パリで痛ましいテロが起きた。死者は130人を超えて、世界的大都市でのテロに驚きを隠せない。ISILが犯行声明を出した。イスラムは異常ではない。でも書いたが、イスラムフォビア(イスラム恐怖症)が引き起こされるのではないかと、危惧してしまう。イスラムは遠い国の話に思う人もいるが、北アフリカ~中東はエリアこそ広いが、最大のイスラム教徒人口を持つのは実はインドネシアで、アジアに位置している。イスラム教徒の6割はアジア・太平洋地域に住んでいるといえば、アジアの一員である日本人にも身近な話だろうか。最近は東京でもスカーフをかぶったイスラム教徒をみかける。コリアンタウンだった新大久保はもはや韓国の食品店より、ハラル・フードの店の方が多いという。東京・代々木にはかなり規模の大きなモスクもある。


パリでのテロは一部の過激派によるもので、それをイスラム全体には一般化できない。今回の死者は130人ほどだが、フランスでは500年前にはサンバルテルミでカトリック教徒がプロテスタントを1~3万人大量虐殺している。ドイツでは魔女狩りによって数万人の女性が凄惨な最期を遂げた。当時の人口を考えれば、信じられないほどの殺害人数である。単なる宗教戦争ではないにせよ、三十年戦争では、あるドイツの地域では人口の3分の2が死に絶えるほどの悲惨な戦争だった。現代のキリスト教の先進諸国が平和であるから、キリスト教は平和で、イスラム諸国の混乱を見てイスラムを過激・異常と捉えるのは筋違いである-キリスト教の多いはずのメキシコ、フィリピンは犯罪率が高い。欧州でも二度の世界大戦を経て平和への道を歩み出したのだ。中東地域のこうした混乱は1世紀ぐらいは続くだろう。イスラムの中東地域でも、徐々に多産多死から少産少死という人口転換を迎えつつある。多産多死と少産少死の間に、一時的に多産少死の期間が生じるが、これが人口増加期である。この時、余剰人口の若者が過激行動にでる傾向が各国でみられる - 社会学者のグナルハイゾーンはこれを「ユースバルジ」と呼ぶ。その後、人口増加が落ち着き、血気盛んな若者が減り、人口が徐々に高齢化することで、社会動乱は沈静化していく。これがエマニュエル・トッドの描く、人口転換から社会動乱からの社会の安定化のフローである。ちょうど中東は移行期危機にある。今後数十年かけて中東も、欧州の生み出した近代社会システムに飲み込まれていくだろう。

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内田光子のピアノリサイタルへ行ってきた。毎年サントリーホールで演奏会を開いているが、売り切れで行けていなかったが、ついに今年チケットが取れたのである。場所は名ホールと名高いサントリーホール。10日と15日の開催で、15日のプログラムに行ったが、10日は美智子皇后も鑑賞されたという。曲目はシューベルトの4つの即興曲(D 935)と、ベートーヴェンのディアベッリのワルツの主題による33の変奏曲(op.120)である。


内田光子氏は、静岡県の熱海に生まれ、東京で12歳まで育つが、外交官である父の仕事のために12歳で渡欧。以後ヨーロッパで暮らし、ウィーン国立音楽大を経て、現在は英国在住である。内田氏はショパンコンクールでは日本人最高位の第2位に入賞しており、ベートーヴェン国際ピアノコンクール優勝、リーズ国際ピアノコンクール第2位等の入賞歴を持つ。録音も誉れ高く、2011年にグラミー賞を受賞し話題になった。英国からは勲章を授与され、今年には高松宮殿下記念世界文化賞も受賞する等、名実ともに世界的なピアニストである。とりわけ、モーツァルトの演奏で誉れ高い。


