法務省は、司法修習生に対する経済的な支援について、現在、必要な人に無利子で資金を貸し出している制度を改め、来年度から月額13万円余りを給付する、新たな制度を導入することを決めました。-- NHK

 

5年前までは司法修習生に月額20万円を支給していたが、それが財政難を理由に、5年前に貸与制に移行していた。額的には減ったが、給費制がなんと復活するという。これは弁護士などの草の根活動の賜物だろう。給費制を復活させるべきとの意見は多かったが、特に衝撃だったのが、和歌山弁護士会の会長声明だ。報道によると、5年目の弁護士の年収は平均300万~400万円であることから、厳しい生活を強いられる可能性があるらしいというのだ。実際、司法修習生の平均債務は350万とのアンケート調査もあるから、弁護士1年目をマイナススタートする人が多いのだ。

 

これで経済的な参入障壁の1つが解消された。あとは、法科大学院制度の廃止だ。法学部ごと廃止した韓国と違って、日本の場合は単に司法試験の受験資格から、法科大学院修了を除外するだけでいい。簡単な話だ。司法試験の合格人数は1500人であれば、シミレーションでは2030年でも弁護士人数は5万6000人ほどの予測だ。平成28年の合格者数が1583人だから、法科大学院生のレベル低下もあって質を保つため今後は1300~1400人まで減ると思われる。1100~1200人まで減らして5万人ほど。といっても、現在から1.3~1.4倍ぐらいまで増える。だいたい5万人ぐらいまで増えて、安定するのではないだろうか。司法書士・行政書士・社会保険労務士・弁理士も増えているから、日本の法律家過剰は加速していく。ネットで簡単に法律を調べられる時代にそんなに人数が必要なのだろうか。資格の整理も行わずに弁護士を激増させたつけた、政策失敗のツケがまわってくるのはこれからだ。裁判数はここ5年で15%減少、2030年には日本の人口は9%減るが、弁護士はこれからも30~40%も増えるのだ。どうなるかは目に見えている。

 

 

佐藤優と池上彰の対談本第3弾。前作の大世界史は良かったが、本作は正直、微妙。リーダー論というが、米国の格差や大統領選、英国のEU離脱、プーチン、パナマ文書だとかの話が多くて、リーダー論というより世界政治の話が多い。前作と差をつけたくてリーダー論というタイトルにしているだけで、佐藤氏は国際情勢に詳しいので、そちらの話に偏っていく。勉強になったこともあったが、話があちこちに飛んで散漫な印象。結局、本の結論もよくわからない。

 

佐藤優氏は、無関係な事象にまで新自由主義を絡めて新自由主義を批判するのだが、彼のいう「新自由主義」とは何で、誰がそんなものを主張しているのか。新自由主義は無定義のまま用いられ、批判の対象となっている。貨幣しか価値尺度がなく、市場原理主義で、格差社会を致し方がないと受容し、弱者切り捨てを行うことも致し方がないというのが新自由主義だとすれば、それは批判すべきだが、そんなものを主張している識者はこの世に存在しない。医療費も経済合理性で考えられたら恐ろしいとの記載は、より多くの人を救うことを目指している世界の医療経済学者を愚弄する記載であり、謝罪すべきだ(pp.33-34)。

 

一点、興味深かったのは、伊勢志摩サミット。ドイツのメルケル首相のお父さんは福音派の牧師。それに異教の神を拝ませるとは、なんとも悪趣味だろうと。あれは参拝ではなく訪問だというが、言葉遊びのようなものだ。政府は、日本の自動車産業をアピールしようとしたが、ドイツのメルケル首相などは嫌がっていたそうだ。日本の自動車産業を褒めては、自国の自動車産業に示しがつかない。おまけに日経新聞等が、安部首相はサミットの成功を祈願、と書いていたらしいが、伊勢神宮は個人的なお祈りはするところではない。伊勢志摩サミットで、日本は、自国の宗教もろくに分かっておらず、他国の首脳への配慮もできていないことが明らかになってしまったという。

 

読んで面白い個所もあった。とはいえ、売れるので対談本の第三弾を出したのだろうが、不発だろう。佐藤氏は「反知性主義」を批判し、「インテリジェンス」というワードを多用する。そして、それを読む読者に、知性主義一員であるという読後感を与える。彼が売れる理由はスノッブな読後感にあるが、同じような話ばかりをいろんなところに書き散らかして、そろそろネタ切れだろう。創価学会を讃美する本なども書き始めているが、いくらもらっているのか。池上彰もどれだけ同じような内容の本を量産すれば気が済むのだろうか。池上彰氏の本は導入本としては良いが、その本が数年間売れ続けてる現状は憂うべきだろう。池上彰もテレビで使ったグラフが恣意的にメモリが操作されていて、詐欺的だとネットニュースに載っている。しょせん彼も自己の主張の補強のためには恣意的な操作をするのだ。出版市場で彼らは勝ち組だが、本の真価を問わず経済的利益を享受しているのであれば、自身が批判している新自由主義の原理と同じだろう。

