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さて、名古屋旅行のお目当てのピアノリサイタル。演奏者はブルース・リウ。2021年ショパンコンクールの優勝者である。中国人の両親をもつがパリ生まれで、現在はカナダのモントリオールに居住しているそうだ。彼の師匠はダンタイソンであり、ショパンコンクールのアジア人初の優勝者である。なお、ブルース・リュウは、仙台国際音楽コンクール第6回大会で第4位に入賞しており、日本にもゆかりがある。参考までに貼っておくが、彼のファイナルの演奏は次である。

 

 

曲目

ラモー:クラヴサンのための小品
  優しい嘆き(クラヴサン曲集・第3組曲より)
  一つ目の巨人(クラヴサン曲集・第3組曲より)
  2つのメヌエット(クラヴサン曲集・第2集より)
  未開人(クラヴサン曲集・第2集より)
  雌鶏(クラヴサン曲集・第2集より)
  ガヴォットと6つの変奏(クラヴサン曲集・第2集より)
ショパン:モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」の『お手をどうぞ』による変奏曲 変ロ長調 op.2
  ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 op.35「葬送」
  3つの新練習曲
リスト:ドン・ジョヴァンニの回想

 

ただ以前の記事で、「彼の演奏はアーティキュレーションなどが独特で個人的にはあまりだったのでスルーしていた。ただやはり予選の演奏を再度聴いても、ピンとこないんですよね。「歴代優勝者のチョソンジン、ブレハッチ、ブーニン、ツィマーマン、アルゲリッチ、ポリーニとかに並ぶ演奏なのか・・・?」と素人耳の私は思ってしまう。生で聴くのとだいぶ印象は異なるので、機会があれば、コンサートに行って聴いてみたい。」(ショパンコンクール、日本人2人が入賞!!と書いていた。

 

さて、感想であるが、やはりアーティキュレーションの独特さはやはり若干気になる。ただ全体としてはやはり生で聴くと、彼のショパンコンクールでの優勝は一定の説得力はある。ただ演奏は個性的であり、評価は分かれるだろうなという印象。実際、仙台国際音楽コンクールでは第4位にとどまっているし、2019年のチャイコフスキーコンクールにも出場しているが、二次にも残っておらず、ルービンシュタイン国際ピアノコンクールでも入賞を逃している(その時の優勝者のシモン・ネーリングはショパンコンクールでは三次予選で敗退)。なお、2021年ショパンコンクール第2位のガジェブはチャイコフスキーコンクールでは予選敗退(シドニー国際ピアノコンクールと浜松国際ピアノコンクールでは優勝)、2015年ショパンコンクール第5位のトニー・イーケ・ヤンもチャイコフスキーコンクールで予選敗退。一方で、ドミトリー・シシキンはショパンコンクールでは第6位にとどまっているが、チャイコフスキーコンクール第2位に入賞した(ジュネーブ国際ピアノコンクールでは優勝)。複数の有力コンクールで上位入賞するポリーニ、アルゲリッチ、内田光子、小山実稚恵、ダニール・トリフォノフ、チョ・ソンジンなどはほんとに稀な才能なんだなと思う。

 

話が横道にそれたが、使用ピアノはコンクールと同様にファツィオリだったが、高音部は煌めき揺蕩う金雲の如き美しさ。まるで夢の世界の音のようで、ファンタジック。音は軟からく温かい。オクターブではシルク生地の上を羽毛なでるかのように滑らか。ただ一方で、あまり音が鳴り切っていなかったり、音がピアニッシモ過ぎると感じる箇所もあった。これはあえて繊細な微弱音を重視していることによるのだろうが、大ホールであることを踏まえるともうちょと音を鳴らしてほしい。彼の演奏は大ホール向きではないのだ;瀟洒な貴族の館で、ワインを飲みながら耳を傾けたら彼の演奏を聞いたら卒倒するほど良いかもしれない。加えて、主旋律のカンタービレも、アーティキュレーションのユニークさゆえに、ややイマイチと思えるところも。彼の演奏の素晴らしさは夢見心地の華麗な音色と幻想的雰囲気にあるが、音の推進力では疑問を感じる箇所もあったのも事実。

 

リストの演奏を聴いて思ったが、彼はヴィルトゥオーゾ的ではないが、とんでもない超絶技巧の持ち主である。あまりにも技巧が卓越し過ぎて、超絶技巧を当たり前のように自然と演奏しているが、ふと我に返ると腰を抜かす超絶技巧を披露しているのだ。特にリストの「「ドン・ジョバンニ」の回想」のオクターブの連打には驚かされた。そして、アンコールのノクターン第20番(ショパン)を聴いて思ったが、あくまで彼は音を中立で公平な立場で奏でており、演奏に耽溺したりするような様は見せない。どこまでも音楽に魔法をかける魔法使いで、聴衆を魔法の音に沈めるのであって、自身が魔法に惑わされるような弱さはない。アンコール最後のリストのラ・カンパネラも華麗な技巧とファンタジックな音が響くが、個人的にはもっと敏捷でキレがあってもいいのではないかと思う。

 

2021年のショパンコンクールでは、ブルース・リュウの優勝については審査員で意見が割れなかったという。ただブルース・リュウ氏の演奏は現在が到着点ではない。これからの研鑽でかなり演奏は変わってくると思う。もっと大ホール向きの豪胆な演奏になってもいいのではないかと思うが、それは彼の音楽性との調和が難しいのかもしれない。彼の演奏については意見はかなり割れるだろうが、今後の発展性に期待できる稀有な才能と感じられた。