演奏は想像していたよりも遥かに素晴らしい円熟した演奏で、度肝を抜かされた - これが世界の内田の演奏家なのかと。音が精緻で、特に高音部が極めて美しい響きであった。音の連なりの、一音一音が、誠実かつ知的な熟考の上に演奏されている。音楽の理解・解釈に対する誠実さが演奏から伝わってくる。特に前半のシューベルトの即興曲は信じがたいほど見事で、演奏が終わった後、前半部分の終了にも関わらず、拍手が鳴りやまない。後半のベートーヴェンも実に素晴らしい(が、ベートーヴェンの曲を堪能できるほど私の精神年齢が追い付いていないのが悲しいところ)。内田氏のモーツァルトやベートーヴェンの解釈は非常に評価されており、ケンブリッジ大から名誉博士号も授与されている。知的な解釈に基づく演奏は、極めて均整がとれ、構成や音の色彩も極めて美しく、まさに真実の美が、音響的に存在していると感じさせられら。こうした異常なまでの完成度は、口紅すら1本も持たない(化粧の時間も音楽に充てたい)という彼女のストイックさに裏打ちされているものであろう。結局、拍手喝采が鳴りやまないうちに照明がつき、演奏会は終了した。本当に聴いてよかった。いままでの演奏会で、最も素晴らしい演奏会であった。

地方創生を止めて地方消滅でいこう! --- 水谷 翔太(大阪市天王寺区長)
http://agora-web.jp/archives/1660138.html

VS

「地方消滅でいこう」という論調に対する強烈な違和感について。---イケダハヤト
http://www.ikedahayato.com/20151111/47367853.html


最近、ネット記事の応酬で気になったのがこちらの戦い。水谷氏は大阪市天王寺区長で都市化は仕方がないと現実を受け入れろという主張。一方でイケダハヤト氏は地方に移住した有名ブロガーでブログ名も「まだ東京で消耗してるの?」である;ネット収入が百万円単位というからかなりの手腕の持ち主である。日々現実に生じる問題と向かい合う自治体の長と、ブロガーではだいぶものの見方が異なるのは仕方がない。正直、水谷氏のブログの記事に賛成である。出生率は回復する見込みはないから(仮に回復したとしても第二次ベビーブーム世代の出産適齢期が過ぎ、子どもを産む女性が減少の一途で、出生率が少し回復したぐらいでは人口減少は不可避)、多くの自治体は近い将来消滅する。地方創生ができるぞ!と自治体消滅の対策を怠ることは政治・行政の怠慢である。イケダハヤト氏の主張にも一理あるが、説得力に欠ける。都市への人口流入は止まる、人口は地方へ分散する、テクノロジーの進歩によって東京に住むことの必要性を感じない、という。しかし、エビデンスの無いただの憶測(というよりも願望)に過ぎない。


都市への人口流入は止まらない。地方にはまとも仕事がないからである。イケダ氏はITやネットを駆使して稼げ、というかもしれないが、それで食っていける人は極一部である。圧倒的多数は会社などの組織に勤めるわけである。田舎の企業が持つ独特の日本的な閉鎖性を嫌う人は多く、そうした人はまず地方の田舎にはいかない;地方就職した友人、地方配属になった友人にも田舎の村社会に辟易だったり、田舎の刺激の無さゆえに東京にはやく戻りたいという人が何人もいる。転職する場合も、地方では転職市場があまりにも狭い。テクノロジーが進歩しても、演劇・演劇・美術館・博物館などは現場にいないと味わえない。ネットショッピングがあるから田舎でも買い物にも困らないという人もいるが、やはり現物をみてから買いたいという人は多い。私もAmazonのプライム会員でよく買う。本もAmazonで買うことも多いが、それでも定期的に池袋のジュンク堂のような大型書店に定期的にいく。ネットでは好きな本しか検索にかけない一方で、本屋だと歩いている時にたまたま面白い本をみつけることがあるからである。また、本屋であれば中身も確認できる。子どもを育てるにしても、教育機関が地方の田舎では貧弱過ぎる。イケダ氏は東京のような都市では「格差は広がる」「疫病・犯罪も増加する」と書いている。東京の方が格差は大きい、これは事実である。しかし、貧困のレベルは都市も田舎も大差ないが、しかし、金持ちのレベルは東京がずば抜けている。格差はないが、みんな総じて貧しい地方の田舎が良いのだろうか。格差それ自体は悪ではない。疫病も疑問である。2014年の時のインフルエンザの警報レベルを超えていたのは北海道、岩手県、福島県であり、人口規模との相関はみられない。田舎は牧歌的で犯罪も少ない、という人がいればそれは誤ったイメージである。2012年における10万人当たり殺人事件発生率には都市化との相関性はみられない - 犯罪の多そうな東京は実は10万人人口当たりでは47都道府県中46番目に犯罪が少ない。犯罪の発生率は田舎・都市という単純なものではない。


