王位継承権者である。次の動画は、ベアトリーチェ・ボロメオ公子夫人。

 

他にも王族・貴族ではないが、財界人の子女などもモデル界には数多い。なぜだろうか?単純にモデルになるには美容やオーディション参加のコスト等を負担できる必要があるし、自前で宝飾品を用意する場合もあるため、お金がないとモデルになれないという事情もある。また、モデルは成功確率が低く、長く活動できず、収入も浮き沈みがあるが、上流階級であればそうした金銭的な問題はない。加えて、上流階級の子女としても、露出していた方が様々な出会いがあるので、結婚相手探しにも良いという事情もあるだろうし、別に自身がビジネスを展開している場合、その宣伝にもなる。それにやはり財力・家柄が良いほど、容姿・教育水準等が良い人と結婚するわけであり、栄養状態も良いので、体格・容姿も一般人より良い人が多いという背景もありそうだ。ブランド側も階級がより上の人が来てくれた方が箔が付くというもであり、様々な利害関係が一致しているのだろう。ただ現在では家柄等に関係なくモデルになっている人も大勢おり、モデルになる人の家柄が良い傾向があるという統計的な根拠はないのであしからず。

 

 

2000~2006年に放映された米国の大ヒットコメディドラマの「マルコム in the Middle」。日本でもFOXで観れたが、DVD化も一部のシーズンのみで、配信もなかったのだが、いよいよ日本でもディズニープラスで配信がスタート!おまけに一部を除きオリジナルキャストでシリーズのその後を描くニューシーズン(4話完結)も公開!

 

私が中学生ぐらいのときに英語の塾の先生にオススメされて観始めたのだが、本当に面白い(かなりブラックジョークがきついのだが)。今思い返すと、当時ジェシカ・アルバ主演の「ダークエンジェル」や「パパにはヒ・ミ・ツ」「恋するマンハッタン」などの海外ドラマをテレビで観て、アメリカ文化や英語に興味を持ったんだった。「マルコム in the Middle」は特に好きだった。ただその後、録画したDVDも捨ててしまい、ネット配信もなく観る機会がなかったのだが、あれから20年ほどが経過してネット配信がスタートということで感無量である。ただかなり出来栄えが良かった日本語の吹き替え版がないのが残念。とりあえず、第7シーズンは実はまだ未視聴だったのでこれから観ようと思う。

 

主人公を演じるフランキー・ムニッズはもちろん母親役の ジェーン・カズマレック、父親役の ブライアン・クランストン、長男役クリストファー・マスターソン、次男ジャスティン・バーフィールドなど懐かしい面々が顔をそろえた。ただ四男役のエリック・パー・サリバンはすでに役者を引退し現在は南カリフォルニア大を経てハーバード大学院に通っており代役のカレブ・エルスワース・クラークにて登場。

 

早速ニューシーズンを観たのだが、約20年が経過しているので、やはり老けてますね・・・。そこそこ面白かったのだが、やはりマルコムは子供だからあのクレイジーさが受け入れられたのであって、初老のハルとロイスには哀愁が漂い、もう良い歳した兄弟たちのドタバタはもはや狂気でしかない。3話目のハルの妄想は精神状態を深刻に心配になるレベルであり笑えなかった。海外のレビューサイトのRottenntomでも、一般レビュワーの2000~2006年放映のシリーズは支持91%であるが、今回の復活版シリーズは支持73%しかない。ちょっと微妙という人が多いのだと思う。マルコムのその後が描かれて良かったと思うが、あえて復活させなくても良かったのでは?とも思う。

 

 

2025年の朝日地球会議での講演・対談などから抜粋し、加筆・修正のうえ、まとめた一冊。パワーポリティクスに再帰した国際社会、AI時代の民主主義などについて、専門家が分析している。6割ぐらいはエマニュエル・トッドが占めている。その他、オードリー・タン、モニカ・トフト、佐橋 亮×錦田愛子×望月洋嗣の鼎談などが収録されている。本書にも収録されている講演(2025年)で、エマニュエル・トッドはアメリカについて「ベネズエラを攻撃するかもしれません」(p.31)と指摘している。ソ連崩壊、アラブの春、英国のEU離脱、リーマンショックなどを予見してきたトッドの鋭い先見性が本書でも光っている。

 

本書ではトッド氏は、宗教の衰退とニヒリズムという視点を紹介している。宗教は徐々に世俗化していくが、カトリックは宗教性が喪失しても、美しい宗教芸術は残り、美という感覚は残るが、しかし神と人間というシンプルな構図のユダヤ教やプロテスタンティズムだと、宗教が無くなるともはや社会規範が空洞状態となり、ニヒリズムに陥っていくという。特にこの傾向が顕著なのがアメリカなどの核家族・個人主義の国だという。宗教的な信仰や道徳を人々が共有することがなくなり、人々を統合する価値観が消滅したことで、個人がバラバラと存在するだけになってしまっている。宗教の道徳や倫理を喪失した結果として刹那的享楽性と好戦性の傾向が強まっているのではないか。