会社の福利厚生みたいのでマッサージにいってきた。デスクワークで座りっぱなしが多いので、腰とか肩に疲労がたまっていたので、そちらを集中的にマッサージしてもらった。60分のコースで自己負担はたった400円!個人的にはそこまで肩こりは酷いと思わなかったのだが、マッサージをやってくれた方曰くかなりこっていたらしい。よく駅前などにマッサージ店があるが、こんなに競合が多くてやっていけるのかと思ったのだが、私の行ったところも駅から少し離れているが夜の10時まで予約で一杯で繁盛しているようだった。社会人はみんな結構疲れているのだ。60分コースだと長いようで短い。1.5~2時間ぐらいゆったりできるコースが良いと思う。精神的な疲労の回復にも良い。マッサージは海外旅行のついで、旅の疲れをいやすために行くぐらいだった ― 桂林・上海・台北・香港等でいった。これからは日本でも疲労回復のために、マッサージに定期的に通ってみようかと思う。

 

 

大学時代は法律学の勉強が主で、趣味で社会学・国際関係学をかじっていて、専攻を転向し、大学院時代は統計を用いた実証研究を、経済・政治・行政を絡めながら研究していた。だが、「経営学」というのは社会科学の中で唯一ほぼ勉強したことがない分野であった。想定外ではあるが民間企業で働くことになり、働く中で、企業戦略というのは非常に面白いと思って、ビジネス書大賞(2014)にも輝いた本書を読んでみた。400ページの大作である。

 

ものすごく大雑把にいえば、「儲かる市場」を見つけて、「儲かる立場」を確立することこそが経営戦略だと考える「ポジショニング派」と、自社の「企業能力(ケイパビリティ)」を高めることこそが競争に勝てると主張する「ケイパビリティ派」の2つに大別されるという。マネジメントの教科書で出てくるSWOT分析、PPM、ファイブフォース分析などは市場分析であり、ポジショニング派に属する。もともとポジショニング派が主流だったようだが、日本企業がそれを衰退させたようだった。日本企業の当時の経営は無鉄砲だったが、アメリカ市場に乗り込み大成功をおさめた。競合他社のいる市場に乗り込むことはポジショニング派的にはナンセンスだが、日本企業は大成功したのだ。しかし、日本企業は企業能力を高めて高効率にはなったが、低収益にあえぎ、ケイパビリティ派も勢いを失う。これが20世紀はじめのテイラーに始まる経営学の創始から、1990年代までの大雑把な区分けだという。

 

結局、この両者の対立は、ミンツバーグが両方の理論をうまく使い分けることが大切だと主張し(1970年代にすでにアンゾフが指摘している)、両方が大切だという(傍から見れば当たり前の)結論に収束する。経営学は科学ではなく、状況に応じて戦略を構築する「アート」なのだという。21世紀に入ると、iPodやスターバックスの躍進で、予期せぬ市場が誕生することが多くなる。新しい市場の創造を目指すことを「ブルーオーシャン戦略」というが、これを考案したキムとモボルニュは、上記の両理論の使い分けが重要とは認めるものの、ハンドメイドのアートだとはいわず、これを実践できるように12のツールを提示し、一躍有名になった。任天堂のWiiはこの理論を実践したという。

 

21世紀に入ると社会経済の不確実性が高まり、BRICsなどの新興国が台頭し、ITが急速に発達するようになる。既存物が急速に陳腐化する中で、イノベーションが重視されるようになるが、結局、イノベーションといっても、ほとんどのことはやってみなければわからない、”Just do it”なのだ。予測だとか推測は無意味で、実際のデータで実証したり、実際やってみて可否をみるしかない。アダプティブ戦略だとか、高速試行錯誤だとかなどがこれだという。例えば、HPを作る場合、最初から完璧なものをつくるのではなく、デザインをかえたりしていくつかパターンをつくり、どのパターンが滞在時間が長いかなどを調べ、最も良いデザインに決めるという「A/Bテスト」などがこれにあたる。オバマ大統領の選挙対策をしていたダン・シロカーなどはこれを実践していた。

 

結局、経営戦略の100年かけた結論が、やってみなければわからないとは、なんとも無内容な結論な気がするが、しかし、社会科学系の学問というのはそういうもんだ。政治学や国際関係学も同じようなもの。扱っているテーマ的に政治学などは高尚にみえるだけだ。とりあえず、経営戦略の歴史を概観するには良書だと思うが、いかんせん長い。