【10万人当たり殺人事件発生率2012】
1位 大阪
2位 香川
3位 山梨
4位 高知
5位 山口

25位 埼玉
46位 東京


イケダ氏は「「経済」も都市から辺境へと分散していきます」「あとは未来を作っていけばいいだけ」「これから出てくるテクノロジーも、ドラスティックに社会を変えます」という。もちろんブロガーだから夢のあることを書かなければみんな読まない。だが、都市化と経済成長は正の相関があるので、地方に人口が分散し、生産性の低い分野に労働人口が移動したり、人口が分散したことで非効率な都市インフラを広範に整備しなければならないことは、経済にとって大きなマイナスである。ブロガーで稼いでいるやや特殊なイケダ氏の個人的な意見としてみれば傾聴に値するが、公共政策的な観点からいえば、かなりナンセンスな意見である。安倍政権が地方創生を唱えるのは、地方に議席が多く配分されているから、地方重視の政策が票集めには合理的だからである。地方活性化のための地方分権も2000年頃に平成の大合併で推進されたが、全く地方の人口流出はとまっていないどころか加速している。実現可能性のないことに費用を割かないで、もっと投資収益の高い分野に投資すべきだと思う。

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箱根へちょっと小旅行。ロマンスカーで新宿から1時間半ほどで箱根湯本に到着。非常にアクセスは良い。箱根は芸術の秋におすすめである。彫刻の森、ガラスの森、成川美術館、ポーラ美術館など文化施設が多い。もちろん、紅葉も綺麗である。目当てだったポーラ美術館を訪問。テーマは「自然と都市」。自然と都市に関する絵画を展示している。もともと風景画は宗教画はもちろん歴史画等よりも下にみなされていたが、絵具の進歩によって画家がアトリエから解放されたことや、キリスト教的世界観が崩落する中で地位を向上し、近代では最もメジャーな絵画のジャンルの一つとなる。近代になると近代的都市の郊外のように、人工物と自然が混在した絵が描かれるようになる。近代社会ではパトロンから解放された自立した芸術家が誕生し、個人主義をバックボーンとした中で、芸術家達が多種多様な芸術様式を編み出していく。今回のポーラの芸術展では、人気の高い印象派からエポール・ド・パリまでを扱っている。「近代化」「都市化」、これらは私が好きなテーマであり、今回の美術展は非常に満足だった。シャガール、モネ、モディリアーニなど好きな画家の絵が観れて満足だった。

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箱根登山鉄道宮ノ下駅で下車したのだが、こちらの駅を降りるとカフェが数店ある。「ならやカフェ」がある。足湯につかりながら、山々を見ながらお茶ができるのだが、なんとも良い感じのカフェ。残念ながら足湯にはつからなかったが、ベランダから自然をみながらお茶するのは気持ちが良い。ちなみに、宮ノ下駅から徒歩5~6分いくと富士屋ホテルがあるが、皇室の他にもジョンレノン等が宿泊したことで有名である。宿泊客以外も中に入れるので見学するのは良いかもしれない。

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宿泊したホテルからの眺め。

若手音楽家の登竜門である、ロン・ティボー・クレスパン国際音楽コンクールのピアノ部門最終選考がパリで27日行われ、主催者によると、日本の実川風さん(25)=千葉県出身=が3位、深見まどかさん(27)=京都府出身=が5位に入賞した。今回は最高位となるグランプリの受賞者はなく、英国のジュリアン・トレルビアンさん(16)が2位となった。http://www.sankei.com/life/news/151028/lif1510280025-n1.html


