新年にロシア人ピアニストのアファナシエフの新書を読んだ。バッハ国際コンクール、エリザベート王妃国際コンクールで優勝したソ連生まれの名匠である。彼は日本好きである。以前観た彼のドキュメンタリーによると、彼は、若いころに東洋趣味が流行り、中国・インドの文化・思想にふれ、その後、日本文化に没頭したという。そこで「徒然草」等を読み、インドにも中国にもない日本的な情緒感や美的感覚に魅了されたという。彼は亡命し、祖国を失っているので、その漂泊の人生が、日本的な「もののあはれ」に通じるところがあるのだろう。

 

本書はインタビュー形式だが、延々と演奏の話をするかと思えば、一部では彼の幼少期のソ連での生活から西側への亡命までがつづられる。東側での音楽家の苦悩は、アシュケナージもドキュメンタリーで語っており、ソ連出身の音楽家にとって社会主義国家と音楽は切り離せないものなのなのだ。意外なことにアファナシエフは、典型的な天才児だったわけではないらしく、幼少期は数学者に憧れたものの、数学五輪に出場できず諦め音楽家になったという。

 

その後、亡命のためにコンクールで優勝して海外に行く機会を設けてベルギーへの亡命に成功するくだりがあるが、亡命を密告されたり、城を脱出しての亡命は、まるでドラマのようだ。西側に渡ったことで彼は名声をつかんだわけだが、一方で、社会主義国では国家が芸術をコントロールしていたが、資本主義国は商業主義が支配していたと、諦念的に書いているのが興味深い。

 

本の後半では彼の音楽性について語られているが、非常にユニークな音楽性をうかがいしれる。空間には音があふれ、それらを壊すことなく音楽を紡ぐ必要性があるという。音を奏でているときも静寂を感じ、聴衆を退屈させないようにしようなどと考えてはいけないという。ラフマニノフ、ギレリス等からの影響や、ベートーヴェンのソナタへの思索などが、文学的な表現で語られている。アファナシエフは詩人・作家でもあり、彼の深淵な演奏は、哲学によって裏打ちされているのだ。

 

鬼才アファナシエフの音楽性に触れられる一冊。ピアノ好きなら興味深く読めるだろう。

2020年 あけましておめでとうございます!

本年もよろしくお願いいたします。

 

最近はブログ記事の更新頻度が下がっていますが、今年はもう少し記事を書いていけるようにしたいと思います。

 

とりあえず、2019年の目標は仕事が忙しくて手を付けられなかったのでほとんど未達だが、まぁ、ボチボチやっていきたい。まぁ、転職に成功したので良しとするかという感じ。いまのところの予定では、今月英検1級リベンジして、今年中には弁理士の予備校への通学を開始する予定だ。あと、弁理士の選択科目の関係で、応用情報技術者の試験も受けるつもりだが、まぁ、気ままにやっていきたい。英語については仕事で必要なので継続的に勉強したい。趣味のピアノは月1ぐらいのペースで通いたい。とりあえず、マイルも貯まっているので、失効する前に海外旅行いって消費してしまいたい。今年は30歳になる節目の年なので無為に過ごさないようにしたいところだ。

六本木の国立新美術館の「カルティエ展 - 時の結晶」へ行ってきた。カルティエといえばフランス発の高級宝飾品ブランドであるが、数あるメゾンの中でも美術展で鑑賞されるのは珍しい。本展示会は、「時間」をテーマに、「色と素材のトランスフォーメーション」「フォルムとデザイン」「ユニヴァーサルな好奇心」という3つの章から、カルティエのイノヴェーションに満ちたデザインの世界を探求している。音声ガイドも無料だし、スタッフの対応も丁寧で一流。さすがカルティエ。今月16日までの開催だが、私が行った正午ですでにかなり混み始めており、午後は行列だったので、早めの時間に行くことをおすすめする。展示物が小さいので混んでるとよく観れない。
 
展示品はもちろん日本の美意識と融合した展示の仕方など、本当に美しい展示であった。特にカルティエの豪奢さと、日本の詫び寂びの対比が見事だった。多くが個人の所蔵だったことに驚かされた。展示品は、カルティエの技術力に度肝を抜かれるが、さらにはそのモチーフの多様さ、斬新な配色に驚かされた。これはインド・アフリカなどを旅したことでインスピレーションを得たのだという。特に「フルッティ」という宝石を多用し、豊富な色彩のスタイルが印象深かった。インドのマハラジャなどの宝飾品にインスピレーションを得たのだという。宝石が豊富にとれるインドだからこそ発達した色彩感と装飾性である。一方で動物のモチーフは、貴族的なハイカルチャーに野性性を付加し、なんとも興味深かった。古代エジプトの古代美術をベースにしたエキゾチックな宝飾品など、カルティエのラインナップの豊富さには驚かされる。中にはジャポニスムの影響を受けた作品もあった。カルティエがもしただの技術に優れた宝飾品であったなら、ここまでの成功はしなかっただろう。
 