韓国検察は22日、ソウル市内の梨花女子大などに家宅捜索に入った。朴槿恵(パククネ)大統領と共謀して企業に圧力をかけたなどとして起訴されたチェ・スンシル被告の娘が不正に入学したことが教育省の監査で明らかになっており、経緯や背景などを調べる。- - 朝日新聞, 2016年11/22

 

韓国で朴大統領の弾劾が決議されたが、このチェ被告絡みで興味深かったのが、この入学不正。韓国は学歴社会(というより学校歴社会)なので、日本以上に出身大学が非常に重視される。チェ被告の娘の不正入学は韓国では大騒ぎだという。梨花女子大はキリスト教メソジスト派の私立大である。基本的に韓国はソウル大以外は上位大はほぼ私立大 ― 国がしっかりしていなかったためだろう。アメリカの宣教師の設立した学校が起源の大学も多い。日本で女子大というと、お茶の水女子大、津田塾大、東京女子大、日本女子大など小規模でかつ文系が多い。女子大の多くは、良妻賢母を育てるのが教育の根底にあったためだろう。お茶大・津田塾は3000人程度、東京女子は4000人、最大の日本女子大でも8000人ちょっとである。対して梨花女子大は2万人近い規模の総合大である。QSアジア世界ランキングだと、アジアで第46位に位置する(この順位は韓国内では9位である。なお、41位早稲田 ・ 42位慶応 ・ 221-230位お茶の水女子大)。

 

◆QS アジア大学ランキング韓国上位10校
01位 KAIST(国立)
02位 ソウル国立大(国立)
03位 POSTECH(私立)
04位 高麗大(私立)
05位 延世大(私立)
06位 成均館大(私立)
07位 漢陽大(私立)
08位 慶熙大(私立)
09位 梨花女子大(私立)
10位 西江大(私立)

 

韓国がここまでの学校歴社会なのは、儒教的な縁故主義や、科挙の歴史を持ち、入学試験が厳格で、難しい試験を突破しているのだから優秀だろうという価値観が共有されていることだけが理由ではない。人口の割に大学の規模が大きいため、優秀層が一部の大学に集中してしまうという要因も大きい。韓国の同世代の人数は日本の4割程度しかいないのに、日本と同じく上位校の多くは数万人規模である。アメリカは逆で同世代の人口が多い(日本の3倍以上)わりに、名門校は少人数教育なので、優秀層が分散して入学するので名門大が乱立している。ハーバード大は学部生が7000人ほどしかいない。1学年1700人程度というとどれだけ狭き門かわかるだろう。おまけにアメリカの場合、留学生も競争に加わるから、アメリカの名門大に入る難しさは日本の比ではない。アメリカの上位大学の強さは名門校がひしめく競争状態と、その選抜度の高さにある。

 

韓国の現在大学受験の年齢に達した者の人数が45万人だとすると、SKY(ソウル国立大・高麗大・延世大)の3校だけで入学定員は同年齢の約3.5%にもなる。 KAISTとPOSTECHも足すとたった5校だが同年齢の4%分の定員がある。日本だと、北海道大・東北大・東京大・大阪大・名古屋大・京大・九州大・一橋・東工大・神戸・筑波・早稲田・慶応・上智・理科大・ICU(一部の下位学部は除く)でやっと同年齢の4%程度の定員である。韓国では日本以上に出身校のレベルでその人のレベルが測られてしまうのだ。

 

しかしながら、大学の規模が大きく研究範囲が広いほうが大学の世界ランキングの評価ではメリットが大きい。文系だけの一橋大や、小規模校のお茶の水女子大は世界大学ランキングの総合順位では全くパッとしない。文科省は世界ランキングを意識するなら、単科国立医科大を国立大を近くの総合国立大に統合すればいい。東京医科歯科大・一橋・東工大も統合すれば医療系・文系・理系の総合大となり、順位は大幅に上がるだろう。国立・公立・私立に限らず、上位校への予算の配分を高めることも重要である。文科省は大学のグローバル化を目指してスーパーグローバル大なる構想をぶち上げたが、予算のただのばらまきに終わり、ほとんどの大学は選定後に世界ランキングの順位を落し、無意味な計画だと判明した。おまけに略した「SGU」は札幌学院大の商標で使用できなくなった。会津大・東洋大・創価大・芝浦工業大は入試レベルもせいぜい中堅で、世界ランキングも上位に登場しない泡沫大学だったがなぜか選定され、税金が無駄に浪費された。すでに想定通りの予算が支払われずに、すでに計画倒れが確定的である。法科大学院制度など、文科省の昨今の政策は、良くて無能、悪くて有害である。韓国を褒める気はないが、歴史の浅いKAISTが世界ランキングで上位に位置し、音楽などの世界コンクールで実績を出している韓国の教育政策に見習うべきところはあるだろう。