 

トッド氏の指摘は鋭く、アメリカとロシアを比較すれば、ロシアのほうが悪いと考えるかもしれないが、犯罪率が高く、医療へのアクセスが所得で制限され、人種差別も根深く残り、薬物が蔓延しているアメリカのほうが不安定なのだ。経済制裁でロシア経済は破綻すると思っていたが、実際には破綻しなかった。そもそもロシアは資源も豊富であるし、中国は反欧米、インドも中立であり、中東諸国・アフリカ・南米などにもロシアサイドの国は散見され、欧米諸国以外と貿易すれば経済力は維持できるのだ。それに滑稽なことにロシアの資源供給が制限されて、最も困ったのはドイツだった。アメリカもGDPでみれば大きな経済規模であるが金融等で実在の財ではなく仮想的な富であり、生産力は弱く、”砲弾の作れない超大国”とトッド氏は表現する。欧米諸国は認めたがらないが、もはや獲得領土からするとウクライナ戦争はロシアの勝利といっても過言ではないのだ。

 

トランプの発言には一貫性がなく、二転三転しており、非合理的である。トランプの側近は富豪ばかりであり、もはや民主制ではなく寡頭制である。金融が幅を利かせているため、製造業は衰退しており、”虚構の富”でGDPは大きくなっているだけであり、いつまでも続かないだろう。実際、経済学者の中にもドル覇権も2030年前半に終焉するという意見も散見される。トランプ大統領はイランの次はキューバを攻撃するとの指摘もあるが、もしかしたら対象は北朝鮮になるかもしれないし、台湾有事に乗じて中国と戦争するかもしれない。2029年までトランプ大統領の任期は続くが、国際政治経済がどうなるのか合理的には予想がつかない。ただ1つ言えるのは、米国覇権は揺らぎ始めているということだ。

 

 

第98回アカデミー賞で主要4部門を含む計9部門にノミネートされたが無冠に終わったティモシー・シャラメ主演の映画。なお、ゴールデングローブ賞等では主演男優賞を受賞している。

1950年代を舞台に、実在のアメリカの卓球選手マーティ・リーズマンをモデルにした作品。実話ベースかと思ってみていたが、あまりも素っ頓狂な出来事の連続で、壮大な脚色と創作がされていることが分かって、逆に安心して観れた。すごい面白かった。アカデミー賞では無冠だったのが残念だが、人種ネタとかが尾を引いた感がなくはない。

(一部ネタバレ有り)
卓球選手のスポコンかと思ったら、破天荒な主人公のドタバタコメディ。金がなくて金策に走りまくる主人公が真面目なのにあまりにも滑稽で笑ってしまう。ドタバタコメディも本気なのに、アクションぽいシーンがあったり、ハラハラするスポーツの対戦があったり、本当に多彩な魅力が詰まった作品だった。

ティモシー・シャラメは、優男なイメージだが、本作では過活動で倫理観がない主人公を熱演しており、「君の名前で僕を呼んで」「DUNE/デューン 砂の惑星」「名もなき者」などで見せる表情とは全く違う役を演じきっている。この演技の使い分けはあまりにも見事だ。

何気に本作では日本がよく出てくる。というのも、主人公のライバルが日本人で、上野でも撮影されているからだ。ちなみに、日本人役エンドウを演じるのはトヨタ自動車所属のガチの卓球選手の川口功人選手(東京デフリンピック銅メダリスト)である。この川口選手が、寡黙な侍のようで、すっごいカッコいい。このリベンジマッチは実際の出来事がモチーフだが、実際は大阪で開催されたそうだ。

本作は日本もよく登場するのに、そこまで日本で話題になっていないのは、第二次世界大戦直後が舞台で、英米目線で敗戦した日本が登場するからだと思う。日本を悪く描いているシーンはないが、戦中に対立関係だったのは歴史的事実でありそれを踏まえて描かれている。また、ユダヤ人ネタも盛り込まれており、その問題に疎い日本人にはウケが悪いのだろう。ピラミッドの破片をお土産にして、「我々の先祖が作った」といわれても、大半日本人は「?」だろう(ユダヤ人はエジプトで奴隷で、それを解放したのがモーゼなのだ)。

終盤はよくあるご都合主義の展開だったが、それゆえの安定感もある。どこまでもティモシー・シャラメの独壇場という感じ。スポコンファンには肩透かしだろうが、シャラメファンやアメリカンなブラックユーモアやアイロニカルな笑いが好きな人にはたまらない作品だと思う。

 

★ 4.3 / 5.0