写真撮影可能エリアで写真は撮ったが、やはり生で観る輝きはない。「ネットでなんでも情報が手に入るのに生で鑑賞する必要性ある?旅をする意味ある?」という人がたまにいるが、ネットで情報が手に入るからこそ、二進法で情報化できない”情報”の存在に気づかされる。ネットで得られない体験・感覚・五感の刺激 - 生で鑑賞する意味はそこにある。逆説的だが、”情報化社会だからこそ”生で観ることに意味がある。カルティエの宝飾品の華つ輝きには、その意味深さまでもが佇んでいた。
 
 

 

 

 

※ 写真撮影許可エリアで撮影。

 

 

ゴッホ展に行ってきた。雨の中、結構な列で入場は30分待ち。


ゴッホといえば鮮やかでビビットな色彩のイメージが強いが、ハーグ時代は灰色など暗い色彩が多い。そして27歳で独学で絵画を学んだので、正直、初期の作品は拙い。これがフランスに移り、印象派に出会い、南仏の美しい風景に感化されて明るい色彩を手に入れ洗練されていったのだ。そして、様々な画家との交流を通し、ハーグ派・印象派とも違う、独自の絵画表現に挑み、昇華させていった。本展示のクライマックスにある糸杉の絵は本当に素晴らしい。色彩感や構図ともに傑作だった。しかし、その一方で彼は精神を病んでいき、拳銃自殺にて生涯を閉じる。精神病棟で描かれた薔薇の絵もあるが、絵画自体も色あせているらしく、どこか哀愁を湛えていた。やはり彼の晩年の鮮やかな色彩と、絵の具を重ねて絵の具のタッチを大胆に残した絵こそ彼の極致だと、本展示会を通して感じた。

 

やはり展示はなかなか良かったが、上野の森美術館はキャパが少ないので、混雑しているし、なかなか展示の量もやや少ない。とはいえ、ゴッホのハーグ時代、ゴーギャンとの同居時代から晩年まで、ゴッホに影響を与えた人の作品を含め、観やすい展示になっている。なお、やはりゴッホ関連の映画だと、「ゴッホ 最期の手紙」が素晴らしかった。おすすめしたい。

 

 

ラテンアメリカは2000年代に経済が安定的に成長し、新中間層が誕生した。ラテンアメリカのブラジルは「BRICs」、メキシコは「NEXT 11」に数えられ、チリは貿易に注力し経済の優等生だった。これがラテンアメリカ全体に波及して中南米全体の底上げがなされたのが2000年代だったが、2013年以降は調子がおかしい。

 

2014年にアルゼンチンは8度目のデフォルトになったが今年もデフォルトの危機が高まっており、ブラジルもゼロ成長から2015~2016年はマイナス成長になり不調だ。チリでは地下鉄の値上げが原因で暴動が発生しAPEC開催を断念、ボリビアでは大統領が亡命(脱出は失敗)。メキシコは比較的好調だったが政府の緊縮財政が裏目に出て景気後退に直面している。

 

結局、植民地時代の制度が残り(白人による大土地所有)、経済格差が顕著である。白人の富裕層が富みを独占し、原住民は貧困におかれており、人種的・経済的に社会が分断されているため、それが政治の不安定さを生じさせる。貧富の格差が大きく、また社会不安から治安も悪い。治安が悪いので、親族など仲間内の結束力は高いが、それが縁故主義に陥り、政治が腐敗する。

 

さらに資源が生半可あることで、資源依存の経済に陥りやすい(「資源の呪い」)。資源の採掘で土地は荒廃し、資源の利権で汚職が横行し、他国がその国の資源を買うために通貨価格が上昇するため他の輸出産業が育たない。天然資源の国際価格に経済は振り回され不安定なうえに、外国の強国の政治的・経済的な介入も受けやすい。おまけに資源の採掘は、高度な技術や知識の習得のための熟練も不要で、工業化社会に必要な勤勉性も育たない。

 

よく数十年後の経済予測があるがほとんど占いに近い。現在、一時的に経済成長が著しくても、急失速する可能性も大いにありうる。結局、ラテンアメリカの経済成長は一時的な物だった。社会が分断され不安定だったがゆえに、ふらつくのも早かった。経済成長は占いみたいなもんだ。2000年代は新興国ブームだった。しかし、中国は2030年に世界最大の経済大国になるという予測が多かったが、経済失速が激しいので後ろ倒しになる可能性が高い。トルコは「NEXT 11」と言われたが、通貨は絶賛大暴落中である。ロシアも経済制裁の影響もあり低成長が続いている。韓国は、文大統領の親北路線により、もはや赤化してもおかしくない。経済学者はデータから予測を立てるし、それは正しいが、政治・社会情勢の変数が未知数ゆえに予測通りにならないことの方が多いのだ。