エマニュエル・トッドの新刊「問題は英国ではない、EUなのだ」を読了。ソ連の崩壊を予見し注目を集め、さらにはリーマンショック、アラブの春、ユーロ危機を予測し、さらには今回の英国離脱も言い当てていたフランスのユダヤ系の人口学者・歴史学者である。かの有名な哲学者・作家だったポール・ニザンの孫である。
彼の特徴的なアプローチは、家族構造から政治的なイデオロギーや国の文化を読み解くところである。日本はドイツと国民性が似ていると言われる。日本もドイツも「直系家族」という家族システムゆえに、メンタリティが似ているのである。直系家族の特徴は、親は子に対し権威的であり、兄弟は不平等なところである。親は子供を厳しく育て(権威性)、長男が跡取りであり他の兄弟よりも優遇される(不平等性)。そうした家族システムで育つと、生まれながらに見えざる序列があるのだと、権威には従うものだという、権威主義と不平等を内面化しながら育ち、それが政治イデオロギーに反映されるのだという。ドイツと日本が人種に序列を見出して人種優越を唱えて世界大戦で連携したのは決して偶然ではないのである。中国、ロシア、キューバ、ベトナム等の共産主義圏に多いのが「外婚制共同体家族」である。親は子に対して権威的だが、兄弟間は平等である。これは、共産党の権威主義に対して、人民は平等であるという点で、共産国家体制と親和的だという。米国・英国・豪州などは「絶対核家族」であり、子供は成人とともに親元から去るので、親からの束縛が弱く、個人主義・自由主義の傾向がある。家族類型を3つ紹介したが、全部で8つあり、家族システムからその国の文化などが規定されているという。経済という下部構造が上部構造である文化や道徳などを規定するというマルクスの思想を、下部構造を家族システムに置き代えたあたり、元共産党員らしい。
本書は前述のような家族システムからの説明は主ではなく、英国のEU離脱に関する国際政治のトピックについて、トッドのインタビューを文字化している。それにしても、英国のEU離脱は、ネイションに回帰しているのだという点は興味深い指摘である。EU離脱をきっかけに英国の分裂が起こるという人もいるが、そもそもスコットランドは英国の緊縮財政を嫌ったのであり、わざわざさらに過酷な緊縮財政を強要しそうなドイツの支配するEUに服従するわけがなく、現実的に考えても、分立独立勢力を抱えるスペイン等拒否権を発動させるだろうから、スコットランドが独立してEUに入ることなど考えられないという。
EUがドイツに支配されていると書いたが、英国離脱で、EUで随一の人口を有し、EUのGDPの25%を占めるドイツはEUの支配者であるという - フランスも大国だが、GDPではドイツの7割ほどしかない。おまけに英国離脱で、米国はEU外交の窓口を失い、米国の関与の弱まりで、ドイツはさらにEUにおける存在感を増す。米国が及び腰で、英国・ロシアが傍観し、フランスはドイツに自主的に隷従している現在はまるで1941年だという。本書を読んで、ドイツの強さを再度認識させられた。しかし、ドイツは移民を受け入れて少子化による労働人口減少を回避しようとしているが、ドイツの移民政策は失敗するという。ドイツは従兄弟婚が禁止の外婚制だが、ドイツに多いトルコ人は従兄弟婚を認める内婚制である。内婚制は近親者との閉じた社会を形成しやすく、外婚制とは文化摩擦が生じやすく、社会統合を佐たまげるからだという。トルコ移民で失敗したのに、内婚制比率がさらに高いシリア難民の受け入れなど、社会混乱を生むだけだという。
また、本書で興味深かったのが、ロシアは米国の脅威ではないという指摘である。1億4000万人の人口で、日本とあまり大差なく、覇権を目指す余力はなく、最近のロシアの活発な動きは、中堅の大国として再台頭しているだけであり、ロシア脅威論はナンセンスで、ロシアこそ安定の極だという。中国脅威論もナンセンスで、人口学的にみれば、異常な人口ピラミッド、男女の人口比のいびつさ(一人っ子政策時代、女の子だと間引く家庭が多く、人口が男の方が多い)など、社会の混乱を生む要因が多く、教育水準も全体的には低く、悲観的なシナリオしか描けないという。
最近、エマニュエル・トッドの本が文春新書から次々出ている。本書はかなり読みやすい。トッドの考え方(観念論ではなく経験主義を好む)とか、いろいろトッドの本音が読めて面白い本だった。トッド導入本としては良いが、家族システムの説明がないので、初めて読む人はそこの説明の箇所はピンとこないかもしれない。
P.S.
そういえば2011年の学部生の頃にトッドのシンポジウムに行ったのを思い出した。もう5年が経つと思うと時が経つのははい。ついでに、過去に書いた「文明の接近」に関する記事はこちら。