ロン=ティボー国際コンクールは数多ある音楽コンクールでも名のある音楽コンクールの1つである。ショパンコンクールと違い開催頻度が多いので入賞歴としてよく耳にすることが多い。日本人もピアノ部門・ヴァイオリン部門で優勝者含め入賞者を大勢輩出している。非常にめでたい。ニュースにもある通り、優勝は無しである。スポーツと違い、音楽コンクールには1位該当者なしというようなことはありうる。ショパンコンクールでも1990年・1995年は優勝該当者なしであったし、2005年は優勝と6位入賞者は出たが、2位と5位が該当者なしであった。


私のブログでも音楽コンクールの話題が多いが、本当に今年はコンクールイヤーで、ショパンコンクール、チャイコフスキーコンクール、ロンティボーコンクール、リーズ国際コンクール、ブゾーニコンクール、ブラームスコンクール、エリザベート王妃コンクール等の有名コンクールの他にも、我が国でも3年に1度開催の浜松国際ピアノコンクールが開催である。チャイコフスキーコンクールは4年に1度、ショパンコンクールは5年に1度なので、両コンクールが同年に開催されるのは2035年である。コンクール志望者からすればどのコンクールに出るかが死活問題だし、たとえ入賞しても数が多いので埋もれてしまうとい点で、あまりコンクールが重なるのは望ましくないのかもしれない。ちなみに、ブゾーニコンクールではアジア人初のムン・ジヨンさん(韓国)が優勝、ショパンコンクールではチョ・ソジンさん(韓国)がアジア人3人目の優勝、エリザベートではヴァイオリン部門の優勝がイム・ジヨンさん(韓国)、日本人もロンティボーで実川さんと深見さん2名の入賞者を出し、ブラームスコンクールのピアノ部門で安藤真野さんが優勝等、アジア勢の活躍が目立つ。


ちなみに、コンクール絡みだと、ショパンコンクールの採点結果が話題である。採点結果は前回から公表されており、下記URLからみれる。
http://chopincompetition2015.com/news/2067eb4c-6556-4304-ac84-072a54ab58dc


少し話題になっているのが、1位のチョ・ソンジンにファイナルでなんと最低評価の1点をつけた人物がいる点である。フィリップ・アントルモンというフランス人ピアニストである。ロンティボー2位入賞の経歴を持ち、品位のある演奏で名高いピアニストである。一部報道によるとチョさんの師事する教師とアントルモン氏が不仲らしく、その影響かと言われている。しかし、こうしたいざこざは多く、ピアノの巨匠リヒテルは第1回のチャイコフスキーコンクールではヴァンクライバーンに満点をつけて、他の人全員に最低点をつけたり、ミケランジェリはショパンコンクールでアシュケナージが優勝ではないことに憤慨して署名拒否、アルゲリッチはポゴレリッチが予選で脱落したことに憤慨して審査員を辞任など挙げればキリがない。


選挙のパラドックス の記事でも書いたが、選択肢が複数ある場合、完璧な投票方法は存在しない。まして芸術の場合、点数化による順位付けなどなおさら不可能である。今回のショパンコンクールでは、3位のKate Liuさんはファイナルで最多の3人から最高評価を得ている(最低評価は0人)が、一方で優勝のチョさんは2人である(最低評価は1人)。2位のRichard-Hamelinは2人から最高評価を得て、最低評価は0人だったが、平均点でチョさんに負けている。ファイナリストのAljoša Jurinićさんは4人から最低評価の1点をうけ平均点が2.941点と、優勝のチョさん(8.412点)の3分の1ほどの点数。やはりコンクールの評価は厳しい。ちなみに、日本人の小林さんは0.059点の僅差で6位入賞を逃している。2回目の出場で上位入賞する人もいるのでぜひリベンジしてもらいたいものである。